あっという間の年越しだった。二〇一九年、反天連は、終わりにしよう天皇制!「代替わり」反対ネットワーク(おわてんねっと)の仲間たちと走り続けた。二〇一八年末にバタバタと提訴した即位・大嘗祭違憲訴訟にも、反天連事務局メンバーはそれぞれ原告や訴訟の会の事務局として裁判を共にしてきた。また、同様に反天連も参加するオリンピック災害おことわり連絡会(おことわリンク)の一年前企画をはさんだ企画も多く忙しかった。そのほか各メンバーがそれぞれに関わる活動も少なくなく、反天連全体が文字通り怒涛の日々であった。例年の12・23集会はなくなり、一二月は少しはゆったりするのかと思っていたがそういうわけにもいかず、12・7集会でおわてんねっとはひと段落したものの(「集会の真相」参照)、今年の2・11反「紀元節」行動実の準備や即大訴訟の口頭弁論(「集会の真相」参照)と、年末まで走り続けた。
政府の動きはさらに慌ただしく、「代替わり」行事のすべてが終わったかと思うタイミングで出てきたのは、一二月二七日の「自衛隊の中東派遣閣議決定」の報だ。派兵根拠は防衛省設置法の「調査・研究」というが、米国と、米国が求めていた「有志連合」へのエクスキューズ的な派遣であることは、新聞等でも明確に示唆している。「調査・研究」は防衛相の命令だけで実施可能であり、お手軽に派兵できる根拠法である。なんともきな臭い年の瀬であった。
そして年明け早々に聞こえてきたのは、一月三日の米軍によるイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害だ。ソレイマニ司令官は最高指導者ハメネイ師に近い要人といわれる。そして八日には、イランによる米軍への「報復攻撃」。米軍が駐留するイラクの基地にミサイル攻撃したと報じられた。昨日(一〇日)には「米・イラン全面衝突を回避」の大文字に胸を撫で下ろすが、大きな火種は燃え続けている。問題の解決などいまだないのだ。そのような状況にあっても、安倍は派兵中止を打ち出さない。実質戦地への派兵であり、徳仁天皇制は明仁同様に戦争とともに始まった。
その新天皇の一般参賀は参加者七万弱。決して多い数とは思わないが、それでもそんなに行くのかと、正月早々呆れ果てる。早朝から並んだという家族連れなどインタビュー映像が流されていたが、「平和を祈ってほしい」だの「自然災害のない一年を祈ってほしい」だの、これは初詣のかわりだなと思いつつ、天皇は祈る相手ではなく祈る人として認識されているのだなあ、と妙に納得する。まさに祭祀王であり、参加者たちはみなその信者ということになる。
この天皇の「代替わり」の最終的な儀式として考えられているのが、四月一九日に予定されている「立皇嗣の礼」だ。天皇の弟・秋篠宮が立皇嗣(皇位継承順位一位であること)を宣言するという儀式で、国の主催で行うが、儀式の概要については今月中には決めるという。そしてこれが終了したらいよいよ「皇位継承者」問題の検討を始めるというのが政府のこれまでの見解だ。「退位特例法」には付帯決議として、「本法施行後速やかに」皇位継承問題の検討に入ることが書かれているが、安倍はそれを後へ後へと延ばしてきた。しかし、そろそろ始めないわけにはいかない。
今年の反天皇制運動の大きな柱の一つは、この「皇位継承」問題をめぐる言論による戦いとなることは間違いない。これまでも何度もなされてきた議論である。そして私たちの結論はもちろん「誰がなろうと天皇はいらない」だ。しかし、なぜその結論になるのかを多くの人たちと共有できなければ、結論は空論だ。女性天皇容認が八〇%以上という世論の中で、「女性天皇も女系天皇も女性宮家もいらない」の根拠を、どれくらいの人たちと共有できるのか。反天皇制運動の正念場であるとも思う。今年も頑張りたい。
まずは2・11反「紀元節」行動と2・23おわてんねっと集会だ。たくさんの参加を待っています。今年もよろしく!
(大子)