「ニュース」カテゴリーアーカイブ

【集会報告】「慰安婦」被害者が切り開いた地平―旧ユーゴの活動家を招いて

八月一四日を国連の「『慰安婦』メモリアルデー」に、という趣旨で毎年この日に行われている集会。今年の東京集会は、戦時性暴力問題連絡協議会と日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の共催で、「『慰安婦』被害者が切り開いた地平」―旧ユーゴの活動家を招いて」として、日本教育会館で開催された。

まず、青山学院大学教員で、国際人権法を専門とする申惠丰(シン・ヘボン)さんが、「重大な人権侵害の被害回復とは―日韓『合意』はなぜ真の解決にならないのか」と題して報告した。昨年一二月のいわゆる「日韓合意」についてふれつつ、「軍の関与の下に」ではなく、「軍が設置し、運用した制度であった」とされなければならない。被害女性は性奴隷状態に置かれていたのであり、重大な人権侵害の事実を語り継いでいくことが、被害者の名誉を回復し再発防止のための道であると強調した。

続いて、ラダ・ボリッチさんが、「旧ユーゴスラビア女性法廷―正義と平和構築のフェミニスト・モデル」と題して報告。クロアチア出身の彼女は、内戦中、現地で女性戦争被害者救援センターを組織したフェミニスト活動家・研究者である。

ボリッチさんは二〇一五年の、サラエボで行われた民衆法廷について報告した。法廷は犯罪と加害者を名指し、「被害者たちの癒しの場」となったという。内戦終了後も女たちへのさまざまな暴力が続いている、「家父長制、男性優位主義、軍事主義からの解放」をめざそうと呼びかけた。

討論の中では、旧ユーゴでも女性への性暴力が、対立する民族への敵愾心を煽るために利用された事実があり、それは女性への暴力が、国家や民族の枠においてとらえられるからである、「慰安婦はどこの国でもやったこと」という論で性暴力を相対化する議論もあるが、女性への暴力の問題は、普遍的な人権侵害の問題として捉えられなければならない、などの議論があった。

なお、集会後にデモも行われたが、懸念された右翼による妨害は、今年はほとんどなかった。

(北野誉)

【今月のAlert 】開始された天皇制国家の法再編プロセス:私たちの民主主義を今こそ突き出そう

今回の八月一五日の行動には、常とは異なった緊張感がありました。直前に発表された「天皇メッセージ」をもって、明仁天皇制のXデーへのカウントダウンが開始され、第X期の私たちの活動における主要課題が、はっきり、私たちにとってだけのものではないという状況になったからでもあります。

しかしもちろん、その状況は、より困難なものとしてあります。リオではオリンピックへの批判が世論の半数といわれるまでに高まり、ファヴェーラなどの貧困問題もクローズアップされながら、世界中の資本とメディアはこの事実を、オリンピックが開催されるやいなや一斉に黙殺しました。今月に開催されるパラリンピックは、新自由主義のもと福祉政策がそもそもまったく端緒につかない状況のブラジルでは、予算も規模も報道も、よりアンバランスな「先進国だけの祭典」となることが明らかです。

こうした「国家イベント」も含めて始まったばかりの「Xデー」状況ですが、ここでは、いつまでたっても「途半ば」としてその実態を糊塗するしかない安倍の経済政策に代わって、「アベノテイコク」主義ともいえるような状況が、今後、はっきりと起動していくことになるでしょう。靖国をめぐる「日の丸右翼」の暴力はもちろんひどいものでしたが、オリンピック報道の「国威発揚」の絶叫を見せられていて、むしろこちらのほうへの恐怖を感じさせられました。

明仁は、今回のメッセージで「在位三〇年」をもって区切りとしたいという意向を明らかにしています。まだもちろん想定の段階にすぎませんが、この秋から、天皇制をめぐる法律の改定が検討されることだけははっきりしています。それが顕在的に憲法をめぐるものとなる可能性があることはもちろんですが、そうでなかったとしても、その内実は、現実の天皇制の実態を追認するかたちで、憲法解釈や法体制を全面的に俎上とするものとならざるを得ません。しかもその法や法体制の改定は、国会における「全会一致」ばかりでなく、メディアや世論レベルにおいても「一致」することを、実質的な目的として進められることになるでしょう。「天皇あやふし ただこの一語が 私の一切を決定した」(高村光太郎)にも似た幻惑が、すでに言論状況、さらには対抗的運動の内部をも徐々に支配しつつあるのです。

八月八日以後の状況は、これを示唆しています。「陛下のおことば」が、それ自体は法的な根拠を持たないにもかかわらず、これほどまでに威力を発揮することは、私たちが依拠している「戦後民主主義」の脆弱な実態でもありますし、これに対して、私たちがほんとうの意味でその内実を構築していくことへの深刻な必然性をも問いかけるものです。明仁が示したスケジュールに基づいて、今後の政治情勢は展開するでしょう。この秋から来年にかけて天皇制関連の法体制が整備されようとし、それを前提に「在位三〇年」式典が組織される。そして、徳仁の即位儀礼が実施され、新たな天皇制の発足をもって「東京オリンピック」が開催される、というのが、この日本国家に想定される「ハレ」のスケジュールです。

そして、この天皇制と「アベノテイコク」主義は、もちろんそれだけではない。新内閣のもと、「テロ対策」を名目に、とりわけ稲田朋美防衛大臣らにより、政治全体が軍事傾斜をより強めています。沖縄の米軍基地建設も、反原発テントの強制撤去も、大分での監視カメラも、警察権力がより暴力的に行使され、それがさまざまな反対勢力を圧殺していることを明確にしています。こうした軍事・警察国家に向けた官産学の一体化もまた、悪辣さを強めています。

私たちはこの状況に対して微力な存在です。しかし、今回の八月の行動においても、昨年を超える人々とともに、明確な主張を掲げて闘うことができています。これを、どのようにしてもっと広範なものとしていくことができるか、天皇制の代替わりと安倍国家の軍事体制に抗する闘いを、この秋以降、より深い質をもって開始していきたいと考えています。

(蝙蝠)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 3号(2016年9月 通巻385号)

今月のAlert ◉開始された天皇制国家の法再編プロセス:私たちの民主主義を今こそ突き出そう(蝙蝠)
反天ジャーナル ◉ 井上森、竹森真紀、退位よりも廃止よね
状況批評 ◉ 「これは天皇によるクーデター」─反天皇制へのチャンスになる!?(中嶋啓明)
書評◉坂上康博著『昭和天皇とスポーツ 〈主体〉の近代史』(宮崎俊郎)
ネットワーク ◉ プレセンテ! プレセンテ! プレセンテ!(池内文平)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈76〉  ◉ もうひとつの「9・11」が問うこと(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈02〉 ◉ 安倍政権(宮内庁官僚)・天皇・マスコミ一体化した立憲主義破壊を許すな!:〈壊憲天皇明仁〉その1(天野恵一)
【反天連からのよびかけ】02 ◉ 違憲の『天皇メッセージ』が民主主義を押しつぶす
野次馬日誌
集会の真相 ◉8・13 平和の灯を!ヤスクニの闇へキャンドル行動「戦争法の時代と東アジア」/8・14「慰安婦」被害者が切り開いた地平―旧ユーゴの活動家を招いて8・15 反「靖国」デモ/8・21 お・こ・と・わ・り東京オリンピック
学習会報告 ◉ 横田耕一・江橋崇編『象徴天皇制の構造─憲法学者による解読』(日本評論社、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2016年9月6日発行/B5判18ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】『昭和の終焉 1988.9—1989.2 天皇と日本人』 (朝日ジャーナル編、朝日新聞社、一九八九年)

前回Xデー期間中の朝日ジャーナル掲載の文章を集めた本である。弓削達はローマ皇帝に対する死者裁判と言う制度を通してヒロヒトの戦争責任を問い、加納実紀代は大塚英志の「少女たちの「かわいい」天皇」に反論し、河原宏は皇太子アキヒトのイメージ戦略が実は皇太子ヒロヒトに対するイメージ戦略の焼き直しだったことを指摘しつつアキヒトが「福祉的・恩赦的」天皇となる可能性を論じ、色川大吉はアキヒトと天皇制の今後に対する楽観的な見通しを語る。他にも、荒俣宏のオカルト天皇論やライシャワーの天皇礼賛、さらに野村秋介の談話、亀井静香・山花貞夫・上田耕一郎の座談会までと実にバラエティーに富んでいるが、植民地から見た天皇像や代替わり儀式の違憲性を指摘する文章もきちんと入っている。編集部の文章はXデー状況のジャーナリスティックな報告と分析で、当時を振り返るには便利だが詰めは甘い。

が、白眉は中ほどにある、現人神ヒロヒトを記憶している人々による、Xデー直後に発表された文章群だろう。大岡昇平、井上ひさし、野坂昭如、鶴見俊輔、神島二郎、日向康による文章がそれだ。そこにあるのはヒロヒトへの愛憎半ばする思いを抱えた知識人の姿である。愛のほうが勝っているとまでは言わなくとも、まだまだ充分愛は強いと見える人もいて、今更何を言ってるんだと笑われてしまうかもしれないが、僕は言葉を失った。ヒロヒトへの愛憎入り混じった複雑な感情は、兵士や庶民(嫌な言葉だ)ならともかく、知識人は克服しているものと思い込んでいたのだ。この驚きは学生時代『きけ、わだつみのこえ』を読んで、当時の超エリート、知識人予備軍たる大学生たちが内面でどう考えようとも兵士として死んでいった事実への納得出来なさに通じる。いや、もう、なんてことだ。

しかし、人はアキヒトに対してヒロヒトのような愛憎は抱かない。護憲天皇として、それこそ知識人から庶民まで濃淡の差はあれ愛を持っているのではないだろうか。アキヒト自身は、天皇は憲法を超越した存在と考えていることが判明した現在(でなきゃ生前退位なんて本人が大っぴらに言えない)でもこの勘違いは消えない。人々が恨みも憎しみも感じない王を廃するにはどうすればいいのだろうか。天皇自身がXデー開始を宣言しちまったんだが。

*次回は八月三〇日。横田耕一ほか『象徴天皇制の構造』(日本評論社)。

(加藤匡通)

【集会報告】8・15実前段集会 「聖断」のウソ─天皇制の戦争責任を撃つ

「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8・15反「靖国」行動は、今年も、七月三〇日の前段討論集会と八月一五日の当日行動の組み合わせとして進められている。

始まったばかりの、天皇自身によって領導される「天皇制の代替わり」過程のなかにあって、そして同時に、安倍政権の推し進める「改憲」過程のなかにあって、日本国家の植民地支配、戦争・戦後責任を、歴史として問い直しながら、現在の私たちを含む社会全体にとっての課題として打ち出していくことは、より重要な意味を持っている。

今回は、講師として、いつも私たちの行動に参加し伴走してくれている千本秀樹さん(日本近現代史研究)に、「『聖断』のウソ─天皇制の戦争責任を問う」と題した問題提起をしていただいた。

昭和天皇裕仁の終焉が近づいた時期になって、「昭和天皇は平和主義者であった」という捏造がメディアに広く流通し始めた。それまで主体的・能動的に政治と戦争を指導してきた裕仁は、悲惨なアジア太平洋戦争における日本の敗戦が蔽いようもなく明らかな最終期になって、その側近たちとともに、天皇制を戦後に生きのびさせるための大掛かりな工作を開始した。それは、連合国なかでもアメリカの戦後構想に、天皇制国家日本をビルトインさせるものだった。その中で、戦争責任はBC級戦犯、A級戦犯に案分され、天皇の「聖断」により戦争が終結し「一億総懺悔」するという虚構が成立させられた。国家の犯罪を明らかにする多くの事実や資料は隠滅された。戦争責任を一つひとつ具体的に問うことが、戦後における民主主義の出発点になるはずだが、それらの多くは現在に至るまで未決のままだ。

千本さんは、講演の中で、天皇と軍をめぐる歴史事実を細かく俎上にしながら、それがどのように神話化され、書物や映画などにおいて流通しているかを話されていった。こうした事実を踏まえて考えることは、いままさに明仁らが進めている天皇制国家の改造を、思想的、政治的につきつめて捉えていくことにおいて、最重要のことだ。「平和」を僭称しながら進められる戦争体制と、今後もよりいっそう闘っていかねばならない。

集会は文京区民センターで開催、参加者は四十数名だった。

(蝙蝠=反天連)

【集会報告】天皇行事の『海づくり大会』はいらない!海づくりは、海こわし 7・18討論集会

天皇制翼賛体制を全国各地に作りだす三大天皇行事の一つ『第36回全国豊かな海づくり大会─やまがた』が「森と川から 海へとつなぐ 生命のリレー」を大会テーマとして今年九月一〇日、一一日に山形県で開催される。現地で反対闘争が準備されていることから、七月一八日築地社会教育会館で、「8・15反『靖国』行動」主催で五〇人弱が参加して標記集会を開催した。

集会は、天皇アキヒトの「生前退位」の意向報道─新たな天皇Xデー攻撃への最初の反撃の集会として開始された。

鈴木雄一さん(反戦反天皇制労働者ネットワーク・山形)は、「東北(支配)と水産業」と題して「東北」、放流行事会場である「鼠ヶ関」(ねずがせき)という地名は、外敵の住む北のはずれを意味する蔑視感があふれている。さらに東北は戊辰戦争で朝廷にさからって以降、仙台におかれた第二師団を中心に経済と行政がつくられてきたなど東北の歴史を語った。今回山形「海づくり大会」の式典会場である酒田市も製鉄業など軍需産業のまちとして形成された。東北は「明治」に二回の天皇行幸が行われたが、その目的は自由民権運動弾圧と軍隊の慰労が主であり、軍隊を通して天皇制が入って来るというのが東北の歴史であった。そして山形「海づくり大会」は福島原発事故による海洋汚染を隠蔽し、被害者切り捨ての天皇による鎮撫工作である。復興を演出のための、天皇のための行事であると弾劾し、現地闘争への参加を呼びかけた。

天野恵一さん(8・15反「靖国」行動)は、「天皇行事の政治的意図」と題して、今後の天皇儀礼は、全部Xデープロセスで演出される。棄民化政策、被災者の切り捨てを行いながら『震災の復興』を演出する。その総仕上げは、『復興』茶番の東京オリンピックだ。護憲派の総崩れの中で、「違憲の行為はやめろ」という土俵で共闘する運動をどのように作っていくかが問われていると訴えた。

新たなXデー攻撃の中で「8・15反『靖国』行動」や天皇行事反対闘争の重要性を実感させる集会であった。

(野村)

【集会報告】第29回政教分離訴訟全国集会

七月一五日・一六日の両日、東京で「第29回政教分離訴訟全国集会」が開かれた。毎年、各地持ち回りでおこなわれている交流集会で、今回は「大阪判決を打ち破ろう!」をテーマに、安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京と、ノー!ハプサ訴訟が受け入れ団体となり、初日は全水道会館で六〇人、二日目は御茶ノ水のクリスチャンセンターに三〇人が集まった。

初日はまず、一橋大学の吉田裕さんの記念講演。吉田さんは、安倍の靖国参拝がアメリカからすぐに批判を浴びたように、日本の歴史認識そのものが国際的に問われた。戦争体験世代の激減とともに、靖国神社を支える財政状況は厳しくなっている。ただし、若い世代の中で、今世紀に入ってから、かつての戦争を「やむを得ない戦争だった」と、消極的に肯定する人が増えていることは見逃すことはできないと指摘。

続いて、大阪と東京の弁護団によるシンポジウムがもたれた。報告者は大阪安倍靖国参拝違憲訴訟弁護団の加島宏さん、同東京訴訟弁護団の碇由利絵さん、ノー!ハプサ第二次訴訟弁護団の浅野史生さん。

不当判決に対して控訴した大阪、人証調べの段階に移り、一四名の原告本人尋問が予定される東京訴訟、靖国神社と原告らの父の死との直接的な関係性を具体的に問うている、ノー!ハプサ第二次訴訟の現段階と問題意識が話された。
二日目は各地からの報告。北海道、大阪、東京(靖国訴訟とノー!ハプサ訴訟)、山口の取り組みと、それぞれの課題について報告された。会場からは松山と沖縄からの参加者の発言もなされた。

二日間の論点は多岐にわたったが、私としては、訴訟をはじめ、粘り強く取り組まれてきた政教分離違反に対する反対運動が、一面では靖国公式参拝路線を挫折させたこと(法廷では「私的」参拝と言わざるを得ない。もちろんそれ自体が欺瞞)、「政教分離」の意味するところは宗教的少数者や非宗教者の信条を抑圧する「おそれ」からの自由の保障であることをあらためて確認できた。天皇制自体の宗教性(非宗教的な儀礼も含めて)を、この問題と重ねて考えることが必要であると痛感している。

(北野誉)

【今月のAlert】天皇主導のXデーがやってきた! ─8.15反「靖国」行動へ!

七月に行われた参院選は、改憲勢力が非改選を含め改憲発議に必要な三分の二を超える議席を獲得する結果で終わった。八月三日には内閣改造と自民党役員人事が行われ、主要な閣僚は大半が留任し、防衛相には稲田朋美を起用した。新聞は「首相が考える安保政策をそのまま自衛隊の活動に反映させていく体制をつくった形」と評し、防衛相経験者による「防衛相の振る舞いを周辺国はよく見ている。有事がエスカレートすることもある」という危惧するコメントを紹介している。

連合国が戦犯らを裁いた東京裁判を不当だと訴え、「伝統と創造の会」を設立し、以来毎年、サンフランシスコ講和条約が発効した四月二八日と八月一五日に靖国神社を参拝しているウルトラタカ派である。

女性の防衛相は小池百合子に続く二人目だが、「日本会議」の副会長を務める小池は都知事選で大差で勝利している。その都知事選で、「在特会」の前会長である桜井誠が「選挙の自由」を盾にヘイトそのものの選挙演説を行い、一一万票余の票を獲得した。その結果に正直驚愕したが、安倍や稲田、小池の本音がむき出しの形で表れているのが、桜井と言えるわけで、少なくない数の人々が、彼らを支持するこの状況だからこそ、私たちは歴史に向き合い、検証していく作業を粘り強く継続する努力がなお一層求められていると改めて強く思う。落胆している暇などないのだ。

参院選の直後に、沖縄高江のヘリパット建設が本土から五〇〇人という機動隊を動員して暴力を伴い強行・再開された。福島の原発事故などなかったかのように、川内原発に続き八月に伊方原発の再稼働も行われようとしてる。老朽化が進む原発も次々に再稼働へのGOサインを規制委員会は出した。

歴史修正主義者たちが権力の座を占めている。これは本当に恐ろしいことだ。彼らには歴史から学ぼうとする姿勢が全くない。日本の侵略戦争・植民地支配における天皇制の責任も、すべて自分たちに都合のいいように解釈し、まったく同じ過ちを繰り返そうとしている。個人の尊厳など邪魔なだけで駒に過ぎないという「国体護持」の思想が、現在の沖縄の問題や原発の問題に如実に表れている。

今年も8・15に向けて、私たち反天連も参加する実行委は、「『聖断神話』と『原爆神話』を撃つ8・15反『靖国行動』」を準備し、七月三〇日には日本近現代史研究の千本秀樹さんをお招きし、前段討論集会を行った。

その集会の前の七月一三日、反天連も予期していなかった天皇の「生前退位」の意向が突然NHKから報道された。
私たちはこれを、天皇制が主導する「Xデー状況」と位置づけ、声明をだしたのでご覧いただきたい。【反天連からのよびかけ】01としたのは、今後のあちら側の動きに対して、そのつど声明を出していこうと考えているからだ。

ちょうど一年前の八月一五日の「全国戦没者追悼式」や、その二ヶ月後の「全国豊かな海づくり大会」でアキヒトは手順を間違った。反天連声明に記したように、年齢のせいで「公務」が十分果たせなくなったという思いが今回の「生前退位」の意向表明の背景にある、とマスメディアは一致した報じ方をしている。国民のことを一身に思い、高齢にもかかわらず激務をこなしおかわいそう――という論調である。

「四年後の東京五輪を、新天皇のもとで迎えるべきだともお考えになられ、数年以内の実現を望まれている」と宮内庁関係者の話として週刊誌で紹介されている。オリンピックがヒロノミヤのデビューを飾る場として用意され、「天皇を頂点とする日本国」が世界中にお披露目されるというわけだ。新天皇即位に向けた時間はすでに流れだしているだろう。

発言の違憲性については声明を読んでいただくとして、アキヒトが考える「象徴天皇制」の完成体が天皇主導で行われようとしていることは確かである。八月八日には、天皇自らの「お気持ち」が表明されるという。「天皇条項」「皇室典範」という文字が踊り出している。「民主主義」や「立憲主義」が議論される時、すっぽり抜け落ちていた憲法条文。「大日本帝国憲法」と「日本国憲法」の連続/断絶の関係性を問うということがなされなければならない。反撃の時は始まった!

まずは8・15反「靖国」行動にぜひ参加を!

(鰐沢桃子)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 2号(2016年8月 通巻384号)

今月のAlert ◉天皇主導のXデーがやってきた!─8・15反「靖国」行動へ(鰐沢桃子)
反天ジャーナル ◉ はじき豆、まおう鳥、映女
状況批評 ◉ オバマ広島訪問と伊勢・志摩サミット(関千枝子)
書評◉ピープルズ・プラン研究所パンフレット特別号『非暴力直接行動への宿題 反戦交友録』(有馬保彦)
ネットワーク ◉ 9・4各エリアにおける監視・抗議行動、報告集会へ(藤田五郎)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈75〉  ◉ 「beautiful Japan!!!!!」に何の因果関係を見るのか(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈02〉 ◉ 天皇代替り〈Xデー〉の政治が始まった!—完成された〈違憲天皇制〉のヘゲモニーの下に(天野恵一)
【反天連からのよびかけ】01 天皇制が主導する「Xデー状況」への反撃を開始しよう!──天皇も皇族もやめろ、そして天皇制は廃止せよ!
野次馬日誌
集会の真相 ◉7・15-16 第29回全国政教分離訴訟全国集会7・18 天皇行事の「海づくり大会」はいらない!海づくりは、海こわし7・30 「聖断」のウソ─天皇制の戦争責任を問う
学習会報告 ◉ 『昭和の終焉 1988.9—1989.2 天皇と日本人』
(朝日ジャーナル編、朝日新聞社、一九八九年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2016年8月9日発行/B5判18ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】反天連学習会 菅孝行編著「Xデーがやってくる! 危機の中の天皇制攻撃」(柘植書房、一九八四年)

六月の反天連学習会で読んだのは、結成前後の反天連をもその内に含む、一九八〇年代前半の運動状況を色濃く反映したテキスト。

反天連ではこの間、ヒロヒト「Xデー」に関連した本を読んでいるのだが、そもそも当時、「Xデー」はどのようなものとして想定されていたかということを確認したいと考えたのが、この本を選んだ理由であった。

その課題は、巻頭の菅孝行の論文と、巻末の山川暁夫の論文を読むことで果される。菅は言う。一九八三年以来、天皇・皇族のシンボルの下での国民統合を強化しようとする権力の動きが急速に露骨になってきた、そしてそれに呼応するように、山谷や日大に代表されるような、天皇主義右翼=民間武装反革命の本格的活動が始まっている。天皇制攻撃の本格化は、日本帝国主義の危機の深化による。それは「第三世界」諸国人民の反帝国主義闘争の前進によって規定された西側世界=統合帝国主義の危機である。アメリカの対ソ限定核戦争戦略、中曽根政権の登場もそうした危機への対応である。「利害の思想としての国益主義から倫理としての殉国の思想へ」、それは天皇以外の統合軸を見いだし得ない。

山川は、「Xデー」を通して「『戦後』意識が国民から消え、新時代意識が扶殖される」と分析した。巨大な「世替り」意識によって、現憲法は「昭和憲法」として相対化され、「『昭和史の終わる日』こそが、改憲実現への決定的跳躍台にならないと限らない」、と。

いまやアキヒト天皇が戦後秩序の「擁護者」とさえみなされていることを考えれば、これと異なった展開をしたことは明らかである。天皇の戦争責任の解消は、「代替わり」によって「自動的」になされたのではなく、新天皇の、それを自覚的に果たす「努力」の持続の姿の繰り返し(という演出)によってなされ、平和主義・護憲天皇というイメージを強化していったはずだ。

学習会でも、まずはこのように予期された「Xデー」が、現実に展開したそれとはかなりずれていることの確認から始まった。もちろん、そのことの指摘はたやすい。冷戦構造の変容・帝国主義と第三世界の位置の変化という時代の流れに、現実の「Xデー」がぶつかったことは大きかったと思うが、想定されていた危機の条件が変わっていたのだ。そしてそもそも、ある種「危機論」的な分析視角や、天皇制強化=「復古反動」論とは一線を画していたとはいえ、戦前的天皇制に連続したイメージで捉えられていたところの天皇観に、バイアスがかけられていたこともあっただろう。この本ではほとんど論じられていない「大衆天皇制」状況も含めて、現代資本主義における天皇制のリアルな認識作業が必要だった。けれども、「Xデー」に向けての「切迫」した気分というものは確実に存在した。天皇制が天皇制であるかぎり、本質的には変わらない天皇制攻撃の質というものが確かにあり、それぞれの運動現場における「天皇体験」は、ソフトな顔の下に露出するハードなものであったということだ。

このような現代天皇制の二重の構造は、何よりも現実の反「Xデー」闘争の過程で、天皇制の実像に迫る中であらためて見出されていったことであっただろう。

この本では、菅、山川の論文以外のすべてが、現場と課題からの運動報告である(愛知・管理教育、立川・動員、戦争責任、警備、山谷・右翼テロ、精神障害者差別など)。この本の初版のあとがきで、反天皇制の「先駆的な闘い」とされてきたそれらの実践は、このときすでに、それぞれの現場における反撃が、同時に反天皇制運動とならざるをえないことの発見の過程を示している。現実に登場した天皇制の姿は多少は違ったものであれ、それへの反撃は、形を変えて持続しているのだ。 次回は七月二六日。テキストは朝日ジャーナル編『昭和の終焉:天皇と日本人』

(北野誉)