【今月のAlert 】「有識者会議」設置─ 「国民的議論」を超えることばを!

九月二三日、政府は「生前退位」などを論議する「有識者会議」のメンバーを発表した。これまでさまざまに設置されてきた「有識者会議」や「審議会」に名を連ねてきた面々である。一〇月中旬に第一回会合を持ち、早ければ年内にも「提言」という見通しが語られている。

同時に、宮内庁人事も発表された。風岡宮内庁長官が退任し、次長がトップに就いたが、その後任として、内閣危機管理監の西村泰彦が官邸から送り込まれた。西村は、宮内庁側のカウンターパートとして天皇の「公務軽減」について検討してきた内閣官房副長官・杉田和博と同じ警察官僚出身者である。「宮内庁の人事を官邸主導に切り替えた」ことを意味する、と報じられている。
七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって明らかとなった「生前退位」の意志の表明は、単にそれだけではなくて、象徴天皇制とはどのようなものであるのかを天皇自身が定義し、天皇が行ってきた行為と、それによって生み出されてきた「国民とのつながり」について自賛し、それを天皇のなすべき仕事として、明仁天皇自身の関与のもとに「代替わり」を果たすことを通じて、新たな天皇像を確立していくという宣言だった。それは、天皇自らの意志に基づき周到に準備された。国事行為以外の「公的行為」なる違憲の行為が、天皇の大切な「つとめ」であるということを、これまたマスコミを使った違憲の政治的行為によって果たしたこの目論見は、しかしかなりの部分において成功したといわなければならない。

ビデオメッセージ放送直後の世論調査では、生前退位を「できるようにしたほうがよい」が八六・六%、その理由として「天皇の意向を尊重すべきだから」を選んだ回答者が六七・五%を占めた(共同通信社)。七月一三日の段階では、「生前退位は摂政冊立によって可能だ」などと論じていた小堀桂一郎や渡部昇一ら右派系の論者も、天皇自身による明確な「摂政否定」と圧倒的な「国民的支持」を前に封殺され、生前退位を可能にする皇室典範改正へと、一挙的に進むかとも思われた。

だが、政府は皇室典範を改正せず、現天皇一代限りの特例法で処理する意向であると報じられ、さらに、三〇日の衆院予算委員会において、横畠祐介・内閣法制局長官は、皇室典範を改正せず、特例法で「生前退位」が可能になるとの政府見解を示した。

この一連の事態に、「生前退位」にはそもそも消極的だった安倍官邸の「巻き返し」を見ることもできよう。右派の「生前退位」反対論が、皇室典範改正となれば、「女性・女系天皇容認論」につながるという危惧によっていることは明らかだ。「安定的な皇位継承」、ひいては天皇制の存続のためには「女性・女系天皇」の実現を辞さないという考えをもつ(と伝えられる)現天皇に対して、安倍を含む右派勢力は、あくまで男系にこだわっていた。なんとか摂政で妥協できないかと、官邸が宮内庁を揺さぶっていたという報道もあった。

確かに、ビデオメッセージで示された「お気持ち」の眼目は、たんに年をとったから引退したいというような話ではなかったはずだ。そこで目論まれていた主体的・積極的な天皇像の確立は、また別の事情によって、いったんブレーキがかけられたのかもしれない(そうした主張のために、「天皇の政治的発言は憲法上許されない」などとしきりに強調する右派がいて、そのご都合主義には呆れるが)。皇室典範改正はリスクが大きいので、やるなら「特例法で」という安倍のオフレコ発言の線で収まりつつあるのかもしれない。

けれども、天皇によって開始され主導された事態が、ここまで進んだということを、われわれとしてはやはり確認しておかなければならない。安倍と思想的に近しい、日本会議国会議員懇談会のメンバーによるアンケート結果(『文藝春秋』一〇月号)にも、多くはないが「生前退位」や「女性宮家」に賛成する回答が見られる。明らかに、いまだ事態は揺れている。

有識者会議などでの議論の中身にも、おそらくはそれらは反映されていくだろう。もちろんこれらのすべてが、天皇制を前提とした議論でしかありえない。だがそこにも、われわれが天皇制を批判していくための具体性が、見出せるはずである。これからの事態に批判的に注目しつつ、そこで登場するさまざまな言説に具体的に介入することが、自覚的に追求されなければならない。

そして何より、この間の事態に関わって、各地で議論の場や街頭行動が持たれ始めている。私たちもそうした場を準備し、またそれらの動きにつながっていくことによって、「有識者」たちが組織する天皇制に関する「国民的な論議」とは別の批判のことばを紡ぎ出していこう。

(北野誉)