【書評】『「明治日本の産業革命遺産」と強制労働〜日韓市民による世界遺産ガイドブック』

「世界遺産」を冠にする広報やメディアの報道・番組を目にすることが多くなった。
特にテレビ番組では、ほとんどがアイデアも表現も一〇年一日のけたたましいシロモノばかりで、できるだけ遠ざけているのだが、「世界遺産」を紹介するという体のものはそれでも比較的おとなしめなつくりにしていることが多く、ふと流し見していることもある。

国連ユネスコは、その活動に求心力を持たせるために、この「世界遺産」の選定を活用してきた。確かに、ユネスコ憲章にもあるように、「文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは人間の尊厳に欠くことのできないもの」として、「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」を共同で保存していく活動というものは意味があるだろう。とりわけ「近代化」が世界大となる中で、経済活動や文化衝突によって多数のものが「遺産」とさせられてきた。なかでも植民地化や資本主義化を爆発的に進めた国家や集団は、そのしばしば犯罪でしかなかった活動によって喪われた何くれに対して、重大な責任を持っており、その保存や意味づけを行なっていくべきだと思う。文化や「文化財」の「保護」は、それを踏みにじってきた歴史から考えるならば、欺瞞そのものだというしかないが、それでも、その固有の価値を確立するための努力や体制は、政治や経済活動その他による蹂躙を少しでも許さないために、怠ってはならないものだ。

しかし、近年になって、日本政府やその外郭団体、利権集団によって推進されている「世界遺産」採択活動は、対象の選択も恣意的きわまり、そのほとんどがおぞましいものでしかない。ちなみに、民間において「世界遺産」申請に圧力をかける中心的存在は、かの日本財団である。記憶に新しいのは記紀を根拠とする宗像三女神を祀った神社や島嶼を「神宿る島」としたものだが、このパンフレットが批判している「明治日本の産業革命遺産」もまた、その典型的なものだと言えるだろう。この件では、前川前文科事務次官によって、文科省の審議会に安倍政権が介入して、木曽、和泉、加藤などその利権グループを「有識者会議」に押し込んだ経過が明らかにされている。制定の過程では「一般財団法人産業遺産国民会議」なるものも立ち上げられた。

「明治日本の産業革命遺産」では、九州と安倍の地元の山口県の施設を主として登録された。産業革命に関連が深いとは言えない「松下村塾」や萩市城下町などもしっかり盛り込まれている。

しかし、この登録における問題は、それだけではない。「明治日本の産業革命」は、それ自体が正の「価値」づけをされるようなものではなかった。資本形成期の資本主義は、本質的に労働収奪的なものとして展開された。明治期の大日本帝国においては、「資本主義」の展開は、まさに侵略政策のただなかでその実体化として進められた。国内的には産業労働者として農民層を解体し、対外的にはそれに加えて植民地化された朝鮮などからの労働者の動員と強制労働がなされた。こうした経過は「世界遺産」としては後景に伏せられ、産業化の「栄光」とそれを推進した企業や個人の顕彰ばかりがなされている。登録時には、「戦時の朝鮮半島出身者の徴用は強制労働ではない」とまで主張している。強制労働や暴力についての指摘には、産経新聞やネット右翼などまで総動員して、これをもみ消そうとしているのだ。

このパンフレットは、90 ページほどに過ぎない小さなものだが、文章だけではなく図版を多数盛り込んで、さまざまな方面からこの問題を浮き彫りにしている。これまで韓国の側から歴史の発掘と資料の収集・出版に取り組んでいた「民族問題研究所」と、日本の側でこうした活動を展開してきた「強制動員真相究明ネットワーク」の共同で制作されたもので、この問題を今後も究明していくという意思を明らかにしているものだ。読みやすく、しかも内容は細かくて、テキストとしても優れている。
ウェブ上でも公開されているが、ぜひとも購入して活動を支援していきたい。

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強制動員真相究明ネットワーク/民族問題研究所
〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1

(財)神戸学生青年センター内

http://ksyc.jp/sinsou-net/sekaiisann-g-book.pdf

送料込み五〇〇円
郵便振替〈00930ー9ー297182  真相究明ネット〉

(蝙蝠)