【今月のAlert 】「有識者会議」設置─ 「国民的議論」を超えることばを!

九月二三日、政府は「生前退位」などを論議する「有識者会議」のメンバーを発表した。これまでさまざまに設置されてきた「有識者会議」や「審議会」に名を連ねてきた面々である。一〇月中旬に第一回会合を持ち、早ければ年内にも「提言」という見通しが語られている。

同時に、宮内庁人事も発表された。風岡宮内庁長官が退任し、次長がトップに就いたが、その後任として、内閣危機管理監の西村泰彦が官邸から送り込まれた。西村は、宮内庁側のカウンターパートとして天皇の「公務軽減」について検討してきた内閣官房副長官・杉田和博と同じ警察官僚出身者である。「宮内庁の人事を官邸主導に切り替えた」ことを意味する、と報じられている。
七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって明らかとなった「生前退位」の意志の表明は、単にそれだけではなくて、象徴天皇制とはどのようなものであるのかを天皇自身が定義し、天皇が行ってきた行為と、それによって生み出されてきた「国民とのつながり」について自賛し、それを天皇のなすべき仕事として、明仁天皇自身の関与のもとに「代替わり」を果たすことを通じて、新たな天皇像を確立していくという宣言だった。それは、天皇自らの意志に基づき周到に準備された。国事行為以外の「公的行為」なる違憲の行為が、天皇の大切な「つとめ」であるということを、これまたマスコミを使った違憲の政治的行為によって果たしたこの目論見は、しかしかなりの部分において成功したといわなければならない。

ビデオメッセージ放送直後の世論調査では、生前退位を「できるようにしたほうがよい」が八六・六%、その理由として「天皇の意向を尊重すべきだから」を選んだ回答者が六七・五%を占めた(共同通信社)。七月一三日の段階では、「生前退位は摂政冊立によって可能だ」などと論じていた小堀桂一郎や渡部昇一ら右派系の論者も、天皇自身による明確な「摂政否定」と圧倒的な「国民的支持」を前に封殺され、生前退位を可能にする皇室典範改正へと、一挙的に進むかとも思われた。

だが、政府は皇室典範を改正せず、現天皇一代限りの特例法で処理する意向であると報じられ、さらに、三〇日の衆院予算委員会において、横畠祐介・内閣法制局長官は、皇室典範を改正せず、特例法で「生前退位」が可能になるとの政府見解を示した。

この一連の事態に、「生前退位」にはそもそも消極的だった安倍官邸の「巻き返し」を見ることもできよう。右派の「生前退位」反対論が、皇室典範改正となれば、「女性・女系天皇容認論」につながるという危惧によっていることは明らかだ。「安定的な皇位継承」、ひいては天皇制の存続のためには「女性・女系天皇」の実現を辞さないという考えをもつ(と伝えられる)現天皇に対して、安倍を含む右派勢力は、あくまで男系にこだわっていた。なんとか摂政で妥協できないかと、官邸が宮内庁を揺さぶっていたという報道もあった。

確かに、ビデオメッセージで示された「お気持ち」の眼目は、たんに年をとったから引退したいというような話ではなかったはずだ。そこで目論まれていた主体的・積極的な天皇像の確立は、また別の事情によって、いったんブレーキがかけられたのかもしれない(そうした主張のために、「天皇の政治的発言は憲法上許されない」などとしきりに強調する右派がいて、そのご都合主義には呆れるが)。皇室典範改正はリスクが大きいので、やるなら「特例法で」という安倍のオフレコ発言の線で収まりつつあるのかもしれない。

けれども、天皇によって開始され主導された事態が、ここまで進んだということを、われわれとしてはやはり確認しておかなければならない。安倍と思想的に近しい、日本会議国会議員懇談会のメンバーによるアンケート結果(『文藝春秋』一〇月号)にも、多くはないが「生前退位」や「女性宮家」に賛成する回答が見られる。明らかに、いまだ事態は揺れている。

有識者会議などでの議論の中身にも、おそらくはそれらは反映されていくだろう。もちろんこれらのすべてが、天皇制を前提とした議論でしかありえない。だがそこにも、われわれが天皇制を批判していくための具体性が、見出せるはずである。これからの事態に批判的に注目しつつ、そこで登場するさまざまな言説に具体的に介入することが、自覚的に追求されなければならない。

そして何より、この間の事態に関わって、各地で議論の場や街頭行動が持たれ始めている。私たちもそうした場を準備し、またそれらの動きにつながっていくことによって、「有識者」たちが組織する天皇制に関する「国民的な論議」とは別の批判のことばを紡ぎ出していこう。

(北野誉)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 4号(2016年10月 通巻386号)

今月のAlert ◉「有識者会議」設置─ 「国民的議論」を超えることばを!(北野誉)
反天ジャーナル ◉ 映女、宮下守、D子
状況批評 ◉ 憲法学から見た天皇の生前退位問題(岡田健一郎)
書評◉池田浩士文・髙谷光雄絵『戦争に負けないための二〇章』(ほしのめぐみ)
ネットワーク ◉ 映画「チャルカ」に託す想い(島田恵)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈77〉  ◉ 独裁者の「孤独」/「制裁」論議のむなしさ(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈04〉 ◉ 大日本帝国憲法の「復活」と闘う─「民主天皇」という政治神話:〈壊憲天皇明仁〉その2(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相 ◉ 9・2 二四条かえさせないキャンペーン・キックオフシンポ/9・10-11 天皇出席の山形「海づくり大会」反対!現地闘争/9・12安倍靖国参拝違憲訴訟(東京)第10回口頭弁論9・21女天研連続講座・ジェンダーと天皇制 第4回「女性皇族の公務ー慰問?福祉?」/9・24 北村小夜さんと語り合った「学校と戦争─そこを貫く『道徳』『動員』『優生思想』」
学習会報告 ◉ 岩波新書編集部編『昭和の終焉』(岩波書店、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2016年10月4日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【連帯アピール】山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争

山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争に参加されている皆さん

この間、首都圏において反天皇制運動に取り組んできた、「『 聖断神話』と『原爆神話』を撃つ8.15 反『靖国』行動」より、本日の現地闘争を準備し、また現地に結集されている皆さんに、連帯のアピールを送ります。

私たちは、天皇制の「三大行事」といわれる「国体・植樹祭・海づくり大会」が、日本各地において行なわれてきた、天皇を戴く儀礼を通じて民衆統合をすすめる装置であり、その地域において、天皇警備という名の人権弾圧をともなう、官民一体の天皇翼賛体制をつくりだすものであるとして、反天皇制運動の大きな課題として位置づけています。

本来であれば、実行委メンバーの多くがこの場に結集していなければならないところ、日程的な諸事情で不十分な取り組みになってしまったことをお許し下さい。

私たちは、8・15に向けた前段集会のひとつとして、7月18日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない! 海づくりは、海こわし」と題して、現地闘争を準備されている方を講師にお招きし、討論集会を持ちました。そこでは、近代天皇制国家による東北支配の歴史と、政府・資本によって現地漁業が破壊されていく実態が明らかにされました。また、今回の「海づくり大会」が福島原発事故の翌年に開催を決定したものであり、それは2016年岩手国体、2018年福島植樹祭とつづく、東北における天皇行事のさきがけであること。そこで強調される「東北地方の復興再生」なるものが、現在進行形である福島原発事故や、汚染水の海洋放出という現実を隠ぺいし、原発再稼働政策を後押しするものに他ならないことを確認しました。

私たちは7月30日にも前段集会を持ち、さらに8・15の反「靖国」デモにも取り組みました。

それは、天皇明仁の「生前退位」の意向なるものがNHKにリークされ、そして天皇みずからの、「ビデオメッセージ」のテレビ報道という時期に重なりました。これらの天皇の行為は、「皇室典範」の改正を自らの意志で迫るという、象徴天皇制にとっての明確な違憲行為であり、さらに天皇制の「未来像」を、天皇主導によって確定していこうとする意思を示したものに他なりません。日本の国家社会を、戦争をする体制へと全面的に再編していく時代にあって、象徴天皇制がその存在意義である「国民統合」の機能を、より積極的なものとして高度化させていくという意味において、それは、天皇自身の手による、天皇制再編攻撃の開始であったといわざるをえません。

私たちの8・15行動が、首都圏においては、こうした天皇制攻撃に対する最初の街頭デモであったとすれば、今回の山形現地の闘いは、天皇行事そのものに対して、天皇に対して直接抗議の声を上げていく最初の闘いであると思います。

反天皇制運動の更なる展開をめざし、ともに闘っていきましょう。

2016年9月10日
「 聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8.15 反「靖国」行動

【学習会報告】横田耕一・江橋崇編 『象徴天皇制の構造:憲法学者による解読』 (日本評論社、一九九〇年)

天皇重体報道から、天皇Xデー(代替り)政治状況はスタートする。昭和天皇のパターンの強烈な体験から、私たちは、なんとなくそう思いこんでいた。しかし、それは今回、重体などではない天皇自身の「意向」をテコに始まるという、まったく予想もしないスタイルでやってきた。この突発的状況の中で、今、何が起きているのかを正確かつ批判的に認識するために、ストレートに役に立つ本を読みなおそう、そういう位置づけで、『象徴天皇制の構造─憲法学者による解読』(日本評論社・一九九〇年)が、今回のテキストとされた。

横田耕一と江橋崇の二人の編者は、「あとがき」で、こう書いている。

「本書の企画は、昭和天皇の『ご容体』が悪化した一九八八年の秋に始まる。世は恐ろしいほどの『自粛』フィーバーに襲われて、一部の人が抵抗しているものの、抗議の声は小さかった。天皇制を思想的、文化的、歴史的に批判し、糾弾する試みの出版物はいくつかあった。だが、天皇制の法制度論となると、まるで発表されないし、また、その見込みもないというのが当時の状況であった。/これでよいのだろうか。象徴天皇制は、日本国憲法の原則をなす国民主権原理などにどのように拘束されているのか。そもそも象徴天皇制を成り立たしめている法制度はどのようなものなのか。天皇制についての思想は各人によって異なるとしても、誰もが共通して理解しておくべき問題点はどこにあるのか。天皇制に関して戦後の憲法学が積み上げてきたものは何か。これらの点は、まさに緊急に解明されて、代替りという大きな節目で活用されなければならない……」。

この昭和の「代替り」状況で九人の法学者によってまとめられたテキストは「国民主権原理」による象徴天皇制の強い〈拘束〉の原則をキチンと再解読する法制度論であり、「象徴行為論」「公的行為論」そのものへの批判がシャープに展開されている。

天皇・政府・マスコミが一体化して、戦後の憲法学が積み上げてきたものを、まるごと破壊しつくしている、今の状況に対して、「ブルジョワ憲法(象徴天皇憲法)ナンセンス!」という不毛な超越的立場からではない、どういう天皇制批判の声(具体的論理)を私たちが運動的に対置すべきなのか。この切実な大問題を共に考える素材としては、すこぶる有益なテキストであった。次回は、九月二〇日、岩波新書の『昭和の終焉』

(天野恵一)

【集会報告】8・15反「靖国」デモ  

今年もやってきた8・15。例年どおり、反天連も参加する8・15反「靖国」行動の実行委は、7・30集会と8・15デモを準備し、広く参加を呼びかけていった(7・30集会については前号参照)。気持が落ち込む参院選の結果と、天皇メッセージの後のデモである。街頭では一体どういう状況になるのか、正直なところ不安を抱えながら当日を迎えた。デモ出発前の集合会場は韓国YMCA。二つの会議室を一つにして使わせてもらった。

しかし、デモ参加者は次々に会場に集まってきた。会場の椅子には座りきれず床に座り込む人が大半という状況で、暑い廊下にも人があふれた。八月のこの行動は、本当に集まる人一人ひとりの力の結集で成立していることを実感するのだが、これで今年もデモができると胸をなで下ろした。

デモ出発の前に、簡単なアピール交換会を持った。司会は、八月八日の天皇による事実上の「生前退位」表明としてあったビデオメッセージについて、その違憲性を批判しつつ、それによって事実上の代替わりXデーが始まると指摘。そして、この8・15行動が、新しい形で始まったXデー状況下での、われわれが取り組む初めてのデモであり、最後までやり遂げたい、と発言。会場はやや緊張につつまれた(か?)。

その後、以下の団体からそれぞれの取組について簡単な報告と呼びかけを受けた。お・こ・と・わ・り東京オリンピックの実行委員会から8・21集会について、今年の防災訓練の問題と監視行動への参加呼びかけ、福島原発事故緊急会議、反「海づくり大会」行動への呼びかけ、「機動隊は高江に行くな」の七月から八月連続して行動を行った府中の仲間から、辺野古の闘いを全国へと呼びかける辺野古リレー、辺野古基地建設で実際に工事を請けおっている企業への抗議行動を継続しているStop!辺野古埋め立てキャンペーン、自衛隊観閲式反対行動を取り組む仲間から、そして日韓民衆連隊全国ネットワーク、と実に充実したアピール交換会となった。

二八〇人が参加した今年のデモは、強奪されたプラカードの数は例年より少なく、横断幕も最後まで無事であったし、車の被害もなかったが、相変わらずペットボトルは飛んできたし、参加者が用意した旗が壊され、歩道側で横断幕を持っていた人は、右翼によってその横断幕を引っ張られて指を骨折するなど、ひどい状況であったことに間違いない(詳細は一〇月発行予定の、実行委報告集参照)。

参加したみなさま、お疲れさまでした。賛同してくれたみなさま、ありがとうございました。これから本格的に始まる代替わりXデー。ともに考え、行動をつくり出しましょう!

(大子)

【集会報告】「慰安婦」被害者が切り開いた地平―旧ユーゴの活動家を招いて

八月一四日を国連の「『慰安婦』メモリアルデー」に、という趣旨で毎年この日に行われている集会。今年の東京集会は、戦時性暴力問題連絡協議会と日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の共催で、「『慰安婦』被害者が切り開いた地平」―旧ユーゴの活動家を招いて」として、日本教育会館で開催された。

まず、青山学院大学教員で、国際人権法を専門とする申惠丰(シン・ヘボン)さんが、「重大な人権侵害の被害回復とは―日韓『合意』はなぜ真の解決にならないのか」と題して報告した。昨年一二月のいわゆる「日韓合意」についてふれつつ、「軍の関与の下に」ではなく、「軍が設置し、運用した制度であった」とされなければならない。被害女性は性奴隷状態に置かれていたのであり、重大な人権侵害の事実を語り継いでいくことが、被害者の名誉を回復し再発防止のための道であると強調した。

続いて、ラダ・ボリッチさんが、「旧ユーゴスラビア女性法廷―正義と平和構築のフェミニスト・モデル」と題して報告。クロアチア出身の彼女は、内戦中、現地で女性戦争被害者救援センターを組織したフェミニスト活動家・研究者である。

ボリッチさんは二〇一五年の、サラエボで行われた民衆法廷について報告した。法廷は犯罪と加害者を名指し、「被害者たちの癒しの場」となったという。内戦終了後も女たちへのさまざまな暴力が続いている、「家父長制、男性優位主義、軍事主義からの解放」をめざそうと呼びかけた。

討論の中では、旧ユーゴでも女性への性暴力が、対立する民族への敵愾心を煽るために利用された事実があり、それは女性への暴力が、国家や民族の枠においてとらえられるからである、「慰安婦はどこの国でもやったこと」という論で性暴力を相対化する議論もあるが、女性への暴力の問題は、普遍的な人権侵害の問題として捉えられなければならない、などの議論があった。

なお、集会後にデモも行われたが、懸念された右翼による妨害は、今年はほとんどなかった。

(北野誉)

【今月のAlert 】開始された天皇制国家の法再編プロセス:私たちの民主主義を今こそ突き出そう

今回の八月一五日の行動には、常とは異なった緊張感がありました。直前に発表された「天皇メッセージ」をもって、明仁天皇制のXデーへのカウントダウンが開始され、第X期の私たちの活動における主要課題が、はっきり、私たちにとってだけのものではないという状況になったからでもあります。

しかしもちろん、その状況は、より困難なものとしてあります。リオではオリンピックへの批判が世論の半数といわれるまでに高まり、ファヴェーラなどの貧困問題もクローズアップされながら、世界中の資本とメディアはこの事実を、オリンピックが開催されるやいなや一斉に黙殺しました。今月に開催されるパラリンピックは、新自由主義のもと福祉政策がそもそもまったく端緒につかない状況のブラジルでは、予算も規模も報道も、よりアンバランスな「先進国だけの祭典」となることが明らかです。

こうした「国家イベント」も含めて始まったばかりの「Xデー」状況ですが、ここでは、いつまでたっても「途半ば」としてその実態を糊塗するしかない安倍の経済政策に代わって、「アベノテイコク」主義ともいえるような状況が、今後、はっきりと起動していくことになるでしょう。靖国をめぐる「日の丸右翼」の暴力はもちろんひどいものでしたが、オリンピック報道の「国威発揚」の絶叫を見せられていて、むしろこちらのほうへの恐怖を感じさせられました。

明仁は、今回のメッセージで「在位三〇年」をもって区切りとしたいという意向を明らかにしています。まだもちろん想定の段階にすぎませんが、この秋から、天皇制をめぐる法律の改定が検討されることだけははっきりしています。それが顕在的に憲法をめぐるものとなる可能性があることはもちろんですが、そうでなかったとしても、その内実は、現実の天皇制の実態を追認するかたちで、憲法解釈や法体制を全面的に俎上とするものとならざるを得ません。しかもその法や法体制の改定は、国会における「全会一致」ばかりでなく、メディアや世論レベルにおいても「一致」することを、実質的な目的として進められることになるでしょう。「天皇あやふし ただこの一語が 私の一切を決定した」(高村光太郎)にも似た幻惑が、すでに言論状況、さらには対抗的運動の内部をも徐々に支配しつつあるのです。

八月八日以後の状況は、これを示唆しています。「陛下のおことば」が、それ自体は法的な根拠を持たないにもかかわらず、これほどまでに威力を発揮することは、私たちが依拠している「戦後民主主義」の脆弱な実態でもありますし、これに対して、私たちがほんとうの意味でその内実を構築していくことへの深刻な必然性をも問いかけるものです。明仁が示したスケジュールに基づいて、今後の政治情勢は展開するでしょう。この秋から来年にかけて天皇制関連の法体制が整備されようとし、それを前提に「在位三〇年」式典が組織される。そして、徳仁の即位儀礼が実施され、新たな天皇制の発足をもって「東京オリンピック」が開催される、というのが、この日本国家に想定される「ハレ」のスケジュールです。

そして、この天皇制と「アベノテイコク」主義は、もちろんそれだけではない。新内閣のもと、「テロ対策」を名目に、とりわけ稲田朋美防衛大臣らにより、政治全体が軍事傾斜をより強めています。沖縄の米軍基地建設も、反原発テントの強制撤去も、大分での監視カメラも、警察権力がより暴力的に行使され、それがさまざまな反対勢力を圧殺していることを明確にしています。こうした軍事・警察国家に向けた官産学の一体化もまた、悪辣さを強めています。

私たちはこの状況に対して微力な存在です。しかし、今回の八月の行動においても、昨年を超える人々とともに、明確な主張を掲げて闘うことができています。これを、どのようにしてもっと広範なものとしていくことができるか、天皇制の代替わりと安倍国家の軍事体制に抗する闘いを、この秋以降、より深い質をもって開始していきたいと考えています。

(蝙蝠)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 3号(2016年9月 通巻385号)

今月のAlert ◉開始された天皇制国家の法再編プロセス:私たちの民主主義を今こそ突き出そう(蝙蝠)
反天ジャーナル ◉ 井上森、竹森真紀、退位よりも廃止よね
状況批評 ◉ 「これは天皇によるクーデター」─反天皇制へのチャンスになる!?(中嶋啓明)
書評◉坂上康博著『昭和天皇とスポーツ 〈主体〉の近代史』(宮崎俊郎)
ネットワーク ◉ プレセンテ! プレセンテ! プレセンテ!(池内文平)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈76〉  ◉ もうひとつの「9・11」が問うこと(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈02〉 ◉ 安倍政権(宮内庁官僚)・天皇・マスコミ一体化した立憲主義破壊を許すな!:〈壊憲天皇明仁〉その1(天野恵一)
【反天連からのよびかけ】02 ◉ 違憲の『天皇メッセージ』が民主主義を押しつぶす
野次馬日誌
集会の真相 ◉8・13 平和の灯を!ヤスクニの闇へキャンドル行動「戦争法の時代と東アジア」/8・14「慰安婦」被害者が切り開いた地平―旧ユーゴの活動家を招いて8・15 反「靖国」デモ/8・21 お・こ・と・わ・り東京オリンピック
学習会報告 ◉ 横田耕一・江橋崇編『象徴天皇制の構造─憲法学者による解読』(日本評論社、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2016年9月6日発行/B5判18ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【反天連からのよびかけ】02 違憲の『天皇メッセージ』が 民主主義を押しつぶす ──この異様な状況に批判の声を上げていこう

「生前退位」意向表明が政府や宮内庁を飛び越えたメディアへの「リーク」という形式でなされ、天皇の「Xデー」状況は開始された。そしてまた、メディアに事前に予告され、8月8日には、あたかも昭和天皇が「終戦詔書」を読み上げた「玉音放送」さながらの演出で、「天皇メッセージ」がビデオ放映された。

●違憲行為の当事者たちの責任を明らかにさせよ

天皇が、憲法をはじめとする法制度や国家の政治に関与することは、憲法に明確に違反しており、決して許されてはならない。現在の憲法における「天皇の地位」や権能の制限は、何よりも大日本帝国憲法下において、天皇の権力が、内閣による「輔弼」という形式をとりつつ、政治への統治権としても、また軍に対する統帥権としても、実質的に行使され続け、「戦争の惨禍」を起こしてきたことを否定し、「国民主権」のもとに位置づけるためのものである。

それにもかかわらず、今回の「天皇メッセージ」は、発言の中で「摂政を置くこと」や「代行」による対応などを拒否し、同時に、直接の表現を避けつつ、憲法や皇室典範に規定のない「生前退位」を強く望んでいることを明らかにした。天皇がその機能を果たせない状態のときに向けて、あらかじめ準備されている制度の適用を拒否し、皇室典範などの関連法規の改定によってしかなし得ない内容を、明確に要求したのである。これらは憲法上の規定の否定であり、国政に関する権能の行使であり、はっきりとした違憲行為である。

天皇は、憲法上の「国事に関する行為のみ」を行なうとされ、その国事行為のすべてについて「内閣の助言と承認を必要とする」と定められている。天皇の違憲行為を認めることが、誰によりどのような経過でなされたものなのか。私たちはまずそれを明らかにさせねばならない。そして、これに関与した政府や官僚、宮内庁関係者や、皇族たち自身の責任をも明らかにさせねばならない。

●違憲性を覆いつつ演出された「天皇メッセージ」

天皇の地位に関することは、まったく天皇や皇族たちの私事ではありえない。天皇の行為は、憲法上、国家の機関による行為としてあるのだ。ところが、メディアのすべて、さらに大多数の「有識者」たちが、この「天皇メッセージ」の違憲行為を見ぬふりをしてむしろ賛美し、「国政に影響を及ぼすものではない」とする政府首脳の発言をも追認している。

明仁天皇によるメッセージは、憲法にかかわる多くの重要な問題の変更が、個人的な決断によって可能となるかのような前提に立っている。外形的には穏やかな「語りかけ」のスタイルをとりながら、実現されようとするものは、まさに天皇自身による天皇制の大幅な転換なのだ。このメッセージを引き金として、関連する法律の改定や立法の準備がすでに開始されている。これはきわめて異様な事態である。日本国憲法の改定を求める発言すら、メディアには流通しはじめている。

しかし、かつても天皇制の政治権力は、このように天皇の意思を「忖度」する形で行使されてきたのであり、その構造は、「護憲」を義務づけられている天皇や政府権力によって現在も維持されていることが明らかになった。
このような状況下で、天皇が「退位」を要望したり、天皇に「退位」を要求したりすることが、政治的にきわめて重大な事態を引き起こすこともまた、逆説的にはっきりしたと言わねばならない。私たちはこうした天皇制の構造と政治権力のあり方を、民主主義の立場からも、立憲主義の原則からも、強く批判する。

●天皇が要求する「象徴の立場への理解」

今回の「天皇メッセージ」の重要な問題点として、さらに挙げられなければならないのは、天皇の行為として、憲法上の「国事行為」のほかに、憲法上の規定のない「象徴としての行為」というものを強調していることである。

明仁天皇は、憲法第7条に定められた10項の「国事行為」に含まれない、それ以外の多数の行為を、「天皇の象徴的行為」とした。メッセージとして語られた、「国民の安寧と幸せを祈ること」「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」などのいずれをもがこれに加えられ、「国民を思い、国民のために祈るという務め」であるとしているのだ。

しかし、天皇による公的な場における「祈り」は、強く政治的な意味を持つ行為であり、個人的な行為としてはあり得ないものである。かつて神道は個別の宗教としての存在ではなく、「国体の本義」などにみられるように、「国体」そのものとして強要され、戦争体制を支えるイデオロギーとして機能してきた。憲法第20条の信教の自由や政教分離の原則は、これを否定するためにこそ設けられたものである。天皇が「国民のために祈る」ことを、「象徴的行為」としてあらためて認めさせようとすることには、たんに現状を追認するにとどまらない重大な問題がある。

これまで、天皇や皇族たちは、侵略戦争の責任についてあいまいにし、「慰霊・追悼」の儀式を進めてきた。国内での災害があればいち早く被災地訪問を行ない、追悼や慰撫を重ねてきた。また、国体や植樹祭、海づくり大会などをはじめとするイベントのたびに、メッセージを発し、各地を訪れてきた。

これらは憲法上に規定のないまま実施されているという点で、違憲でありながらも、内閣の助言と承認に基づく「公的行為」とみなされて追認されてきた。しかし、今回の「象徴としての行為」の強調は、こうしたいわゆる「公的行為」論からも逸脱しており、天皇のあらゆる行為を「象徴的行為」として正規に認知させようとする意図をも露わにするものだ。

●天皇制の「伝統の継承」などいらない

メッセージにおいては、天皇らが「伝統の継承者」であり、「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」とする。こうした発言からは、その「役割」を担ってきたという自負とともに、これを維持し拡大するという強い意志が受け取られる。

それにもかかわらず、ここで語られた「伝統」の内実は、まったく不明のままだ。それを明らかにせぬまま、天皇の「象徴的行為」の一部であるかのごとく拡大するならば、天皇に関するあらゆることが、多くの捏造も含めて「伝統」として強要されたかつての歴史を、そのまま再現していくことになりかねない。

昭和天皇裕仁の病気の顕在化と、その死に際して、「自粛」の強制が広く社会を覆った。このことへの、明仁天皇自身による否定的総括が鮮明にされたことは注目される。しかし、裕仁の死後に進められたのは、現行憲法下において根拠を持たない皇室儀礼が、あたかも欠くことのできない「伝統」であり、さらに国家儀礼であるかのごとく認められ、政教分離が掘り崩されていったという事実だ。

「天皇の終焉」にあたって行われた「重い殯の行事」も、葬儀や即位にかかわる行事も、新たにつくられた「伝統」の一部に過ぎない。日本国憲法体制のもとにあって、「皇室のしきたり」なるものにより「社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶこと」など、そもそもあってはならないことなのだ。

こうした発言が、老齢化して健康を損なっている天皇に対する「国民」の「情動」を喚起させる形でなされていることは、この問題のきわめて大きな危うさを示すものでもある。

いままた、天皇の意向について「国民的」討論をという言論が、政府とその意をくむメディアにより組織され始めている。こうした構造は、天皇制を「内面化」させようとするものであり、かつての「国体」意識を再構成させ、これを「護持」させようというものだ。

私たちは、これらの総体を、強く批判する。

 

2016年8月28日
反天皇制運動連絡会

【集会宣言】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動 集会宣言

参院選の結果、改憲勢力が衆参両院で改憲発議が可能な全議席の三分の二を超え、また日本会議の副会長でもある小池百合子が東京都知事に当選し、そして第三次安倍改造内閣に、4・28と8・15に靖国神社を、閣僚であった時期も含めて欠かさず参拝してきた稲田朋美が防衛相となる──。このような時代状況のなかで、われわれは今年も、8・15反「靖国」行動を迎えた。

安倍政権下、具体的に「戦争をする」国家体制は日々現実のものとなっている。中国や朝鮮の脅威を煽り、沖縄を日米の前線基地にするために、先島への自衛隊配備や、大量の機動隊を辺野古や高江に投入して、暴力的に新基地建設を推し進めようとしている。「日米同盟」のためのパフォーマンスは、「伊勢志摩サミット」にともなうオバマの広島訪問においてもみられた。そこでは、原爆殺戮の当事者であるアメリカ政府の代表者であるオバマも、植民地支配と侵略戦争の結果として、原爆被害を招いた日本政府の代表者である安倍も、その戦争犯罪について謝罪することなく、原爆の死者を日米同盟の強化、「和解と未来志向」の場へと利用したのだ。

8・15もまた、戦争の死者を利用し尽くす場である。本日、天皇出席のもと九段で行なわれている「全国戦没者追悼式」は、戦争の死者を戦後日本の「平和と繁栄」のための「尊い犠牲」として称えることで、人びとを死に追いやった日本国家の責任を解除する欺瞞的な儀式である。8・15はけっして戦争終結の日ではなく、「終戦の詔勅」の「玉音」が放送された日に過ぎない。にもかかわらず、この日が「終戦の日」とされていることは、「戦後日本の平和」が天皇の「ご聖断」によってもたらされたとする神話を再生産していく。

そしていま、いわゆる明仁天皇の「生前退位」の意向表明によって、新たな形態での天皇の「代替わり」が開始された。

八月八日の天皇の「玉音放送」が示したことは、憲法解釈学においても論点となっている、「天皇の仕事」とは何であるのかということを天皇自身が決め、そしてそれを天皇が円滑に遂行するためのシステムをつくるように促したという事実である。その行為も、それを当然のように受け入れる心性も、民主主義とはほど遠い態度である。憲法の天皇条項は、こうした現実政治への関与を防ぐために、かつての天皇制国家への反省として定められた。天皇の行為は明らかに違憲の行為だ。

天皇の憲法違反は許されない。そもそも、天皇の「公務」自体はいらない。天皇制そのものが廃止されなければならない。本日のデモは、今後数年間にわたる、天皇主導の新たな天皇制づくりに反対する最初の街頭デモともなる。最後までともに闘おう!