「共同行動」カテゴリーアーカイブ

【集会案内】「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2.11-23 連続行動

■「紀元節」(2月11 日)は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことを前提にしつつも、「文化と伝統」と結びついた、「日本国(民)の物語」として公定されたものとなっている。昨年の天皇「代替わり」の諸儀式においてそれをあらためて見せつけられた。そして、神武から数えて「126 代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日(2月23 日)が、これに続く。

■私たちは、2月11 日に反「紀元節」のデモを、23 日の「天皇誕生日」には、新たな天皇制を問う討論集会を行う。

■「代替わり」を経て新たに演出される天皇と天皇制をめぐる物語を批判的に読み解きつつ、今後展開されていこうとする天皇制とそのイデオロギーに抗する行動を作りだしていこう。ぜひ、ご参加下さい。

【2.11 反「紀元節」デモ】

[日 時] 2 月11 日(木・休)16:00 集合/ 16:30 デモ出発
[集 合] 日本キリスト教会館 4F 会議室A・B(地下鉄早稲田駅徒歩5分)

2.23 討論集会「 天皇代替わり」とは何であったのか 再定義された象徴天皇制

[問題提起]
「代替わり」儀式と憲法:代替わり過程の総括(天野恵一)
皇位継承問題:再定義問題とどうからむのか?(桜井大子)
権力・権威の重層化問題:上皇・天皇・皇嗣の三つ巴構造(北野誉)

[日 時] 2月23 日(火・休) 13:15 開場/13:30 開始
[会 場] 文京区民センター 2A 会議室(地下鉄春日・後楽園駅) 

 

主催●「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動

【呼びかけ】「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動の呼びかけ

 2020年11月8日に強行された「立皇嗣の礼」を経て、長期にわたる「天皇代替わり」過程は一応の終結をみた。しかし、「立皇嗣の礼」自体がいったん延期され、また、新年の一般参賀など天皇関連の諸行事が軒並み中止に追い込まれていることにも現れているように、「代替わり」したあとの天皇制の本格的な展開は、「新型コロナ」の蔓延によって大きく制約されていると言わざるを得ない。それは、明仁時代の「平成流」、「つねに国民と共にある天皇像」を高く評価し、今後も象徴天皇制を維持し続けていこうという、「リベラルを自称する天皇主義者」にとって、ある種の「危機感」さえ覚えさせるものでもある。

 2016年夏、明仁天皇の「生前退位」の意向表明から始まった「代替わり」は、戦後の皇室典範の規定さえ踏み超えて、天皇主導によって、天皇制のありかたを変容させる、いわば天皇制の「再定義」そのものであった。「生前退位」に関する明仁のメッセージは、かれ自身が誇って見せたように、象徴天皇の「公的行為」の拡大こそが、今後の天皇制の維持・強化のための核心であるという、天皇の側からする宣言であったといえるが、そのことを通して明仁は、天皇制とデモクラシーは矛盾するものではないという社会的意識を拡大した。天皇の意向が「皇室典範」の特例法を成立させたということ自体が、戦後剥奪されたはずの皇室典範の改正についての天皇の発議権が、事実上天皇の手に取り戻されたという意味で、天皇の権能を格段に拡大していく違憲の攻撃に他ならない。いわゆる「リベラル派」の多くがそれに積極的に異を唱えられない事態の現出は、明仁に主導された天皇制の再編に対する「合意」が、「代替わり」過程を通じて制度的に確立していったということをも意味した。

 明仁が「上皇」となり、徳仁が新天皇に即位し、そして文仁が「皇嗣」となる。それは、このようなものとして展開してきた象徴天皇制を、三者が一定の役割分担をしながら、皇位継承をめぐる「不安定」さという天皇制にとっての危機を「回避」しつつ、次代に向けて天皇制そのものを賦活していこうとするものでもあっただろう。天皇−皇太子−皇族という従来の天皇制のあり方に対して、上皇や皇嗣という新たな皇室身分を創出することは、全体として天皇一族の権威を強化するものである。しかしそれはまた、結果として天皇に体現されていた権威の分散化と多元化をもたらすことになる。いずれにせよ、コロナ状況などによって、それが充分機能しているとはいえないが、天皇制が、天皇家を中心とする「三つの家族」によって担われるシステムとして登場しつつあることを見るべきである。

 同様の皇室身分の創出の動きは、いわゆる「皇位継承問題」と絡んで取りざたされている「女性宮家」問題においても見ることができる。さらに政府は、右派に「配慮」して「女性宮家」は先送りにするかわりに、皇族を離れた女性を「皇女」という称号を持つ「特別公務員」とする案を唐突に出してきた。「皇女」は皇族ではないとされるが、天皇家に生まれた女性であることに起因する新たな身分制度であることは明らかだ。皇室と「平民」とのあいだに特別な身分を立てるというのは、生まれによる身分差別の拡大に他ならない。「新型コロナ」状況下で、表だって天皇一族の動きが目立たない中で、天皇制の制度としての作り替えが進んでいるのだ。

 こうしたなかで、われわれは、2・11「紀元節」−2・23「天皇誕生日」に向けて、行動を準備している。「紀元節」は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことを前提にしつつも、「文化と伝統」と結びついた、「日本国(民)の物語」として公定されたものとなっているのだ。われわれはそれと同様の事態を、ほかならぬ天皇「代替わり」の諸儀式においてあらためて見せつけられたはずだ。そして、神武から数えて「126代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日が、これに続く。「代替わり」を経て新たに演出される天皇と天皇制をめぐる物語を批判的に読み解きつつ、今後展開されていこうとする天皇制とそのイデオロギーに抗する行動を作りだしていこう。実行委への参加・賛同と協力を!

 

「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【集会報告】天皇も跡継ぎもいらない! 「立皇嗣の礼」反対緊急行動

 「立皇嗣の礼」が強行された一一月八日、「天皇も跡継ぎもいらない 11・8『立皇嗣の礼』反対緊急行動」が原宿・神宮橋で取り組まれ、渋谷・宮下公園までのデモを行った。主催は、「国家による『慰霊・追悼』を許すな! 8・15反『靖国』行動」。

 閣議では、この日各府省で「日の丸」を掲揚するほか、地方自治体や学校、会社などに掲揚への協力を求めることを決めた。衆参両院などは、「立皇嗣の礼」に祝賀の意思を表す「賀詞」を、決議していた。あらためて秋篠が「次」の天皇であると宣言するこの儀式は、まさに一連の「天皇代替わり」儀式の最後に位置づけられるものである。

 デモ出発前のアピールでは、主催者あいさつに続いて、反戦・反天皇制労働者ネットワーク、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、オリンピック災害おことわり連絡会から連帯アピールを受け、最後に実行委メンバーが「緊急行動アピール」を読み上げた。

 集会後、表参道から渋谷に向けたデモに出発。「立皇嗣の礼に反対!」「天皇も皇嗣もいらない!」「皇位継承の儀礼を認めないぞ!」などのシュプレヒコールを響かせた。

 このデモに対しては、随所で右翼の攻撃が目立った。明治通りでは、デモ隊に突っ込んできた右翼によって転倒した参加者が負傷させられた。右翼の暴力を許さず、原則的に反天皇制運動を持続していこう。参加者は九〇名。

(北野誉/実行委)

【声明】天皇も跡継ぎもいらない 11.8「立皇嗣の礼」反対緊急行動アピール

 10月9日、政府は、延期していた「立皇嗣の礼」を11月8日に開催する旨閣議決定した。さらに閣議では、祝意を表すため、当日各府省で「日の丸」を掲揚するほか、地方自治体や学校、会社などに掲揚への協力を求めることも決めた。また、衆参両院は、「立皇嗣の礼」に祝賀の意思を表す「賀詞」を、本会議において決議した。

 「立皇嗣の礼」は、秋篠宮が「皇嗣」となったことを宣言する「立皇嗣宣明(せんめい)の儀」、天皇にお礼を述べる「朝見の儀」、賓客を招いた祝宴「宮中饗宴(きょうえん)の儀」(都合二回)などからなる儀式で、それぞれ皇居宮殿・松の間で、「国の儀式」として行われることになっていた。今年の4月19日に行われる予定になっていたが、新型コロナウイルスによる「緊急事態宣言」体制の下で延期され、「収束状況を踏まえてあらためて日程を決める」としていたものだ。しかし、コロナ状況の「収束」など一向に見通せていないにも関わらず、饗宴の儀を中止し、宣明の儀の参加者も350人から50人に減らすなどして儀式を断行しようとしているのだ。

 この儀式は一連の「天皇代替わり」の最後の儀式として位置づけられることから、2016年の明仁の「退位意向表明」から始まった天皇主導の「Xデー」に区切りを付け、天皇・上皇・皇嗣からなる「新しい時代」の天皇制の開始を告げるためのものである。すなわち、明仁が退位し、徳仁が新天皇に即位し、文仁が次の天皇となることを宣言するということで、天皇制という制度は、これからもこうして永続していくのだということを、多額の税金を投入して確認し宣伝するのだ。それは当然、女性宮家容認、旧皇族の復活など、天皇主義者の間でも割れている今後の天皇制のあり方に関する議論(「皇室典範」見直し)とも連続するだろう。

 そもそも「立皇嗣の礼」なるものは、何かと言えば「伝統」を重んじるという天皇家にとっても、前例のない儀式である。それは「立太子の礼」に準ずるものしてなされようとしているが、「立太子の礼」もまた現行の皇室典範にすら規定のない、全く不要であり違憲の儀式であることを確認しておかなければならない。

 近代天皇制においては新天皇の即位後に、次の皇太子に対する儀礼である「立太子の礼」がこれまで4回行われてきた。戦前には立太子にまつわる詳細を定めた立儲令というものがあったが、これに基づいて儀式を行ったのは昭和天皇だけであり、同令も1947年に廃止されている。

 そして多くの天皇制の儀式がそうであるように、この儀式も皇室祭祀と結びついたものである。「立皇嗣宣明の儀」の後で天皇から受け取る壺切御剣(つぼきりのぎょけん)は、「皇嗣」の「護り刀」であり、これを受けて初めて「皇嗣」は、「天神地祇」や「皇祖神」などを祀った宮中三殿の殿上に昇ること(昇殿)ができるようになる。これが彼らにとって重要なのは、11月23日に宮中で行われる新嘗祭などの神事に、天皇と「皇嗣」がともに神に奉仕することが必要だからだ。政府は、それらは天皇の「私事」の世界であると言い張るが、新嘗祭には三権の長や閣僚も参列しており、国家が天皇教に関わる、明確な政教分離違反の儀式である。

 私たちは、延期になった4月19日にも、皇居の見える東京駅丸の内口の広場において、「『立皇嗣の礼』は延期じゃなくて中止だ! 身分差別と格差を温存し拡大する天皇制は廃止だ! あらゆる人びとへの生活と命の保障を!」と訴えた。そして、天皇出席の「全国戦没者追悼式」に反対するデモに取り組んだ私たち反天皇制運動の実行委は、本日、「立皇嗣の礼」に反対する反天皇制デモに出発する。天皇も跡継ぎもいらない。コロナ禍における違憲の「立皇嗣の礼」の強行に、われわれは強く抗議する。

 

2020年11月8日

国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8.15反「靖国」行動

【案内】天皇も跡継ぎもいらない! 11.8「立皇嗣の礼」反対緊急行動

[日 時]11月8日(日) 15:30 集合/16:00 デモ出発
[集 合]原宿・神宮橋(JR 原宿駅のすぐ南側) 

 コロナ禍によって延期されていた「立皇嗣の礼」が11 月8日に行われることとなった。

 これは、天皇徳仁の弟である秋篠宮が、次の天皇となることを内外に宣言する儀式である。コロナ状況を受け、海外からのゲストを含む730 人程度が招かれる予定であった「饗宴の儀」は中止となり、「宣明の儀」の参加者も350 人から50 人程度に減らすなど、規模は縮小されるが、天皇制存続のための神道儀礼を含む儀式であることに変わりはない。

 「立皇嗣の礼」は、昨年の明仁の退位、徳仁の新天皇即位に続き、文仁が次の天皇となることを宣言する──天皇制という制度がこれからもこうして永続していくのだということを宣言する一連の代替わり儀式の締めくくりと位置付けられている。そこには多額の税金が投入される。この儀式だけでなく、秋篠宮が「皇嗣」となることによって、「お世話をする」ための職員はこれまでの20 人余りから50 人以上に増員され、その住居も約33 億円かけて大規模改修される。延べ床面積も約1600 平方メートルから5500 平方メートルにまで拡張されるのだ。これとは別に、完成までの仮寓所の費用として、約9 億8000 万円が支出される。

 違憲の神道儀礼を含んで行われ、多額の税金を浪費する「立皇嗣の礼」に反対!!

 天皇制はいらない。天皇もその跡継ぎもいらない! 

「立皇嗣の礼」反対の緊急行動を呼びかけます。

 ともに声を上げましょう!!

 

*参加される方は、マスクの着用をお願いします。また密にならないようにご協力をお願いします。

主催 ● 国家による「慰霊・追悼」を許すな!8.15 反「靖国」行動
【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会
 

*この行動は終了しました。

→報告はこちら

→こちらに写真があります。

【集会報告】国家による「慰霊・追悼」を許すな 8・15前段集会とデモ

 今年の8・15は、「国家による『慰霊・追悼』を許すな!8・15反『靖国』行動」という名称で取り組まれた。

 八月一日に「コロナ危機と天皇制」と題する集会、八月一五日には例年通りの反「靖国」デモを行うとともに、今年は、「国家による慰霊はなぜ問題か」と題するA4判三つ折りのリーフレットも作成し、国家による慰霊・追悼の問題を広く訴える試みにも取り組んだ。

 八月一日の集会では、北村小夜さんからお話しをうかがった。小夜さんには、戦中の体験を世代を超えて伝えることの難しさについて、藤田嗣治の戦争画を例にして、わかりやすくお話ししていただいた。

 藤田の戦争画は、戦争のリアルな様相を描いていることによって、戦争の残酷さを描写していてそこに反戦の意をくみ取ろうという見方が現代では散見されるが、例えば、著名な作品「アッツ島玉砕」は、陸軍の依頼によって、陸軍の意図に添った構図で描かれたもので、それは、国威発揚の目的で宣伝・展覧会公開された。展覧会に集まった人のなかには、その画に賽銭を投げる人もいた。実際に観に行った北村さんはこの絵を見て、米軍に対する復讐心を掻き立てられたという。その時代にあっては、まさしく戦争遂行に国民を動員するための戦争画にほかならなかったのだと。

 集会は、続いて医療労働研究会の片岡真理子さんから、現在進行中の「新型コロナ感染対策」から現代医療現場をどう見るかという報告を受けた。「日本政府は極端に検査を抑制し、医療も『今あるもの』で間に合わせようとしてきた」とし、その理由を「戦前からの人民管理のための行政機関である厚生省・保健所あるいは予防研究所などを駆使して、社会防衛のために感染者を『ウィルスの塊』とみなして人格を否定し、人権と治療を無視して隔離する差別対策をとり続けたからである」と指摘した。集会はコロナ禍での人数制限もあって七五名の参加。

 一五日は、韓国YMCAに集合し、日韓民衆連帯全国ネットワーク、アクティブ・ミュージアム(wam)、即位大嘗祭違憲訴訟、オリンピック災害おことわり連絡会、大軍拡と基地強化にNO!アクション2020の各団体からの連帯アピールを受けて、靖国神社に向けてのデモに出発した。デモは一五〇名の参加を得た。  

(梶野)

【集会宣言】国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動 宣言文

 今年もまた8月15日のこの日、政府主催の「全国戦没者追悼式」は、新型コロナ感染拡大の影響で縮小されたものの例年どおり行われ、天皇・皇后が出席し言葉を述べた。靖国神社には閣僚や国会議員たちが参拝した。マスメディアは毎年、この8・15を「終戦記念日」と称し、「反戦」を誓い「平和」を祈念する日として、さまざまなメッセージを流す。そして私たちは例年通り、「全国戦没者追悼式」と「靖国神社」に抗議をの声を上げるためにここに集まった。敗戦75年の今年、この8・15という日の意味を、改めて確認したい。

 政府主催・天皇の「お言葉」つき「全国戦没者追悼式」や、政治家たちの「靖国」参拝が作り出してきたものは、日本の侵略戦争や植民地支配の歴史に対する責任を、極一部に押し付け、天皇以下の指導者から免責してきたことを正当化する論理である。あるいは「戦没者」のおかげで戦後日本の「繁栄」がもたらされたという嘘であり、「戦没者」を「英霊・神」として讃える戦争を肯定・賛美する思想である。それらが繰り返されることによって、現在では「南京大虐殺はなかった」「慰安婦はいなかった」等々、隠蔽と改竄の歴史認識が公式見解のように暴力的に大手を振っている。

 「追悼」という言葉はあらがい難い力をもつ。多くの人は8・15を「終戦記念日」と語り、政府の言葉どおり「追悼と平和を祈念する日」と認識し、政府や天皇の追悼と閣僚・国会議員の「靖国」参拝を受け入れ、あるいは良しとする。だがそこには、国家によって侵略戦争の兵士として戦地に送られ、加害者にさせられ、そして殺され、あるいは餓死・病死等々で死んだ人々への、責任ある者としてのあるべき謝罪は一言もない。あるのは、「私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたもの」という昨年の首相の言葉が示すように、侵略戦争や植民地支配によって現在の「平和と繁栄」が築かれたという、戦争肯定の論理だけだ。一方、「靖国」はそういった死者を「よくやった」と褒め称え顕彰する。その「靖国」を閣僚や国会議員といった公人たちが参拝することで、「靖国」思想をこの社会が肯定することを指し示していく。国家は「国民」を、アジア諸国への侵略者に仕立て上げ、そこで殺された人々を、いまも利用し尽くしているのだ。

 また、8月15日を「終戦記念日」と認識させ、「平和を祈念する日」とすることことの政治的な意図が、歴史修正主義や無責任体制の温存・強化にあることを、再度確認しておこう。

8月15日とは、1945年のこの日、日本政府がポツダム宣言を受諾したことを、戦争の最高責任者だった昭和天皇が「国内」に伝えた、いわゆる「玉音放送」が流された日でしかない。実際にポツダム宣言を受諾したのは8月14日であり、降伏文書に調印したのは9月2日だ。

 昭和天皇の「玉音放送」の日を「終戦の日」とすることで、天皇の「聖断」によって戦争が終結したという神話を流布し、天皇の命によって死んでいった兵士たちと、その兵士たちに殺された多くのアジアの人々の、その死への責任を曖昧にする「おことば」政治の舞台をその神話の日に求めているのだ。天皇制国家はこの75年間、そのようにして延命してきた。このような式典や「靖国」参拝を許し続けている日本社会は猛反省しなくてはならない。

 日本政府がやるべきことは、侵略戦争・植民地支配の被害者へのまっとうな謝罪と賠償である。そして反省を込めて天皇制を廃止することだ。私たちは今日、そのことを訴えるデモに出発する。ともに歩こう!

2020年8月15日
国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動

【集会案内】国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8.15 反「靖国」行動

■今年は敗戦75 年。天皇制国家による侵略戦争・植民地支配に対する反省・被害者への誠実な謝罪と補償はいまだになされていない。それどころか、「慰安婦」「徴用工」問題に対する安倍政権の居直り・逆ギレは、巷に排外主義・レイシズムを溢れさせている。

■戦死者を「英霊」と顕彰する靖国神社も「今日の繁栄の礎」ともちあげる政府主催の戦没者追悼式も、歴史の事実に向き合わず、事実を隠蔽・糊塗することによって、次なる戦争に向けて「国民」を動員する役割を果たしているに過ぎない。

■「災害被害者に心を寄せる」という天皇パフォーマンスも、事実(政策の欠陥や問題点)から眼をそらさせ、天皇制国家という幻想に「国民」を統合するための演出にすぎない。

■コロナ危機下でも発揮されるであろう天皇のこの統合機能を視野におき、8.15 の国家による慰霊・追悼の欺瞞を撃つ。8.15 反「靖国」行動に是非ご参加を!

 

8/1[前段集会]コロナ危機と天皇制

お話:北村小夜 さん「コロナ危機と慈愛・慈恵天皇制」
   医療現場からの報告:片岡万里子さん(医療労働運動研究会)

[日時] 8 月1日(土) 16:00 開場/ 16:30 開始
[ 場] 日本キリスト教会館 4F 会議室A・B(地下鉄早稲田駅徒歩5分) 

 

8/15[デモ]反「靖国」デモ

[日時] 8月15 日(土) 15:00 集合/ 16:00 デモ出発
[集合] 在日本韓国YMCA 3 階(JR 水道橋駅徒歩9分、地下鉄神保町駅徒歩7分) 

 

主催 ● 国家による「慰霊・追悼」を許すな!8.15 反「靖国」行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

→ 8.15集会宣言文

→ 当日の報告はこちら

→ こちらに写真があります

【呼びかけ】国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動の呼びかけ

 敗戦から75年目の8月15日を迎える。75年を経ても、天皇制国家による侵略戦争・植民地支配責任は果たされることがなく、被害者に対する謝罪や補償も十分になされていない。それどころか、「徴用工」や「慰安婦」をめぐる問題の近年の状況が明らかにするように、日本政府の傲慢な開き直り、逆ギレによる、韓国・中国政府に対する攻撃的な言動によって、歴史修正主義、排外主義の跋扈を生み出している。

 さらに、現在の新型コロナウイルスの社会的蔓延状況に対する安倍政権の施策は、感染防止はただひたすら「自粛」を強制するのみで、感染者したものが犯罪者であるかのように扱う社会的監視圧力(「自粛警察」)に棹さし、多額の税金が投入される「コロナ対策」も、その業務執行にあたっては不透明な組織を経由して電通やパソナなどの大企業に丸投げする利権まみれのものであることも明らかになってきている。「人の不幸」に便乗して利権を分け合う、災害便乗資本主義の醜悪な姿が露呈している。

 日本社会全体においても、政府に対する批判の意思表示は冷笑・攻撃され、「自粛」への社会的同調圧力が増すばかりである。

 天皇制が歴史的に果たし続けてきた役割は、社会的統合の「危機」にあたって、これを観念的な国民の共同性において緩和することの要求である。

 さきの大戦における350万人もの「国民」の死に対する天皇による慰霊と追悼は、その最たるものである。この慰霊・追悼により「国民」は再統合され、天皇制の戦争責任・植民地支配責任が隠蔽されていく。先代の明仁天皇は、天皇在位の間に、この戦没者追悼・慰霊を8.15だけでなく、沖縄を含む日本全国、さらには侵略先のフィリピンや南洋群島においても進めてきた。さらにこれに加え、雲仙普賢岳噴火に始まり、阪神・淡路大地震、東日本大震災、近年における各地の豪雨災害など、自然災害における死者・被災者の追悼・慰問にも積極的であった。

 しかしそれらも、被害を拡大させることになった都市開発等の施策や原発推進政策といった「人災=政策の過ち」を糊塗し、その責任に対する追及を曖昧にしながら、政権政党の政治を「情」の世界において追認していく機能を果たしているのである。そのために天皇は常に「国民」の幸せを祈り続ける、政治から超越した「慈愛」に満ちた存在として描き続けらているのだ。

 現在のコロナ禍に際して、現時点において天皇のメッセージなるものは発せられていない。基本的に明仁天皇の象徴像を引き継ごうとしていると思われる徳仁新天皇が、この「危機」に際してどのような動きをして自らをアピールするのか、その動向に対しても注視する必要がある。

 私たちは、今年の8・15行動にあたって、例年の靖国神社や、今年はどうなるか現時点では不明であるが、政府主催・天皇出席の戦没追悼記念式典に対する抗議行動を準備する過程で、この現在進行形の社会状況における天皇制の役割を批判的に解読しつつ、身分差別と格差社会の象徴としてある天皇制そのものを、「戦後75年」の天皇制国家の歴史的責任と重ね合わせて問題としていきたい。

 参加・賛同を訴えます。

【集会報告】今こそ問う「安保・沖縄・天皇」 4・ 28 ─ 29 連続行動実行委員会報告

 新型コロナ騒ぎの真っ只中、今年も4・28─29連続行動を呼びかけるために、〈今こそ問う「安保・沖縄・天皇」4・28─29連続行動実行委員会〉を立ち上げた。連続行動の一〇日前、四月一九日には秋篠宮の「立皇嗣の礼」が予定されていた。天皇「代替わり」締め括りの儀式と位置付けられていた、皇嗣となった秋篠宮の国内外に向けた「お披露目」儀式を黙って過ごすわけにはいかず、実行委はこの日に向けて「天皇も後継ぎもいらない、アキシノノミヤ立皇嗣を認めない」4・19討論集会を準備することとした。しかしコロナ情勢は例外を許さず、私たち実行委をも巻き込んでいった。私たちは、コロナ状況下の運動を課題に議論するという初めての経験も繰り返しすることになった。

【4・19緊急「行幸通り」行動】
 4・19討論集会では、「秋篠宮論」と「皇位継承論」を巡って議論を交わす予定だった。しかし巷ではコロナ感染拡大で使用禁止となる会場が続出し、四月に入ると「立皇嗣の礼」延期説も浮上した。実行委では集会開催をめぐり異例の議論を重ねた。結論は、会場が使える場合でも屋内集会は中止とし、実行委有志による街頭での抗議行動に切替えた。たとえ屋外であっても、行動を呼びかける側には立てないという実行委内部からの声があり、そのようなメンバーのスタンスも尊重しつつ、出来る限りの行動も追求するといった議論の結果だ。結局会場は使用禁止となった。当日五日前には「立皇嗣の礼」の延期が閣議決定。それでも予定どおり集まり、「延期ではなく中止しろ!」を訴えることとした。
 場所は東京駅中央口(丸の内側)前の「行幸通り」。広場のような広い歩道で、昨年一一月、おわてんねっとの呼びかけで大嘗祭当日の抗議行動を行った皇居から一キロ圏内の、あの場所だ。あの時は大勢の参加者と通行人で賑わった。四月一六日に政府が「緊急事態宣言」を全都道府県に拡大したばかりのこの日は、人通りは極端に少なかった。それでも通行人はいたし、立ち止まって私たちの行動を見物する人たちもちらほら。「緊急事態宣言」下の緊急行動としてはいい出来だったと私たちは考えている。

 討論集会を諦め、集まった人も三〇名と小規模だが、参加者の多くが発言してくれ、充実した一時間のトークリレーが作り出された。その後、全員で横断幕やプラカを掲げ、だだっ広い歩行者道を皇居に向かって二〇〇メートルほど歩き、皇居のこんもりとした森を見ながら、実行委声明を読み上げ、みんなでシュプレヒコール。 風を受けながらの実に気持ちのいい行動だった。皇居か
ら八〇〇メートル。私たちの声は皇居に届いたか?

 この日の行動は時間や場所など数回の変更を余儀なくされ、チラシやネット上の案内も訂正を繰り返した。デモ申もやっていない。ギリギリの変更に気づかず変更前の会場に参加者が来るのではと、実行委メンバーが変更案内のために会場に出向いたほどだ。それなのに当日現地の警察官は恐ろしく多かった。装甲車も数台。警察の情報網はまったくもって訝しい。

【4・28─29】
 二八日の沖縄デー集会は会場が使えずやむなく中止。当日は「米軍優位の日米地位協定と日米合同委員会の密約」というタイトルで吉田敏弘さんに講師をお願いしてあった。チラシも配った後だが、断腸の思いで断念した。

 二九日は反「昭和の日」デモ。集合場所に予定していた千駄ヶ谷区民会館も使用できず、会館前に集まった。「緊急事態宣言」直下のデモに八五人以上が参加。私たちの気持ちは大いに盛り上がり、元気に原宿駅前を通り、渋谷の街を歩いた。

 少ないとはいえ原宿・渋谷を歩く人たちはいた。私たちは、なぜ新型コロナ感染拡大に怯える街を、わざわざ「昭和の日」に反対してデモをやるのかを訴えた。ここでも恐ろしく警察は出ていたし、装甲車もあちらこちらに列をなしていた。右翼もほとんどいないのに、おかしすぎる。引きこもっている間にとんでもない社会になってしまうのではないか、という懸念は大きくなる一方だ。感染も怖いがこっちも相当に怖い。実行委は「コロナ状況」やさまざまな戒厳体制を乗り越えられる運動の模索を考えていきたい、と思いを新たにしたのだった。

(大子)

*今こそ問う「安保・沖縄・天皇」 4・ 28 ─ 29 連続行動実行委員会報告集より