【学習会報告】宇田川幸大『考証東京裁判──戦争と戦後を読み解く』 (吉川弘文館・二〇一八年)

 本書の評価は、評者と他の参加者で全く異なるものだった。他の参加者は、東京裁判の過程を丹念に追った興味深い著書であると評価、評者の評価は極端に言えば、事実経過をまとめたレポートだというものであった。

 著者は「あとがき」で「戦争責任問題の追及は、単なる「犯人捜し」ではない(略)人間の心を、暗黙の裡に支配している差別意識や偏見など、暴力や抑圧を支えてしまう危険因子を、戦争犯罪や戦争裁判といった様々な事例から一つ一つ確認してゆく作業、そして、今を生きる私たちが、こうした危険因子をどこまで克服することができているのかを測定する作業。(略)これらが「戦争責任・戦後責任を考える」ということなのだと思う」と記している。他の参加者の高評価はこの方法によっている。

 では、評者の不満はどこにあるか。それは著者が天皇の戦争責任を追及していないからである。もちろん、著者も「問われざる問題群と責任者」という章を置いて、その筆頭に「昭和天皇」をあげている。だが、検察側が被告人たちの「共同謀議」を立証しようとしたことに対して「国務[最高補弼者──内閣総理大臣]と統帥[最高輔翼者──軍令部総長、参謀総長]の分立、そして陸海軍の対立抗争などがあり、「共同謀議」などやりたくてもやれなかった」(一一一ページ)などと記してしまっている。両者の上にいた天皇を被告人から除外しているのであるから当然である。あたかも天皇も首相も平和を望んだのに、軍部(陸軍)が勝手に戦争をしたという城山三郎『落日燃ゆ』史観のような地平に陥っている。被告人への絞首刑執行も一二月二三日とさらりと日付のみ記されている。

 次回は、中里成章『パル判事』(岩波新書)を九月一五日に読む。

(ぐずら)