【集会報告】第4回女天研講座「ジェンダーと天皇制」

九月二一日夜、四回目になった女天研連続講座は、首藤久美子さんが「女性皇族の公務──慰問? 福祉?」というタイトルで、高円宮久子が東京オリンピック招致の際のスピーチをした話からスタートした。

明治時代に入って、「大日本帝国憲法」と同格の「皇室典範(旧)」を整備するのと並行して、西洋をお手本とした近代化のなかで男女の性差をも利用した天皇制が作られた。明治天皇・大正天皇のそれぞれの皇后も養蚕、慈善、戦傷兵士慰問などを行ってきたが、それらは「男性によって象徴される規制の権威や体制への異議申し立てとして女性神格が『逆さまの世界』を作り出す手段として有効だった」とした若桑みどりさんの分析は、今の女性皇族の捉え方、打ち出し方もその延長線上にあるのではないかと首藤さんは語る。

現在の女性皇族のおびただしい数の名誉職を紹介したあと、全国赤十字大会に出席して発言している香淳皇后(良子)の珍しい映像(始めて声を聞いた!)、そして壇上に美智子(名誉総裁)を先頭に女性皇族がぞろぞろと入場してくる姿(かなりきもい)を映したDVDを鑑賞した。「女」としての役割のお手本のようにコメントする人もいる。天皇制そのものが「女性的」なのではないか。また、天皇のさらに上に「国体」をおき、その「国体」に奉仕をする、天皇を頂点にした「国民」のヒエラルキーが存在しているのではないか、と首藤さんは問うた。

今の女性皇族の「公務」としている仕事にフォーカスして考えるというのは、天皇制の現在的問題点を考える意味でもとても重要だ。だいたい名誉総裁ってなに? スポーツ界、医学会、芸術関係の多くの団体が名誉総裁として皇族、特に傍系の女性皇族が多く担っている。それを頼む側の論理はどうなっているのだろう。皇族に頼むと箔が付くのか、それぞれの業界の発展に有利に働くのか。首藤さんの問いかけは容易に結論の出るものではないが、「天皇制とジェンダー」という講座のメインテーマそのものであり、今後も講座の通底するテーマであると思った。

(中村ななこ)

【傍聴報告】靖国参拝違憲訴訟第九回、一〇回口頭弁論

安倍靖国参拝違憲訴訟の第九回、一〇回の口頭弁論が九月五日と一二日に東京地裁103法廷で行われた。

原告でありながら、平日の昼間の傍聴にはなかなか参加出来ずにいたが、今回は裁判も山場で、原告一四人の尋問が行われるということなので、仕事を休んで傍聴した。

弁護団は書面による証拠調べに加え、専門家五人(吉田裕、木戸衛一、張剣波、南相九、青井未帆)の生の声による証人尋問の必須を訴え、証人採用の請求もしていたが、こちらは却下されたということだ。

法廷に入り着席すると、弁護団、裁判官、被告である国、首相、靖国神社の各代理人の各机上には、弁護団が作成した準備書面が、崩れ落ちそうなほど山積みにされていたが、これだけの書類を作成するのは、本当に大変なご苦労だっただろう。

五日は、関千枝子、池住義憲、森田麻里子、辻子実、一戸彰晃、根津公子、三浦永光、松本佐代子(米田佐代子)各原告の証人尋問が行われた。割り当られた時間は一人三〇分。戦争がもたらす悲劇、踏みにじられる人権、このようなことを二度とおこさせないという気概に満ちたそれぞれの生き様をも感じさせる、権力と対峙する凛とした証言に私の目頭は熱くなった。反天実の8・15のデモに触れ、「靖国」支持者たちの暴力的行為も証言された。戦争に人々を動員させる装置としての「靖国」。「慰霊・顕彰」の施設は戦争国家に欠かせないものであるという靖国の闇が法廷に浮かびあがった。一〇時半から一六時過ぎに及ぶ長時間だったが、その場に立ち会えて本当に良かったと思う。

一二日は、中国、香港、韓国、ドイツと日本人の残りの原告証言(王選、許朗養、星出卓也、山内斉、李熙子、金鎮英)が行われたが、裁判所が手配した通訳は、言葉の壁を思い知らされるお粗末なもので非常に残念であった。当初、七三一部隊の残虐で非人道的な行為を告発してきた中国人の胡鼎陽さんの証人尋問が予定されていたが、ビザを発給しないという国による妨害が行われた。抗議声明が出されているので参照されたし。今後の裁判の流れはAlertでもお知らせするので、注目を!

(桃色鰐)

【集会報告】24条変えさせないキャンペーン キックオフシンポ

秋の国会が始まり、改憲問題は早々に俎上に載せられつつある。この国会を迎え撃つように、九月二日、「24条変えさせないキャンペーン」のキックオフシンポジウムが上智大学で開催された。同実行委員会の主催で、参加者は約一八〇人とのこと。

メインのスピーカーは木村草太(首都大学東京)。しかし彼の話は、このキックオフシンポのためになされたとは言いがたい内容で、憲法24条問題にかかる自民党草案についても「相手にする価値がない」とまで言う始末。24条の意義や成立過程など基本的な話も、後半の発言者の一人で呼びかけ人でもある清末愛砂が、家族主義と新自由主義について語る中で展開したが、そちらに譲った感じであった。メインスピーチの後、対談の相手として登場した北原みのりは、改憲草案24条の問題を改めて訴え、「すでにキックオフされている」と切り返し、会場の空気を盛り返していった。

後半は、能川元一(大学非常勤講師)、清末愛砂(室蘭工業大学)から一〇分ほどの発言。引きつづき赤石千衣子(しんぐるまざあず・ふぉーらむ)、打越さく良(弁護士)、大橋由香子(SOSHIREN女(わたし)のからだから)、戒能民江(お茶の水女子大学名誉教授)、藤田裕喜(レインボー・アクション)と五分間スピーチが続いた。私も女性と天皇制研究会として発言した。天皇の「生前退位」メッセージが出てまもなくのことでもあり、天皇メッセージにある「伝統の継承者」発言をひきつつ、家族国家的な安倍政権の体質と自民党改憲草案24条および前文について問題提起した。五分という短さもあり、珍しく詳細なメモを作って準備したが、それでも、「時間ですよ」の札をみせられる羽目に……。

後半は、それぞれの専門あるいは運動の立場からの問題提起で、短時間の濃密な発言が相次ぎ、興味深く充実した時間だった。また、天皇制の課題が、さまざまな課題とクロスしていることを再認識する機会ともなった。

(大子)

【今月のAlert 】「有識者会議」設置─ 「国民的議論」を超えることばを!

九月二三日、政府は「生前退位」などを論議する「有識者会議」のメンバーを発表した。これまでさまざまに設置されてきた「有識者会議」や「審議会」に名を連ねてきた面々である。一〇月中旬に第一回会合を持ち、早ければ年内にも「提言」という見通しが語られている。

同時に、宮内庁人事も発表された。風岡宮内庁長官が退任し、次長がトップに就いたが、その後任として、内閣危機管理監の西村泰彦が官邸から送り込まれた。西村は、宮内庁側のカウンターパートとして天皇の「公務軽減」について検討してきた内閣官房副長官・杉田和博と同じ警察官僚出身者である。「宮内庁の人事を官邸主導に切り替えた」ことを意味する、と報じられている。
七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって明らかとなった「生前退位」の意志の表明は、単にそれだけではなくて、象徴天皇制とはどのようなものであるのかを天皇自身が定義し、天皇が行ってきた行為と、それによって生み出されてきた「国民とのつながり」について自賛し、それを天皇のなすべき仕事として、明仁天皇自身の関与のもとに「代替わり」を果たすことを通じて、新たな天皇像を確立していくという宣言だった。それは、天皇自らの意志に基づき周到に準備された。国事行為以外の「公的行為」なる違憲の行為が、天皇の大切な「つとめ」であるということを、これまたマスコミを使った違憲の政治的行為によって果たしたこの目論見は、しかしかなりの部分において成功したといわなければならない。

ビデオメッセージ放送直後の世論調査では、生前退位を「できるようにしたほうがよい」が八六・六%、その理由として「天皇の意向を尊重すべきだから」を選んだ回答者が六七・五%を占めた(共同通信社)。七月一三日の段階では、「生前退位は摂政冊立によって可能だ」などと論じていた小堀桂一郎や渡部昇一ら右派系の論者も、天皇自身による明確な「摂政否定」と圧倒的な「国民的支持」を前に封殺され、生前退位を可能にする皇室典範改正へと、一挙的に進むかとも思われた。

だが、政府は皇室典範を改正せず、現天皇一代限りの特例法で処理する意向であると報じられ、さらに、三〇日の衆院予算委員会において、横畠祐介・内閣法制局長官は、皇室典範を改正せず、特例法で「生前退位」が可能になるとの政府見解を示した。

この一連の事態に、「生前退位」にはそもそも消極的だった安倍官邸の「巻き返し」を見ることもできよう。右派の「生前退位」反対論が、皇室典範改正となれば、「女性・女系天皇容認論」につながるという危惧によっていることは明らかだ。「安定的な皇位継承」、ひいては天皇制の存続のためには「女性・女系天皇」の実現を辞さないという考えをもつ(と伝えられる)現天皇に対して、安倍を含む右派勢力は、あくまで男系にこだわっていた。なんとか摂政で妥協できないかと、官邸が宮内庁を揺さぶっていたという報道もあった。

確かに、ビデオメッセージで示された「お気持ち」の眼目は、たんに年をとったから引退したいというような話ではなかったはずだ。そこで目論まれていた主体的・積極的な天皇像の確立は、また別の事情によって、いったんブレーキがかけられたのかもしれない(そうした主張のために、「天皇の政治的発言は憲法上許されない」などとしきりに強調する右派がいて、そのご都合主義には呆れるが)。皇室典範改正はリスクが大きいので、やるなら「特例法で」という安倍のオフレコ発言の線で収まりつつあるのかもしれない。

けれども、天皇によって開始され主導された事態が、ここまで進んだということを、われわれとしてはやはり確認しておかなければならない。安倍と思想的に近しい、日本会議国会議員懇談会のメンバーによるアンケート結果(『文藝春秋』一〇月号)にも、多くはないが「生前退位」や「女性宮家」に賛成する回答が見られる。明らかに、いまだ事態は揺れている。

有識者会議などでの議論の中身にも、おそらくはそれらは反映されていくだろう。もちろんこれらのすべてが、天皇制を前提とした議論でしかありえない。だがそこにも、われわれが天皇制を批判していくための具体性が、見出せるはずである。これからの事態に批判的に注目しつつ、そこで登場するさまざまな言説に具体的に介入することが、自覚的に追求されなければならない。

そして何より、この間の事態に関わって、各地で議論の場や街頭行動が持たれ始めている。私たちもそうした場を準備し、またそれらの動きにつながっていくことによって、「有識者」たちが組織する天皇制に関する「国民的な論議」とは別の批判のことばを紡ぎ出していこう。

(北野誉)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 4号(2016年10月 通巻386号)

今月のAlert ◉「有識者会議」設置─ 「国民的議論」を超えることばを!(北野誉)
反天ジャーナル ◉ 映女、宮下守、D子
状況批評 ◉ 憲法学から見た天皇の生前退位問題(岡田健一郎)
書評◉池田浩士文・髙谷光雄絵『戦争に負けないための二〇章』(ほしのめぐみ)
ネットワーク ◉ 映画「チャルカ」に託す想い(島田恵)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈77〉  ◉ 独裁者の「孤独」/「制裁」論議のむなしさ(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈04〉 ◉ 大日本帝国憲法の「復活」と闘う─「民主天皇」という政治神話:〈壊憲天皇明仁〉その2(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相 ◉ 9・2 二四条かえさせないキャンペーン・キックオフシンポ/9・10-11 天皇出席の山形「海づくり大会」反対!現地闘争/9・12安倍靖国参拝違憲訴訟(東京)第10回口頭弁論9・21女天研連続講座・ジェンダーと天皇制 第4回「女性皇族の公務ー慰問?福祉?」/9・24 北村小夜さんと語り合った「学校と戦争─そこを貫く『道徳』『動員』『優生思想』」
学習会報告 ◉ 岩波新書編集部編『昭和の終焉』(岩波書店、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2016年10月4日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【連帯アピール】山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争

山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争に参加されている皆さん

この間、首都圏において反天皇制運動に取り組んできた、「『 聖断神話』と『原爆神話』を撃つ8.15 反『靖国』行動」より、本日の現地闘争を準備し、また現地に結集されている皆さんに、連帯のアピールを送ります。

私たちは、天皇制の「三大行事」といわれる「国体・植樹祭・海づくり大会」が、日本各地において行なわれてきた、天皇を戴く儀礼を通じて民衆統合をすすめる装置であり、その地域において、天皇警備という名の人権弾圧をともなう、官民一体の天皇翼賛体制をつくりだすものであるとして、反天皇制運動の大きな課題として位置づけています。

本来であれば、実行委メンバーの多くがこの場に結集していなければならないところ、日程的な諸事情で不十分な取り組みになってしまったことをお許し下さい。

私たちは、8・15に向けた前段集会のひとつとして、7月18日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない! 海づくりは、海こわし」と題して、現地闘争を準備されている方を講師にお招きし、討論集会を持ちました。そこでは、近代天皇制国家による東北支配の歴史と、政府・資本によって現地漁業が破壊されていく実態が明らかにされました。また、今回の「海づくり大会」が福島原発事故の翌年に開催を決定したものであり、それは2016年岩手国体、2018年福島植樹祭とつづく、東北における天皇行事のさきがけであること。そこで強調される「東北地方の復興再生」なるものが、現在進行形である福島原発事故や、汚染水の海洋放出という現実を隠ぺいし、原発再稼働政策を後押しするものに他ならないことを確認しました。

私たちは7月30日にも前段集会を持ち、さらに8・15の反「靖国」デモにも取り組みました。

それは、天皇明仁の「生前退位」の意向なるものがNHKにリークされ、そして天皇みずからの、「ビデオメッセージ」のテレビ報道という時期に重なりました。これらの天皇の行為は、「皇室典範」の改正を自らの意志で迫るという、象徴天皇制にとっての明確な違憲行為であり、さらに天皇制の「未来像」を、天皇主導によって確定していこうとする意思を示したものに他なりません。日本の国家社会を、戦争をする体制へと全面的に再編していく時代にあって、象徴天皇制がその存在意義である「国民統合」の機能を、より積極的なものとして高度化させていくという意味において、それは、天皇自身の手による、天皇制再編攻撃の開始であったといわざるをえません。

私たちの8・15行動が、首都圏においては、こうした天皇制攻撃に対する最初の街頭デモであったとすれば、今回の山形現地の闘いは、天皇行事そのものに対して、天皇に対して直接抗議の声を上げていく最初の闘いであると思います。

反天皇制運動の更なる展開をめざし、ともに闘っていきましょう。

2016年9月10日
「 聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8.15 反「靖国」行動

【学習会報告】横田耕一・江橋崇編 『象徴天皇制の構造:憲法学者による解読』 (日本評論社、一九九〇年)

天皇重体報道から、天皇Xデー(代替り)政治状況はスタートする。昭和天皇のパターンの強烈な体験から、私たちは、なんとなくそう思いこんでいた。しかし、それは今回、重体などではない天皇自身の「意向」をテコに始まるという、まったく予想もしないスタイルでやってきた。この突発的状況の中で、今、何が起きているのかを正確かつ批判的に認識するために、ストレートに役に立つ本を読みなおそう、そういう位置づけで、『象徴天皇制の構造─憲法学者による解読』(日本評論社・一九九〇年)が、今回のテキストとされた。

横田耕一と江橋崇の二人の編者は、「あとがき」で、こう書いている。

「本書の企画は、昭和天皇の『ご容体』が悪化した一九八八年の秋に始まる。世は恐ろしいほどの『自粛』フィーバーに襲われて、一部の人が抵抗しているものの、抗議の声は小さかった。天皇制を思想的、文化的、歴史的に批判し、糾弾する試みの出版物はいくつかあった。だが、天皇制の法制度論となると、まるで発表されないし、また、その見込みもないというのが当時の状況であった。/これでよいのだろうか。象徴天皇制は、日本国憲法の原則をなす国民主権原理などにどのように拘束されているのか。そもそも象徴天皇制を成り立たしめている法制度はどのようなものなのか。天皇制についての思想は各人によって異なるとしても、誰もが共通して理解しておくべき問題点はどこにあるのか。天皇制に関して戦後の憲法学が積み上げてきたものは何か。これらの点は、まさに緊急に解明されて、代替りという大きな節目で活用されなければならない……」。

この昭和の「代替り」状況で九人の法学者によってまとめられたテキストは「国民主権原理」による象徴天皇制の強い〈拘束〉の原則をキチンと再解読する法制度論であり、「象徴行為論」「公的行為論」そのものへの批判がシャープに展開されている。

天皇・政府・マスコミが一体化して、戦後の憲法学が積み上げてきたものを、まるごと破壊しつくしている、今の状況に対して、「ブルジョワ憲法(象徴天皇憲法)ナンセンス!」という不毛な超越的立場からではない、どういう天皇制批判の声(具体的論理)を私たちが運動的に対置すべきなのか。この切実な大問題を共に考える素材としては、すこぶる有益なテキストであった。次回は、九月二〇日、岩波新書の『昭和の終焉』

(天野恵一)

【集会報告】8・15反「靖国」デモ  

今年もやってきた8・15。例年どおり、反天連も参加する8・15反「靖国」行動の実行委は、7・30集会と8・15デモを準備し、広く参加を呼びかけていった(7・30集会については前号参照)。気持が落ち込む参院選の結果と、天皇メッセージの後のデモである。街頭では一体どういう状況になるのか、正直なところ不安を抱えながら当日を迎えた。デモ出発前の集合会場は韓国YMCA。二つの会議室を一つにして使わせてもらった。

しかし、デモ参加者は次々に会場に集まってきた。会場の椅子には座りきれず床に座り込む人が大半という状況で、暑い廊下にも人があふれた。八月のこの行動は、本当に集まる人一人ひとりの力の結集で成立していることを実感するのだが、これで今年もデモができると胸をなで下ろした。

デモ出発の前に、簡単なアピール交換会を持った。司会は、八月八日の天皇による事実上の「生前退位」表明としてあったビデオメッセージについて、その違憲性を批判しつつ、それによって事実上の代替わりXデーが始まると指摘。そして、この8・15行動が、新しい形で始まったXデー状況下での、われわれが取り組む初めてのデモであり、最後までやり遂げたい、と発言。会場はやや緊張につつまれた(か?)。

その後、以下の団体からそれぞれの取組について簡単な報告と呼びかけを受けた。お・こ・と・わ・り東京オリンピックの実行委員会から8・21集会について、今年の防災訓練の問題と監視行動への参加呼びかけ、福島原発事故緊急会議、反「海づくり大会」行動への呼びかけ、「機動隊は高江に行くな」の七月から八月連続して行動を行った府中の仲間から、辺野古の闘いを全国へと呼びかける辺野古リレー、辺野古基地建設で実際に工事を請けおっている企業への抗議行動を継続しているStop!辺野古埋め立てキャンペーン、自衛隊観閲式反対行動を取り組む仲間から、そして日韓民衆連隊全国ネットワーク、と実に充実したアピール交換会となった。

二八〇人が参加した今年のデモは、強奪されたプラカードの数は例年より少なく、横断幕も最後まで無事であったし、車の被害もなかったが、相変わらずペットボトルは飛んできたし、参加者が用意した旗が壊され、歩道側で横断幕を持っていた人は、右翼によってその横断幕を引っ張られて指を骨折するなど、ひどい状況であったことに間違いない(詳細は一〇月発行予定の、実行委報告集参照)。

参加したみなさま、お疲れさまでした。賛同してくれたみなさま、ありがとうございました。これから本格的に始まる代替わりXデー。ともに考え、行動をつくり出しましょう!

(大子)

【集会報告】「慰安婦」被害者が切り開いた地平―旧ユーゴの活動家を招いて

八月一四日を国連の「『慰安婦』メモリアルデー」に、という趣旨で毎年この日に行われている集会。今年の東京集会は、戦時性暴力問題連絡協議会と日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の共催で、「『慰安婦』被害者が切り開いた地平」―旧ユーゴの活動家を招いて」として、日本教育会館で開催された。

まず、青山学院大学教員で、国際人権法を専門とする申惠丰(シン・ヘボン)さんが、「重大な人権侵害の被害回復とは―日韓『合意』はなぜ真の解決にならないのか」と題して報告した。昨年一二月のいわゆる「日韓合意」についてふれつつ、「軍の関与の下に」ではなく、「軍が設置し、運用した制度であった」とされなければならない。被害女性は性奴隷状態に置かれていたのであり、重大な人権侵害の事実を語り継いでいくことが、被害者の名誉を回復し再発防止のための道であると強調した。

続いて、ラダ・ボリッチさんが、「旧ユーゴスラビア女性法廷―正義と平和構築のフェミニスト・モデル」と題して報告。クロアチア出身の彼女は、内戦中、現地で女性戦争被害者救援センターを組織したフェミニスト活動家・研究者である。

ボリッチさんは二〇一五年の、サラエボで行われた民衆法廷について報告した。法廷は犯罪と加害者を名指し、「被害者たちの癒しの場」となったという。内戦終了後も女たちへのさまざまな暴力が続いている、「家父長制、男性優位主義、軍事主義からの解放」をめざそうと呼びかけた。

討論の中では、旧ユーゴでも女性への性暴力が、対立する民族への敵愾心を煽るために利用された事実があり、それは女性への暴力が、国家や民族の枠においてとらえられるからである、「慰安婦はどこの国でもやったこと」という論で性暴力を相対化する議論もあるが、女性への暴力の問題は、普遍的な人権侵害の問題として捉えられなければならない、などの議論があった。

なお、集会後にデモも行われたが、懸念された右翼による妨害は、今年はほとんどなかった。

(北野誉)

【今月のAlert 】開始された天皇制国家の法再編プロセス:私たちの民主主義を今こそ突き出そう

今回の八月一五日の行動には、常とは異なった緊張感がありました。直前に発表された「天皇メッセージ」をもって、明仁天皇制のXデーへのカウントダウンが開始され、第X期の私たちの活動における主要課題が、はっきり、私たちにとってだけのものではないという状況になったからでもあります。

しかしもちろん、その状況は、より困難なものとしてあります。リオではオリンピックへの批判が世論の半数といわれるまでに高まり、ファヴェーラなどの貧困問題もクローズアップされながら、世界中の資本とメディアはこの事実を、オリンピックが開催されるやいなや一斉に黙殺しました。今月に開催されるパラリンピックは、新自由主義のもと福祉政策がそもそもまったく端緒につかない状況のブラジルでは、予算も規模も報道も、よりアンバランスな「先進国だけの祭典」となることが明らかです。

こうした「国家イベント」も含めて始まったばかりの「Xデー」状況ですが、ここでは、いつまでたっても「途半ば」としてその実態を糊塗するしかない安倍の経済政策に代わって、「アベノテイコク」主義ともいえるような状況が、今後、はっきりと起動していくことになるでしょう。靖国をめぐる「日の丸右翼」の暴力はもちろんひどいものでしたが、オリンピック報道の「国威発揚」の絶叫を見せられていて、むしろこちらのほうへの恐怖を感じさせられました。

明仁は、今回のメッセージで「在位三〇年」をもって区切りとしたいという意向を明らかにしています。まだもちろん想定の段階にすぎませんが、この秋から、天皇制をめぐる法律の改定が検討されることだけははっきりしています。それが顕在的に憲法をめぐるものとなる可能性があることはもちろんですが、そうでなかったとしても、その内実は、現実の天皇制の実態を追認するかたちで、憲法解釈や法体制を全面的に俎上とするものとならざるを得ません。しかもその法や法体制の改定は、国会における「全会一致」ばかりでなく、メディアや世論レベルにおいても「一致」することを、実質的な目的として進められることになるでしょう。「天皇あやふし ただこの一語が 私の一切を決定した」(高村光太郎)にも似た幻惑が、すでに言論状況、さらには対抗的運動の内部をも徐々に支配しつつあるのです。

八月八日以後の状況は、これを示唆しています。「陛下のおことば」が、それ自体は法的な根拠を持たないにもかかわらず、これほどまでに威力を発揮することは、私たちが依拠している「戦後民主主義」の脆弱な実態でもありますし、これに対して、私たちがほんとうの意味でその内実を構築していくことへの深刻な必然性をも問いかけるものです。明仁が示したスケジュールに基づいて、今後の政治情勢は展開するでしょう。この秋から来年にかけて天皇制関連の法体制が整備されようとし、それを前提に「在位三〇年」式典が組織される。そして、徳仁の即位儀礼が実施され、新たな天皇制の発足をもって「東京オリンピック」が開催される、というのが、この日本国家に想定される「ハレ」のスケジュールです。

そして、この天皇制と「アベノテイコク」主義は、もちろんそれだけではない。新内閣のもと、「テロ対策」を名目に、とりわけ稲田朋美防衛大臣らにより、政治全体が軍事傾斜をより強めています。沖縄の米軍基地建設も、反原発テントの強制撤去も、大分での監視カメラも、警察権力がより暴力的に行使され、それがさまざまな反対勢力を圧殺していることを明確にしています。こうした軍事・警察国家に向けた官産学の一体化もまた、悪辣さを強めています。

私たちはこの状況に対して微力な存在です。しかし、今回の八月の行動においても、昨年を超える人々とともに、明確な主張を掲げて闘うことができています。これを、どのようにしてもっと広範なものとしていくことができるか、天皇制の代替わりと安倍国家の軍事体制に抗する闘いを、この秋以降、より深い質をもって開始していきたいと考えています。

(蝙蝠)