【声明】「立皇嗣の礼」は延期じゃなくて中止だ!  身分差別と格差を温存し拡大する天皇制は廃止だ!  あらゆる人びとへの生活と命の保障を!

 4月14日、政府は持ち回りの閣議で、19日に予定されていた「立皇嗣の礼」を延期することを決定した。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、収束状況を踏まえてあらためて日程を決めるという。

 天皇徳仁の弟である秋篠宮が、次の天皇となることを内外に宣言する儀式である「立皇嗣の礼」は、皇嗣となったことを宣言する「立皇嗣宣明(せんめい)の儀」、天皇にお礼を述べる「朝見の儀」、賓客を招いた祝宴「宮中饗宴(きょうえん)の儀」(都合二回)からなる儀式で、それぞれ皇居宮殿・松の間で、国費を支出して「国の儀式」として行われることになっていた。それがこの間のコロナ状況を受け、縮小(饗宴の儀の中止、宣明の儀の参加者を350人から50人に減らすなど)して強行しようとしていたが、「緊急事態宣言」体制の下で、正式に延期が決まったわけである。

 「不要不急」ということでいえば、これほど不要な国家行事はない。そもそも、この儀式そのものが、明確な法的根拠に基づいたものではない。それだけではない。儀式に使われる税金が4000万円。それはまた、昨年1年間かけて166億円もの即位関連費用をつぎ込んで行われた、一連の天皇「代替わり」儀式とも連動している。明仁が退位し、徳仁が新天皇であることを宣言し、文仁が次の天皇となることを宣言する──天皇制という制度は、これからもこうして永続していくのだということを、多額の税金を投入して確認し宣伝する儀式である。たんに不要不急なのではなく、廃絶されるべき害悪である。

 秋篠宮が「皇嗣」となることによって、「お世話をする」ための職員はこれまでの20人余りから50人以上に増員され、その住居も約33億円かけて大規模改修される。延べ床面積も約1600平方メートルから5500平方メートルにまで拡張されるのだ。これとは別に、完成までの仮寓所の費用として、約9億8千万円が支出される。

 退位した「上皇」の住まいとなる赤坂御所の改修費にも7億円が計上されている。天皇とその一族のためには、特別に手厚い手当が、国によって惜しみなくなされているのだ。

 ひるがえって、コロナ状況に生きている大多数の人間の暮らしはどうか。保険・医療環境の新自由主義的破壊のなかで、劣悪な医療状況に甘んじることを強いられ、不安を抱きつつ検査すら受けられず、補償がほとんどないに等しい状況で、自己責任で「三密」を避け、自宅にとどまるよう「要請」される、「テレワーク」などできようもない人びとは、往復の通勤電車に揺られて首都圏を移動せざるをえない、リスクばかりが一方的に負わされる。

 24時間体制での、自分たちの健康管理がなされる医療が保証され、通勤電車に乗る必要もなく、家族や関係者とも、2メートルどころではない充分な距離をとれる居住環境と、NPOに多額の寄付ができるくらいの金銭的余裕がある生活、それが天皇一族だけのものであってよいはずがないではないか。少なくとも、不平等が是正されなければならないと思うのがあたりまえだ。天皇家は特別だからと思わされてしまうのが、身分差別社会に毒された感覚というものである。

 4月10日、徳仁は住まいの赤坂御所に政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーを呼び、「ご進講」を受けた。徳仁は「私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら、この感染症を抑え込み、現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」と述べ、さらに「国民が一丸となって乗り越えなければならないですね」と話したという。コロナウイルスという「国難」に対して、挙国一致で事に当たるべきだという安倍政権の方向を支持し、自ら「国民統合」の装置としての役割を果たすことが強く意識されている発言だ。

 いま、「立皇嗣の礼」だけでなく、天皇関連の儀式も次々と中止あるいは延期されている。それは、本当のところ、この社会において天皇が行わなければならない仕事など、何ひとつないことを明らかにしているとともに、天皇制という制度において、制度を肉体的に支える一族の「健康」が、天皇制の将来にストレートに直結しているという事実を明らかにしている。だから私たちは訴える。

 「立皇嗣の礼」は延期じゃなくて中止だ!
 身分差別と格差を温存し拡大する天皇制は廃止だ!
 あらゆる人びとへの生活と命の保障を!

  2020年4月19日

  今こそ問う「安保・沖縄・天皇」4.28-29連続行動実行委員会

【学習会報告】 古川隆久『建国神話の社会史──史実と虚偽の境界』 (中央公論社・二〇二〇年)

 まず著者は、『日本書紀』や『古事記』に描かれた「天照大神を中心とする天皇の祖先とされる神々が日本の建国に向けて活動し、地上に降りるまでの物語と、その子孫とされる彦火火出見(ヒコホホデミ)が橿原(カシハラ)で初代天皇たる神武天皇に即位するまでの物語」が、ここでいう〈建国神話〉であり核心は「日本という国家を作り、代々途切れることなくこの国を統治してきた天皇は、神の末裔だということ」だと論じ、この「神話」が義務教育の過程で徹底的にたたきこまれた、大日本帝国主義憲法下の教育に具体的にメスを入れる。

 本書にまかれた帯には「先生、そんなの嘘だっぺ!」という生徒の言葉が刷りこまれてある。
 科学的実証の論理(史実)と、神話教育の間の落差に、大人の先生は当然、生徒も、すこぶる自覚的であり、「現人神」天皇統治下でも、「神話」がまるごとスッキリと「史実」と了解されてはいなかった事実(乗り越えがたい矛盾)が、その教育現場で発された子供の言葉に象徴されている。神話こそ史実だと、多くの教師も生徒たちも、思い込んでいたわけではなく、それは国家のイデオロギーとしてタテマエ的に従っていただけであった実態が、本書で具体的に示されている。
 この点が、私は非常に教えられた。

 とすれば、「神話」が「史実」そのものであるという意識が戦前(中)日本の人々に定着していたわけではなく、戦後同様に、神話と史実は曖昧に癒着した物語が人々に受容されていたわけである。戦後は、それが逆転して、史実(科学的実証)こそが前提とされたが、神話は消滅したわけではなく「裏」の意識として日本の「伝統」として再生産されていたのだと思う。〈曖昧〉と〈癒着〉原理は、戦後も貫徹していたのである。この間の天皇「代替わり」の政治プロセスはその神話がかなり表に改めて露出してくる時間であったのだ。

 とすれば私たちは著者のごとく、まだ、そしてこれからも「神話」が「史実」とされてしまうまで行くことはないだろうと安心するのではなくて、「史実」と「神話」が曖昧にくみあわされて作りだされている支配のイデオロギー(伝統神話・物語)と、正面から対峙しながら問題を考えていくことが大切なはずである。いいかえれば、「史実」でない〈非科学〉と批判すればすむわけではない。
 もちろん、私たちにとっても、史実と神話の癒着した物語を前に、まず、史実と神話を峻別することが必要である。その峻別作業を媒介にその曖昧(癒着)物語全体をトータルに論理的に批判し抜く作業こそが、今、必要であるはずだ。
 本書はこうした思いを強く持たせる書物であった。

 次回は四月二一日、テキストは佐瀬隆夫『1942 アメリカの心理戦と象徴天皇制』(教育評論社)。

(天野恵一)

【集会報告】オリンピックは中止だ中止!

 三月二六日、「オリンピック災害おことわり」連絡会(おことわリンク)は、新宿アルタ前に集合、都庁に向けて「オリンピックは延期ではなく中止だ中止」と訴えるデモに取り組んだ。

 もともとこの日は、福島県のJビレッジから「聖火リレー」が出発する予定だった日。おことわリンクとしては、当日は、いわき現地で聖火リレー反対の声をあげるメンバーと、東京でデモをおこなうメンバーとに別れて、それぞれ行動を展開する予定だった。しかし新型コロナウイルス状況でオリンピックが一年延期、聖火リレーも中止となり、いわき行動も中止して東京の行動に集中することになったもの。

 アルタ前では、おことわリンク、反五輪の会、南相馬から避難し「ひだんれん」で活動している村田さんなどの発言が続く。

 デモは、「オリンピック災害おことわり」「オリンピックよりいのちが大事」「中止だ中止! 中止じゃなくて廃止だ廃止!」
などと叫びながら、新宿西口から都庁前を通り、新宿中央公園まで進んだ。参加者八〇名。          

(北野誉)

【今月のAlert 】さあ、「不安」と「恐れ」と「怒り」の行動だ!

 三月二四日、政府は「立皇嗣の礼」として「立皇嗣宣明の儀」と「朝見の儀」の二つの儀式を四月一九日に国事行為として行うことを閣議決定した。「新型コロナ感染拡大」がすでに大きな問題となりつつあったときだ。この「立皇嗣宣明の儀」で、秋篠宮は次なる天皇という身分の「皇嗣」となったことを国内外に宣言する。政府の見解では、この二つの儀式を迎えて天皇「代替わり」一連の儀式すべてが終了となる。ちなみに二つ合わせて四五分足らずの儀式にかける費用は約四〇〇〇万円。今年度(今年四月以降)の「皇位継承関連」予算はこの「立皇嗣の礼」を含め、上皇夫婦と秋篠宮一家の住居改修費用で二三八億円だ。このご時世になんたる無駄遣い。言葉を失ってしまう。

 報道によれば、新型コロナ騒ぎで「祝宴にあたる『宮中饗宴の儀』を取りやめ、『立皇嗣宣明の儀』の招待者を当初のおよそ三五〇人から五〇人程度に絞り込んだ」という。招待者五〇人とはいえ、関係者を含めれば相当の人数になるに違いない。この儀式がクラスターになるといった懸念は考えないことにしているのか。東京都下ではほとんどの公的会場は閉鎖に追い込まれ、人が集まることを自粛させるための同調圧力が重たくのしかかっている。そのようななかで、おそらく感染回避のためにもさらに金を使い、儀式は予定通り遂行されるのだ。政府や都の「外出自粛」要請によって生活困難や死と直面させられる人々が続出している状況にあって、「慈愛」を売り物とする皇室はこうやって無駄遣いをつづける。「儀式」くらい自粛しろ。中止だ中止! 家の改修も諦めろ!

 今年も例年どおり、反天連も呼びかけ団体となって4・28ー29連続行動の実行委を立ち上げ、「立皇嗣の礼」への抗議行動も含め連続の行動を準備してきたが、ここにきて会場閉鎖の憂き目にあっている。それだけではない。どの運動現場もそうだが、新型コロナ感染拡大問題は、同調圧力とは別次元のところで私たちにさまざまな判断や決断を迫ってきている。行動を呼びかけること自体の是非についても議論しなくてはならない状況が続いているのだ。そこには感染拡大に寄与するかもしれない、あるいは自身も感染する可能性があるという不安と恐れが横たわっている。実行委は議論を重ねた結果、やや異例の形となるが、以下のような結論に達した。

 先月すでにチラシ等で伝えている4・19の「天皇も跡継ぎもいらない、アキシノノミヤ立皇嗣を認めない」討論集会は会場閉鎖で中止。代わりの行動として東京駅前にて情宣行動を実行委有志で呼びかけることとなった。討論集会では、「秋篠宮論」と「皇位継承問題」について討論することとなっていたが、この街頭行動でも参加者とともに少しでも意見を交えていければと思う。また、「今こそ問う『安保・沖縄・天皇』4・28ー29連続行動」も、会場閉鎖により二八日の吉田敏浩さんの講演集会は中止(あるいは延期)。二九日の反「昭和の日」デモは実行委有志の主催で呼びかける。実行委としては、4・19に向けて抗議声明を出すことで一致。

 このパンデミック状況下で、日本の、東京の状況をどれくらい的確に私たちが把握できているのか心許ない。はっきりしているのは、そのための判断材料が不十分すぎるということだけだ。政府や都、公的機関が送りつけてくる情報は正しいのか、足りているのか、まったく信頼などできないなかで、ただ不安感だけが増幅させられるような状況に人々は置かれている。 異常事態である。新型コロナは怖い。しかし情報隠蔽と「ひきこもり」作戦だけを押しつけ、その徹底のための強硬な措置を考えるだけで、疲弊する社会を救う手立てを真剣に考えない今の政治への怒りの方が大きい。一方で多額の税金を「こんなときに?」と呆れるようなタイミングで行う儀式に費やす。怒りは増すばかりだ。

 声を上げたい人は、

●一九日は東京駅前(丸の内側)一五時、皇居から伸びている「行幸通り」(丸ビル前の広場)へ!
●二九日は千駄个谷区民会館に一四時。
●マスク必須、少しでも体調が悪い場合の無理は禁物、としましょう。「細く長く」でも今はいい。

 がんばれるところでガンバロー!

(桜井大子)

【表紙コラム】連日の新型コロナの報道、首相や知事の空疎な言葉にはあたまにくるが……

 連日の新型コロナの報道、首相や知事の空疎な言葉にはあたまにくるが、ほとんど家を出ずに過ごしている。たしかに世界中が鎖国しているって、異常な事態ではある。今日の時点では「緊急事態宣言」はまだ出されていないが、連日の報道ではどうもいずれやりたいと思っている人たちがいるようだ。

 厚生労働省は通信アプリ大手のLINE と協定を結び、国内8300 万人の利用者に健康状態調査として数回にわたってアンケート調査を行う(初回は終了)。年齢、性別、住んでいる地域の郵便番号などを答え、個人が特定されない形で統計処理をして厚労省に提供するというのだ。初回調査でされた質問はたいした内容ではない。でも、これって個人を特定する形もありうるのだ。今回はコロナ対策ではあっても、今後こういう形態を通して人びとの情報を堂々とあっさり集めることができるのだ。

 人との接触禁止、外出禁止になっているベルリンでは、スマホのGPS 機能を利用して外出していないか、密集していないかの調査をしているという。これも個人は特定しないということだが、かなりえぐい話だ。

 日本の法律では「外出自粛要請」しかできない。それでも集会やデモを中止させられることはありうる。外出を自粛することによって雇い止めや休業を強いられている人たちへの生活補償や損失補償は決まっていない。感染の終息が見えないなかで、経済の落ち込みがどんなことになっていくかまだわからない。中止にならずに延期になったオリンピック開催までにかかるお金で、役に立たない武器など買うお金で、神がかった儀式をするお金で、一刻も早く今の事態に対処してお金を使ってほしい。オリンピックなどやってる場合ではないのだ。みなさんもご自愛を!

(中村ななこ)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 46号(2020年4月 通巻428号)

 

反天ジャーナル ◉ (蝙蝠、アキラ、いわゆるひとつの非国民)

状況批評 ◉ 天皇代替わりを振りかえる(千本秀樹)

書評 ◉ 天野恵一『〈象徴(人間)天皇教〉とは何か!「代替わり」と戦後憲法』─ピープルズ・プラン研究所パンフレット特別号vol.4(長澤淑夫)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈118〉◉ 感染症の世界的な流行を捉える視点(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈45〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その10◉ 「昭和代替わり」の「一億総自粛」と「令和総自粛」(「天皇代替わり」儀礼・オリンピック)(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉象徴天皇制と〈転向〉/「日の丸・君が代」強制を跳ね返す 横浜デモ/3・11を反天皇制・反原発の日に!/オリンピックは中止だ中止!

学習会報告◉ 古川隆久『建国神話の社会史──史実と虚偽の境界』

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2020年4月7日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【案内】4.28-29 連続行動 集会&デモが中止(変更・延期)になりました!

★新型コロナウイルスによる影響で、集会会場の使用が出来なくなるとともに、集会・デモ等を控えた方が良いとの意見もあり、下記の実行委員会の行動は、中止または延期となりました(実行委員会有志による行動が行われます)。

★状況はさらに流動的であり、再度変更の可能性もあり得ます。実行委までご確認下さい。

 

4.19「立皇嗣の礼」反対行動

「天皇も後継ぎもいらない、アキシノノミヤ立皇嗣を認めない」4.19 討論集会 → 中止

★代わりに、同日、実行委員会有志による情宣行動を行います。
  15:00~16:00 於:東京駅丸の内口前・行幸通り歩道上(丸ビルと新丸ビルの間)  ぜひご参加下さい!

 

4.28 講演集会

「米軍優位の日米地位協定と日米合同委員会の密約」(吉田敏浩 さん) → 延期

★時期を見て改めて開催します。暫くお待ち下さい。

 

4.29デモ

 反「昭和の日」デモ → 変更

★14:45集合 

千駄ヶ谷区民会館(原宿駅下車)前集合

主催 ● 実行委員会有志

 今こそ問う「安保・沖縄・天皇」4.28-29 連続行動実行委員会
【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【呼びかけ】今こそ問う「安保・沖縄・天皇」4.28-29 連続行動実行委員会の呼びかけ

 私たちは、60年安保闘争から50年目となる2010年から、4月28日・29日の連続行動に取り組んできた。

 4月28日は1952年にサンフランシスコ講和条約と日米安保条約が発効した日であり、29日はかつての天皇誕生日であって、裕仁の死後、「みどりの日」を経て「昭和の日」となった。この両日を連続行動として取り組むことに意味があることを改めて確認しよう。

■誤った戦後日本のスタート

 サンフランシスコ講和条約は、朝鮮戦争下で講和を急ぐ米国主導のもと、最大の被害国である中国やソ連を排除した西側諸国とのみ結ばれたものであり、日本の侵略戦争・植民地支配に対する賠償を経済援助方式によって切り詰めるものであった。さらには沖縄を含む南西諸島を米軍支配のもとに切り捨てるものでもあった。

 これにより「主権回復」し国際舞台に復帰した日本であるが、それは同時に、天皇制国家による侵略戦争責任・植民地支配責任の追求とそれがもたらした被害に対する賠償をあいまいに糊塗してしまうものであった。

 そして同時に発行した日米安保条約は、占領軍であった米軍の、日本領土内自由行動を含むさまざまな特権的地位を有した状態のままでの駐留継続を認めるものであった。

 こうした米国による戦後の対日本政策は、占領政策を有効に進めようとする意図の下で戦犯としての追及をせず延命させた裕仁天皇との米国主導の下での共同作業でもあった。共産主義勢力による戦争責任追及や革命を恐れる裕仁は、米軍の駐留継続を強く望み、そのために沖縄の切り離し(占領の継続)の提案を、日本政府の頭越しに行ったのである。

■今こそ問う「安保・沖縄・天皇」

 今日の「従軍慰安婦(日本軍性奴隷制度)」問題や「徴用工」問題、辺野古新基地建設に象徴される米軍基地の沖縄への押し付け問題などは、こうした「誤った戦後日本のスタート」に起因するものである。

 侵略戦争・植民地支配による負の遺産は、私たちの手によって精算されなければならない。

 昨年、裕仁の子(明仁)から孫(徳仁)への代替わりが行われた。米国主導の下で、裕仁天皇が積極的に加担してつくりあげた戦後日本は、裕仁一代で完結するものではもちろんない。子、孫へと天皇の座は引き継がれ、それぞれ意匠を異にしながらも、侵略戦争・植民地支配責任を忘却の彼方におしやり、新たな戦争国家へ向けて国家統合体制を整えるという役割は継続・強化されている。

 今年の4.28-29の連続行動は、戦後の「国体」といわれる象徴天皇制・日米安保体制の総体を改めて問い直す取り組みにしたい。

 また、今年は、昨年の一連の代替わり儀式の締めくくりとしての「立皇嗣の礼」が行われる4月19日にもこれに反対する取り組みも行う。

 実行委員会への参加・賛同を呼びかけます。共に闘いましょう!

 

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【学習会報告】遠藤正敬『天皇と戸籍:「日本」を映す鏡』(筑摩書房、二〇一九年)

 著者は政治学者で戸籍に関する著書が数冊ある。本書はその最新のもので、「日本人であれば持つことが当然とされる戸籍を持たない天皇が象徴として君臨しているのはなぜか、いかなる歴史的展開をたどってきたのか」を問うている。

 天皇が人民を管理する謂わば身分帳が戸籍だが、天皇たちを管理する身分帳は別に皇統譜として存在する。さらに言えば植民地であった朝鮮の人民は朝鮮戸籍によって、准皇族とされた朝鮮の王族・公族は王公族譜によって管理された。ちなみに皇室典範に当たるものは王公家規範だったがこれは皇室令であって当然皇室典範の下位法となる。

 第二章はこの皇統譜に充てられている。現行の皇統譜は一八七〇年から五〇年以上かけて編纂され一九二六年にようやく法制化された。なぜそんなにかかったのかと言えば、そもそも最初の天皇が誰なのかも、誰が、つまりどの範疇までが天皇なのかも、母親が誰なのかもわかっていなかったのだ。いや、「わかって」ではなく「決まって」と書くほうが正しいだろう。皇統譜とは天皇の系図であり、それは歴史学的な探求や考察ではなく「操作や粉飾などの便宜主義」の産物なのだ。皇統譜の成立史を研究することはそのまま万世一系がフィクションであることを暴き立てる作業になるのである。「そんなことも知らずに歴代天皇の名前をそらんじている日本人のなんと多いことか」と言ってみたくもなる。そもそも全ての系図は身分詐称の欲望を投影したものにすぎないが、それがよりによって皇統譜で明らかになるとは実に愉快だ。

 他の章では「臣籍降下」の歴史と実情や、住民票もパスポートもなく、日本国籍を有すると法的に証明するのは困難であること、皇居を本籍地に選んだ人々の分析などがありそれぞれに興味深い。

 歴史を強く意識して書かれているが、古代と近代を直結していたり無批判に古代を扱っていたりする手法には疑問の声もあった。  

*次回学習会は三月一七日(火)、テキストは古川隆久『建国神話の社会史』(中央公論社)。 

(加藤匡通)

【集会報告】「代替わり」に露出した「天皇神話」を撃つ!2・11反「紀元節」行動

 昨年の即位式〜大嘗祭を頂点に展開された天皇の「代替わり」は、「立皇嗣の礼」を残して最終段階に至っている。しかし、一六年の明仁メッセージにはじまった天皇制のイベントは、天皇が憲法をはじめとする法体制や政治権力に強い影響力を行使し、「天皇神話」が国家の儀式に明確に組み込まれていくという事態でもあった。二月一一日は「神武」建国神話を「祝う」日とされるが、徳仁天皇制においてこれらがどのような意味を持つかという問題を今後も問い続けなければならない。

 今回の反「紀元節」行動は、文京シビックセンターで、講師として小倉利丸さんにこのかんの天皇制の問題を話していただいた。小倉さんは、資料として論文「内田樹の天皇制擁護論批判——明仁の退位表明をめぐって——」(https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/ 所収)や「文化・伝統のレイシズム」(反天皇制運動Alert四四号 二〇二〇年二月所収)に加え、パワーポイント資料を使って、天皇〜皇室が強調する「日本の伝統」の問題をさまざまな観点から提起してくれた。その中で強調されたのは、国家の政権の中核にあるメインストリームが、そのまま極右の「伝統」「ヘイト」派であり、これが日本の安倍政権やアメリカのトランプらのみならず、新自由主義のグローバル化において世界的にも中心になっていることの問題だ。この事態の中で、例えば日本国内における「憲法擁護」がどれほど力を持ちうるのか。その重要さは当然だが、そのためにも私たち自身が「世界を変える」構想力を持ち、それを展開する中でつながりを作り広げていくということこそ重視されねばならない。

 この小倉さんの問題提起に、参加者からも積極的な反応が相次ぎ、その盛り上がりの気持ちとともに反「紀元節」デモへ出発していくことができた。参加者は一四〇名。   

(蝙蝠)