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【学習会報告】坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書・二〇二〇年)

 憲法を軸にして近現代日本の(政党)政治史を捉えるときに、明治憲法の時代─総力戦の時代─日本国憲法の時代として、つまり「戦前」・「戦中」・「戦後」として分けて捉えるべきだ、と言う著者は、「平和と民主主義の時代」は戦後だけでなく戦前にも存在していたのだ、「戦前」は「戦後」へと引き継がれたのだ、とも言う。ここで言われる民主主義とは、藩閥勢力が天皇大権を強くして議会権限を弱めるようにつくられた明治憲法体制の構造上の制約のなかで、選挙で当選した代議士が集まる議会の勢力配置を反映させた政党内閣の地位をいかにして確保するかをめぐる憲法解釈と諸政党の模索のことであり、平和とは軍部を縛る憲法解釈に基づいた立憲的な政治による軍部の抑制のことである。このような視点から整理された本書は、たとえばかつて天皇機関説と政党内閣の正当化、そして軍部に一定の立憲主義的な縛りを加えた美濃部達吉が、軍部・官僚・専門家を集めて政策立案をする内閣調査局と内閣審議会という「上からのファシズム」の機関の原型(円卓巨頭会議)を提唱し、議会に代わるべきだ、と主張したことを国家社会主義への転向だと指摘するなど面白い論点が散りばめられている。

 とはいえ、坂野の言う自由と民主主義の「戦前」なるものは治安警察法や治安維持法などを不問に付して議会外の自由と民主主義への実践を無視することで成り立っていると言わねばならないし、帝国主義本国が破局的な結末をむかえる日中戦争以前を「平和」だと捉えるのは、植民地主義の下で抑圧されていた人びとが常に非常事態=戦争状態であったことを忘却することでしかないだろう(まさしくこれは「戦後」に継承されるものだ)。それに立憲主義が軍部を抑制していたとしても、その立憲主義が徹底された先に果たして日本帝国主義の解体はあったといえるだろうか、と問うべきである。著者の視点はあまりに内向きすぎる。だから「戦後レジームからの脱却」を息巻く自民党に対して「誤って総力戦時代に戻らないかぎり、戦後デモクラシーから脱却すれば戦前デモクラシーに戻る」なんて言葉が出てくるのである。

 次回(一月一九日)は遠藤興一『天皇制慈恵主義の成立』(学文社)を読む。

(羽黒仁史)

【今月のAlert 】「女系」でも「男系」でも天皇制廃止だ! そして「皇女」制度を許すな!

 二〇二一年『朝日新聞』の第一報の一面は、コロナと元農水相の賄賂で埋め尽くされた。第二報(三日)も同様だ。新年早々、紙面全体のコロナ関連記事が占める割合は実に多い。昨年、運動現場へのコロナ感染拡大の影響は決して小さくなかったが、天皇たちが受けた影響の大きさを、改めてこの紙面から思う。まずは一般参賀中止で始まる二〇二一年に、天皇たちは継続する不運を感じたことだろう。

 一般参賀は一九四八年から続く皇室行事だが、新年一般参賀が中止されたのは今年を入れて三回のみだ。過去の二回は一九八九年昭和天皇Xデーの年とその翌年で、裕仁の重篤と死後の服喪が理由だった。天皇自身の都合を除き、何があっても続けてきた一般参賀は、五万から一〇万以上を超える天皇信奉者を前に天皇がスピーチする貴重な機会であり、その様子をテレビや新聞で我々に見せつける大きな天皇イベントなのだ。それを断念しなければならなかった天皇一族は、昨年からつづく「公務」の自粛の継続を予感させられたに違いない。

 初詣の記事とならび、一般参賀の様子や天皇の「言葉」、家族写真やベランダにずらりと並ぶ天皇夫婦と成年皇族たち、打ち振られる「日の丸」の小旗の波。今年はそういった映像や記事がない。天皇たちにとっては、一般参賀中止にとどまらず、コロナ禍に「配慮した」お祝いムードや高価で派手な装い(ティアラ)の自粛など、見せどころ激減の状況は続く。そして、「次善の策」としてのビデオメッセージ。一日のビデオメッセージは社会面に小さめの家族(天皇・皇后・愛子)写真付き記事。三日の「新年祝賀の儀」の記事はさらに小さめで写真なし。天皇報道が比較的多い『朝日』でさえ、記事はこれだけであった。それでも十分すぎるとは思うが。

 メッセージでは、「皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています。(中略)我が国と世界の人々の安寧と幸せ、そして平和を祈ります」と述べる。「民主的痛覚」(伊藤晃)というのをマジで感じさせる天皇のセリフで、同様の言葉は何度も聞くが、その度に呆れかえり怒りがわく。天皇の「願い」や「祈り」とは無関係に社会は動いているのだ。たとえば、寒風吹きすさぶ路上で年越しを余儀なくされている人たちを支援する人々は、天皇に示唆されて動いているわけではまったくない。しかも天皇一族は、年末年始であぶれ路上で過ごす人たちの、寒さや悲しさや無念さとは無縁のところで生きている。あるいは、医療・保健・福祉の現場だけでなく、危険と隣り合わせだったり、理不尽な条件下で働く人たち、独居老人、一人親、失職した人たち等々の過酷な現実を知る必要もない。天皇・皇族がその「血統」を根拠に、国によって丁重に保護されているからにほかならない。そんな不条理があっていいはずがないし、ましてや政府や行政の無策の代償としての「お言葉」や「公務」を担当する国家機関は百害あって一利なし、なのだ。

 一方、新聞は大きく紙面を割いて「おひとりさま」記事や養子縁組の家族物語など、婚姻や「血の論理」とは別の選択肢を肯定的に扱う記事を組んでいた。明らかに天皇制の論理とは別方向の紙面づくりで、興味深い。読者の多くはそのような記事を望んでいるということだ。

 ほんの少し遡り、昨年末に向けては眞子の結婚話と秋篠宮の親父発言、そして皇位継承問題として政府が指し示した「皇女」制度問題でメディアはそれなりに沸騰していた。眞子の「お気持ち」、眞子の結婚に対する批判、二四条を引っ張り出して結婚を認めて見せた秋篠宮への複雑な気分がにじむ肯定・否定論と多々あるが、まずは、そのさなかにでてきた「皇女」制度問題。

 この案は八年ほど前から出ていた。ただ、これが「皇位継承問題」の解決策にはなり得ず、あまり前面には出てこなかった。しかし今回、これが政府案として動き出しそうな気配だ。「男系男子」原則なのだそうだ。女系でも男系でも天皇制廃止、を当然の前提に、政府が構想する「皇女」制度に反対していこう。「血統」だけで特別優遇される「皇女」たち。天皇制という身分社会に、さらに特別な身分を作ろうというのだ。私たちは「『紀元節』と『天皇誕生日』に反対する2・11ー2・23連続行動」実行委でも新天皇制論議を始めている。ともに深めていこう。

(大子)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 55号(2021年1月 通巻437号)

 

反天ジャーナル ◉ (なかもりけいこ、よこやま みちふみ、ななこ)

状況批評 ◉ 教育における「不当な支配」─朝鮮学校「高校無償化」裁判から考える(佐野通夫)

書評 ◉ 多様な視点と「熱さ」が交差する追悼文集─『語り継ぐ1969 糟谷孝幸追悼50年─その生と死』(宮部彰)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈127〉◉ ひどい政治の横行と、それを批判する論理と倫理の水準(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈54〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その19◉ 「眞子」「秋篠宮」発言と「小室母子」非難(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉殺害されたホームレス女性を追悼し、暴力と排除に抗議する/即大訴訟 活発な弁論/「敵基地攻撃力」とは「敵地先制攻撃力」

学習会報告◉ 坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書・二〇二〇年)

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2021年1月5日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】山田朗『日本の戦争Ⅲ 天皇と戦争責任』(新日本出版社・二〇一九年)

 本書は、天皇の戦争責任回避の根拠として定説となっていた、天皇「無答責」論と実態としての天皇の戦争不関与という間違いを正していくことを大きな目的に編集されている。一九九五年の「現代における〈戦争責任〉問題──天皇の〈戦争責任〉論を中心に」から、二〇一六年「『昭和天皇実録』の軍事史的分析」と、およそ二〇年間に書き積み上げられてきた研究論文の集大成である。

 著者は、様々な言論によって作り出された昭和天皇裕仁=「無力で戦争に消極的な立憲君主」といったイメージを覆すために、一次資料を丹念に読み、裕仁はただ座ってハンコを押すだけの無能・無害な君主では決してなかったことを証明するため、長期にわたる研究を続けてきた数少ない実証主義歴史研究者だ。一方で、裕仁の戦争関与に関する実態を暴露していくことで、これだけ作戦等への関与があったのだから戦争責任なしとは言わせないといった主張の新しさと説得力の強さに私たちは気を取られすぎ、明治憲法下で大元帥・戦争の最高責任者という地位にあるというだけで逃れようもないはずの責任から、逃れきったことの問題は伝わりづらくもなっていたかもしれない。著者にとっては当たり前のことであっただろうその側面が、それが目的であったかどうかはさておき、そのあたりもフォローされるような編集となっており、完璧さは増し、裕仁断罪への執念を感じさせる一冊だ。

 学習会では、天皇の曖昧で漠然とした「下問」によって作戦が変更されたりするあたりの詳細な記述に、天皇制の「忖度政治」の「伝統」を読み、天皇のわがままぶりに呆れ、久しぶりに裕仁への悪口三昧で盛り上がった。

 次回は、一二月一五日(火)、坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書)を読む。

(大子)

【集会報告】天皇も跡継ぎもいらない! 「立皇嗣の礼」反対緊急行動

 「立皇嗣の礼」が強行された一一月八日、「天皇も跡継ぎもいらない 11・8『立皇嗣の礼』反対緊急行動」が原宿・神宮橋で取り組まれ、渋谷・宮下公園までのデモを行った。主催は、「国家による『慰霊・追悼』を許すな! 8・15反『靖国』行動」。

 閣議では、この日各府省で「日の丸」を掲揚するほか、地方自治体や学校、会社などに掲揚への協力を求めることを決めた。衆参両院などは、「立皇嗣の礼」に祝賀の意思を表す「賀詞」を、決議していた。あらためて秋篠が「次」の天皇であると宣言するこの儀式は、まさに一連の「天皇代替わり」儀式の最後に位置づけられるものである。

 デモ出発前のアピールでは、主催者あいさつに続いて、反戦・反天皇制労働者ネットワーク、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、オリンピック災害おことわり連絡会から連帯アピールを受け、最後に実行委メンバーが「緊急行動アピール」を読み上げた。

 集会後、表参道から渋谷に向けたデモに出発。「立皇嗣の礼に反対!」「天皇も皇嗣もいらない!」「皇位継承の儀礼を認めないぞ!」などのシュプレヒコールを響かせた。

 このデモに対しては、随所で右翼の攻撃が目立った。明治通りでは、デモ隊に突っ込んできた右翼によって転倒した参加者が負傷させられた。右翼の暴力を許さず、原則的に反天皇制運動を持続していこう。参加者は九〇名。

(北野誉/実行委)

【今月のAlert 】明仁天皇制の代替わりを経て次の時代をどう捉えるか

 一一月八日に秋篠文仁を「皇嗣」とするための、皇室典範にも旧皇室令にも規定のない「立皇嗣の礼」がなされた。これにより、二〇一六年七月に現「上皇」の明仁が生前退位の意思表明を行なったことにはじまる、天皇制の「代替わり」過程は一区切りしたことになる。私たちは、これに対しても反天皇制の実行委員会を組み立て、反対を表明する街頭行動を行なうことができた(詳細は別掲)

 これまでにもたびたび述べてきたように、虚構の「男系」血縁主義に基づく天皇制の「皇位」継承の流れは、継承の該当者がしだいに死滅していくことにより制度的にも危殆に瀕しつつある。天皇に関する制定憲法上の制限を大きく逸脱してその権能を拡大した、明仁の危機意識によるふるまいと、皇室典範特例法の制定により、今回の継承過程は済ませることができた。しかし、ほんらい明仁や他の皇族たちが望んでいた「皇位の安定的継承」につながる皇室典範の全面的な改定には、右派勢力の反対によって踏み出すことができなかったようだ。なお残る各国の王政においても徐々にすすめられつつある、性別を問わない長子継承制度など王位継承ルールの改定は、安倍やその周辺の影響が残る当面のあいだはなされないと思われる。

 「皇女制度の創設」という報道が、一一月二三日に一斉に流された。これは、女性「宮家」の創設により、形式的であれ女性皇族の「皇位継承」の可能性を残すものとはまったく異なっており、皇室典範第一章はもちろん、女性皇族がその婚姻後に皇族から離脱するという皇室典範一二条も、皇族から離れたものが復帰できないという同一五条にも触れるものではない。元女性皇族が、「皇室の負担軽減」のため特別職の国家公務員になるというものであり、そのための「尊称」なのだという。これが天皇や皇族たちの意図する一族の安定とは異なり、かつ、皇族「もどき」の存在を増やすことで、皇室経済や警護など制度面を拡大することは想像に難くない。すでに結婚の意思を明らかにしている眞子ら秋篠の二人の娘や、愛子、天皇の妹の黒田清子らが「皇女」として想定されているらしい。

 天皇制やその維持につながる提案や行動には、いっさい与することをしたくないが、かといって、天皇制の存続が悠仁ひとりに託されたことで、より困難で危うくなることが明らかでも、このような新制度による弥縫策に加担するわけにいかない。法と制度の規範的な役割を考えれば、皇室典範の定める女性皇族の不平等と劣位は、この国家の人権制度全体にも影響を及ぼしているのであり、「皇女制度」にも反対するのが当然だ。

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 このかん、君主制の安泰を誇っていた国々でも、その権力に対する批判がさまざまに噴出している。公然と反対者を暗殺するサウジアラビアほどではないとしても、宗教的権威や軍とも一体化した権力を誇ってきたタイの王政に対し、プーミボンの二〇一六年の死後、後継となった現在のラーマ十世への批判が、今年になって大規模な大衆運動として連日にわたり展開している。ウェブメディアのプラチャタイ(https://prachatai.com/english/)によると、最近も、莫大な資産が王室財産法により隠蔽され、一族が在住していたドイツなどヨーロッパに隠されていることへの批判が、学生らによる行動として噴出している。今年はコロナの影響でマイナスが見込まれるとはいえ、一時のアジア経済危機を除いて長期にわたって拡大を続けたタイの経済は、国王の私腹を大きく肥やしてきた。これに対する批判も「不敬罪」により圧殺されてきた。こうした認識は、大衆的な問題意識として共有されつつあるという。

 いま、私たちは、二月の「紀元節」や「天皇誕生日」に抗議する運動の準備をはじめると同時に、この五年近くにわたる第一〇期の反天皇制運動連絡会の活動の総括を開始している。二〇一六年の初夏に開始した今期のテーマは、しばしば病を伝えられてきた「明仁のXデー」であった。それは、直後の退位意思の表明により想定とは異なる形で展開したが、一連の「代替わり」過程に向けて、十分ではないとしても持続的に意味ある闘いを提示することができたはずだ。とはいえ、そのスタートから三〇年にも及ぶ明仁天皇制との対峙は、個々人の意志と身体にとっては、誰にとってもまったく楽なものではなかった。どのように区切りをつけるか、友人たちとともに考えていきたい。

(蝙蝠)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 54号(2020年12月 通巻436号)

 

反天ジャーナル ◉ (捨てられし猫、映女、機関にすぎない天皇とは違うね)

状況批評 ◉ 政権の危機と運動の危機(小倉利丸)

ネットワーク ◉ 「その支出、ちょっとまったぁ!」─「京都・主基田抜穂の儀違憲訴訟」を提訴(高橋靖)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈126〉◉ コロナの時代に観る『スパイの妻』(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈53〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その18◉ 象徴天皇の「代替わり」と「菊タブー」(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉天皇制を考えるwamセミナー、スタート!/崎原盛秀さんを悼む/「天皇も跡継ぎもいらない! 「立皇嗣の礼」反対緊急行動/いまこそ中止だ 東京五輪! 11・8街宣&13集会&15デモ

学習会報告◉ 山田朗『日本の戦争Ⅲ 天皇と戦争責任』(新日本出版社・二〇一九年)

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2020年12月1日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】福間良明『戦後日本、記憶の力学 ──「継承という断絶」と無難さの政治学』(作品社・二〇二〇年)

 著者がここで扱っている論点として、はじめに選んでいるのは「靖国神社、千鳥ヶ淵」「広島、長崎」「沖縄・摩文仁」だ。戦後史の経過で、これらをめぐる政治的にもきわめて重要な論点を、目配りよく整理している。続けて映画などの表現をも引きつつ、受け入れがたい「記憶」がソフィスティケートされていく経過を追い、さらに、これらが「現代化」「脱歴史化」されて「継承」されていることの問題を取り上げる。

 叙述には、資料を渉猟していることもうかがえて、いまなお現代史においても思想史においても重要な、「戦争の記憶」を考えるための論点が数多く提出されている本だ。参加者のいずれも読後の評価はおおむね高いものであり、本書がまとめられた後に起きた現在的な「コロナと政治・社会」の問題について、別途に「付記」を入れたジャーナリスティックな問題意識も好感の持てるものだった。

 議論の中で話題となったのは、これだけの整理をしてみせた一九六九年生まれの著者がまさに学生時代に出会ったはずの、裕仁の死と代替わりという戦後史上の大きな変化を、どのように認識したかについて叙述でまったく避けていることの「奇妙さ」だ。

 橋川文三、安田武や鶴見俊輔の天皇体験と天皇への(好意的)評価については触れられず、この問題について厳しく問い続けた平井啓之の論もないのはなぜか。靖国をめぐるテーマなら、加藤典洋や高橋哲哉の論について、同時代的には触れるところではないのか。エピローグでは、九〇年代以降の議論を「実証史学」の観点から「図式」「予断」が先行していると、やや裁断してみせている。それがまったく当たらないわけではないだろうが、逆にいうと、これらの議論に踏み込まないのは、分析への方法論に欠けるところがあるからではないかとも思わせるのだ。著者が、他の仕事では戦後史の中の大衆的な「教養」「文化」を扱いながら、自分史的にもなりうる議論を避けるのは、自身の「断絶」「無難」さへの志向があるのではないか。

 次回は、一一月一七日、山田朗『日本の戦争3 天皇と戦争責任』(新日本出版社)を読む。         

(蝙蝠)

【今月のAlert 】菅強権政治の下での「立皇嗣の礼」強行に反対!

 菅政権が発足してひと月が過ぎた。ようやく行われた所信表明演説に対する代表質問の様子をニュースで見ながら、この原稿を書いている。

 国会論戦のテーマのひとつはやはり日本学術会議の任命除外問題。菅は具体的な除外理由は明らかにしないまま、「総合的、俯瞰的な活動」が求められると、むしろ学術会議の機構改革の方に誘導しようとする。「菅話法」とも言われた官房長官時代の「鉄壁」さ、つまり質問に正面から答えることをせず、ふた言めには「批判は当たらない」「全く問題はない」と表情を変えることなく言い放つことで、あらかじめ議論を遮断し終わりにする。自分がそう言っている以上そうなのだと上から目線で断言する。こうした強権的な姿勢は、首相という立場になっても変わらない。

 学術会議の任命除外については、官僚トップの杉田和博官房副長官が、「任命できない人が複数いる」と、菅に口頭で報告していたことが明らかになっている。杉田は二〇一七年から中央官庁の幹部人事を一元的に管理する内閣人事局長を兼任しており、菅とともに時の政権の意志にそぐわない官僚を飛ばし、「政治主導」の名の下に、官僚の屈従と忖度の支配体制を作りだしてきた人物だ。官僚トップであるから当然ではあるが、天皇関連でもよく名前を見る。宮内庁が非公式で検討を求めていた明仁の生前退位について、その要請を握りつぶしたのも彼だし、明仁のメディアを使った生前退位意向表明の後、宮内庁長官の首をすげ替えたのも彼だと言われている。もちろんこの間の「代替わり」儀式の全過程にも、事務方のトップとして関与し続けてきた。

 その杉田は、警察庁の警備・公安畑を長く歩み、警備局公安第一課長、警備局長、内閣情報室調査室長、内閣危機管理監などを経て、第二次安倍政権で官房副長官に就任した。「官邸のアイヒマン」と呼ばれた、部下の北村滋国家安全保障局長とともに、警察出身の官邸官僚を代表する。安倍政権で重用された経産省出身者の凋落に伴い、菅政権における発言力はこれまで以上に高まっている。

 中曽根元首相の合同葬に合わせて、政府は全国の国立大学などに弔意を表明するよう求めた。この政府の姿勢にもあらわれているように、公務員は国(政権)に従うのが当然、とする国家主義的な官僚統制志向があたりまえのようにまかり通っている。しかし「敵」に対して「思想調査」めいたことをしたり、積極的にデマと印象操作を行ったり、スキャンダルを握り、メディアを統制するやり口も含めて、公安的手法と発想が、政権中枢を貫いているのではないか。そしてそれは「スガーリン」とも揶揄される、菅政権の性格そのものではないのか、との強い危機感を抱く。

     *

 さて、このような状況において、一度延期された「立皇嗣の礼」が、一一月八日に開催されることになった。

 「立皇嗣の礼」は、秋篠宮が「皇嗣」となったことを宣言する「立皇嗣宣明(せんめい)の儀」、天皇にお礼を述べる「朝見の儀」、賓客を招いた祝宴「宮中饗宴(きょうえん)の儀」(都合二回)などからなる儀式である。今年の四月一九日に行われる予定になっていたのが、新型コロナウイルスによる「緊急事態宣言」体制の下で延期されていた。もちろん、コロナ状況の「収束」など一向に見通せていない。饗宴の儀を中止し、宣明の儀の参加者も三五〇人から五〇人に減らすなどして儀式を断行しようとしているのだ。

 この儀式は一連の「天皇代替わり」の最後の儀式である。天皇・上皇・皇嗣からなる「新しい時代」の天皇制の開始を正式に告げるためのものだ。安倍よりはイデオロギー性は希薄に見える菅政権の「天皇論」はまだ必ずしも鮮明ではないが、立皇嗣の礼に連続するだろう「皇位の安定的継承」をめぐる論議において、次第にその像を結んでいくだろう。

 私たちも参加する8・15デモに取り組んだ反天皇制運動の実行委は、この日、「立皇嗣の礼」に反対するデモを準備している。コロナ禍における違憲の「立皇嗣の礼」の強行に強く抗議する! 天皇も跡継ぎもいらない! 身分差別と格差を温存し拡大する天皇制は廃止だ! 

(北野誉)

【表紙コラム】

 いわゆる職業軍人経験者の首相も中曽根康弘が最後だ。これにひきかえ警察官僚出身者は、形式上は文官でもあり、内調はじめ政権中核に影響力が大きい。とりわけあのクソ以後は「政治主導」を口実に官僚の人事をほしいままにし、杉田和博や北村滋など警備公安警察出身者を使ってその支配を固め、醜聞まで揉み消していると指摘されている。

 「学術」には縁がないが、その杉田らを背後に擁するカスの政権が、さっそく日本学術会議の人事に手を突っ込んでさまざまにかき回し、フェイク情報を流して脅迫で支配を強化しているのは、どうにも看過ならない。

 はるか昔、某企業に勤務していたころ、親しくもない同僚が、こぶしをグーパーしながら「××さんコレでしょ?」と話しかけてきた。最初は、パーすなわち「アタマが悪い」と言われているのかと思って笑っていたが、ややあって、そのジェスチャーがバクダンの破裂を意味し、そのころ加わっていた冤罪事件の救援運動を指していることに気づいた。インターネットもない時代で、その「情報」が公安警察から総務・人事を経由して一般社員にまで流されていることは明白、さすがに腹が立った。パーの鼻先にグーを返せばよかった。これは公安警察による情報操作が及んだ具体的な体験として、いまさらながら胸底の澱がかきたてられる思いがする。

 その某企業も業績不振や不正会計の影響で姿を変えたらしい。当時の関係者など警察にも残っていまいし、だれも覚えていないだろう。しかし、官庁の公式の議事録を記述しなくても書き換えても、姿を変えた「情報」は残っているに決まっている。警察資料もなんらかの形で保持され、さらには更新され他の情報とヒモ付けもされているわけだ。いまの監視体制はコストも安価で容易に維持できる。『善き人のためのソナタ』のような監視なら、まだしも「人間的」と思えるような現実があることを心したい。

(蝙蝠)