「報告」カテゴリーアーカイブ

【学習会報告】井上寛司『「神道」の虚像と実像』 (講談社現代新書、二〇一一年)

 「神道」には二系統あると著者は言う。すなわち、近代には「国家神道」へと結実してゆくことになる民衆統治のための政治支配思想としての「神道」と、アニミズムが根柢にあるカミ祭りの体系という「融通無碍な多神教」を構成する有機的な一部としての「神道(ないしは神祇道)」である。著者の狙いは「神道」の歴史を通覧することで「国家神道」に至る「神道」の系統を剔抉し、同時に民衆が営んできた信仰の一部としての「神道」は救い出すというものであろう。そして、その二重構造から解放された現在の「神道」が進むべき道は、「融通無碍な多神教を構成するその有機的な一部としてのありかたに徹する」ことであるというのが、著者の主張だ。かかる前提の上に、その二系統が織りなす歴史を動態的に描きながら、柳田國男のように神道を「日本固有の宗教」として超歴史的に捉えることを批判してゆくのが、この本である。

 学習会では「神道」を二系統に分けるというその明快さに対して、各時代の支配階級による作為の体系としての「神道」については歴史的な視点を持っているものの、民衆の信仰は常に「融通無碍な多神教」であった、という著者の整理は超歴史的ではないのか、とか、民衆の信仰は近代には天皇崇拝へと回収されていったのであって「国家神道」下にただ抑圧されていただけではない、とか、著者の「神道」には天皇祭祀=皇室神道という要素が閑却されているがゆえに、戦後の問題点を捉えきれていない、といったことなどが議論された。

 次回は六月二五日に大塚英志『感情天皇論』を読む。  

(羽黒仁史)

【集会報告】5・26、新天皇・トランプ会談反対新宿デモ

 五月二五日、米大統領トランプが来日した。都心部は警察・機動隊が二五〇〇〇人という厳戒状態。そのような中、反天連も参加しているおわてんねっとは、天皇・トランプ会談前日の二七日、「新天皇・トランプ会談反対」5・26新宿デモを行った。

 アルタ前集合、アピール行動をやってデモ出発。4・30(明仁退位の日)のアルタ前行動の記憶も鮮明ななか、楽しく盛り上がるはずだった。もちろん、最終的には盛り上がったのだが、この日はダービー中継をアルタビジョンが映し出し、一帯がそのためのイベント会場となっているだとか、この日は祭があってみこしが行き交うのでデモコース短縮だとか、小さな予定変更を余儀なくされていた。しかも、予想はしていたものの、右翼による妨害とそれを口実とする警察の過度な警備。アルタ前広場の片隅に警察に囲まれる形でなんとか横断幕を拡げるという情けない事態に。でも、そこからみんなで広場の中央に移動してシュプレヒコール。その後歩道に移動。

 ひどい条件下の始まりだったけど、参加者とともに少しずつ場所を確保し、押し拡げていった。そして、予定していた主催者挨拶、前日行われた「トランプ来日・天皇会談反対」集会&デモ主催者からのアピールと、おっちんずの「天皇制はいらないよ」の歌で空気を一杯に吸い込み、元気にデモ出発。

 街頭で出くわす右翼の街宣車はトランプ歓迎を叫び、米国の国歌を大音響で流していた。親米ナショナリズムの歴史も長い。それは日米軍事同盟の歴史でもある。右翼を揶揄し笑っている場合ではないとマジで思いつつ、風に煽られながら歩いた。翌日、親天皇夫妻は満面の笑みでトランプを迎えていた。「やっぱりか」という話だが、ゲッソリ。

(大子)

【集会報告】第32回政教分離全国交流集会

 靖国参拝、靖国合祀、即位大嘗祭など、靖国神社や天皇制による基本的人権への侵害や政教分離をはじめとする違憲行為を問う訴訟が、これまで各地で取り組まれてきた。その経験を交流させようと呼びかけられた全国集会も、今回で三二回となる。

 五月二四日に、東京早稲田の日本キリスト教会館で持たれた集会では、まず「記念講演」として、中嶋啓明さん(人権と報道・連絡会)から、「代替わりとマスコミ報道」と題して、前回の代替わり、そして今回の代替わり報道を素材に、メディアによる天皇制礼賛の「報道」がつくり出される現状の問題性を、取材体制に組み込まれた体験から、とても具体的に話された。当時のメディア労組の内部通信での具体的なやり取りに示されたような問題意識がすでに現在は絶たれ、政府や皇室情報のべったりとした垂れ流しが、新天皇賛美の「大衆意識」を構成しているのだ。

 質疑の後、続いて、今回の即位大嘗祭違憲訴訟の弁護団を代表して、酒田芳人弁護士から報告。この訴訟は、ほんらい公費支出への差止訴訟+国賠訴訟を一体のものとして提訴されていたのだが、昨年の提訴直後に裁判所がこれを強制的に分離させ、かつ、今年二月に「差止訴訟について却下」の判決、さらに四月には控訴棄却の不当判決が出されている。今後は、これへの上告審と、「国賠訴訟」についての弁論が続く。皇室による祭祀の問題と「国事行為」の内実を問う内容を、今後は展開していくことになる。

 さらに、安倍参拝の違憲を問う靖国訴訟(昨年の控訴打ち切りと棄却に続き現在上告審へ)の現状についての報告、また、朝鮮人の軍人・軍属を強制的に靖国神社に合祀し、分祀を認めようとしない靖国神社や日本国の責任を問う「ノー!ハプサ(合祀)訴訟」についての報告がなされた(ノー!ハプサ裁判は、五月二八日に一審敗訴、控訴審へ)。

 五月二五日は、北海道、関西、島根、広島、山口、九州、沖縄など各地からの参加者による報告があり、来年の全国集会を北海道で六月一九日・二〇日に実施することが確認された。今回は、NCCの平和資料館やWAM女たちの戦争と平和資料館見学なども組み込まれ、とても内容豊かな集会だった。  

(蝙蝠)

 

【集会報告】南京大虐殺・靖国に抗議した香港人弾圧を許すな

 五月九日、後楽園・文京シビックセンターで、12・12靖国神社抗議見せしめ弾圧を許さない会による、「南京大虐殺・靖国に抗議した香港人弾圧を許すな」集会が行われた。

 昨年一二月一二日、靖国神社の外苑で横断幕を広げて抗議した郭紹傑(グオ・シウギ)さんと、それを撮影していた嚴敏華(イン・マンワ)さんが、「建造物侵入」で逮捕・起訴され、半年以上も勾留されている。そのことの不当性に抗議し、彼らの行動の意味を考えていこうという趣旨の集会である。

 集会は、まず「村山首相談話の会」の藤田高景さんが、安倍首相の「歴史認識」と、それを忖度した裁判所の姿勢が、不当な長期勾留を招いていると批判。続いて一橋大学名誉教授の田中宏さんが「追及される日本の中国侵略責任」と題して講演した。日本人とアジア人の歴史認識のギャップとワイツゼッカー演説、サンフランシスコ講和条約による戦後処理のあり方、植民地主義と在日朝鮮人差別などについて、わかりやすく講演した。そして、ジャーナリストの和仁廉夫さんが、パワーポイントを使い、日本軍による香港軍政などの歴史を振り返りながら、香港人が靖国で抗議したことの背景を説明した。

 最後に、当日接見した長谷川直彦弁護士による、被告人からのアピールの紹介、一瀬敬一郎弁護士の裁判報告があった。

 次回の第四回公判期日は、六月二一日(金)午前一〇時~(傍聴抽選締め切りは九時半)、四二九号法廷。靖国神社権禰宜に対する検察側尋問などが行われる予定。毎回右翼の傍聴動員もあり、救援会から傍聴支援の呼びかけがなされた。参加者七五名。

(北野誉)

【学習会報告】学習会報告 原武史『平成の終焉』 (岩波新書、二〇一九年)

この間、メディアに頻繁に登場する原武史の新刊。
 
二〇一六年八月八日のビデオメッセージについて分析を加えた部分では「憲法で禁じられた権力の主体になっていること」「国民」から排除される存在への着目、天皇警備や警備や規制による人権侵害の問題など、私たちがこれまで主張してきた内容と重なる部分も多い(摂政の拒絶に、「大正」を繰り返してはならないという明仁の意志があったなどの主張は、原ならではの視点だが)。続く、「平成流」といわれる明仁・美智子の行動が、「昭和」において胚胎してきたものであったこと、それが美智子の主導で形成されてきたことについて、地方紙の分析などをつうじて詳細になされた部分は、とくに皇太子時代の、地方農村の若者や女性たちとの「懇談会」についてなど、とてもおもしろかった。「昭和」と「平成」における彼らの行為の連続性と変化とが、具体的に整理されていて便利だ、という感想が多かった。
 
最後に「ポスト平成の皇室」がどうなるかが「予想」されている。それが明仁が望んだような「象徴天皇の務め」通りになるかどうか。これは、徳仁天皇制を、われわれがどのようなものとしてとらえ、それとどう対決していくのかということを考える上でも参考になる。
 
一方、象徴天皇制の務めを天皇自身が定義づけたことに疑義を示しつつも、象徴天皇制を「深く考えてこなかった国民」という存在に理由を求め、「猛省する必要」を説くなど、批判的スタンスが一貫していない部分が随所にある。これは、この本のもとになったテキストの成り立ちと関係があるのでは、という推測も。明仁・美智子の「市井の人々との対話」をパトリオティズムに根ざしたナショナリズムとした部分も議論になった。
 
次回は五月二八日(火)、井上寛司『「神道」の虚像と実像』(講談社現代新書)を読む。

(北野誉)

【集会報告】4・27-5・1 おわてんねっと「反天 WEEK」をやりぬいたぞ!

今回の明仁退位=徳仁即位という天皇「奉祝」漬けの日々を、反天皇の日々として打ち返していこうという趣旨で、「終わりにしよう天皇制!「代替わり」反対ネットワーク」(おわてんねっと)は連続行動として「反天WEEK」を呼びかけた。以下、まとめて簡単に報告。

●四月二七日、「アキヒト退位・ナルヒト即位!? 今こそ問い直そう!天皇制」集会
 
正確には、おわてんねっとに賛同している練馬の会の集会だが、反天WEEKの初日として位置づけた。講師は伊藤晃さん。「象徴天皇制の正体」と題して多面的に報告。おわてんねっとからもアピール。参加者一〇〇名。

●四月二八日、「沖縄デー」集会
 
講師は反天連の天野恵一。「沖縄とアキヒト天皇の歴史」を丁寧に分析。一坪反戦地主会関東ブロックの与儀睦美さん、沖縄機動隊派遣住民訴訟の岩川碧さん、香港人靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会の和仁廉夫さんからアピール。参加者一二〇名。

●四月二九日、「昭和の日」反対立川デモ
 
立川の緑町公園から昭和記念公園・昭和天皇記念館に向けたデモ。出発前、三多摩地域で活動を持続してきた人たちを中心にアピール。「日の丸・君が代」問題、「慰安婦」問題、ミニコミ活動、立川自衛隊監視テント村など。参加者一五〇名。

●四月三〇日、退位で終わろう天皇制!
新宿大アピール

新宿アルタ前の一等地を占拠し、反天龍の横断幕を広げてアピール。目の前に右翼が陣取り、間に警察が割って入る形となり、残念ながらビラまきはできず。しかし二時間以上にわたって、賑やかに参加者のアピールやおっちんズの歌、シュプレヒコールを続けた。そして五時から始まった明仁天皇退位式がアルタの大画面に映し出されると、式典の間中、抗議のコールをあげ続ける。小雨にもかかわらず、一五〇名が参加して解放的な時間をつくりだした。

●五月一日、新天皇いらない銀座デモ
 
新橋駅前のホールに集合。人がどんどん集まって会場に入りきれず。デモ出発前、女性と天皇制研究会、オリンピック災害おことわリンク・鵜飼哲さん、民族問題研究・太田昌国さん、wam・渡辺美奈さん、「直接行動」の仲間、homeら連、即位大嘗祭違憲訴訟の吉田哲也弁護士のアピール。雨のなか、「終わりにしよう天皇制」の声を銀座に響かせる。この二五年くらいでは、反天皇制運動としては最大結集となる五〇〇名の参加。
 
とにかく、この状況に対して、「終わりにしよう天皇制」をメインスローガンとして一連の行動に取り組み、その全てにおいて私たちの予想を大きく超える結集をかちとれたことは、言うまでもなくこの「代替わり」状況に対して、疑問を感じる人が増えていることの反映だろう。

もちろん、「代替わり」儀式はこの期間だけで終わりではない。秋の「即位礼」「大嘗祭」をゴールとして、天皇・トランプ会談をはじめ、新天皇のお披露目としての各地「巡幸」など、「奉祝」状況は続くのだ。これに対して私たちは行動を続けていく。これからもおわてんねっとへの注目と参加を!

(おわてんねっと/S)

【集会報告】浜松・天皇制を考える集会

四月二〇日、浜松でも天皇制を考える講座が開催された。人権平和・浜松が準備した「代替わり問題浜松講座」だ。私は「ここが問題!天皇代替わり」という課題を与えられ、参加者とディスカッションするという、とても有意義な時間をもらった。
 
私からは、明仁天皇「退位」の経緯と問題を簡単におさらいし、「代替わり」のスタートの時点における天皇の「国政関与」問題、天皇制強化となる「退位特例法」成立等を時系列で簡単に整理し報告した。

次のステージとして「退位・即位・大嘗祭」と続く諸儀式が、政教分離・主権在民・民主主義原則に反することを、いくつかの具体的な例を出して紹介した。こういった、天皇の世代交代による大騒ぎが、天皇制の侵略戦争・植民地主義政策への責任という問題を希薄化していき、天皇の自由度が拡大していくことなども伝えたかった。今回、議論したかったことの一つは、この「代替わり」期間中に行われる天皇制教育の問題であった。「万世一系」思想の普及、天皇とその一族が日本の「伝統・文化」を体現しているという妄想の普及、世襲制や家父長制の天皇一族を持ち上げることによって、世襲制・家父長制に正当性を与えてしまう教育、等々だ。
 
会場からは、実にたくさんの意見がざっくばらんに出された。印象に残っているのは、「恩赦」をめぐる議論だ。この問題は私の頭の片隅に残っている。最後に浜松恒例の、主催者グループの歌。「今回は「君主制からの解放」を歌ってくれた。
 
コミュニティカフェPaoという素敵な会場が、議論を堅苦しいものとさせず、参加者が自由に話しあえる場をつくり出していた。もっとこういった議論の場がたくさんあるといいよね、と本当に思う。

(大子)

【集会報告】人権と報道・連絡会定例学習会

四月一九日、水道橋のスペースたんぽぽで、「人権と報道・連絡会」の定例学習会が開かれた。今回は、文喜相韓国国会議長の「天皇謝罪要求」をテーマとしてもたれ、反天連の北野(私)が報告した。
 
報告内容は、私が本紙三月号「今月のALERT」に書いたような内容をベースにしたもので、国会議長の発言をめぐる、国内政治家を中心とした反応、天皇が実態として「元首」としてふるまい、海外からもそう見られている以上、共産党の志位和夫委員長が言うように「憲法上、天皇は政治的権能を持っていないから、謝罪は不可能」などと超然として済ませることはできないはず、結論としては「明仁は謝罪して退位し、天皇制もやめろ」というしかないだろうということを主張した。
 
そのうえで、戦後象徴天皇制国家の植民地支配責任の問題を「継続する植民地主義」としてとらえる視点から、六五年の日韓条約における日本側の「植民地支配正当論」の問題、八四年の全斗煥以降、歴代の韓国大統領来日のたびに繰り返された天皇の「おことば」の変化を取り上げ、それとそのときどきの政権の外交姿勢との関わりなどについて報告した。最後に、「代替わり」を迎える天皇制のあり方についても提起し、議論した。

人権と報道・連絡会は、民主主義を破壊する政権への批判をなしえないばかりか、それに積極的に加担するマスメディアのありかたを批判的に検証し続けてきたグループであり、天皇報道についても、反天連と共催で集会を持ったりしてきた。これからもいろいろ協力していければと思う。

(北野誉)

【学習会報告】河原宏『日本人の「戦争」──古典と死生の間に』 (築地書館、一九九五年)

 今回の政治(思想)史研究者・河原宏の『日本人の「戦争」─古典と死生の間に』(一九九五年・築地書館〈二〇一二年に「Ⅳアジアへの共感と連帯」「Ⅴ自壊の系譜─アジア主義の制度化をめぐって」の二つの章は削除され、講談社学術文庫に収められている)は、かなり特異な本であった。

 〈あの戦争を実感として取りあげる、人が生きる上の哀歓は、何時でも何処でも変わらない〉〈人間には、死に直面してかえって生を実感するという逆説がある〉。

 「古典と死生の間」という奇妙なサブタイトルをつけた本書のモチーフは、こんなふうに語られている。それは以下のごとき世代的〈経験〉を根拠にかたちづくられたものだ。

 〈……社会的にものごころついていたほぼ中学三・四年の時には、すでに敵の大軍は本土周辺にせまり、戦争とはまさに祖国防衛戦争にほかならなかった。しかしそれだからこそ、祖国とは何かの問いには、どうしても自分の答えを見つけなければならなかった〉。

 国家・天皇・戦争とは、何なのかという自問を、自分の命をかけ(されられ)た体験を通して、手ばなさなかった著者は、戦死者との対話として、歴史を書き続けてきたわけである。〈死者〉との対話は、戦後身につけた歴史的・社会科学的知見(「抽象」)のみではなく〝情〟(共感・共悲・共苦)の感情をテコにした論理を必然化する。戦争を人々の「心の内側」からも見ようという方法。

 私は築地書館の単行本でレポートしたが、二つの章が欠落している文庫で読んできた参加者には、レポート(説明)がしにくかった。ゆえにこの削除は問題ナシとする作者の意図(文庫版あとがき)は、理解しかねた。

 この方法そのものに拒否感をあらわにする参加者もいたが、私は少し「あやうい」ものを感じないわけではなかったが、わりとストンと胸に落ちる方法であり展開であった。

 次回は四月二三日(火)、原武史の『平成の終焉』(岩波新書)を読む。

(天野恵一)

【集会報告】「即位・大嘗祭」儀礼と政教分離との関係を問い直す

 ピープルズ・プラン研究所の主催で、ふた月に一度のペースで行われている〈「平成」代替わりの政治を問う〉連続講座。第九回をもってとりあえず一区切りをつけ、今後は第二期として、秋にかけて現実に行われていく「代替わり儀式」を射程に入れてテーマ設定をすることになった(らしい)。三月二四日、ピープルズ・プラン研究所会議室で、その一回目、「『即位・大嘗祭』儀礼と政教分離との関係を問い直す:〈天皇教〉と戦後憲法」が行われた。問題提起者は、高橋寿臣(反天連OB)、辻子実(安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京)、反天連の北野誉と天野恵一の四人。

 高橋さんは、反天連の源流のひとつともなった靖国問題研究会の、八〇年代初頭からの活動をふりかえった。七〇年代に天皇制の突出という状況がある中で、天皇のための死者を祀る靖国神社の問題を、あらためて学ぶ必要性を感じ、年に二、三回の靖国天皇制問題集会を開催した。反天連に合流していく中で、八五年の中曽根公式参拝を闘った。天皇の儀式の宗教性が、日本人の曖昧な宗教意識と結びついて、天皇制を容認する「国民意識」を支えていると指摘した。

 辻子さんは、政教分離訴訟の流れと、大嘗祭の儀式内容について、写真などを提示しながら説明。北野は、二〇〇〇年代前半に出てきた「無宗教の国立戦没者追悼施設」をめぐる動きから、非宗教的な装いを持つ「国家宗教」について報告した。天野は、このかん「天皇教」という用語を積極的に使うようになったこと、戦後国家は「非宗教国家」というのが建前であることを、竹内芳郎の議論を紹介しながら展開した。

 すでにふれられているように、高橋さんは、この講座のたった一週間後にあっけなく逝ってしまった。「公的」な場での発言としては、これが最後のものとなったはずだ。講座内容は毎回パンフ化されている。もはや高橋さんに手を入れてもらうことはかなわないが、完成したら、ぜひ多くの方に手にとって読んでほしい。

(北野誉/反天連)