【学習会報告】横田耕一『憲法と天皇制』(岩波新書、一九九〇年) 

戦後の象徴天皇制の問題を憲法との関係から新書一冊にまとめた本で、学習会テキストやレジュメの元ネタとして活用していた人が今回続出したが確かによくまとまっている。刊行は九〇年、前回代替わりの真っ只中なのでこの本であつかわれているのはヒロヒトの象徴天皇制だが、基本的な問題は当然出そろっている。

三章「天皇の権威強化を支えるもの」が最もページ数も多く、中心と言っていいと思われる。日の丸・君が代、元号、各種公的行為、天皇には裁判権が及ばないと述べる裁判所、と具体的に列挙されている。また五章「象徴天皇制と人権」は天皇制がいかに人権を侵害しているかについて、具体的な運動への弾圧をもとに述べている。一般の読者なら天皇制の持つ抑圧的で暴力的な側面を初めて知り、驚くかもしれない。

しかしそれらよりも僕が気になり、今回議論にもなったのは別のことである。例えば四章「代替わり儀式と象徴天皇制」は代替わり儀式について具体的に実態を見て「憲法的評価」を下す章である。個別に儀式が検討されほぼすべてに「違憲の疑いが濃い」と判断されている。もちろんそうした丁寧な検討は必要である。
同時代に進行中なら尚更にそうだ。だが、あの時憲法学者だけでなくマスコミさえ違憲の疑いが強いと言う中、儀式は行われ続けた。憲法制度として天皇制を論じるに際し「条文をこう解釈するべきである」と憲法学者たちが判断し学会の多数派となっても、現実の政治の中では学者たちが支持しない解釈こそが行われている。実態と解釈がここまで乖離している中、現実には反映されない解釈の正しさを述べながら、憲法学者はどのような思いを抱いているのだろうか? 誠実な憲法学者の限界を本書に見てしまうのは僕だけだろうか。

次回は三月二一日(火)。 テキストはインパクション臨時増刊『天皇Xデー狀況を撃ち返せ!』

(加藤匡通)

【集会報告】天皇はいらない!「代替わり」を問う反「紀元節」行動

二月一一日、日本キリスト教会館で約一〇〇人が参加して標記行動を「実行委」主催で行った。今回は、各地でそれと闘っている人たちと意見交換し、「代替わり」過程総体と対決する共同の行動をつくり出すための集会にしたいとデモ後の集会とした。

昨年の吉祥寺のデモに象徴されるように右翼によるデモへの暴力的破壊が心配されたが、例年に比しても右翼が少なく、警察のデモ規制の酷さが目立ったが最後までシュプレヒコールが途切れない行動だった。

デモ後にも関わらず、会場いっぱいの参加者で集会を行った。実行委から天皇「代替わり」状況をどうとらえるか。憲法論議として天皇問題を論じるべきではないかなど問題提起を行った。続いて井上森さん(立川自衛隊監視テント村)は、11 ・20 の吉祥寺デモで実感したのは私たちの権利なんてほとんどないみじめな状態でこれが現在である。ここに反天皇制の共同性を打ち立てていきたいと訴えた。京極紀子さん(「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会)は、ヒロヒトXデー時と現在の闘いについて報告、酒田芳人さん(安倍靖国参拝違憲訴訟弁護団)は、靖国訴訟の歴史と今後が話され、桜井大子さん(女性と天皇制研究会)は、天皇メッセージに現れた家父長制・血統主義家制度の強化、藤岡正雄さん(はんてんの会・兵庫)は、これまで国体や阪神淡路大震災の被災地訪問など天皇の公的行事に対する闘争を行ってきた。憲法破壊しているのが天皇であり、天皇制廃絶の運動を共につくっていこうなどの多岐にわたる話があった。討論の後、「戦時下の現在を考える講座」とキリスト者の2・11 行動からの連帯メッセージと、「3 ・11 行動」から行動への呼びかけが行われた。時間が足りず、充分な討論が出来なかったが、今年の「生前退位」特別法、その後の「即位・大嘗祭」など天皇「代替わり」に反対する運動につながる集会になった。

(野村洋子)

【傍聴報告】安倍靖国参拝違憲訴訟結審

実は、反天連メンバーの多くも原告として参加している、安倍靖国参拝違憲訴訟(東京)。二〇一四年の提訴以来、これまで一一回にわたって口頭弁論を重ねてきたが、二月六日、最終弁論が開かれて結審した。

最終弁論は、まず原告五人の意見陳述から。吉田哲四郎(神奈川平和遺族会)、渡辺信夫(元牧師)、岡田良子(平和運動活動家)、佐野通夫(教育学研究者)、北村小夜(元教員)さんから、それぞれの立場で、自己の体験をふまえた思いのこもった訴えがなされた。続いて弁護団から最終準備書面の陳述。被告側(国・靖国神社・安倍)のぺらぺらな書面に対して、原告側で準備した最終書面は二五四頁という大作である。もちろん全文を読むことはできないので、三人の弁護士が要旨を陳述した。最後に木村庸五弁護団長が、「本件のような、政治部門による明らかな違憲行為を、司法がくい止めることができないならば、権力の暴走を制止することができなくなり、立憲民主制は破壊されることになります。原告らの本件請求を認容することによって、立憲民主制下において基本的人権擁護という最も重要な役割を与えられた裁判所が勇気をもって判決をされることを切に願いつつ本弁論を締めくくります」と述べて終了した。

東京地裁での判決言い渡しは四月二八日(金)一六時三〇分からだ。そのあと、後楽園近くの文京区民センターで報告集会も予定されている(一九時から)。靖国訴訟は関西が先行し、すでに控訴審を闘っていたが、この二月二八日には大阪高裁の判決が出た。一審判決もひどかったが、憲法判断を避けたばかりでなく、その必要もないと言い切った「糞判決」(某弁護士)。東京の訴訟も、これまでの道理を尽くした原告・弁護団の訴えで、「勝訴判決を書くための十分な材料を裁判所に提供した」(弁護団長)といえるが、この政治状況は決して楽観を許さない。ぜひ傍聴と注目を!

(北野誉)

【今月のAlert】天皇の「慰撫」などいらない!反天皇制の大きなうねりをつくりだそう!

天皇皇后は、二月二八日からベトナムとタイを訪問し、連日その様子が伝えられている(3/4現在)。

ベトナム残留元日本兵家族やベトナム戦争でアメリカ軍によって散布された枯れ葉剤による被害者と面会し、お決まりの「慈愛に満ちた天皇夫婦」が演出されている。東京新聞の『両陛下埋もれた歴史めぐる旅』」(2/27 )の記事は、「ベトナムは太平洋戦争を語る上で欠かせない土地だ」と戦争との結びつきを示唆しながら、日本軍(皇軍)が、フランスの植民地にされたベトナムの解放のために、ベトミンと共に独立戦争を闘った解放者、というイメージ操作で歴史の歪曲といえるような紹介の仕方をしている。

東南アジア侵攻の足場として、日本軍が侵略し、住民からの食料や労働力の強制的な供出によって、一〇〇万人〜二〇〇万人ともいわれる餓死者を出した歴史的な事実には一言も触れていない。この面会が、戦争とベトナム近現代史の一面を照らすと記事は結ぶ。

天皇の「慰撫」の演出によってむりやり照らし出されたものの陰で、どれほど多くの真実が覆い隠されてきたことか。
天皇の慰撫など何の慰めにもならない。
国家に見捨てられてた人々の声を消してはならない。

一月に安倍首相がベトナムなどを訪れ、中国の南シナ海問題について連携する確認をしているなかでの訪問だということも付け加えておく。

今回、高齢である天皇の負担軽減のために、政府専用機のような大型機の乗り入れができなかった空港を整備したという。

このきわだった特権を持つ天皇に、「高齢で激務をこなしておかわいそう」などという庶民感情をつくり出しているのは、やはりマスコミの力だろう。ここで、リベラルと位置づけられている言論人の対談を紹介したい。

東京新聞(3/3)に掲載された、半藤一利と保阪正康の対談「『トランプの世界』歴史から学ぶものは」だ。保阪はトランプの就任は米国型デモクラシーだけが民主主義と思ってきた日本人が、頭を入れ替える好機だといい、ジャパニーズデモクラシーとは何かと問う。そして「五箇条の御誓文」「私擬憲法」(ミチコの五日市憲法草案への言及はすかさず)を挙げ、私たちの国には健全な民権制度が育つ素地があるという。半藤が、満州事変までの間に軍部が新聞社の幹部を呼んで、片っ端から酒を飲ませて親密な関係をつくり、見事に籠絡されてしまったと語る。続いて保阪は、戦後、権力批判が新聞の役割だと意気込んだが、近年ジャーナリズムが国家の宣伝要員になりつつあると答える。そして最後に、国家の宣伝要員になったメディアに接する時は、私たちが知恵を持たなきゃいけない。鵜呑みにすると、国家にうまく利用されてしまうだけだが--で終わる。

ブラックジョークのような対談である。
半藤も保阪も象徴天皇主義者である。この対談のジャーナリズム批判は明らかに、安倍政権と現在のジャーナリズムを念頭に置いている。保阪や半藤は、天皇と国家をどう整理しているのだろうか。
天皇こそが「国家の無責任」を誤魔化すものとして機能しているのではないか? 自分たちは国家に取り込まれていないという意識なのだろう。けれども、今のリベラルといわれる言論人、学者の多くがそうなのである。天皇制に批判的な言論が非常に少なくなっているということをこの間実感せざるをえない。

反天連は「リベラル天皇vs 極右安倍政権」という捉え方に批判の声を挙げてきた。安倍の改憲案の天皇条項は、憲法上制限規定のある行為を明文化することであり、アキヒトと安倍の政治方針上の対立など無い。この間世間を賑わしている「森友学園」の籠池理事長は安倍首相の天皇を元首とする日本国家を目指す思想に共鳴している。アキヒトの「生前退位」メッセージは、天皇制の強化を願うものであった。

「神聖にして侵すべからず」の精神は脈々と息づき、民主主義と天皇制は決して両立しないということを確認したい。

今月で福島原発事故から六年が経つ。政府は避難指示を解除し帰還政策を強行に進める。「自主避難者」の住宅支援も今月で打ち切られる。切り捨ての政策を進めながら、今年も3・11 の「東日本大震災追悼式」は行われるが、私たちは反対の声を上げる運動に合流する。

天皇制はいらないという声がどんなに小さなものであるとしても、決して消させはしない。ともに、頑張りましょう!

(鰐沢桃子)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 9号(2017年3月 通巻391号)

今月のAlert ◉ 天皇の「慰撫」などいらない! 反天皇制の大きなうねりをつくりだそう!(鰐沢桃子)
反天ジャーナル◉なかもりけいこ、捨てられし猫、ななこ
状況批評◉生前退位論議から天皇制廃止への道筋を考える(小倉利丸)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈82〉◉スキャンダルの背後で進行する事態に目を凝らす(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈09〉◉天皇(皇族)は「ふつうの人」ではない:〈壊憲天皇明仁〉その7(天野恵一)
ネットワーク◉放射能にさらされながら事故収束作業をした労働者には賠償しないのか! 福島原発被ばく労災損害賠償裁判にご支援を!(中村泰子)
ネットワーク◉「戦争を欲する国」にはさせない 武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)(杉原浩司)
野次馬日誌
集会の真相◉2・6 安倍靖国参拝違憲訴訟結審/2・9 女性と天皇制連続講座〈レズビアン= 反天皇制〉の理念的可能性/2・11 天皇制はいらない!「代替わり」を問う反「紀元節」行動/連続学習会・象徴天皇制を考える 象徴天皇制の魅惑(つくば)/2・18 「日の丸・君が代」の強制をはね返す神奈川集会とデモ/2・19 「復興」の名の下に切り捨てられる人びと
学習会報告◉横田耕一『憲法と天皇制』(岩波新書、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年3月7日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会基調報告】天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2・11反「紀元節」行動 集会基調

1 天皇「代替わり」過程のなかで

 私たちは、明仁天皇が主導して開始された「代替わり」過程の中で、今年の2・11を迎えた。昨年七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって始まったそれは、明仁天皇がたんに年老いたので「退位」をしたいと希望したというような話ではない。憲法の条文の上で、天皇は政治的権能をもたないとされている。したがって、天皇が「国民統合」の象徴であるという憲法上の規定は、その是非は別として、現実に存在している「国民統合」の状態(必ずしも「統合」されていないという現実をも含む)を、そのまま「象徴」する存在でしかないという意味に解されなければならない。しかし、天皇によるビデオメッセージの内容は、それとは逆に、天皇は「国民統合」を積極的に作り出すことにおいて象徴となるのだ、という「能動主義的天皇制」の論理を、「国民」に対して宣言するものだった。すなわち、天皇自身が天皇の行為の内容を決め、それに基づいて天皇制の「制度設計」の変更を主導することが、公然と開始されているのである。
 九月二三日には、政府が「生前退位」などを論議する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーを発表し、一〇月一七日には第一回の会合が開かれた。有識者会議は一六人にヒアリングを行い、一月二三日の第九回で「論点整理」を公表。三月中には、最終答申が出る見込みだ。
 一方、報道などでは、二〇一八年ともいわれる明仁の退位と新天皇の即位、二〇一九年元日の「改元」、同年秋の「即位の礼・大嘗祭」実施などといったスケジュールが規定の方針のように出されている。
 安倍政権は、天皇の「生前退位」を根拠づけるものとして、「一代限りの特例法」でしのごうとしている。女性天皇・女系天皇につながりかねない「皇室典範改正」にはきわめて消極的だ。これにたいし野党は、「皇室典範の改正が本筋」などと主張している。だが、「皇室の問題を政争の具にしてはならない」といった論理で、衆参両院の正副議長による異例の会議が開かれ、事前の談合がすすめられている。
 与野党ともに、天皇制の「安定的継承」こそが大前提なのだ。かつて、国会開会式をはじめとする、天皇の「公的行為」の違憲性を問題にし、前の「天皇代替わり」の際には天皇の戦争責任を批判していた共産党は、いまでは国会開会式への出席に踏み切ってしまった。天皇制それ自体を問題にする議会内勢力はもはや不在だ。ここに出現しているのは、まさに「天皇翼賛国会」そのものである。
 一月二六日の衆議院予算委員会において、民進党の細野豪志代表代行の「皇位断絶の危機」の指摘に答えて、安倍首相は、今回の議論とは切り離して、「安定的な皇位継承の維持について引き続き検討していきたい」と述べた。旧皇族の皇籍復帰や旧皇族の男系男子を皇族の養子に受け入れることも含めて、「今後議論してもらえればと考えている」というのだ。
 そして、天皇の退位を可能とする法案が、今国会において連休明けにも提出といわれている。これに対してわれわれの立場は、天皇の退位に反対することでも、皇室典範改正を要求することでもない。そのような選択肢しか与えられない構造こそ、天皇制そのものであることを問題にし、民主主義に天皇制はいらないという声を大きくしていく以外にない。こうして天皇制をめぐる状況が、日々大きく動いている中でのわれわれの本日の行動は、今後数年にわたる「代替わり」過程全体をみすえた反天皇制運動の課題を確認し、その闘争方向を議論していく場として設定されている。

2 2・11 と右派の動向

 本日二月一一日は「建国記念の日」とされている。天皇神話に基づく戦前の「紀元節」は、一九四八年に一度は廃止されながらも、多くの反対を押し切り、一九六六年に「建国記念の日」として復活された。政府による式典は中止されたままだが、日本会議と神社本庁を中心とする右派勢力は、今年もまた各地で式典や行動を繰り広げている。
 「国旗・国歌法」や、教育基本法改悪、教科書改変などで草の根からの「国民運動」を展開してきた日本会議は、神社本庁や民間右翼のみならず、自民党など右派政党の国会・地方議員も多く組織し、政治的影響力を強めている。
 とりわけ安倍政権は、安倍自身を始め閣僚の多くが日本会議国会議員懇談会のメンバーである。日本会議を中心として設立された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、天皇の元首化、憲法九条改憲、「国家緊急事態」の制定など、自民党改憲草案を丸ごと実現する趣旨で、全国の神社において昨年一月、改憲署名を開始した。
 このような、宗教右翼と結びついた右派の運動は、国家による宗教行為を禁じた、憲法二〇条の政教分離原則をないがしろにする安倍政権の行為を、明確に後押ししている。
 安倍首相は、二〇一三年一二月の靖国神社参拝が、国内外の大きな批判を浴びたことから自らの参拝は見合わせているが、靖国神社の例大祭などへの供え物は欠かさない。こうした状況を受けて、国会議員の靖国神社参拝の人数は激増している。また、昨年五月の伊勢志摩サミットの初日には、サミット公式行事としてG7首脳を伊勢神宮に案内してみせた。とりわけ、安倍内閣の防衛相である稲田朋美が、昨年一二月二九日に靖国神社を参拝したことを見逃すことはできない。かつて稲田は、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と述べていた人物である。戦争国家体制が着実に構築されている現在、戦争体制を精神的に支える装置として、死者の「慰霊と顕彰」の場が要請されている。靖国神社だけがストレートにそういう場所になりうるかどうかは疑問だが、戦争神社・靖国に現役の防衛大臣が参拝することの政治的意味合いはきわめて大きい。
 その稲田は昨年一一月「明治の日推進協議会」の集会で、「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった」とあいさつした。同団体は、明治天皇の誕生日である一一月三日を、現在の「文化の日」から「明治の日」に変えようというグループである。こうした動きは、二〇一八年に実施が決まっている、政府の「明治維新一五〇年」記念事業とも連動しているだろう。そして、この二〇一八年がまた、「平成最後の年」というキャンペーンと重ねられることは明らかだ。そこではいわば、近代天皇制国家の一五〇年の総体が、まとめて総括されることになるはずだ。そして二〇一九年の「改元」が、新たな天皇の世紀を開くものとして喧伝されることになるだろう。

3 新天皇即位・「大嘗祭」に反対しよう

 さしあたり、新たな天皇制がどのようなものとして打ち出されることになるのか、それはきわめて不透明である。美智子に匹敵する存在感のある皇后の不在は、「平成流」の天皇制を続ける上で、有利とは言えない。そうした新天皇の権威づけは、どのようになしうるのか。だが、さしあたり明仁天皇が描いた天皇像を逸脱することはなく、その基本路線を引き継ごうとすることから始められるだろうと想像するだけで十分である。
 この間、明仁の退位と新天皇の即位の日付をめぐって、政府と宮内庁との間に、若干の「応酬」があった。報道によれば政府は、二〇一九年一月一日に皇太子の天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。具体的には、この日に「剣璽等承継の儀」(三種の神器等引き継ぎ)と「即位後朝見の儀」(三権の長らの初拝謁)を宮中で行い、官房長官が速やかに新元号を発表する。そして同年の一一月に大嘗祭がおこなわれ、皇位継承を内外に示す「即位礼正殿の儀」が大嘗祭の前に行われる、とされた。
 ところが、これに対して西村泰彦宮内庁次長が、一月一七日の定例会見で「譲位、即位に関する行事を(元日に)設定するのは実際にはなかなか難しい」との見解を述べたのである。そこには、「元日は早朝から重要な行事が続くので、それらに支障があってはいけない」という天皇サイドの意向が反映されているのではないか、とも報じられている。皇室にとっての「重要な行事」というのは、早朝からおこなわれる「四方拝」などの宮中祭祀や「新年祝賀の儀」などのことである。これをうけて、政府は二〇一八年一二月二三日の退位の検討へと切り替えたといわれている。
 天皇制が国家の制度であれば、それは政府や議会が決定することで、天皇の「私事」にすぎない宮中祭祀などに左右されてよいはずはない、と安倍官邸が言っても不思議ではないが、そのようなことはありえない。自民党の改憲草案においても、天皇の祭祀を「国事行為」に入れるということは主張されていないが、天皇も安倍も完全に一致している天皇の「公的行為」の拡大のなかで、天皇の「祭祀」の「公的性格」を強調し、事実上国家の行為としてそれを拡大していく方向性が強まっている。
 「剣璽等承継の儀」や「大嘗祭」などは、いうまでもなく皇室神道の儀式である。それに対して「公的性格」をみとめて国費を支出することは、政教分離違反である。明仁天皇を、安倍と対立する「護憲・平和主義」者として描き出すことは、いわゆる「リベラル」な立場に立つ人からもしきりになされているが、今回の「生前退位」意向表明、そして、それによって日程に上りつつある「代替わり」儀式において、天皇は明確に違憲の行為を積み重ねていくのだ。そしてそれが、改憲を押し進めようとする日本会議などの右派勢力の「復古主義」と重なりつつ、またそれとは異なる天皇主義の強化をもたらすことになるだろう。

4 反天皇制運動の大衆化を

 このような天皇制の行為は、まさに反憲法的な行為である。私たちは、民主主義・人権・平和主義といった普遍的な価値を中軸的な原理としておいている現憲法が積極的な性格を認めるが、象徴天皇制自体がこれらの原理と矛盾するものとして憲法内に埋め込まれており、そのことがたえず、反憲法的な行為を引き起こしているといわなければらない。
 天皇制はひとつの身分制度であり、差別と人権侵害、自由な表現の抑圧をもたらす存在として現実的に機能している。それが行なっていることは、戦争や原発事故、沖縄の基地問題、社会的格差と不平等など、さまざまに生じている現実的なあつれきを、慰撫し、融和し、「国民」的に統合していくことである。そして最終的に天皇が果たす役割は、現実政治の正当化以外ではありえない。
 今年の「天皇行事」としてはまず天皇・皇后のベトナム訪問が予定されている。「三大天皇行事」については、「68 回全国植樹祭(5/28、富山)」、「72 回国民体育大会(9 /30〜10/10 、愛媛)」「37 回全国豊かな海づくり大会(10/28 ・29 、福岡)」があり、例年の8・15 「全国戦没者追悼式」がある。3・11 の「東日本大震災追悼式」は、五年がすぎたので、天皇出席行事から、秋篠宮出席の行事となった。だがこれは、新天皇の即位後、皇位継承者第一位になる秋篠宮の、実質的な「皇太子化」の先取りというべきものだろう。
 われわれは、こうした天皇制の動きを批判し、闘争課題としつつ、長期的には「即位・大嘗祭」へと向かう天皇「代替わり」攻撃を見すえた闘争を準備していきたい。大量の右翼と警察の暴力に見舞われた、各地で「生前退位」表明以降の天皇制再編に抗するさまざまな反撃がすでに始まっているが、昨年11・20の吉祥寺の反天皇デモは、警察と右翼による激しい規制と暴力に見舞われた。さまざまな暴力や人権侵害、市民社会からのそれも含んだ排除の言論、不当弾圧といった課題は、反天皇制運動の課題でもある。いま、2020東京オリンピック・反テロを口実とした共謀罪の国会審議が進んでいる。東京オリンピックの名誉総裁には新しい天皇が就任し、一連の儀式を終え、新天皇として国際舞台にデビューするイベントの場としても使われる。その意味で、オリンピック警備と天皇警備も連動するだろう。
 これらのさまざな課題を出し合い、これまでの経験なども交流させつつ、本格的な天皇「代替わり」に反対する運動陣形・そのためのことばと表現を展望していこう。

 二〇一七年二月一一日

【学習会報告】加納実紀代・天野恵一編『平成天皇の基礎知識』(社会評論社、一九九〇年)

裕仁の重病が露呈し、「自粛」強制とともにXデー過程が開始して、天皇制の問題が様々な社会運動の中に共有されていった時期に、運動の立場から準備され、その問題意識を集めていったアンソロジーと資料集である。

明仁が即位の後に「護憲」を語ったことによって、国粋主義と侵略戦争を代表しながら戦後憲法体制において「象徴」の地位にあった昭和天皇裕仁と、「平成」を切断させようとする論が、それまで天皇制などに批判的であった人々からも流布されていった時代だ。ベルリンの壁の崩壊などの世界史的変動の時代状況とも重なって、より積極的な意味づけがされようとしていたのだ。
しかし、「平成」への代替わりは、即位や大嘗祭の経過にも明らかなように、政教分離の原則を掘り崩して、捏造にまみれた天皇制の「伝統」や皇室祭祀が、国家の正史、国家行事として現前化させられるものでもあった。その既成事実化が憲法解釈を変え、メディアを通じた天皇制への翼賛も演出されていった。

裕仁には不可能だった「国際化」が明仁天皇制に要請され、それが実現させられようとすることへの批判が、多くの論者から挙がっており、いずれも現在につながる問題意識を提示している。
中北龍太郎の「『民主主義』を飲み込む『護憲』天皇制」は、日米の支配層によって現行憲法に埋め込まれた「象徴」規定が、主権や民主主義の基幹をどれほど毀損してきたかを指摘する。天皇の存在は、解釈上は直接的な権力実体ではないとされながら、ヒトを「象徴」としたことにより、国事行為はもちろん、私的行為とされた分野を通じても、基本的人権や民主主義を食い破る存在として拡大した。戦後憲法学は、天皇制がそのようなものであることを論理的には理解しながら、天皇の存在や行動を合憲とさせるために、解釈を重ねた。

明仁は、皇太子時代から「象徴的行為」論を強調して天皇の行為を拡大解釈してきた。その集大成が八月八日のビデオメッセージだ。天皇のいう「護憲」が、そのコトバとは異なり、私たちの人権や民主主義に対立するものだということを、あらためて突き出していかねばならない。この本は所収の資料も豊富で現在も「使える」ものとなっている。

次回は二月二八日、横田耕一『憲法と天皇制』(岩波新書)を読む。手に入りやすいので多くの参加を。

(蝙蝠)

【集会案内】オリンピックおことわり! 集会とデモ

一月二二日、「二〇二〇オリンピック災害」おことわり連絡会(東京オリンピックおことわリンク)の結成集会が千駄ヶ谷区民会館で開催された。この「おことわリンク」は、昨年八月の「お・こ・と・わ・り東京オリンピック」集会報告を本欄にも掲載したが、その集会で新たなネットワーク形成を呼びかけ、数ヶ月の準備を経て作られたものだ。

集会は、「二〇二〇年まで頑張るぞ」の気持も込め、少し趣向を凝らした”Read in Speak out”。これは、発言者のみなさまにあらかじめ読み上げる文章を用意していただき、当日はそれを読み上げ(Read in)、それにコメントをつけていただく(Speak out)というもの。一人八分の”Read in Speak out”、発言者一二人、ビデオ参加三人。発言者の数だけオリンピックに対する視点も提示され、とても興味深く、また面白く、次々と違う課題が提示されるにもかかわらず、すんなりと頭に入ってくるリズムの良さがあった。登壇される方の準備はとても面倒なことだったと思うが、とてもいい集会だった。

同会の鵜飼哲による主催者あいさつから始まり、発言者は以下、谷口源太郎(スポーツジャーナリスト)、北村小夜(元教員)、山本敦久(成城大学教員)、江沢正雄(オリンピックいらない人たちネットワーク)、友常勉(東京外国語大学教員)、なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)、いちむらみさこ(Planetary No Olympics Networks)、井上森(立川自衛隊監視テント村)、池田五律(戦争に協力しない・させない練馬アクション)、根津公子(「日の丸・君が代」被処分元教員)、小川てつオ(反五輪の会)、映像発言として、ピョンチャン冬季五輪に反対する方、脇義重(元いらんばい!福岡オリンピックの会)、金満里(劇団態変)。最後に、「東京オリンピックおことわり宣言」を全体で確認した。

集会前には、おことわリンクにもメンバーが参加している反五輪の会主催のデモが企画され、デモ・集会と連続の行動となった。デモでは不当逮捕という弾圧も。非拘束者は三日で釈放されたものの、オリンピックが単なるスポーツイベントではないことが、逆に見えてくるような状況もつくり出された。詳細は、反五輪の会、おことわリンクの抗議声明を参考にされたし。
おことわリンクのブログには、当日の集会の模様が動画等々ですでにアップされている。集会の詳細もあわせ、ぜひそちらをご覧ください。

http://www.2020okotowa.link/

(大子)

【集会報告】再稼働阻止ネット全国相談会と関電包囲行動

一月二一〜二二日の土・日、「再稼働阻止全国ネットワーク」の全国相談会が大阪で開催された。これは二二日の「高浜原発うごかすな!関電包囲全国集会」とデモ(主催・実行委)にあわせて持たれた行動である。

高浜原発再稼働をめぐる攻防は正念場を迎えようとしている。反原発を闘っている人々をはげました司法の決定(大津地裁の3・4号機仮処分決定の判決)、これの大阪高裁での逆転をねらっている関西電力に対して、大きな抗議の声をぶつけるための集まりだ。

中之島公園での集会(四五〇人参加)の後、すぐに関電ビルに向かってのデモ行進、スタートと同時に雨が降り出したが、グショグショになりながらの力強いデモ行進が繰り広げられた。その後、強風吹きすさぶ中で二時間近いビル前抗議集会。それでも怒りの抗議行動に参加する人は、増大することはあっても減ることはなかった(主催者発表千人参加)。

「全国相談会」は、高浜原発再稼働阻止のための全国的協力体制づくりのための「相談」のみならず、川内・伊方・玄海・泊などの原発立地各地の、力強い戦いの報告が〈交流〉する場となった。首都圏からの参加者は三一名、関西からの参加者は三五名、全国各地の参加者は二四名。

原子力規制委(各地支部)、電力会社(各地支店)への全国同時抗議行動のプラン。全国的に取り組む抗議ハガキ活動など、「相談会」ではおなじみになりつつある行動についての確認と調整がなされた。次回の相談会については、原発ターゲットの集まりではなく、再稼働をめぐる〈3・11〉以後の長い活動の運動的総括を(分科会方式での緻密な討論の場をつくる)。そういう方針が、首都圏側から提起され、東京で四月・五月中にというプランが全体で確認された。

二日後に東京で「再稼働ネット」の事務局会議が持たれたが、大阪行動への参加者の五人が風邪で欠席(ただし闘病中の私は幸運にも風邪をひかずにすんだ)。とにかく、たいへんな闘いであった。

(天野恵一)

【今月のAlert】動き始めた天皇「代替わり」スケジュール 天皇も天皇制もやめろ!

明仁自身が主導して始まった「代替わり」状況のなかで、その天皇の意思をうけて具体的にそれをどのように進めていくか、政府と国会の動きが急である。

明仁の退位と新天皇の即位の日付をめぐっては、それを二〇一九年の元日におこなおうとする政府と、「それは困難」とする宮内庁との間で、若干の「応酬」もあったが、二〇一八年中の退位と新天皇の即位(いわゆる「践祚」)、二〇一九年の「即位の礼・大嘗祭」という方向性が一方的に示された。

「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は、一六人へのヒアリングを経て、一月二三日に「論点整理」を公表した。三月中には最終答申が出る見込みだという。その結論は、やはり安倍官邸の規定方針と言われる「一代限りの特例法」へと論議を集約するものだった。

これに先立って国会では、衆参両院の正副議長が「国会内で与野党の幹事長らと会談し、天皇陛下の退位に関する法整備について今後の議論の進め方を協議した。正副議長は、二月中旬以降に各党の意見を個別に聴取し、三月上中旬をめどに意見集約したい方針を伝え、各党は了承した。……政府は春の大型連休前後に退位に関する関連法案の提出を目指しており、国会審議の前にできる限りの合意形成を図りたい考えだ」(毎日新聞、一月二〇日)。

衆院議長の大島理森は、各党にたいして「天皇の地位は国民の総意に基づくもので、その総意を見いだすことが、国民の代表機関の立法府の重大な使命だ」と呼びかけている。「皇室の問題を政争の具にしてはならない」「静かな議論を」という論理による、完全な談合である。

けれども、一月二六日の衆議院予算委員会においては、民進党の細野豪志代表代行が質問時間五〇分の約七割を天皇退位問題に割いた。

細野は「ご譲位に国民の九割が賛成をしているが(有識者会議の)ヒアリング対象者一四人のうち六人が反対意見を述べている。バランスが悪くないか」「天皇陛下を含めた皇室の皆さんの人権をどう考えるのか」と安倍に質問している(産経電子版、一月二六日)。民進党などの野党の主張は、「一代限りの特例法」ではなく、「皇室典範の改正が本筋」というものだ。かつては天皇の「公的行為」の違憲性を問題にしていた共産党も、いまや国会開会式へ出席して天皇に頭を下げており、天皇制に批判的な議会内勢力はもはや不在である。天皇の考えを「しっかり忖度」すべきと細野が言い、それは「玉座を胸壁となすこと(天皇を盾に相手を攻撃すること)につながる」と安倍が答える。安倍の言葉は、尾崎行雄が桂内閣を弾劾したときのもので、一〇〇年以上も前のやりとりが再現したような言論状況に、空恐ろしさを感じるばかりだ。そして、私がこのことを知ったのは「産経抄」というコラムによってであって、しかもそこでは「陛下のご意向を反映させるばかりでは『天皇は国政に関する権能を有しない』と定める憲法と矛盾する。政府が『忖度』で突き進めば、国家権力の恣意的行使を制約する立憲主義にも反することになろう」(産経新聞、一月二八日)などと書かれていることも、使えるものはなんでも使うご都合主義だけが浮かび上がる。

いま現出しているのは、まさに「天皇翼賛国会」そのものである。私たちはもちろん、天皇の退位それじたいに反対しているわけではない。それが、天皇制の安定強化のためになされることに反対なのだ。われわれは「天皇も天皇制もやめろ」とはっきりと言わなければならない。

こうした中でわれわれは、2・11反「紀元節」行動をもって、今年の反天皇制の街頭行動を開始する。そして3・11 の「東日本大震災追悼式」にたいしては、今年も反戦反天皇制労働者ネットワークのよびかけで準備が開始されている行動に合流し、東電前で声をあげていきたいと考えている。この追悼式典だが、震災発生後五年がすぎたので、これまでのような天皇出席行事ではなくなり、今年から秋篠宮が出席することになった。普通なら、天皇行事から皇太子行事への「格下げ」になるところだが、一つ飛ばして秋篠宮となるのは、もつろん新天皇の即位後、秋篠宮が皇位継承者第一位になるからで、実質的な「皇太子化」の先取りというべきものだろう。

そして明仁天皇は 、二月二八日から一週間、ベトナムとタイを訪問する。詳しく展開する余地はないが、これが、昨年のフィリピンに続き、日米安保体制のもとでの対中国戦略と深く関わっていることは疑いないところだろう。そして、またベトナムは、「太平洋戦争」開戦前夜の一九四〇年に日本軍が侵攻し、強制的産米供出政策によって大量の餓死者を出した場所でもある。「生前退位」にもかかわらず、あるいはそれゆえに、天皇(皇族)はきわめて活発に動いている。天皇制反対の行動を、ひとつひとつ持続していこう。

(北野誉)