「報告」カテゴリーアーカイブ

【学習会報告】菱木政晴『市民的自由の危機と宗教―改憲・靖国神社・政教分離』 (二〇〇七年、白澤社)

著者によれば、近代国家による戦争と宗教が交錯するところに「国家神道」は存在する。したがってその「国家神道」には仏教等も内包されている。かかる「国家神道」への対抗的措置として戦後に規定されたのが政教分離と信教の自由にほかならない。そもそも共同体と宗教は不可分であり、近代国家という共同体もまた何らかのかたちで宗教に関わらざるをえないと著者は言う。近代国家とそのかたちをとらない共同体の相違は(総動員)戦争であり、日本では戦争のために「国民」を動員する宗教として「国家神道」が存在し、靖国神社がその装置としての役割をかつて果たした。そしていまもなお忠魂碑などとともにそのような顕彰施設は動員の装置として潜在している。どういうことか。それは戦争による死者を天皇の軍隊として選別し、「英霊」として合祀をすること、つまり戦争に役立った名誉の戦死として暴力的に死者を意味づけることで、その死者には「名誉」を、その死者の周囲には「敬意と感謝」を与え、来たるべき戦争のさいに人の生死という非日常的なものを受け入れやすくさせると同時に、社会統合機能を果たす装置として温存されているということである。政教分離と信教の自由をめぐる訴訟とは、したがって、戦争への抵抗でもあるということだ。

死者というもはや語ることができない、あるいは語れない存在との超越的なコミュニケーションの方法と死者への意味づけを自由に選択できることが信教の自由であると著者は述べている。かかる意味で天皇制軍国主義を賛美する靖国神社や忠魂碑が「戦争に役立った」という物語によって死者を選別して意味付けをし、強制的に合祀をするのは信教の自由に反するのである。

しかし、そのような顕彰施設はそれ自体としては「宗教」としての機能はもち得ない。信仰されることではじめて「国家神道」の装置になる。そのさい、著者が問題にするのは宗教的なものに対する無自覚さ、著者の言葉をつかえば「漠然としたものへの尊重」、つまり宗教への情緒的態度である。それはその情緒にうったえかける意味付けをされれば足をすくわれる態度であり、その情緒を共有しない者たちへの排他的態度にもなる。そのタブー意識による信仰対象の行いは思考停止的に受け入れられ、社会統合機能を果たす。これは天皇崇拝=「天皇教」につながる問題でもあろう。宗教性への無自覚さが、このような宗教を支えているのだ。意識されない所与のものとして自然化された宗教意識を脱自然化させていくこと。つまり、宗教として意識されていない諸々のものを「宗教」として名指し、社会的に自覚させていくこと。政教分離と信教の自由をめぐる闘いとは、そのような過程でもあるだろう。そしてそれは、「漠然としたものへの尊重」の対象である天皇制と靖国を解体するプロセスでもあるのだ。

次回は赤澤史朗『戦没者合祀と靖国神社』(吉川弘文館)を読む。

(羽黒仁史)

【集会報告】「明治150年」記念式典反対銀座デモ

政府の記念式典を翌日に控えた一〇月二二日夕方、日比谷公園霞門において、「明治150年」記念式典反対デモが反天皇制運動の一日実行委の主催で行われた。

二三日の政府主催の記念式典は憲政会館で行われた。しかし一九六八年の「明治100年式典」と比べると、規模もはるかに縮小され、三〇分たらずの式典で、天皇の出席もなかった。共産党、自由党、社民党議員も欠席するような式典。メディアも書いているが「代替わり」を控えて、「政治利用」との批判をかわそうとしたからではないか。

実行委の主催者発言は、「明治一五〇年」とは近代天皇制国家の歴史に他ならず、アイヌ、琉球に対する併合に始まる植民地支配と侵略戦争の歴史である、にもかかわらず「明治の精神」の「健康さ」をうたいあげる一五〇年キャンペーンの欺瞞性を批判した。

続いて、二〇日に、明治一五〇年への批判も含めて、3・1朝鮮独立運動一〇〇周年キャンペーン集会に取り組んだ「日韓民衆連帯全国ネットワーク」、一一月二五日に「終わりにしよう天皇制 2018大集会&デモ」を準備している「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク」、二三日当日に渋谷でのデモを計画している「反戦・反天皇制労働者ネットワーク」の連帯発言を受けて銀座デモに出発。

デモに対する右翼の妨害は、さほど大きなものではなかったが、外堀通りに出る手前で先頭の横断幕を奪おうとする右翼が突入してもみ合いとなった。横断幕が奪われたりけが人が出たりということはなかったが、鉄製のポールが破損させられた。また、デモの人数並みの大量の公安、過剰な警備が目立った。

デモ終了後、新宿区の公園規制をはじめとするデモ規制反対に取り組む「デモ・集会ぐらい自由にやらせろ!」実行委からのアピールを受けた。この日の行動でも、日比谷公園の管理事務所は、デモに対するさまざまな規制を条件付けてきた。こうした問題も、運動圏においてひろく共有されていかなければならない。参加者は六〇名だった。

(実行委/北野誉)

【学習会報告】安丸良夫『近代天皇制像の形成』 (一九九二年、岩波書店)

今回(九月二五日)は標記の本を取り上げた。

この本は、近代天皇の絶大な権威がどのように作られたかと問い、それは天皇自体からよりも、天皇の権威を必要とする人びとが作ったのだと答える。本書の論理は次のようだ。幕末・維新期に、支配権力樹立に向かう国家指導集団及び自らの指導する村落に秩序を取り戻したい村落指導勢力は、この時期、内外から迫る体制の危機に面して、おりから社会全体に拡がる民衆の民俗信仰世界が持つ反秩序のエネルギーを鎮圧し、秩序の諸原理に沿って編成替えする必要があった。このとき先頭に立たされるのが、秩序の根源と想定される天皇、国体の権威である。彼らはこれを作られるべき国家の文明化の方向に結びつけ、これをもって「愚民」の反抗のエネルギーを国家にとってのエネルギーとして吸収するのだ。

こうして近代天皇制は国民的に受容される社会的基盤を得、超越的な権威として働く。しかしそれは内に包みこんだ民衆の本来反抗性をもつエネルギーとの矛盾を潜在させることになり、現代にまでわたって反天皇制の契機がここに求められることになる。

著者のこの見方に対して、近代全体を通じて観察されるべき近代天皇制形成過程を明治維新期だけで考えることの無理、幕末期民衆意識の受動性だけでなく、その後それが能動化していく先で国体観念が待ち受けていたのではないか。民衆の生活世界に本来反天皇制の契機が潜在しているという見方の甘さなどが指摘され、一方で宗教界を国家につなぎとめるため、社会文明化の片棒をかつがせ、また憲法秩序に「信教の自由」、裏返せば国家神道が盛り込まれるという考えに興味が示された。また一九七〇年代ころ本書の著者に対し若い知識層の一定部分が関心をもった理由なども語りあわれた。

次回(一〇月三〇日)は、菱木政晴『市民的自由の危機と宗教―改憲・靖国神社・政教分離』(白澤社)

(伊藤晃)

【集会報告】PP研連続講座 東京オリンピックと『生前退位』

九月一五日、ピープルズ・プラン研究所(PP研)主催の〈「平成」代替わりの政治を問う〉連続講座第七回が開催された。この回のタイトルは「東京オリンピックと『生前退位』──ナショナリズム大イベントがねらうもの」。問題提起者は、宮崎俊郎、小倉利丸、天野恵一と、本紙ではお馴染みの顔ぶれだった。

宮崎さんからはオリンピック反対運動の視点に立った問題提起。オリンピックが「平和の祭典」と観念されることによって、監視社会、ナショナリズムなどがオリンピック招致・開催によって醸成・強化されている現実を批判させない社会が作り上げられていることを、具体例をあげながら指摘した。いま話題となっているボランティアについては、ナショナリズム批判の視点から「ボランティアとして国家行事に動員していくことに意味がある」ことへの批判の重要性を語った。この間の反オリンピック運動についてのまとまった報告も。

小倉さんは、「明治一五〇年」の断絶と継続という問題提起から始まり、この国のありよう──ナショナリズム、戦争、「日本人」、天皇制等々について言及。そして、国や「国民」の虚構性と、そこによって立つ「日本人」というアイデンティティ、その虚構をベースにしたナショナリズムへと話は進む。オリンピックの問題は国別という枠組自体にあること、敵・味方意識の再生産をとおして「国民」「国家」に収斂していくイデオロギー装置があり、国際スポーツは「平和」を装いながら戦争の感情を正当化すると批判。

最後に反天連の天野から。先のお二人の話の共通点としてあった、オリンピックと天皇制のもつタブー性(批判を許さない)という共通性の指摘を受けて、一九九七年の長野冬季五輪反対運動の経験から問題提起。オリンピック批判の記事に入れた、天皇を揶揄する形で描かれた挿し絵(貝原浩の漫画)が掲載不可となり争った経験など紹介した。

その後の議論も大いに盛り上がった。

(反天連/大子)

【集会報告】「明治150年」天皇制と 近代植民地主義を考える8・ 15 行動

今年の反「靖国」行動は、2・11反「紀元節」行動、4・29反「昭和の日」行動に引き続き、「明治150年」を射程にして取り組まれた。

■パネルディスカッション

集会では、四人のパネラーから問題提起が行われた。

酒田弁護士は、来るべき二〇一九年の即位・大嘗祭を見据えて報告。「三〇年前の即位・大嘗祭訴訟では『一切の儀式・行事に国費を支出してはならない』などを請求した。大阪地裁(一九九二年)・高裁(一九九五年)は、政教分離について疑義は一概に否定できないと認めた。さらに天皇の即位を祝うことについて、個人が祝意を表すことを国家が事実上にしろ強制すれば、私人の思想、表現の自由の侵害になると認めた。しかし、控訴審判決では控訴人らの訴えを全面的に退けた。今回は退位の礼もあり、すでに過去の批判を踏まえた上で実施が検討されている。だから現時点における訴訟の論理構成として①政教分離、②主権在民、③納税者訴訟、④天皇代替わりの手続きの問題を取り上げ、批判していきたい」と述べた。

黒岩さん(「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会〈ピリカ全国実〉)は、八月五日の「天皇出席の『明治・北海道一五〇年式典』反対、アイヌ民族連帯決起集会」とデモの取組みを報告し、「式典はアイヌモシリ(北海道)の侵略・植民地化、アイヌ民族同化・抹殺政策の歴史の隠ぺいだ。天皇制国家による他民族侵略・支配の『原型』としてのアイヌモシリ侵略である。私たちは、この開拓史観、民族排外主義が問われている。『明治一五〇年』式典から天皇退位・即位式典とうち続く天皇制永続化攻撃と対決する統一戦線を構築しよう」と呼びかけた。

井上森さん(元号いらない署名運動)は、「署名は五〇〇〇筆を突破し、一万筆目指してさらなる行動をしていきたい。当初、
二〇一八年夏に『新元号発表』だったが、自民党保守派などの反発もあり代替わり一カ月前に延ばした。すてに大迷惑な状況が発生しているが、中央官庁、JR、警察らは書類、コンピューター、免許証などでは元号を使わず西暦で統一化している。元号をめぐって天皇明仁は沈黙し続けている。その一方で『平成のうちに』ということでオウム大量処刑を強行している。やはり日本において最高度の国家暴力を正当化する論理は天皇制しかないことを現している。この論理を打ち破る闘いが問われているだろう」と発言した。

新孝一さん(反天連)は、「反天連第Ⅱ期」(一九九一・四)のスタートをふり返り、「『国際化』時代の『ソフト』で『クリーン』で環境問題にも理解あるというイメージをふりまくアキヒト(天皇制)との正面からの政治的対決をこそ、主要課題として私たちは結集する」と位置づけ、明仁天皇制を性格、役割、犯罪性などを暴露し、批判してきたことを浮き彫りにした。そして「結論を言えば、時に強い独自性や個性を発揮して明確なメッセージを発信することもあった。明仁天皇の言動は、歴史と政治によって大きく規定され、変化する。同時に、天皇の憲法の規定とは別の役割がある。この間の天皇主導の『退位』と天皇による天皇制の再定義に現れている。三〇年かけてここに収斂し、天皇像の到達点だとも言える」と集約した。

その後の、連帯アピールでは、沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック、日韓民衆連帯全国ネットワーク、オリンピック災害おことわり連絡会、米軍・自衛隊参加の防災訓練に反対する実行委員会から発言を受け、集会宣言(別掲)を採択した。

■反「靖国」デモ

最後には、いつものように、靖国神社に向けてデモに移った。

例年のように、規制されて進入できない街宣車から降り立った天皇主義右翼が、デモ隊への挑発と威嚇を繰り返すなかで、権力・機動隊は、右翼の突入こそ阻止はするものの執拗に繰り返し飛びかかってくる右翼を拘束しようとはせず、逆に、デモ隊列に対しては、不当な規制を行ってきた。九段下の交差点では、在特会や右翼も集まってはいたが、むしろスマホで動画や写真を撮影する「見物人」の多さが目を引いた。

私たちは、挑発や威嚇に対しても毅然と対応し、「天皇制はいらない」「戦争責任を忘れない!」「戦争賛美の靖国神社はいらない!」などをシュプレヒコールや横断幕、プラカード、のぼりでアピールした。参加者は、二五〇名だった。

(実行委)*共同行動報告集(2018年9月12日発行)より

【学習会報告】村上重良『天皇制国家と宗教』 (日本評論社、一九八六年、講談社学術文庫)

本書は国家神道をめぐる手堅い通史だ。この本を「日本型政教分離」とそれを支える「皇室祭祀」について絞って報告した。

「日本型政教分離」というのは、村上ではなく、別の論者の言い方なのだが、明治維新直後の神祇官復活に見られる神道国教化政策から、キリスト教容認への転換を経て、島地黙雷らの「信教の自由」論を繰り込んで成立したもの。それは、「全国民への神社崇敬の強制と信教の自由の矛盾」という状況を、「神社神道は宗教ではなく、一般の宗教とは次元を異にする超宗教の国家祭祀である」という論理で越えようとするものだった。その結果、「神道界は……宗教化の路線を完封し、祭祀と宗教の分離による国家神道への確立へと大きく歩み」出すことになった。

皇室祭祀の方は、近代以前の天皇家自身が神仏習合であったから、「宮中の神仏分離」が必要とされるとともに、前例のない天皇の伊勢神宮参拝や、宮中三殿の整備、さまざまな皇室祭祀が集中的に新定・整備され、全国の神社の祭りも皇室祭祀を基準にして再編成され、学校行事を通じた祭日の儀礼などによって、「国民生活」をも律していったことなどについて確認した。

この二点に報告を絞ったのは、それが今なお持続している問題だと思うからだ。本書は、戦後に関する論述は少ないが、神道指令と日本国憲法の公布によって、「宗教は、基本的に国民ひとりひとりの内面にかかわる私事として位置付けられ」たと整理する。しかし、国家神道と神社神道を切り離して後者を宗教法人にスライドしてしまったことと、皇室祭祀が天皇の「私事」として生き延びてしまったことはパラレルの関係にあるのではないか。それが、制度としての「政教分離」を侵食してしまう余地を残したとは言えないか。「日本型政教分離」は曖昧に延命しているのではないか。天皇主義右派勢力としての神社本庁の政治性、習俗論、象徴的行為としての皇室祭祀などは、今の私たちにとっても重要な問題であり続けている。

初めての学習会参加者も含めて、議論は活発に行われた。村上の宗教学における宗教進化論的傾き。政教分離違反という切り口で天皇制の儀礼を撃つことは有効か。日本型政教分離という以前の問題として、日本型「宗教」の特異性についても議論が必要ではないか。明治維新のイデオロギーとしての国体論の位置をどう考えるか、などなど。

次回(九月二五日)は、安丸良夫『近代天皇像の形成』(岩波書店)を読む。

(北野誉)

【集会報告】「憲法と天皇制」練馬の会学習会

八月二四日、「アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」の学習会が開催された。六月二五日の第一回(既報)に続いて二回目である。今回は、憲法学の清水雅彦さん(日本体育大学教員)に「憲法と天皇制」と題して話していただいた。

清水さんの話は、まず最初に憲法の成立史から憲法論の基本概念について説明。統治が主権を持つ天皇に総攬され、実質的に権力の分立がなされていない外見的立憲主義に対し、国民主権から人権を保障し、国家権力を縛ることを目的とする近代立憲主義の理念を強調した。さらに、現代の立憲主義は、ナチズムへの反省からポピュリズム的な「多数派の暴走」を制約し、積極的に違憲審査制度を運用するべきと述べられた。

これらを前提に、議論は「憲法と天皇制」という中心テーマに。清水さんは「将来的には第一章を廃止」「天皇制は廃止するべき」という立場を鮮明にしながら、天皇条項さらに日本国憲法の制定過程と、上諭、前文の構造を説明し、現憲法が民主主義的観点からは不完全で封建的遺物を残すものと断じた。学校の体育教員をめざす学生たちに向けて批判的に講義されている「君が代」「日の丸」や「元号」「祝日」などの検証・歴史教育の一端が、ユーモアを交えた明快な口調と表現で語られていった。

話はさらに展開し、天皇明仁によるビデオメッセージの問題点について。この内容が「天皇制を永続させる」ための強い意思に基づく明らかな政治的発言であり、公的行為を拡大解釈するものであると批判。この発言を後追いで固定化させていった「退位等に関する皇室典範特例法」は、天皇発言を合憲化し、批判的立場を無視して強制するものであるということや、戦没者追悼式での明仁の発言は、裕仁の戦争責任も、戦後のアメリカへの戦争加担とともにあった「平和」の問題点をもないまぜにするものであることが指摘され、最後に自民党の改憲案に対する批判が展開されるなど、網羅的で親切な講演だった。

会場周辺には早い時間から二名の右翼団体の構成員が登場し、トラメを使用して街宣を実施。今回の会場は住宅地の真ん中で、この騒音に住民からの苦情もなされていたが、一〇名ほどの公安警察官は遠巻きにするだけだった。小規模な学習会すら圧殺されかねないこうした状況に、なんとか反撃していきたい。

次回は一〇月二五日、立川自衛隊監視テント村の井上森さんを講師として開催する。今回の参加者は四四名だった。

(蝙蝠)

【集会報告】「元号いらない」の声、新宿アルタ前に響き渡る

八月一九日、〈元号はいらない署名運動〉に集まる首都圏の友人たちと、新宿アルタ前で情宣と署名行動をおこなった。灼熱コンクリート地獄を覚悟しながらも少しは涼しさを求めて夕方からの行動。珍しく当日は三〇度を切り、夕方からの行動は思いのほか快適(?)だった。

天皇の代替わり状況に対して反天皇制の立場から声を上げていこうと、昨年春くらいから、首都圏枠の緩やかなネットワークがつくられてきた。このネットワークはこれまでにも、集会実行委をつくっては集会やデモを呼びかけたりしてきた。〈元号いらない署名運動〉もそのネットワークが呼びかけて始まった運動だ。いまでは全国で多くの人たちが署名集めに参加している。集約先に届けられる署名は、個人、小さなグループ、労働組合、宗教者と、掲げられている課題も実に多彩な人たちからで、地域的にも北海道から沖縄まで拡がっている。現在集まった署名は五〇〇〇筆を越したところ。よく集まっていると思うが、でも目標は一万筆。先はなかなかに遠いのだ。

というわけで、新宿情宣とあいなった。署名を集めることもさることながら、なぜ元号に反対するのかを道行く人たちに伝えることが大きな目的の一つ。参加者はみな熱のこもったスピーチをそれぞれに展開し、らっぱさんの歌「元号やめよう」も新宿アルタ前に響き渡った。しばらくすると、通りの反対側からビルに隠れてこちらの様子を伺う公安警察の姿も……。すかさず”Police on my back”(The Clash)のカバーソングも。みんな大喜び。

署名は一一月一五日が最終集約日だ。それまでに何とか一万筆を集め、署名提出行動自体もメッセージ性の強い行動にしていこうと相談中。集約最終日まであと二ヶ月だ。さらなる署名への協力、署名運動への参加を呼びかけたい。ちなみに新宿で集まった署名は二〇弱……。まだ署名していないなあ、と思っているみなさま、一筆分だけでもかまいません、署名をして送り返してください。

(大子)

【集会報告】「明治150年」天皇制と近代植民地主義を考える8・15行動

八月一五日、在日韓国YMCA・9階国際ホールでタイトルの集会を行った。会場は一八五人の参加者で埋め尽くされ熱気に溢れるなか、今回、四つの課題をたて、それぞれに発言してもらった。

最初に安倍・靖国違憲訴訟の弁護団である酒田弁護士は「即位・大嘗祭訴訟に関する問題提起」。三〇年前の訴訟の確認。そしてヒロヒトとアキヒトをめぐる社会情勢の違いに触れ、最後に今回準備されている訴訟の理論構成について報告された。

次に「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会(ピリカ全国実)の黒岩さんは、アキヒト・ミチコの利尻島訪問・北海道一五〇年式典出席への反対行動の報告。アイヌモシリ侵略は天皇制国家による他民族侵略・支配の「原型」と話され、戦後のヒロヒトの「人間宣言」内の「五箇条の誓文」が戦後民主主義の「原点」かと問う。

続いて「元号はいらない署名運動」の井上森さんからは、アキヒトの「社会の停滞を懸念」発言で始まった平成代替わりから、中央官庁、JR、警察からの元号「撤退」の実情の報告があり、最後にオウム大量処刑に触れ、日本において最高度の国家暴力を正当化する論理は天皇制しかないとしめくくった。

最後に反天連の新さんは「『平成の三〇年』=明仁天皇との『対決』の三〇年」について。アキヒトの言動の微妙な変化から、「時代とともに変わっていく」天皇の政治の役割を分析した。今回の天皇主導の「退位」で見せつけられた、天皇による天皇制の再定義は、明仁天皇制が三〇年かけてそこに収斂していった、天皇像の到達点だと集約した。

質疑応答の時間が取れなく残念であったが、「道徳教育」の問題性に言及されている北村小夜さんから「新しい教科書をつくる会」の流れの教育出版が唯一、アイヌ問題に触れていることを補足され、そこにどのような魂胆があるのかと問われた。

その後、沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック日韓民衆連帯全国ネットワークオリンピック災害おことわり連絡会、米軍・自衛隊参加の防災訓練に反対する実行委員会から連帯アピールをもらい、靖国神社に向け元気にデモに出発した。手作りの幟や横断幕、反天龍(?)、そして参加者二五〇人、何も誰も欠けることなく「天皇制はいらない!」のコールを響かせた。交流会では懐かしい仲間、新しい仲間の発言もきけて、ワイワイガヤガヤとにぎやかに。今年も無事に終わって良かった。

(実行委/桃色鰐)

【学習会報告】 千葉慶『アマテラスと天皇─〈政治シンボル〉の近代史』 (吉川弘文館 歴史文化ライブラリー、二〇一一)

日本の近代化の過程でつくり出された「政治シンボル」が、明治維新政府の思惑からどのような変遷をたどり、悲惨な敗戦を迎えるにいたったのか。本書ではその歴史的な考察が試みられる。そして、その政治シンボルを検証しなおすためのケーススタディとして、アマテラスが取り上げられている。

近代国家建設=脱亜入欧・欧米型列強国化が目的であったこの国の近代化は、欧米的なキリスト教的宗教を模索し、行き着いたところが天皇であったという。こういった整理はそれほど珍しくないかもしれない。しかし、その天皇をまつりあげる時、その天皇の権威づけとしての〈政治シンボル〉を必要とし、それがアマテラスであったという。そしてそれを歴史的に解明していくのだが、ここがこの本のユニークなところだ。また、天皇の「伝統」がいかに明治以降のものであるかも、よく読み取れるテキストとなっている。

議論は沸騰した。政治シンボルの近代史に絞り込んだユニークな視点とその論理展開は、私たちを面白がらせた。同時に、アマテラスが政治シンボルとして使われていく経緯等について、本当にそうであったのか?との疑問を付す意見も。私も同様に感じることはあった。

それにしても、一九三〇年代〜敗戦あたり、思わず現在と比較しながら読んでしまうのだが、「象徴天皇もアマテラスと同じ政治シンボルの一種であり、政治シンボルとは有効かつ強力であればあるほど、統治者・被治者双方にとってリスキー」という著者の結論は、暗示的である。
絶大な権威をもって民衆に受け入れられ、解釈に曖昧さを残さず……、かつ専制政治に陥らない工夫をこらした政治シンボル。象徴天皇制、いい線いってるってこと……?

というわけで、もう少し関連領域を読むことに。

今回はトメ吉さん推薦のテキストで、ついでに参加も。また来て下さいまし。

◎次回は、村上重良『天皇制国家と宗教』(講談社学術文庫、日本評論社)

(桜井大子)