「ニュース」カテゴリーアーカイブ

【集会報告】反天連討論集会Alert !!!〜「代替わり」状況へ

 一二月二三日。GHQはアキヒト誕生日のこの日にあえてA級戦犯を処刑する。アキヒト即位後三〇年間、反天連は毎年この日に「天皇制の戦争責任・戦後責任」をテーマに集会を開催してきた。

 今回、小倉利丸さんを迎え、討論集会を日本キリスト教会館で行った。小倉さんは、劣化する近代の価値とグローバルな極右の台頭のなかでの天皇制を、憲法自体の問題、排外主義を江戸までさかのぼり、視点は世界規模で分析する。特殊だと思われている天皇制が、世界で台頭する極右の世界観、価値観と共通すると指摘。最後に伝統と文化の問題についての議論が必要で、それをどういうふうに根底から否定するのかが今の時代に必要なのではと締め括った。

 桜井大子は、五つのポイントから、裕仁、明仁と徳仁を比較整理し、徳仁天皇で天皇制がどのように変わるか探る。メデイアをフルに活用し、皇室の自律・自立を当然の権利として主張しはじめた世代。今後、天皇尊重、君民一体思想がさらに強化されていく可能性が高いと予測。

 北野誉は、「即位・大嘗祭」について秋篠宮発言から二つの問題をあぶり出す。天皇制が果たしている役割は天皇教という一つの宗教として考えるべき。象徴天皇制と政教分離は基本的に矛盾する。憲法それ自体がはらむ矛盾についても問い直すことも意識的にやるベきだと発言。

 最後に天野恵一は、三〇年前の「代替わり」と比較。本島長崎市長銃撃事件を取り上げ、大衆から噴出する天皇の戦争責任問題を消去していくことが、支配者たちの最大のテーマであった。現代それが成功しかかっている状況であるという。そして、わだつみ会の声明にも触れ、アキヒトの護憲発言の欺瞞をキチンと批判したものであり、そこからいろいろな闘争が始まったが、今、アキヒト即位の始まりにあった問題を、一から考え直さなければいけないと問題提起した。

 リベラル派といわれる学者たちが、情けないほど次々と天皇になびいていく。そのなかにあって、今回の「代替わり」で私たちが何を問題にし、反対の声をあげていかなければいけないか、確信がもてた集まりだったと思う。参加者九六人。継続は力なり。報告を書きながら私はこの言葉を噛み締めた。      

(桃色鰐)

【集会報告】退位・即位問題を考える練馬の会〜『明治一五〇年』近代天皇制国家を問う

「アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」では、結成一周年にあたって「『明治一五〇年』近代天皇制国家を問う」と題して、太田昌国さんによる講演と討論の集会を開催した。

 太田さんは、まず金静美「東アジアにおける王政の廃絶について」をひきながら、二〇世紀初頭に相次いで倒れた中国(清国)・大韓帝国・帝政ロシアという三つの王政と、生き残った日本の天皇制を対比させ、世界史的な観点から天皇制を把握することへの注意を喚起した。引き続き、英国のインドから中国への植民化の進行、メキシコ戦争を経て大西洋から太平洋に至る領土を得た米国、南下を開始していたロシアなど、膨張する帝国主義の時代の中でアジアへの侵略政策を選択し国家形成をしていった、新興帝国主義国家としての大日本帝国の問題について述べられていった。

 「万国公法」を掲げて、半未開、未開国を支配して収奪する欧米「文明国」に倣い、日本は、そのイデオローグであった吉田松陰らの構想をなぞりつつ、欧米との交渉で失ったものを、蝦夷地、琉球を手はじめとする東アジアの植民地化の進行によって奪回するという戦略を取った。この植民地主義の歴史は、厳しく批判し否定しなければならないが、そのためには、侵略されたアイヌら少数民族の歴史をいわゆる「被抑圧史観」で捉えるだけでなく、それぞれの民族が有していた歴史と可能性を、これらの事実のなかで躍動的に認識することが重要だと強調された。

 いま、こうした植民地主義を臆面もなく正当化し、これを批判する立場を「自虐史観」とする勢力が圧倒的になっている。一九四五年の敗戦処理から学ぶべきことは、日米安保条約と天皇制の問題とともに、「戦後の平和主義」がアジアへの植民地支配の結果を総括しておらず、「戦後」のアジアにおける戦争状況をも無視しているということであり、それをこそ考えねばならない。朝鮮半島の問題においても、日本帝国主義の歴史への責任の認識を、いまなお欠いた発言が支配している。それは、左派やリベラルの敗北の結果でもあった。だからこそ今後も、安易な結論を求めず、この現実に主体的に真剣に向き合っていかねばならない、と結ばれた。参加者は三七名。

 「練馬の会」としては、これまで六回の集会・学習集会を行なってきたが、二月からもほぼ二カ月ごとに練馬で集会を重ねていく予定だ。多くの参加を呼びかけたい。    

(蝙蝠)

【集会報告】『ブラックボランティア』著者 本間龍さんを迎えて

 一二月七日、文京シビックセンター・シルバーホールで、「オリンピック災害」おことわり連絡会(おことわリンク)主催の学習講演会「『ブラックボランティア』著者 本間龍さんを迎えて」が行われた。本間さんのネームバリューの割には、宣伝期間が短かったためか、参加者は五〇名ほど。

 本間さんは話題になった『ブラックボランティア』(角川新書、本紙昨年一〇月号に、おことわリンクの「暗黒聖闘士」さんの書評あり)の著者で、今回の2020東京オリンピックにおけるボランティア問題について「果敢に切り込んでいる」方。同書では「国、JOC、電通、メディアがスクラムを組んで国民をブラックボランティに扇動し、反対しにくい空気を作るのは、先の大戦時のような、悪しき全体主義というべきである」と書かれている。

 東京で開催されるオリンピックでは、一一万人ものボランティア(大会ボランティア八万、都市ボランティア三万)が募集されている。年末には一八万人の応募があったと報じられた。だが、予算三兆円がつぎ込まれる一大商業イベントであるにもかかわらず、アルバイトではなく労働の対価なしの無償ボランティア(日当一〇〇〇円、交通費、宿泊費は自腹)をあてこんでいるのは「アマチュアリズムを装った労働詐欺」だと本間さんは言う。

 多くの大学では、ボランティア動員の片棒を担いで、この時期にある前期試験を繰り上げたり、特別に単位を与えるとか、就活にも有利だとか……。おことわリンクでは、これはまさに国策イベントに対する「学徒動員」の構造ではないかと捉え、国大協や私大協などに対する申し入れなども行なってきた。

 当日の本間さんの講演は、同書で展開されていたような内容を軸として、金を落とすシステムとしてのオリンピックの構造、企業の協賛と電通の仕切り、オリンピックボランティアの業務内容、オリンピック組織委員会の「ボランティア戦略」についてなど、多岐にわたった。とくに、ロンドン五輪などとも比較して、ボランティアの健康(命)の責任を持つべき部署が実質的に不在であること、ボランティアへの報酬どころか、オリンピックを主催する側は「ボランティアは育成するのに金がかかる」とさえ考えていることなどが指摘された。

 酷暑のオリンピックは「インパール作戦」になぞらえて語られるが、それは人間を無償の資源として使い捨て、そのために全社会的に国策への動員を果たしていこうという指向性においても、大日本帝国と同じだなあ、と改めて感じた。

(北野誉)

【書評】『検閲という空気─自由を奪うNG社会』 アライ=ヒロユキ(社会評論社、二〇一八年)

 前世紀末以降の経済社会状況を表現するとき「失われた○○年」という呼び方が定着している。それは一〇年から二〇年となり、さらに年を加えられて、蔽いようのない社会の各方面における衰退を露呈している。これは、決して侵されてはならない基本的人権を、削ぎ落とし、歪め、改変して、全く別のものへとしようという、貧して鈍する圧力が増大する経過をも表現している。そのような中で、私たちのさまざまな領域における活動は、つねに著しい困難を強いられる。

 二〇一二年の「自民党憲法草案」では、基本的人権の中でも中核的な、生命・自由・幸福追求の権利や、表現の自由などが「公益及び公の秩序」の制限下に置かれている。そしてこれは、改憲への危惧などではなく、すでにさまざまな方面で開始されているわけだ。

 著者のアライ=ヒロユキが主要なフィールドとしてきたのは、美術・文化批評の分野である。本紙読者の関心に近いところでは「天皇アート論」(社会評論社)で天皇を対象とした表現を論じているし、フランスの『シャルリー・エブド』事件の衝撃の中で開催され、多数の参加者を集めた「表現の不自由展」でも、アライは主催の一人として関わってきた。

 だからもちろん、アート表現の問題もこの本の中では扱われている。しかし、この本の扱う領域、論じられている事件や事象の範囲はもっと広い。ここで扱われている問題は、そのほんのいくつかを抜き出しても、例えば、保育所と地域社会、生活保護への監視、「防犯」監視システム、海辺でのパーティや祭りの喧騒、地域での平和や戦争・憲法の催し、図書館の自由、メディアへの言論統制と報道の自由、歴史認識をめぐる「偏向」攻撃など、いずれも重要で、それにもかかわらずしばしば些細なことに見え、「一過性」の記憶とともに捨てられてしまいかねないテーマも多い。これらの忘れられてはならないことを拾い上げるということだけでも、それは大きな成果を生む。そして、著者はその一つひとつに向き合い、丁寧な分析と評価を刻んでおり、その視野の広さがこの本の重要なポイントとなっている。

 この間、国家により警察や軍隊の物理力をむき出しにする制限や弾圧が拡大している。そして、同時に、自治体や企業、住民間のコンフリクトから起因する制限はいっそう拡大している。これらには、じつは国家による制限や弾圧を、利害当事者の争いに仮装するかたちで、実際の権力関係を隠す目的で仕組まれていると考えられるものも多い。本質が視えなくされる中で、「対立」が演出され、その操作的な「関係性」のなかで、強制力を有する存在が「手を汚さずに」、強制力による抑圧の根拠を示すこともなく目的を果たすという構造だ。これらの構造は、インターネット社会のSNSなどのツールを経由してより有効に機能している。もちろん、ヘイトグループや右翼団体などの物理力もこれに組み合わされ、さらにコミュニケーションは息苦しく、ときには耐え難いものとなっている。そこでは、暴力やヘイトが、自由な生のための表現と同列化される倒錯も日常化している。

 「一見まったく異なる背景を持つ出来事が同じ時期に起こり、いわば行動を制約する重しのように社会に積み重なって」いる状況であり、「検閲、弾圧、規制、忖度、クレーム」など「いずれの言葉をもってしても事態を十分に説明するには事足りない」。著者のいう「NG社会」とは、このような社会状況を指している。「NG」とは「No Good」をつづめた表現の俗語で、よくない、ダメ、不可、不良品など、否定される対象へのラベリングである。それは、メディアの中で濫用される概念でもある。

 紆余曲折があっても、マクロ的に見ると自由は拡大すると観念されてきたのが近代の成果だ。しかしそれがさまざまな方向から制限されようとし、そうした制限こそが新しく優れた社会的な共通認識であるとされてきている。「自由からの逃走」(フロム)が雪崩をうってはじまろうとしているのだ。

 もとより、この状況に簡単な処方箋が書けるはずもない。しかし、このような事態だからこそ持続しなければならないことがある。著者は「数々の不正や不条理に対し、勇気をもって有害なものを投げつけること。言葉や表現、あるいは行動が含む有害なものを許容すること。そこから冷静に対話のための手段を採り、向き合うこと」を強調する。同意できる結論だろう。ものを見るとき、描かれなかったものに想いをいたすことに、意識的でありたいと思う。(二二〇〇円)             

(蝙蝠)

【ネットワーク】集会・デモくらい自由にやらせろ!実行委員会

「新宿区におけるデモの公園使用規制問題」はその後も申し入れ・交渉が継続中である。一連の経緯を報告するとともに、民主主義の根幹ともいえる「デモの自由」に関わるこの問題への注目をあらためて訴えたい。

 発端は昨年六月に報じられたニュース(『東京新聞』は一面トップで報道)であった。新宿区が区立公園の使用基準を見直し、デモ出発に使用できる公園の規制に乗り出した(八月一日より実施)というものだ。これまで使用されていた柏木公園、花園西公園、西戸山公園が使えなくなり、区内では新宿中央公園だけになった。主な理由というのが、デモの騒音や交通規制で地域住民や商店、学校、ホテルなどが迷惑を被っているためだという。

 新宿区の「(二〇一七年度)公園別デモ出発実績」によれば、総回数は七七件、そのうち駅に近い柏木公園は五〇回。過去五年間の件数の推移でも倍増というほどでもない。そもそもデモに交通規制は当然のこと、「騒音」といってもマイクを使ったコールで訴えることは権利として認められていることだ。当初は「ヘイトデモ規制」と受け取った向きも多い。しかし対象はすべてのデモ。実際にヘイトデモは七七件中一三件に過ぎずヘイトを理由にデモ全体を規制するのはあり得ない。

 この決定に対しては、これまで柏木公園を利用してきた多くの団体、区議、弁護士、ジャーナリスト、憲法学者からも抗議の声が多く寄せられた。急きょ結成された「集会・デモくらい自由にやらせろ!実行委員会」は、新宿区に対して責任部局のみどり土木部・公園課に対して申し入れ、交渉の場を要求した。

 第一回は九月一八日、区側で出席したのは公園課の課長と係長。今回の決定に際して、具体的にどんな被害がどこから寄せられたのかを問い質すと、あいまいで漠然とした言い方で、各方面から騒音、交通規制で迷惑との苦情が多く寄せられていると繰り返すばかり。新宿中央公園を唯一残した理由も繁華街から離れているから良いと。デモは人里離れたところでやってほしいということらしい。

 議事録(六月二七日)によれば、公園課を統括するみどり土木部長が「(デモ参加者が公園に集まることについて)知らない方がかなり集まってくる状況というのは、近隣の方にとっては嫌な状況ではないか」「区民にとってはストレス」「私自身、自分が住んでいる家の近くの公園で、子供もおります」と自治体の責任者として考えられない発言をしている。こうした理不尽な判断基準がまかり通るのであれば、デモの権利などなきに等しい。

 九月二九日には、新宿デモと屋内集会(日本キリスト教会館)が行われ、実行委として新宿区に対して撤回を求める闘いを継続することを確認した。二回目の交渉(一一月二〇日)では、規制の根拠とされた町会・商店会の要望書が提出されるより以前(五月一四日)に、総務課長と弁護士が「区立公園におけるデモ出発地としての占用許可について」協議、さらにそれ以前に、総務課、危機管理課、公園課の間でシナリオがつくられていたことが判明した。続く第三回交渉(一二月二八日)には総務課長が出席。総務課長も公園課と同様に、デモ規制について何の疑問も感じず、当然だと思っている。騒音と交通規制で迷惑だと繰り返すので「では祭りや店の宣伝はどうなのか」と問い質しても、「それは問題ない」と居直る。日弁連の会長が懸念を表明している声明についても、「弁護士皆が読んでいるわけでもない」ととんでも発言。「総務課長の発言として社会的に問題になるぞ」と追及すると、あわててその場で謝罪・撤回した。ともかくお話にならないレベルなのである。

 次回は危機管理課長の出席も求めて日程を調整中(一月一二日現在)だが、ここまでで明らかになったのは、新宿区長や自民党区議の一部、商店会・町内会の顔役らの暗躍を背景に、区の各部署が、まともな検討・論議抜きに、表現の自由を踏みにじる決定を下したことだ。現在、新宿では、東口広場の歩道が「アルタ前」と呼ばれてデモの集合地点として定着しているが、この状況でいつまで続くかは分からない。というのも、豊島、渋谷、千代田、中央などデモではおなじみの各区における規制、さらには屋内施設での政治的テーマの規制も強まってきているからだ。天皇代替わり、サミット、オリンピックという情勢のなかで、進行する表現規制の現状に抗い、共同で反撃する闘いが求められている。

(藤田五郎)

【今月のALERT】天皇主導であってもなくても、 天皇「代替わり」反対だ!  頑張ろう!

 天皇の誕生日であるというだけで「祝日」とされていた一二月二三日は、今年から「ただの日」になる。昨年のこの日、反天連は例年どおり、明仁の「誕生日」を祝わない意思表示とともに、天皇制の問題を考えるための討論集会を開催した(集会報告参照)。そして、いよいよ「代替わり」本番の年が始まった。年明け早々から話題には事欠かないが、天皇の誕生日記者会見に触れないわけにはいかない。

 明仁は、二〇一六年八月のビデオメッセージ同様、象徴の意味づけを自ら規定し、憲法が定める「国事行為」以外の行為を、「象徴としての行為」として正当化する発言をくり返すなど、実に多くを語った。これらについては私たちも繰り返し批判してきているので、ここでは以下三点に触れておきたい。

 天皇が皇后を慮る言葉のなかに「自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、(中略)皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきた」というくだりがある。天皇一族は「国民」ではないという認識である。では一体何者であるのか。皇統譜に連なる者は「国民」ではない、という判断は成り立つ。しかし、皇統譜に入った美智子も、「皇室と国民の双方への献身」との表現からは、皇室に献身する立場にあるように読める。憲法には皇族の位置づけは何一つ触れていないし、皇室典範でも、天皇を支える一族としての位置が見えてくるが、何の規定もない。しかし、「国民」を超えた特別の存在であるというのが一般的な認識だろう。この特権的非国民たちについて、今さらだが、少し考えていく必要があるように思う。天皇予備軍と天皇予備軍をつくり出す血縁関係にある一族。その特別扱いの根拠はいったいどこにあるのか。合理的な判断ではたどり着かない何かに至るのではないか。

 また、天皇は「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵してい」るとも語った。明仁天皇は日本が戦争に向かう時代に即位した。戦地への派兵と戦争法の乱立と、武器商人の台頭と、日本は過去の戦争の清算もできないまま、同盟国米国の戦争に加担し続けてきた。そして裕仁が最高責任者であった日本の侵略戦争被害国によってその責任を新たに追及されるさなかに退位する。どこが「戦争のない時代」なのだ。これは天皇がピンぼけなのではなく、「この戦争は平和である」という、明仁の最後のメッセージ、とてつもなく政治的発言として捉えるべきだろう。

 そして、最後にもう一点。明仁は会見の最後にこのように述べた。「来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります」と。「退位」も「譲位」もなかった戦後象徴天皇制に、明仁が「皇室典範特例法」をつくらせ「退位」を認めさせた。しかし天皇は、その「退位」ではなく、「譲位」という言葉を使った。このことの意味を無視しない方がいいだろう。

 皇位継承は天皇の意思ではなく制度(皇室典範)にしたがってなされる。だが「譲位」には、天皇の意思で皇位を後継者に譲り、「退位・即位」が行われるというニュアンスが加わる。実際、現実はそうなのであり、その現実をそれとして表現する言葉をわざわざ使って見せているようにしか見えない。

 12・23の集会で、私は問題提起者の一人として、徳仁世代に皇室の自律をめざす言動が目立つこと、それが現天皇にも影響を及ぼしているのではないか、と提起した。そのときにこの明仁の言葉を、問題提起から取りこぼしていたので、ここで追記しておきたい。

 さらに明仁は、「譲位」によって新しい時代が始まるとも述べている。メディアもよく使う表現だが、新天皇即位とともに新「元号」を制定し、天皇在位期間を一つの時代とすることを「伝統・文化」とすることに、天皇自身が価値付与し、社会的認知を迫る演出ともとれるのだ。

 その新「元号」は、公表時期を四月一日に閣議決定し、同日公表という方針を、安倍は一月一日に報道させた。紆余曲折の裏話はメディアにも出ているが割愛。反天連も参加して行った「元号はいらない」署名は、一二月五日、内閣府に提出してきたが、短い期間で六八〇三筆。反対する人はいるのだ。また、「大嘗祭違憲訴訟」も一〇日に提訴され、第一回口頭弁論も来月には始まる予定。二次原告の募集も始まった。さまざまな反「代替わり」闘争がすでに開始されている。反基地、反戦、反差別、反安倍の闘いと繋がりながら模索していきたい。情報お見逃しなく、参加・ご協力を。

(桜井大子)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 31号(2019年1月 通巻413号)

今月のAlert    天皇主導であってもなくても、天皇「代替わり」反対だ! 頑張ろう!(桜井大子)

反天ジャーナル ─吉三、おわてんねっとTwitter担当、映女

状況批評 天皇の「代替わり」で私たちに押し付けられるもの─皇室イメージと「家族」のあり方(山口智美)

ネットワーク 集会・デモくらい自由にやらせろ!実行委員会(藤田五郎)

書評 『検閲という空気─自由を奪うNG社会』アライ=ヒロユキ(蝙蝠)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈103〉   精神的な葛藤や模索の過程を欠く「紋切型」の言葉(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈30〉 〈象徴天皇教〉とは何か?─〈壊憲天皇明仁〉その28(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相

「元号反対署名」を提出してきましたよ!/『ブラックボランティア』著者    本間龍さんを迎えて/絵が語るハンセン病─隔離政策、優生思想、天皇制/退位・即位問題を考える練馬の会〜『明治一五〇年』近代天皇制国家を問う反天連討論集会Alert !!!〜「代替わり」状況へ

反天日誌

集会情報

 

前号の目次はこちら

*2019年1月16日発行/B5判16ページ/一部250円
模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】赤澤史朗『戦没者合祀と靖国神社』 (二〇一五年、吉川弘文館)

本書は靖国神社の合祀基準の変遷を豊富な資料でたどったものだが、極めて詳細である反面、分析や論理化が弱いとの感は否めない。

遺族への金銭支給と靖国合祀はゆるやかに連動し、「慰霊・追悼・顕彰」を通じて戦死者再生産装置は機能し続けた。しかしよく見れば、戊辰戦争までは「雑多な軍隊」と言える程に様々な職種・階級・身分が入り混じっているものが、軍人中心となり、警察官や軍役夫、民間人を合祀するか、戦病死や銃後の伝染病感染死などをどう扱うかをめぐって合祀基準は揺れ続ける。本書を通読すると、実は確固とした合祀基準などなく前例は忘れられ毎回場当たり的に事例を検討している実態が明らかになる。戦後は民間人の合祀が拡大し、戦争災害被災者も限度はあるものの合祀されるようになっていく。

著者はそれを望ましい変化ととらえている。著者が望むのは、戦後の価値観に合わせて軍人だけでなく空襲被災者を含む多くの民間人をも「戦没者」として合祀する民主的で平和的な靖国である。国立追悼施設ですらない。もちろん国家による追悼の問題性や天皇制の問題などは視野にない。前著『靖国神社』を読んでもそれに気づかず、靖国解体企画で講演依頼をして断られたことがあったが、今ならそれも理解できる。ああ、僕たちのなんと間抜けなことよ!

僕が一番気になったのは軍役夫たちの存在である。戦争は軍人だけで行うものでないことは、イラク戦争時にもクローズアップされた。軍夫、夫卒、傭人夫、雇員、傭人、馬丁、従卒、工夫等々と様々な呼び方をされた人々は、アンダークラスである僕の隣人、同僚たちだ。徴兵されずとも貧困層は戦争動員からは逃げられず、挙句「手段を選ばず利益を得ようとして参加」と死後も蔑まれる。それは僕たちの未来の姿でもあるのだろう。彼らのことをもっと知りたいのだが、研究書などあるんだろうか? これから調べてみようか。

次回は橋川文三『ナショナリズム』(ちくま学芸文庫)を読む。

(加藤匡通)

【集会報告】終わりにしよう天皇制 2018 大集会&デモ

一一月二五日、千駄ヶ谷区民会館で「終わりにしよう天皇制 2018  11・25大集会&デモ」が開催された。主催は〈終わりにしよう天皇制! 「代替わり」反対ネットワーク〉(おわてんねっと)。首都圏の、それぞれに課題を持ちながらも天皇制の問題を継続的に考えて来たグループが、これから一年、天皇の「代替わり」について議論し、行動をつくり出そうと集まってできた。構成メンバーは昨年以来、緩やかに共闘し続けてきた仲間たちで、反天連も参加している。これはその結成お披露目集会だ。

集会は、第一部、コント「忘れられないあの娘」と、栗原康さん講演。コントは昨年も登場した気鋭の「芸人」。今回は声の新人も。栗原さんの講演「みんな天皇制がきらい」は、「大正時代」の天皇制批判として、金子文子や朴烈、大杉栄、幸徳秋水などの言葉を紹介しながら、当時の天皇制・反天皇制の思想について語られ、象徴天皇制論にいきつく。当時の思想が、現代社会にも通じる部分も少なくなく、この変わらなさは恐い。

二部は「野戦之月」有志の会による芝居で幕開け。野戦之月が屋根・壁・床に囲まれて公演。そこは暗い皇居の「お堀」端か。河童に連れてこられた車いすの男と、そこに現れる怪しき者たちとの会話。会場はすっかりテントと化した。「野戦之月」とはおそらく一〇年ぶりのコラボで、嬉しい。

そして「3分で反対!天皇制」。東京琉球館の島袋マカト陽子さん、反五輪の会のいちむらみさこさん、女たちの戦争と平和資料館から池田弓子さん、即位・大嘗祭違憲訴訟の会から桜井大子が次々に発言。まるで数本のコラムを一気に読まさられた感。それぞれのテーマは切実で、凝縮された時間であった。最後に、おっちんズによる「元号やめよう」と「天皇制はいらないよ」の歌。元気倍増でデモ出発。

朱に金色の龍踊る縦断幕と旗やプラカード。原宿・渋谷の街に「終わりにしよう!天皇制」の声を響かせた。

(大子)

【集会報告】東京育樹祭反対行動

一一月一七・一八日、皇太子出席のもと、東京育樹祭が江東区の海の森公園予定地(一七日)と、調布市の武蔵の森総合スポーツプラザ(一八日)で開催された。 

いわゆる天皇「三大行事」として植樹祭が毎年行われているが、天皇が植樹した地域を皇太子が訪れ、「お手入れ」をする儀式が育樹祭(全国国土緑化機構主催、林野庁後援)。今回のそれは、一九九六年の東京植樹祭に対応するものだ。今回「お手入れ」は海の森でおこなわれたが、五〇〇〇人規模の記念式典は、なぜか植樹祭とは関係のなかった武蔵の森総合スポーツプラザで行われた。

首都圏で反天皇制の共同行動をとりくむ「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク」(おわてんねっと)のメンバーは、朝七時に式典会場に続く京王線飛田給駅前に集合し、ビラまき情宣を行なった。

式典開始は一〇時。にもかかわらずこんなに朝が早いのは、一般参加者は厳重なボディチェックを受けるために朝八時に集まることになっているからだ。つまりは、天皇警備のあおりでもある。

一一人が集まり、横断幕を広げてハンドマイクでアピール。最初はほとんど人が通らなかったが、しばらくして明らかに市民の一般参加者がぞろぞろと通っていく。ビラの受け取りは悪くなく、一時間ほどで三〇〇枚近くがはけたが、反対運動の存在を想定していないためか、ビラを見てぎょっとした顔をした人もちらほら。

事前に想定していなかったのは権力の側も同じだったようだ。情宣を始めてしばらくすると、七、八人の私服がわらわらやって来て、写真を撮ったりしていたが、とくに介入はなかった。こいつらは、行動の終了後駅を移動して休憩のために入った店の近くまでついてきて、解散するまで監視していた。

なお、その日の午後、朝のビラまきに参加していたAさんが所用で近所に出ると、たまさか皇太子が通るという。立ち止まって眺めていたところ、二、三〇人の私服に二重三重にとり囲まれて封じ込められてしまった。ちなみに、式典会場から東宮御所に帰るためには遠回りになるコース。どこで寄り道をしてたのか。皇太子の車が通り過ぎてようやくAさんは「解放」された。

天皇・皇族が行くところ、常に人権侵害が繰り広げられるのだ。

(北野誉)