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【学習会報告】伊藤智永『「平成の天皇」論』 (講談社現代新書 二〇一九年)

 本書は「代替わり」直前の二〇一九年四月二〇日発行。コンテンツを眺める限り興味をそそられる。はじめに 「旅する天皇」、第一章「平成の象徴再定義 なぜ天皇は退位するのか」、第二章「退位政局は続く 保守政治vs.天皇の深層」、第三章「靖国神社参拝せず 政治化した神職らの焦り」、第四章「女性が動かす皇室 象徴を作り受け継ぐのは」、第五章「改元政治と尊皇長州 天皇制をめぐる愛憎の系譜」、おわりに 「再び天皇制と政治とは」。

 著者は、二〇一六年八月八日の明仁天皇(当時)メッセージを「深く」読み解きながら、皇太子時代から天皇即位、退位までの、明仁と美智子による「象徴」再定義の言動につなげていく。もちろん「深く」読み解くことと公正な評価が同一であるわけでない。残念ながら本書もそうであった。著者の思い入れと思い込みが多分に加味され、象徴天皇制民主主義の枠を強化する言論の一つとしてカウントされるべきものだった。

 著者は各章において、政府や宮内庁、神社本庁等々関係者への取材などを通して時系列に整理し、結論に導く。神社界と皇室の関係など、初めて知る事実など面白くもある。しかし説得力を持つかのような論理展開の前提には明仁・美智子による「象徴の再定義」賛美があり、最終的にこの「象徴天皇制」を続けるためにはどうしたらいいのか、と読者に迫る。安倍政権・右派を批判する度に明仁・美智子の株が上がるお決まりの流れも辛い。現在の象徴天皇制を理解し押し進めるための論理展開に、学習会ではつい声が大きくなるのだった。

 次回は、美濃部達吉『憲法講話』(岩波文庫)。ぜひご参加を!   

(大子)

【集会報告】天皇に平和を語る資格なし!8・15行動

 今年は終わりにしよう天皇制!「代替わり」反対ネットワーク(おわてんねっと)の主催で準備。講師に大学教員の松井隆志さんを迎え、改めて「戦後」について考える時間を共有した。

 松井さんは安倍政権と象徴天皇制について、「戦後」の始まりは一章・九条の「抱き合わせ」で始まり、その後も憲法・天皇・安保体制は一貫して維持され、その展開の帰結として現在の安倍政権があり、戦争の責任をとらない戦後だからこその「天皇の輝き」がある、と整理した。とびきりひどいと誰もが思う安倍だが、ここに至る必然的な現代史をこの社会が作ってきたこと、「問題含みの戦後」の始まり方とその歩み方の問題を、天皇制存置が何をもたらしたのかを解いていくことで読み進める。そして、安倍政権がとりわけひどいということも、天皇がそれを後押ししているという実態につなげていくことで理解する方向性を指し示してくれた。それらは、「憲法の持続的腐食」「戦争責任追及の不徹底」「大衆天皇制を前提としたソフトな国民統合」で説明され、私たちがこれまで主張してきた問題ともつなげられていき、わかりやすくとても興味深い話だった。

 その後、八王子での子どもの天皇歓迎動員問題で根津さん、靖国神社での南京代虐殺抗議に対する香港人弾圧について和仁さん、即位・大嘗祭違憲訴訟の会の浅野弁護士、つくば国体反対行動から加藤さん、オリンピック災害おことわり連絡会の鵜飼さん、9・1防災訓練抗議行動の大西さんから発言。最後におっちんズの歌で空気満杯のデモ。ひどい土砂降りの中を何とか貫徹!

 集会一七〇名、デモ三〇〇名の参加。

(D子)

【今月のAlert 】排外主義・植民地主義との対決を!  反天皇制運動の射程について

 この社会を覆う韓国に対する排外主義煽動が止まらない。河野外相は八月二七日の定例記者会見で、「もし韓国が歴史を書き換えようとするならば、それは実現できないことを韓国側は理解すべきだ」と述べた。

 いったい誰が歴史の事実を書き換えてきたのか。奴隷的かつ不正な強制動員労働の被害事実を否定し、歴史修正主義をふりまいて植民地支配の現実や被害当事者の声を封じ込め、かたくなな態度を崩さず、「歴史を書き換え」て挑発的に相手に対し続けてきたのは日本のほうではないか。日本と朝鮮半島との関係を語る上では、まずもって日本が不法な植民地化をおこなったという歴史的事実から出発しなければならない。しかし日本は、韓国併合は「有効に結ばれた」とする「植民地支配合法論」の立場を取り続ける。河野は以前にも駐日韓国大使を呼びつけ、大使の発言をさえぎって「極めて無礼だ」と語気強く述べた。宗主国意識まるだしの「無礼」な態度といわなければならない。

 翌二八日の毎日新聞には「反天連の住所」をめぐる記事が掲載された。見出しは「杉田議員『独善』に波紋 反天皇制団体の住所誤ツイート 『犯罪助長』識者は批判」。おわてんねっとも共催団体の一つになって行われる横浜の集会の講師が「女たちの戦争と平和資料館」(WAM)の館長であり、WAMの隣のビルに反天連の本部がある、住所は同じ○○○○であると、自民党の杉田水脈衆院議員がツイッターに投稿した件である。

 この記事はネットで先行配信されていたものだが、「反天連の本部」がWAMの隣にあるなどというのが事実に反することは、本紙の読者には明らかだろう。事実誤認の指摘に留まらず、住所を晒す行為が権力者による「抗議活動への扇動」となる可能性を指摘する点では、筋の通った記事だった。

 このツイッターの内容は、反天連それ自体というよりも、明らかに反天連を含む「反日グループの拠点」である当該住所にあるWAMをターゲットとし、それへの何らかのリアクションを期待する「犬笛」であったことは明白だろう。議員落選中の杉田は、元在特会副会長の山本優美子が代表を務める「なでしこアクション」などと連携してジュネーブの国連人権委員会女性差別撤廃委員会のセッション前ワーキングミーティングで「従軍慰安婦はなかった」というスピーチを行ったり、また変装してWAMに潜入したレポートを産経新聞に寄せたりしている。維新から自民に鞍替えして再び国会議員となったあとも、国会の場でWAMの名を挙げつつ、「過去と未来の日本国と日本国民の名誉と人権が貶められていることを憂い、阻止を試みることは、当然の責務」などと述べている。件のツイッターもまだ削除されていない。さらに対談本で少女像の「爆破」さえ口にし、WAMの入り口にある姜徳景さんの「責任者を処罰せよ」という絵画を槍玉にあげる。まさに、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」を開催中止に追い込んだ政治的暴力とまったく同型である。

 こうした一連の事態は、日本における「継続する植民地主義」の根強さとその再生産を意味しているが、それを担保し続けるものこそ一五〇年にわたる近代天皇制の継続であると言わなければならない。この間メディアを騒がせた田島道治の「拝謁記」は、日本の「独立回復を祝う」式典における「おことば」に、戦争の「反省」という文言を盛り込もうと強く願い続けたヒロヒトという話ばかりがクローズアップされるが、反共の立場から安保強化・再軍備の方向を支持し、改憲を口にするヒロヒトの姿もまたそこには登場している。反共・天皇制護持の立場から米軍の駐留、日米安保体制の構築に向けてヒロヒトが積極的に動き続けた事実は以前から明らかになっていたことだが、そのようなかたちで戦後日本および象徴天皇制は出発したのだ。一九六五年の「日韓条約体制」もまた、このような「戦後」の産物である。韓国の被害当事者による謝罪と補償の要求は、まさにこうした構造に対する抗議でもあった。韓国社会の民主化を進めてきた民衆の力が、河野とはまったく違った意味で「歴史を書き換え」てきたのだ。だが現在の日本の態度は、近代以降の侵略と植民地支配の歴史を、それとして美化し肯定するだけでなく、現在まで引き継がれているその構造を今後も維持し続けるということの強い宣言でもある。反天皇制運動の課題とは、そういう歴史性との対決でもあることを、強く意識しないではいられない。

(北野誉)

【表紙コラム】

 初代宮内庁長官の田島道治による昭和天皇「拝謁記」がNHKをはじめとするメディアによって取り上げられ、話題となっている。「昭和天皇実録」では「田島道治日記」しか記されておらず、この「拝謁記」じたいの全公開が必要なのは当然のことだが、これら報道において中心的なテーマとなっているのは、裕仁が「戦争への悔恨」をもち、サンフランシスコ条約発効後の五二年五月三日の「独立記念」式典においてこれを「披露」してみせようとしたが、「臣茂」こと吉田茂らの政府によりその一節が削除された、ということだ。その理由は開戦の「責任」を問われかねないから、というのである。報道の多くは裕仁があたかも自身の「責任」を感じていたかのような主旨でまとめられている。

 しかしそれは虚構に満ちている。このとき同時に日米安保条約が発効し、五月一日には皇居前広場において再軍備反対運動を抑圧する「血のメーデー」の大弾圧があった。むしろいまこそ問うべきことは、この時期もそののちも、天皇の責任を明確にすることが全きタブーとなっているということだ。裕仁自身も七五年一〇月三一日の記者会見でその責任について問われ「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよく分かりません」とした。「上皇」明仁も歴代天皇の戦争責任について語らず、だから徳仁もこれについて語ることはないだろう。

 侵略責任や戦争責任をはじめとした歴史問題について、天皇による謝罪を求めるという発言や要求については、天皇やその国家により生命や人権を蹂躙された人々においては当然であるし、また「戦後」の歴史を生きる私たちにおいても、まさに当然のことだ。しかし、天皇が「責任」をクチに出し「謝罪」の「おことば」を発したとしても、それをありがたく「賜る」ことがありえないのも、同じくまさに当然のことだ。歴史への責任をとるということは、これらの歴史をうけつぎ、批判するべきところを批判し続けることをおいてない。だから私たちは、天皇制をなくすことをこそ自らの責任として認識しているのだ。

(蝙蝠)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 39号(2019年9月 通巻421号)

今月のAlert ◉ 排外主義・植民地主義との対決を! 反天皇制運動の射程について(北野誉)

反天ジャーナル ◉ ─よこやま みちふみ、映女、詠人不知

状況批評 ◉ 「反日」で何が悪い、を前提にしながら(松井隆志)

書評◉ 田中利幸『検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか』(田浪亜央江)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈111〉 ◉ 「二〇〇二年拉致問題→二〇一九年徴用工問題」を貫く変わらぬ風景(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈37〉◉ アキヒト天皇の「平和」を継承した「国際派」天皇のありがたい「勅語」だとさ!
─〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判(4)(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉今、ヤスクニと植民地責任〜第14回キャンドル行動/マスコミを意識的に利用した〈天皇教〉の布教を許すな!/茨城国体今昔物語─民主化・汚職・新天皇/天皇に平和を語る資格なし!8・15行動

反天日誌

学習会報告◉伊藤智永『「平成の天皇」論』(講談社現代新書、二〇一九年)

集会情報

→前号の目次はこちら

*2019年9月3日発行/B5判12ページ/一部250円
模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】島薗進『神聖天皇のゆくえ─近代日本社会の基軸』(筑摩書房、二〇一九年)

 島薗は、岩波新書「国家神道と日本人」、春秋社「明治大帝の誕生」と本書を、自身の近代天皇制に関する三部作と位置づける。ほか、片山との対談も含め、いずれも近代天皇制の成立をめぐる通史として読む限りにおいては叙述として共通しており、読みやすい見取り図にはなっている。

 しかし島薗は、国学や「国体論」の中で醸成され「完成」し、かつて支配イデオロギーとして猛威をふるった「神聖天皇」の思想をひも解いてみせるが、それが「象徴天皇」としてなおある現在の問題点については、あまり分析を加えようとしない。一九四五年以降に、戦後改革により国家神道が否定され「現人神」も否定されながら、皇室神道や天皇の祭祀が明には否定されず残存させられたことにより、むしろそれらが天皇制の根幹となったことについても、問題の所在を示しながら論述を避ける。これは、「天皇は権威であって権力ではない」として天皇制の歴史的責任を免罪させる戦後歴史学のドグマが、島薗に貫かれているからだろう。しかし、それこそが政治家や官僚などから不可触の権力を確保しようとする「神聖天皇」の本質ではないのか。

 天皇制が「仁政」と「慈恵」の「福祉国家」の基軸であるかのように天皇や皇族がふるまい、それを受容する社会やメディアの状況など、指摘されておりさらに踏み込まねばならない問題は多い。それにもかかわらず島薗は、天皇や皇族の「公私二元論」の構造に触れず、明仁や秋篠文仁の発言には肯定的だ。議論では、政治史分析の枠組みを欠いていることへの批判が多く出た。
 次回は八月二〇日、伊藤智永『「平成の天皇」論』(講談社新書)を読む。

(蝙蝠)

【集会報告】7・ 20 ─7・ 27 開催一年前 !? 反五輪国際イベント

 二〇二〇年東京オリンピック開催から一年前の二四日をはさむ八日間、7・20─7・27を文字通り連続行動として取り組まれた反五輪国際イベント。反天連も総出で関わってきたおことわリンクも主催団体の一つだ。というわけで、あまりしっかり関われたわけではないが簡単に報告。

 おことわリンクとその構成団体でもある反五輪の会や大学関係者が集まり、それぞれできる部分を担いながら、それでも大変な準備を重ねた結果の八日間だった。二〇日:新国立競技場と湾岸フィールドワーク、二一日:『祝賀資本主義』等の著者ジュールズ・ボイコフを迎えて「祝賀資本主義とオリンピック」、二二日:福島フィールドワーク、同日夜:平昌・東京・パリ・L A ナイトピクニック、二三日:記者会見とメディアワークショップ、二四日:オリンピック大炎上新宿デモ、二五日:研究者・ジャーナリスト研究会、二六日:討論集会、二七日:パネルディスカッション、とハードな日々。私は二二日と二三日を除いて、参加。疲れたけど面白かった。内容報告は割愛。

 反天連界隈が力を注いだのは二四日のデモ。参加者二三〇名でアルタ前もデモも賑やかな行動となった。警察も慣れない外国人対応にどうして良いかわからないという風。面白かったが、来年はそうもいかないよね。連日ピョンチャン、パリ、リオ、ロス、ロンドン、等々からの海外参加者も含め、たくさんの参加者で賑わった。

(大子)

【集会報告】南京大虐殺・靖国に抗議した香港人弾圧を許すな!

 七月一七日、12・12靖国神社抗議見せしめ弾圧を許さない会による、「南京大虐殺・靖国に抗議した香港人弾圧を許すな!7・17集会」が開かれた(文京区民センター、五〇人)。この日行われた第六回公判で弁護側証人尋問が行われ、裁判が大きな山場を迎えたことを受けたものだ。昨年一二月、南京大虐殺・靖国神社
に抗議する行動を行ない、あるいはそれを撮影して逮捕・起訴された郭紹傑(グオ・シウギ)さんと嚴敏華(イン・マンワ)さんは、度重なる保釈申請も却下され、不当な勾留がすでに八ヶ月を超えている。集会は、都留文科大名誉教授の笠原十九司さんの講演から始まった。

 笠原さんは、学界において南京大虐殺の事実と死者の数などもほぼ確定してきているにもかかわらず、安倍晋三が中心になって取り組んできた教科書攻撃の「成果」として、中学校の歴史教科書から「日本軍慰安婦」の記述が消え、「南京大虐殺」の死者についても具体的な数値が消されていることなど、歴史修正主義の安倍政権にとって、南京と靖国が重要な意味を持ってきたことを明らかにした。二人の香港人に対する常軌を逸した攻撃は、その政治姿勢の反映でもあるはずだ。続いて、当日の証人尋問に立った田中宏さんと和仁廉夫さんからの発言、長谷川弁護士による法廷報告もなされた。

 今後の裁判の見通しとしては、次回の第七回公判(八月二八日、一三時半〜)において論告求刑、最終弁論。一〇月一〇日午後、判決公判となる予定。救援会では秋にも集会を予定している。引き続き注目を!(http://miseshime.zhizhi.net)     

(北野誉)

【集会報告】徹底検証!ナルヒト天皇制

 アキヒトの生前退位発言から続いた皇室大フィーバー報道も、退位、即位儀式を経て、十一月に行われる大嘗祭までしばし休息か、メディアの加熱報道は現在吉本興業の話題で持ち切りだ。

 ナルヒトが新天皇になった直後は、皇室祭祀や儀式に続き、トランプ米大統領との会談のような「外交」や晩餐会の模様を、新皇后マサコも同時に持ち上げる新天皇夫婦賛美報道が続いた。

 さらに国会や地方議会では「即位を祝う賀詞」があげられるなど秋にむけ翼賛体制が進められている。

 新たな天皇像とはどのようなものなのか。アチラ側が作ろうとしているこれからの天皇制のあり方を研究分析し、これを打ち破っていく運動の体制をどのように作っていくのかを共に模索するためにおわてんねっと主催で七月一五日に、文京区民センターで表題の集会を行った。

 最初に井上森によるナルヒトの半生を振り返るスライドトーク。膨大な映像の量は、ミッチーブームから始まる皇室情報をTV媒体を通して「国民」にいかに浸透させていったかを物語っている。

 それを受けるような形で、天野恵一は「『代替わり』奉祝ファシズム報道の分析」を行い、続いて、桜井大子は、「皇位継承問題」に焦点をあて批判した。

 最後に小倉利丸さんはナルヒトと水(グローバリズムの観点から)をテーマに「象徴天皇の政治的な関与」の傾斜、政治利用の可能性を示唆された。

 今回、「ナルヒト時代の日米同盟」も重要な視点として柱を立てていたが、発題者の都合で次回のお楽しみとなった。参加者一三〇人。        

(桃色鰐)

【今月のAlert 】排外主義やヘイトが席捲する状況に抗し て今こそ私たちの闘いを

 資本主義の「共通価値」として語られていたはずの「公正」や「平等」が、さらに「自由」までもが大幅に毀損されていっている。トランプの「アメリカ第一」は、「自民族優先」さらに世界的な排外主義、他民族排斥やヘイトの潮流として、はっきり時代を画している。こうした状況下で危ぶまれながらも、前回の自民党大勝が多少は是正され、参議院においては改憲与党が2/3を超える構成ではなくなった。しかしもちろんその内実において危
険水域は続いており、あらゆる条文や理由を持ち出して改憲に踏み出そうという政治勢力はあまり減少していない。

 むしろ、日本国家や社会システムの全体的な衰退の原因を、極右のいう「特定東アジア」や、国内の「反日勢力」の「存在」に仮構して、権威主義的体制を造り上げようとする動向はいよいよ悪性のものになっている。中国との関係、北朝鮮との関係においては、アメリカへの依存を強いられ、ロシアに対しては「領土交渉」で成果を上げると広言しておきながら、「安倍外交」はほぼその全てを喪失する真逆の「大成果」を上げた。だからこそ、安倍らの日本政府にとっては、韓国への強硬的なふるまいだけが、この愚かな政府への「求心力」を生みだす咒法となっている。

 韓国を輸出「優遇」の「ホワイト国」から外すという措置は、日本国内メディアやネット世論を除く世界中の誰の目から見ても、戦時性奴隷とされた「慰安婦」問題や強制による「徴用工」問題についての報復措置である。これはトランプ流の国内経済第一主義ですらなく、「反韓国」世論を煽ることで、排外主義をテコとして国内の諸問題をあるいは打ち消しあるいは歪める政治操作に他ならない。

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 八月一日から、愛知県で「あいちトリエンナーレ2019」が開催されている。今回は津田大介を芸術監督として、その選考においても男女平等にするなどの注目される試みがあり、多くの作品を集めている。その中のひとつのプログラムとして、「表現の不自由展・その後」という展示がなされている。(https://censorship.social)

 このプログラムは、二〇一五年に練馬で開催され、私たちも協力した「表現の不自由展」の発展形とも言うべきもので、ニコンサロンでの写真展を圧殺された安世鴻さんの写真、富山県立近代美術館で作品や図録を破棄された大浦信行さんの絵画、そしてキム・ソギョン/キム・ウンソンさんによる「平和の少女像」など、一六組の作家による表現が一堂に会している。そして、とりわけ日本の戦争・戦後史を問題とする作品に対し、歴史修正主義者やヘイト活動家、「ネトウヨ」からの激しい攻撃が、たったいまも続いている。なかでも「少女像」に対しては、SNSなどで煽動された破壊の危険も含め、河村市長や菅官房長官など極右の政治家たちによる弾圧が準備され、展示は予断を許さない事態にある。「表現の不自由」とは、日本の戦争責任、歴史問題、天皇制の問題であり、国家や右翼により遂行される脅迫と暴力、まさに国家「テロ」から自由をかちとる闘いの問題なのだ。
(注:八月三日夕刻、「表現の不自由展」の撤退が報道された)。

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 これら展示の防衛や対策にあたる現地からの報告をじりじりした思いで聞きながら、私たちは、今年は「おわてんねっと」として、八月一五日の「国家による『慰霊・追悼』反対」行動の準備を進めている。またその直前には「平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」も行なわれる。昨年の靖国宮司による「天皇批判」に続き、「カネ」や「女性差別」の問題も露呈するなど、靖国神社など宗教右翼の破滅的な内実も明らかとなり、天皇制や天皇主義者たちはますます揺らいでいる。だからこそ右翼たちの攻撃もいや増すと想定されるし、徳仁による「全国戦没者追悼式」での初めての発言には大きな注目が集まっている。それは、秋の即位式や大嘗祭、来年に予定されるオリ・パラなどを通じ、「代替わり」直後の天皇制を支えるための重要なイベントとしての役割を持つ。合言葉は、「天皇に 平和を語る 資格なし」である。多くの人びととともにこの闘いをかちとっていきたい。

(蝙蝠)