【今月のAlert 】天皇制の存在こそが弾圧や災害を拡大している

 天皇即位に関連する「儀式」が続いている。代替わり自体は4〜5月の退位即位によって済んでいることなのに、皇室神道にからむ「奉告の儀」だの「大嘗祭」関連の儀式が連なり、そのいちいちについて大仰な解説を行ない、それをありがたげに「拝聴」するしぐさのメディア報道が繰り返される。

 そんな中、街中で「天皇」というコトバにふと聞き耳を立てると、そこそこに年齢を感じさせる中高年が「天皇がいないと国会も開けない(だから天皇は国政に最重要の存在だ)」などと言っているのが耳に入り、苦々しくも唖然とさせられた。この輻輳する「天皇・皇室情報」にべったり浸かっていると、天皇という存在が盤石でなく危ういものであることも、その「国事行為」が憲法が禁止している政治権能であることも、「代行」も可能な「行為」であることも忘れられる。ましてや、これらはいずれも不必要であるとか、あってはならないものであるとかいう考え方は、この国家の域外ではあたりまえのものなのに、「日本国内」ではあたかも存在しないがごとく扱われ、あるいは暴力により圧殺されることになる。

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 徳仁は皇太子の時代に、河川の改修、運河や「水運」などの歴史について論文を書いているという。このかんの台風15号、台風19号をはじめ、各地で発生した大規模な河川の氾濫や断水などの災害への、天皇や皇室からの正式なコメントはまだ出されてはいないようだが、いずれは「おことば」として麗々しく発していくのではないか。それらの発言に対して、「慈悲深い」とか「長年のご研究の精華」だとか不快きわまる形容詞が貼り付けられていくさまも、いまから予想できる。

 戦争や災害による人びとの生活の破壊を、自らへの支持へとつなげようという天皇制のシステムは、やはり徳仁の時代も変わらない。産業の空洞化や企業による収奪の悪質化と、人口減少がすすむ衰退国家のなかで、インフラが各方面でひどく脆弱となっていることが、現在さまざまに指摘されている。「災害」が今後も続くだろうことは確実であり、そのなかでの天皇や皇族の存在は、現政権にとっては、チープな「自己責任」を押しつけながらそれを意識させない構造として、きわめて利用価値の高いものなのだ。タルんだツラのアレが「テンノーヘーカ バンザァーイ」と叫ぶのは戯画だが、災害や生活破壊は現実だ。

 それはともかく、「即位礼正殿の儀」がなされた一〇月二二日は、雨が降りしきる寒々とした日だった。この日は、「反天皇制WEEK」の締めくくりとして行われた五月一日の行動と同じく、新橋での集会を経て、デモに出発した(内容の概略は集会報告を参照)。この日のデモもまた、集会の会場はすぐに余地もないほどにいっぱいとなり、会場からは多数の参加者があふれていった。そして、デモに出発しようとしたときには、みるみる列が厚く長くなり、五〇〇名をはるかに超える数で、新橋から銀座への行動を貫いていくことができた。

 前回の代替わり過程では、全国各地で「自粛」や「祝意の強制」に対決する意思表示がなされていった。それに比べると、今回の代替わりの過程はややひとの結集が厳しい状況だと感じていたのだが、しかし、参加者の内実においては、より一人ひとりの想いを前面に出して、即位イベントに翼賛する「東京戒厳令」を跳ね返していく闘いとして展開することができたような気がする。

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 この行動に対する警察の弾圧は、執拗で厳しいものだった。とりわけデモの列の後部には幾度も機動隊からのいやがらせや攻撃が加えられ、デモの列の分断が画策された。その中で、これに抗議した三名が次々に逮捕されていった。これに対して、天皇による即位を祝う「饗宴の儀=晩餐会」が連日開催される中で、私たちは被弾圧者を取り戻すための連続的な行動に取り組んでゆき、ようやく十一月一日に全員を起訴させずに釈放をかちとった。今回の抗議行動は、さまざまな人びとからの支援を受けることができ、今後にもつながるとても意義のあるものだったと強く感じている(声明参照)。

 私たちの行動は、次には大嘗祭への反対行動へと続いていく。自由な発想で国家権力に向き合っていく試みを、毎回、めざしていきたい。共同行動を呼びかける。

(蝙蝠)