「報告」カテゴリーアーカイブ

【学習会報告】小倉慈司・山口輝臣『天皇と宗教』 (講談社学術文庫・天皇の歴史9、二〇一八年)

 本書は『天皇と宗教』というタイトルが示すように、天皇という存在と宗教の歴史的関係とその展開を概説した本である。近代以前の第一部は重厚な記述によって神祇制度の展開、支配階級における仏教受容、朝廷内の宗教行事の展開などを網羅的に取り上げ、手堅くそれらを整理しながら、随所で興味深い指摘をしてゆく。たとえば宮中祭祀における「神仏隔離」の発想の出発点を、当時の僧侶が「正しい」仏法を広めるために土俗信仰との差異化をはかった結果ではないかとし(もちろん、のちには仏教行事が浸透する)、仏教側に求めている点などは、いわば土俗信仰の外来信仰に対する反撥という自明化された図式への異議申し立てとして読める。ほかにもさまざまな論点をちりばめながら近代以前の天皇と宗教の関係について基礎的な知識をひととおり通覧させてくれるのが第一部である。

 いっぽう、近代以降の第二部は挑戦的な内容である。村上重良の「国家神道」論には言及しないものの、第二部全体がその不在である「国家神道」論への批判的な関係として記述されている、と読むのは思い込みだろうか。わたしの読みが仮に正しいとしたら、こうなるだろうか。祭政一致は近代国民国家日本が形成される端緒において挫折を余儀なくされていたのであり、葬儀の関与の有無で国家にとっての「宗教」を規定することで神道のなかで関与したい者たちは教派神道に分かれさせ、キリスト教や仏教にも利益を与えるような「ある程度の満足」の結果としての神道非宗教論を内包した政教分離、そしてキリスト教国教化でもなく祭政一致でもなく、各方面に一定の譲歩をして「ある程度の満足」与えるための妥協の結果として天皇を国家の(宗教ではなく)道徳的機軸とした「第三の道」。たとえばそのなかで祭政一致を幻視させる「仕掛け」としての「私事」である天皇親祭の存在が神祇官再興運動のようなものを噴出させる。いわばそういった諸要因が重層的にうねる枠組のダイナミズムに戦前の政教関係は規定されていたのであり、「国家神道」なるものは幻だったのだ、というのが、大雑把な著者の主張だろうか。ほかにも多くの論点が盛り込まれており、受け止めなければならない指摘はあった。

 しかし、著者は分析の対象を国家制度、支配層、そして宗教者に限りすぎているのではないだろうか。民衆の存在がまったく閑却されているが、「天皇と宗教」というテーマに民衆は必要ないということだろうか。加えて、著者は天皇祭祀を「私的」なものにするが、それはあまりにも図式的すぎるのではないか。天皇という神道の祭祀を行う君主の存在が国民国家の規範に作用する中心点に存在し、国家の諸制度を通して社会を、そして人民の生活を分節化・編成(=統合)するさいに、はたして天皇の信仰がまったく影響をあたえないのだろうか。たとえば即位の礼・大嘗祭という天皇の信仰儀礼がマス・メディアを通して全社会的に現出する空間は、天皇という存在が生まれながらに国家のなかに組み込まれた身分だからであろう。天皇という存在が生まれながらに制度的かつ社会的に身分が定まっていることを不問に付したまま、われわれとおなじようなかたちで「私的な領域」を有していると錯覚させてしまうイデオロギー作用と国家構造こそ、「公的なもの」と「私的なもの」の区分を融解させてしまうのだ。「天皇と宗教」というテーマ、つまり天皇制国家における政教関係の核心とは、ここにあるはずだ。

 次回は河原宏『日本人の「戦争」』(講談社学術文庫)を読む。

(羽黒仁史)

【集会報告】天皇在位三〇年記念式典反対! 銀座デモ

 二月二四日、アキヒト天皇が即位して三〇年となり、政府主催の「記念式典」が東京・国立劇場で開かれた。

 「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク」は、天皇制の欺瞞に満ちたこの三〇年を絶対に祝わないぞという声を、多くの人々に届けるために、そして何よりも私たちが天皇制に抗うために、式典の開催時間に合わせてデモを行った。

 ニュー新橋ビル地下ホールに集合し、四人の方々のアピールからスタートした。

 式典で「国民代表の辞」に選出された内堀雅雄福島県知事だが、その福島から参加してくれた仲間は、福島の人々が置かれている分断された状況を報告。権威に服従しありがたがる内堀知事に示されるように、政府の失態を覆い隠す役割を果たしているのが天皇制だと批判。

 次に部落解放同盟国立支部の仲間は、「君が代」の強制を例にあげ、差別の元凶である天皇制は本当に終わりにしましょうと力強くアピール。続いて、一坪反戦地主会関東ブロックの仲間は、同日に行われた沖縄県民投票について触れ、そして天皇夫婦の与那国訪問の役割を語った。

 与那国は台湾にも近く、国境意識が薄くボーダーレス化している地域だった。そこに自衛隊の駐屯地が出来、天皇夫婦が訪問する。空港に降り立った夫婦を、自衛隊が隊列をなして迎える光景は与那国の皇民化政策の一貫だということがはっきり見える場だったと報告した。

 最後に再稼働阻止全国ネットワークの仲間は、乳がんで亡くなってしまった高浜・若狭の詩人の『人柱』という詩を紹介。村八分にあっても、なんとか伝えようとする、声なき人々とともにあきらめることなく、天皇制の欺瞞を伝えていきましょうと結んだ。

 その後駅前広場に移動し、反天〝龍〟の見守るなか「天皇制はいらないよ」と高らかな歌声を響かせ、人々の注目を集めデモに出発。真っ青な空の下、様々なのぼりや横断幕をたなびかせ「天皇の在位を祝わないぞ」と一五〇人のシュプレヒコールを響かせた。

(金色鰐)

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【集会報告】渋谷スクランブルに「東京五輪反対」の文字

 二月二三日、渋谷駅前スクランブルに九〇センチ四方の文字パネルが登場。青信号で一斉に動き出す雑踏のなかに、キレイに一列に並んだ「2020TOKYO/東京五輪反対」の文字。合法を絵に描いたようなおことわリンクのクロッシングパフォーマンスだ。路上や近隣のビルから多くの人が見物していた。夕暮れ時の渋谷の街に反五輪を刻んだ。成功!

(大子)

【集会報告】「アキヒト在位三〇年奉祝」に異議あり!練馬集会

 二月二二日、練馬区勤労福祉会館において、「『アキヒト在位三〇年奉祝』に異議あり!祝うに値するのか『平成』? 過去を検証し、未来を探る討論集会」が開催された。問題提起は、「練馬の会」の池田五律(戦争に協力しない!させない!練馬アクション)、中川信明(練馬教育問題交流会)、松井隆志(武蔵大学)の三名。

 池田は、八〇年代から現在までに至る政治史と社会史を、メルクマールとなる事象を列挙しながらふり返り、「傲慢で経済主義的なナショナリズム」から「不機嫌かつ歴史修正主義的なナショナリズム」、そして「逆切れ」した権威主義の国家が、軍事と治安に傾倒しながら法制を書き換え、官僚による「上からのファシズム」と日本会議など「下からのファシズム」を結合しようとしている問題を指摘した。中川は、明仁による天皇制が「皇室外交+国内行幸」を数多く展開しながら公的行為をなし崩しに拡大してきたという事実を示し、さらに、前回の代替わりで既成事実化した皇室祭祀と「国事行為」の結合が、今回の「代替わり」においてはより強固になっていることを述べた。さらに天皇が「平成は戦争のない時代」として戦争責任の問題を天皇制から切断しようとしていることを批判した。松井は、この三〇年間の社会構成の変化を、人口ピラミッドや共稼ぎ世帯数、非正規雇用や未婚の割合の増加など、いくつかの指標を使いながら説明。最近の「平成史」ブームの前提となる社会と社会意識の変化について分析を加えるとともに、メディアの「国民統合力」が拡散しているにもかかわらず、皇室報道が「天皇制の受容」につなげられるしくみについても述べていった。参加者は三〇人ほどだったが、体験を交えた会場からの質問も多かった。

 「アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」の集会は、今後もほぼ二カ月に一度のサイクルで持続していく予定だ。次回は、「代替わり連休」の劈頭となる四月二七日に、「アキヒト退位・ナルヒト即位!? 今こそ問い直そう!天皇制」と題して、伊藤晃さん(歴史学)をお呼びして、練馬区立厚生文化会館で行う。ぜひともご参加を。

(蝙蝠)

【学習会報告】橋川文三『ナショナリズム─その神話と論理』(二〇一五年、ちくま学芸文庫)

かつて急速な資本化国際化が進行していく状況の中で、「世界」が多くのひとの思考に像を結び始め、そのなかで「国家」意識、「国民」意識として、ナショナリズムは形成されていった。近現代においては、神の国ではなく人間社会の中で、その秩序と認識を「一般意志」にするべく、古くからの郷土感情や部族意識、さらにパトリオティズムなどとともに、さまざまな役割を与えられ担ってきた。

橋川は「戦中世代」であり、超国家主義や国粋主義が暴力と結びつく時代の中で精神形成を行なってきた経歴を持つ。だから、橋川の関心は、ナショナリズムの一般的な形態を見出すことよりも、幕藩体制から明治国家形成という日本近代国家の歴史を見据えるなかで、形成された日本のナショナリズムがどのような結末に至るかを、精神的・内的な経緯をふまえながら後づけていくことに向かう。

その分析を経たのち、橋川は、日本近代の天皇制のなかでは「天皇の意志以外に『一般意志』というものは成立しない」。「もししいて天皇制のもとで国民の一般意志を追求しようとするならば、それはたとえば北一輝の場合のように、天皇を国民の意志の傀儡とする道しかなかった」。それは不可能であることが立証され、「日本人の『一般意志』は、それ以来いまだ宙に浮いたまま」とするのである。

これらの論述は語り口もふくめて説得的だ。しかし橋川は、この書物では歴史の分析について「自由民権」期にとどめ、その後も、日本のナショナリズムと天皇制について論じるときには、具体的な分析より時代の「精神」を論じることに向かった。橋川の手法に倣ったままでは、掴みだされたはずの天皇制もナショナリズムも、「宙に浮いた」姿で君臨させられそうだ。橋川は対象に深く寄り添う。しかし、現在の社会のなかで「一国主義」に煽りたてられる「ナショナリズム」の問題は、この方法になじみにくいように感じる。

次回は二月二六日、『天皇と宗教』(講談社学術文庫・天皇の歴史9)を読む。

(蝙蝠)

【集会報告】オリンピック災害おことわリ連絡会・二回の学習会

2020オリンピック災害おことわり連絡会(おことわリンク)は、今年も新年早々の一月五日(土)@文京区シビックセンター、二七日(日)@小石川運動場会議室と、二回の学習会を開催した。

五日は講師の井谷聡子さんの「スポーツとジェンダー・セクシャリティ〜ナショナリズムと植民地主義の視点から」と題する、実に興味深い講演だった。論点は四つ。(1)「女性のオリンピック参加の歴史」、(2)「オリンピックと人種主義、国家主義〜優越人種・民族としての自己の構築」、(3)「オリンピックと植民地主義〜『他者』の構築」、(4)「女子アスリートというアンビバレンス」。このコンテンツだけでも興味をそそられる。

たくさんの興味深い話の中で二点だけ紹介する。一つは「近代オリンピックの父」と言われるクーベルタンが言い放った言葉。女性のオリンピック参加については「非実用的で、面白くもなく、見苦しい上に、はっきり言うと下品である」「女の光栄は、彼女が産んだ子どもの数と質を通して勝ち取られるもので、スポーツについていうなら、女の最大の功績は彼女自身が記録を目指すことではなく、彼女の息子が卓越するように励ますことだ」。どこかの一族の話かと思うよね。そして植民地との関係については「オリンピックは、植民地の人びとに規律を教える壮健な手段」。井谷さんは「当時の一般的な男性による女性観」であるが、オリンピックがそのような女性観で始まっていること、オリンピズムが植民地主義的態度を内包している問題を指摘。支配者・有力者たちの論理はどこの国も似通っている。

二点目は、さまざまな問題を列挙した後の彼女の結論。こういったオリンピックの抑圧システムに対して、連帯して抵抗することなく、スポーツにおける「平等・正義」を求められるのか、というラディカルな問いかけだった。

二七日は谷口源太郎さんによる「誰のためのスポーツなのか〜市民参加への道」講演と映像。世界規模で”Do Sports”(するスポーツ)が、オリンピックなど国際スポーツイベントによって潰されていく問題、その根本にある行政によるスポーツ施策の問題を、一九九二年製作のBBCドキュメンタリーと、一九六〇年代後半に始まった兵庫県・垂水住民による、”Do Sports”のための試みを記録したフィルムを見ながら、谷口さんの解説を聞いた。こちらもとても興味深い内容だった。

「スポーツが政治に飲み込まれた時代の反省」からドイツで起こったゴールデンプラン。「政府は援助はするが支配しない、運営側は特定の政党に与しない」というパートナーシップ原則。しかしそれも整備費用・運営のための維持費の継続が前提である。条件は厳しい。

“Do Sports”からはほど遠い人生を選択したかのように思える私は、”Do Sports”は人権の一つであると言われ、なるほどと頷きつつ、ならばそれは要求せねば、とせこいことを考える……。しかし、「スポーツで連帯、創造、開発、発表等の喜びを得」、「スポーツをすることで豊かな喜びの内実を拡大できる」という話とともに”Do sports”を薦めてくれる谷口さんの話を、どこまで自分の中に取り込めたかは定かではない。ただ、オリンピックの反対側にある価値観であることはよく理解できた。

(スポーツ不得手大子)

【集会報告】反天連討論集会Alert !!!〜「代替わり」状況へ

 一二月二三日。GHQはアキヒト誕生日のこの日にあえてA級戦犯を処刑する。アキヒト即位後三〇年間、反天連は毎年この日に「天皇制の戦争責任・戦後責任」をテーマに集会を開催してきた。

 今回、小倉利丸さんを迎え、討論集会を日本キリスト教会館で行った。小倉さんは、劣化する近代の価値とグローバルな極右の台頭のなかでの天皇制を、憲法自体の問題、排外主義を江戸までさかのぼり、視点は世界規模で分析する。特殊だと思われている天皇制が、世界で台頭する極右の世界観、価値観と共通すると指摘。最後に伝統と文化の問題についての議論が必要で、それをどういうふうに根底から否定するのかが今の時代に必要なのではと締め括った。

 桜井大子は、五つのポイントから、裕仁、明仁と徳仁を比較整理し、徳仁天皇で天皇制がどのように変わるか探る。メデイアをフルに活用し、皇室の自律・自立を当然の権利として主張しはじめた世代。今後、天皇尊重、君民一体思想がさらに強化されていく可能性が高いと予測。

 北野誉は、「即位・大嘗祭」について秋篠宮発言から二つの問題をあぶり出す。天皇制が果たしている役割は天皇教という一つの宗教として考えるべき。象徴天皇制と政教分離は基本的に矛盾する。憲法それ自体がはらむ矛盾についても問い直すことも意識的にやるベきだと発言。

 最後に天野恵一は、三〇年前の「代替わり」と比較。本島長崎市長銃撃事件を取り上げ、大衆から噴出する天皇の戦争責任問題を消去していくことが、支配者たちの最大のテーマであった。現代それが成功しかかっている状況であるという。そして、わだつみ会の声明にも触れ、アキヒトの護憲発言の欺瞞をキチンと批判したものであり、そこからいろいろな闘争が始まったが、今、アキヒト即位の始まりにあった問題を、一から考え直さなければいけないと問題提起した。

 リベラル派といわれる学者たちが、情けないほど次々と天皇になびいていく。そのなかにあって、今回の「代替わり」で私たちが何を問題にし、反対の声をあげていかなければいけないか、確信がもてた集まりだったと思う。参加者九六人。継続は力なり。報告を書きながら私はこの言葉を噛み締めた。      

(桃色鰐)

【集会報告】退位・即位問題を考える練馬の会〜『明治一五〇年』近代天皇制国家を問う

「アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」では、結成一周年にあたって「『明治一五〇年』近代天皇制国家を問う」と題して、太田昌国さんによる講演と討論の集会を開催した。

 太田さんは、まず金静美「東アジアにおける王政の廃絶について」をひきながら、二〇世紀初頭に相次いで倒れた中国(清国)・大韓帝国・帝政ロシアという三つの王政と、生き残った日本の天皇制を対比させ、世界史的な観点から天皇制を把握することへの注意を喚起した。引き続き、英国のインドから中国への植民化の進行、メキシコ戦争を経て大西洋から太平洋に至る領土を得た米国、南下を開始していたロシアなど、膨張する帝国主義の時代の中でアジアへの侵略政策を選択し国家形成をしていった、新興帝国主義国家としての大日本帝国の問題について述べられていった。

 「万国公法」を掲げて、半未開、未開国を支配して収奪する欧米「文明国」に倣い、日本は、そのイデオローグであった吉田松陰らの構想をなぞりつつ、欧米との交渉で失ったものを、蝦夷地、琉球を手はじめとする東アジアの植民地化の進行によって奪回するという戦略を取った。この植民地主義の歴史は、厳しく批判し否定しなければならないが、そのためには、侵略されたアイヌら少数民族の歴史をいわゆる「被抑圧史観」で捉えるだけでなく、それぞれの民族が有していた歴史と可能性を、これらの事実のなかで躍動的に認識することが重要だと強調された。

 いま、こうした植民地主義を臆面もなく正当化し、これを批判する立場を「自虐史観」とする勢力が圧倒的になっている。一九四五年の敗戦処理から学ぶべきことは、日米安保条約と天皇制の問題とともに、「戦後の平和主義」がアジアへの植民地支配の結果を総括しておらず、「戦後」のアジアにおける戦争状況をも無視しているということであり、それをこそ考えねばならない。朝鮮半島の問題においても、日本帝国主義の歴史への責任の認識を、いまなお欠いた発言が支配している。それは、左派やリベラルの敗北の結果でもあった。だからこそ今後も、安易な結論を求めず、この現実に主体的に真剣に向き合っていかねばならない、と結ばれた。参加者は三七名。

 「練馬の会」としては、これまで六回の集会・学習集会を行なってきたが、二月からもほぼ二カ月ごとに練馬で集会を重ねていく予定だ。多くの参加を呼びかけたい。    

(蝙蝠)

【集会報告】『ブラックボランティア』著者 本間龍さんを迎えて

 一二月七日、文京シビックセンター・シルバーホールで、「オリンピック災害」おことわり連絡会(おことわリンク)主催の学習講演会「『ブラックボランティア』著者 本間龍さんを迎えて」が行われた。本間さんのネームバリューの割には、宣伝期間が短かったためか、参加者は五〇名ほど。

 本間さんは話題になった『ブラックボランティア』(角川新書、本紙昨年一〇月号に、おことわリンクの「暗黒聖闘士」さんの書評あり)の著者で、今回の2020東京オリンピックにおけるボランティア問題について「果敢に切り込んでいる」方。同書では「国、JOC、電通、メディアがスクラムを組んで国民をブラックボランティに扇動し、反対しにくい空気を作るのは、先の大戦時のような、悪しき全体主義というべきである」と書かれている。

 東京で開催されるオリンピックでは、一一万人ものボランティア(大会ボランティア八万、都市ボランティア三万)が募集されている。年末には一八万人の応募があったと報じられた。だが、予算三兆円がつぎ込まれる一大商業イベントであるにもかかわらず、アルバイトではなく労働の対価なしの無償ボランティア(日当一〇〇〇円、交通費、宿泊費は自腹)をあてこんでいるのは「アマチュアリズムを装った労働詐欺」だと本間さんは言う。

 多くの大学では、ボランティア動員の片棒を担いで、この時期にある前期試験を繰り上げたり、特別に単位を与えるとか、就活にも有利だとか……。おことわリンクでは、これはまさに国策イベントに対する「学徒動員」の構造ではないかと捉え、国大協や私大協などに対する申し入れなども行なってきた。

 当日の本間さんの講演は、同書で展開されていたような内容を軸として、金を落とすシステムとしてのオリンピックの構造、企業の協賛と電通の仕切り、オリンピックボランティアの業務内容、オリンピック組織委員会の「ボランティア戦略」についてなど、多岐にわたった。とくに、ロンドン五輪などとも比較して、ボランティアの健康(命)の責任を持つべき部署が実質的に不在であること、ボランティアへの報酬どころか、オリンピックを主催する側は「ボランティアは育成するのに金がかかる」とさえ考えていることなどが指摘された。

 酷暑のオリンピックは「インパール作戦」になぞらえて語られるが、それは人間を無償の資源として使い捨て、そのために全社会的に国策への動員を果たしていこうという指向性においても、大日本帝国と同じだなあ、と改めて感じた。

(北野誉)

【ネットワーク】集会・デモくらい自由にやらせろ!実行委員会

「新宿区におけるデモの公園使用規制問題」はその後も申し入れ・交渉が継続中である。一連の経緯を報告するとともに、民主主義の根幹ともいえる「デモの自由」に関わるこの問題への注目をあらためて訴えたい。

 発端は昨年六月に報じられたニュース(『東京新聞』は一面トップで報道)であった。新宿区が区立公園の使用基準を見直し、デモ出発に使用できる公園の規制に乗り出した(八月一日より実施)というものだ。これまで使用されていた柏木公園、花園西公園、西戸山公園が使えなくなり、区内では新宿中央公園だけになった。主な理由というのが、デモの騒音や交通規制で地域住民や商店、学校、ホテルなどが迷惑を被っているためだという。

 新宿区の「(二〇一七年度)公園別デモ出発実績」によれば、総回数は七七件、そのうち駅に近い柏木公園は五〇回。過去五年間の件数の推移でも倍増というほどでもない。そもそもデモに交通規制は当然のこと、「騒音」といってもマイクを使ったコールで訴えることは権利として認められていることだ。当初は「ヘイトデモ規制」と受け取った向きも多い。しかし対象はすべてのデモ。実際にヘイトデモは七七件中一三件に過ぎずヘイトを理由にデモ全体を規制するのはあり得ない。

 この決定に対しては、これまで柏木公園を利用してきた多くの団体、区議、弁護士、ジャーナリスト、憲法学者からも抗議の声が多く寄せられた。急きょ結成された「集会・デモくらい自由にやらせろ!実行委員会」は、新宿区に対して責任部局のみどり土木部・公園課に対して申し入れ、交渉の場を要求した。

 第一回は九月一八日、区側で出席したのは公園課の課長と係長。今回の決定に際して、具体的にどんな被害がどこから寄せられたのかを問い質すと、あいまいで漠然とした言い方で、各方面から騒音、交通規制で迷惑との苦情が多く寄せられていると繰り返すばかり。新宿中央公園を唯一残した理由も繁華街から離れているから良いと。デモは人里離れたところでやってほしいということらしい。

 議事録(六月二七日)によれば、公園課を統括するみどり土木部長が「(デモ参加者が公園に集まることについて)知らない方がかなり集まってくる状況というのは、近隣の方にとっては嫌な状況ではないか」「区民にとってはストレス」「私自身、自分が住んでいる家の近くの公園で、子供もおります」と自治体の責任者として考えられない発言をしている。こうした理不尽な判断基準がまかり通るのであれば、デモの権利などなきに等しい。

 九月二九日には、新宿デモと屋内集会(日本キリスト教会館)が行われ、実行委として新宿区に対して撤回を求める闘いを継続することを確認した。二回目の交渉(一一月二〇日)では、規制の根拠とされた町会・商店会の要望書が提出されるより以前(五月一四日)に、総務課長と弁護士が「区立公園におけるデモ出発地としての占用許可について」協議、さらにそれ以前に、総務課、危機管理課、公園課の間でシナリオがつくられていたことが判明した。続く第三回交渉(一二月二八日)には総務課長が出席。総務課長も公園課と同様に、デモ規制について何の疑問も感じず、当然だと思っている。騒音と交通規制で迷惑だと繰り返すので「では祭りや店の宣伝はどうなのか」と問い質しても、「それは問題ない」と居直る。日弁連の会長が懸念を表明している声明についても、「弁護士皆が読んでいるわけでもない」ととんでも発言。「総務課長の発言として社会的に問題になるぞ」と追及すると、あわててその場で謝罪・撤回した。ともかくお話にならないレベルなのである。

 次回は危機管理課長の出席も求めて日程を調整中(一月一二日現在)だが、ここまでで明らかになったのは、新宿区長や自民党区議の一部、商店会・町内会の顔役らの暗躍を背景に、区の各部署が、まともな検討・論議抜きに、表現の自由を踏みにじる決定を下したことだ。現在、新宿では、東口広場の歩道が「アルタ前」と呼ばれてデモの集合地点として定着しているが、この状況でいつまで続くかは分からない。というのも、豊島、渋谷、千代田、中央などデモではおなじみの各区における規制、さらには屋内施設での政治的テーマの規制も強まってきているからだ。天皇代替わり、サミット、オリンピックという情勢のなかで、進行する表現規制の現状に抗い、共同で反撃する闘いが求められている。

(藤田五郎)