【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 18号(2017年12月 通巻400号)

今月のAlert ◉「退位・即位・改元」がつくり出す天皇フィーバーをはね返そう!(桜井大子)
反天ジャーナル◉なかもりけいこ、捨てられし猫、桃色鰐
状況批評◉改元は、元号をやめるいい機会(チャンス)だ!(中川信明)
追悼・上原成信さん(天野恵一)
ネットワーク◉アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会準備会(池田五律)
書評◉『誰が〈表現の自由〉を殺すのか〜ニコンサロン「慰安婦」写真展中止事件裁判の記録』(永田浩三)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈91〉◉代議制に絶望しておろおろ歩き……(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈18〉◉天皇一族の存在とマスコミ賛美報道と右翼の暴力との関係:〈壊憲天皇明仁〉その16(天野恵一)
終わりにしよう天皇制11 ・26 集会◉集会宣言・抗議声明
野次馬日誌
集会の真相◉11・16 生前退位、何が問題か「バンザイ訴訟に学ぶ」/11・18 「平成」代替わりの政治を問う・連続講座第2回「生前退位」報道を総括する/11・23 「原発マネー」で現地は本当に潤っているのか!? /11・26 終わりにしよう天皇制集会/11 ・29 天皇代替わりに異議あり!終わりにしよう天皇制(大阪)
学習会報告◉立教女学院短期大学公開講座編『天皇制を考える』(新教出版、一九九〇年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年12月5日発行/B5判20ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】12.23に天皇制の戦争・戦後責任を考える討論集会 「生前退位」!? なにやっテンノー!!??

12.23に天皇制の戦争・戦後責任を考える討論集会
「生前退位」!? なにやっテンノー!!??

▼日時
2017年12月23日(土・休) 午後13時30分開場
千駄ヶ谷区民会館2F
JR原宿駅/地下鉄北参道駅下車

▼問題提起
平井玄・天野恵一・桜井大子・北野誉

◆12月23日がなぜ「国民の祝日」なのだ?
──天皇の誕生日だから……。
天皇制の問題を考える際の基本的な問いでもある。私たちはこの日こそは、天皇の戦争・戦後責任、そ して現在的な問題について議論すべきと考え、討論集会を持ちつづけてきた。 今年はやはり、天皇が言い出しっぺでことが進められたこの「生前退位」と「天皇代替わり」状況を巡っ て、みなさんと議論したい。
◆なぜ私たちは天皇制に反対するのか、なぜ多くの人々は天皇制を受け入れるのか、私たちが考える 天皇制の問題はどのようにすれば伝えられるのか、この「天皇代替わり」の騒ぎの中で議論する意味は 大きい。反天皇制運動を作り出すための基礎的な筋トレです! 多くのご参加をお待ちしています!!!!

反天皇制運動連絡会

【声明】立川テント村宣伝カーへの右翼の襲撃を許さない= 抗議声明とカンパのお願い

●右翼による襲撃で破壊されたテント村の宣伝カー

 11月23日、陸上自衛隊立川駐屯地で開催された「防災航空祭」に抗議する例年の情宣活動を行ないました。ここ数年、わたしたちを攻撃するために複数の右翼団体が登場していましたが、今年の攻撃は特別に激しいものでした。何台もの街宣車でテント村の宣伝カーを取り囲んで進路をふさぎ、大音響で「国賊!」と叫び続けて反戦の呼びかけを妨害したり、サイドミラーを割ったりという暴力行為を続けました。

 さらに行動終了後、駐車場へ撤収中の宣伝カーを路上で街宣車が取り囲み、7~8名の右翼が1時間にわたって宣伝カーを叩く、蹴る、ものを使ってガラスを割るなどの乱暴をはたらきました。また車内の運転手に対し、民族差別やセクハラを含む激しい罵声を浴びせ続けました。

 右翼対策員と思われる10名ほどの私服公安警官は暴力行為の当初から周囲にたむろしていましたが、一向に暴力を止めることなく、宣伝カーの破壊を放置しました。途中から到着した10名ほどの立川署警備課の制服警官も、なにやら公安と打合せをしたり、他の車の通行を確保するための交通整理をするばかりで、目の前で繰り広げられる破壊行為に対して手出しをしようとしませんでした。

 暴力行為がはじまって1時間後、ようやく警官が街宣車に移動を促し、宣伝カーは移動することができました。

●「終わりにしよう天皇制11・26大集会」への大結集を!カンパを!

 被害は、フロントガラス、サイドミラー、前後のランプ、フロントグリル、鍵穴・ワイパーの破損など全体に及んでいます。ボディは数十回蹴りつけられて変形し、走ることはできますが内部の損傷なども心配です。車を破壊した右翼はもとより、暴力を放置した警察に対する怒りも禁じえません。

 この攻撃は、立川駐屯地祭への抗議行動を潰すために行われたものであると同時に、直後の11月26日に予定されている「終わりにしよう天皇制 大集会・デモ」への事前攻撃であることは明白です。襲撃にきた右翼からは、「26日はこんなもんじゃねえぞ」とか、「去年今年とよく壊れる車だなあ」などの発言もありました。昨年11月20日に吉祥寺で行われた「天皇制いらないデモ」でもテント村の宣伝カーが襲撃・破壊されましたが、一連の「平成代替わり反対闘争」でこの宣伝カーが果たしている役割を念頭においての襲撃です。

 暴力を使って基地反対や天皇制反対の声を封じ込めようとする右翼団体、襲撃を黙認することで運動つぶしをはかる警察を許すことはできません。「終わりにしよう天皇制 大集会・デモ」への大結集を訴えるとともに、修理費や買い替えも視野にいれたテント村へのカンパをよろしくお願いします!

2017年11月24日

立川自衛隊監視テント村
立川市富士見町2-12-10-504 042-525-9036 tento72@yahoo.co.jp

カンパ振込先⇒郵便振替00190-2-560928(口座名「立川自衛隊監視テント村」) 続きを読む 【声明】立川テント村宣伝カーへの右翼の襲撃を許さない= 抗議声明とカンパのお願い

【学習会報告】ケネス・ルオフ『国民の天皇:制度と個人のはざまで』(岩波現代文庫、二〇〇九年)

著者は北海道大学で教鞭をとり日本滞在の経験もある米国人、ケネス・ルオフ。 膨大な資料に目を通した実証主義の本としてとても面白かった。〈注〉が七七ページもあり、参考文献も読書意欲をかき立てると参加者の声。

「大衆天皇制」が中心テーマで、戦後日本の象徴天皇制がどのような過程を経て「国民」の間に定着していったかが記されている。この著作が最初に出されたころにピューリッツァー賞を取った、ハーバート・ビックス『昭和天皇』は天皇制の政治的役割を追跡したものであるが、本書は制度としての戦後天皇制の改編を分析したものだとルオフは語っている。

戦前と戦後の連続性にスポットをあて、外国の君主制とくに英国の立憲君主制との比較を通して分析がなされている。 そして特に面白かったのが、右派、民族派の運動に注目している点である。右派の団体がしばしば合法的なルートを使って、政治的影響力を発揮した経緯を軽視ないし無視してきた歴史記述を修正する作業は、九州の片田舎で農業や左官業、理髪店を営む青年らを紹介し、全国に広がる草の根運動が元号法という天皇制に絡む法律の制定に至ったことを明らかにする。

この学習会でも頻繁に名前があがるような天皇(制)論を語った学者たちの整理も簡潔で、私のような不勉強な者にはガイドブックとしても便利だ。昨今流行の学者が、象徴天皇制は明治以前の伝統だなどと発言しているのを目にするが、政治的右派はそうした解釈により戦後の民主体制を受け入れてきた。まさにその過程が記されている。そして近代以前の伝統への回帰ととらえるのは問題があるというのだ。報告の後はタイトルについて「国民」じゃなく「人民」がよかったのではないかとか、「文庫版のためのエピローグ」に憤慨する者や、否その理解とは違うなどとワイワイと盛り上がった。監修高橋紘。季刊『運動〈経験〉』10 号の吉田裕論文とあわせてお読みいただきたい。

次回は「天皇制を考える」(新教出版社)

(桃色鰐)

【書評】安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京事務局『安倍靖国参拝違憲訴訟・東京第一審記録集』

この「安倍靖国参拝違憲訴訟」については、すでに昨年一〇月と今年二月には大阪訴訟の一審・二審判決が出され、さらに、今年の四月に東京訴訟においてもひどい一審判決が出されたことは「Alert 」11 号や、その他でも報告されている通りです。

現在、東京訴訟では二審の手続きに入り、大阪訴訟でも最高裁に向けた取り組みが開始されていますが、全体の情勢は「安倍忖度」も深まり、とうてい、希望を抱かせるものではありません。

しかし、こうした現実に対する違憲訴訟を提起することは、ただ法廷での「結果」だけの意味にとどまるものではないことはご存じのとおりです。私たちが取り組んだ、この東京での違憲訴訟においては、海外を含む多数の原告や、法律・歴史学の専門家証人によって、重要な問題提起がなされており、それ自体が意味を持つものだということを、改めて強調したいと考えます。この「一審記録集」は、B5判並製・三一六ページ・四段組みにわたり、二〇一四年から今年までの闘いの記録がまとめられています。

裁判所は、このような多数の原告が立った裁判では、極力、書面提出のみにさせ、要旨の朗読のみを制限された時間内で処理しようとします。しかし、弁護団と事務局は、ぎりぎりまで、できるだけ多数の証言を実現させようと努力を重ねました。専門家証人の吉田裕(歴史学)、青井未帆(憲法学)、木戸衛一(歴史学)、南相九(歴史学)、張剣波(歴史学)の各氏の証言は意見書提出とさせられましたが、この記録集には、この専門家意見書に加え、実現された原告八名の意見陳述、原告二十二名の本人尋問の発言内容が全文掲載されています。

憲法訴訟の記録集、なおかつ大部の資料だということで、原告や法曹関係者以外は手に取りにくいものと思われるでしょう。訴因の法的根拠などを述べる弁護側の書面や、判決文などにおいては、そのことだけを取り上げるならば確かに否定しづらい面はあります。しかし、今回のこの訴訟においては、口頭弁論が重視され、多数の原告が意見書を提出し、法廷において自ら意見陳述に立っていったのでした。

この原告たちの証言は、いずれも、とても熱のこもったものでした。そして、何よりも強調したいのは、これらの証言が、自らの具体的な個人史に裏打ちされたものであり、歴史的な事実を述べるときにも、政治に対する危機意識や憤りを語るときにも、きわめて同時代的に、ひと一人の尊厳を懸けた発言内容であったということです。

大日本帝国による戦争が、侵略と植民地支配によりひとを殺害し、またはその手先とさせられて「戦死」させられたという事実は、靖国により「戦没」者がその名を奪われ「× × 命(ミコト)」と改変されて「祀られ」、観光客に向けて遊就館に「陳列」されているシロモノが示す意味とは、まったく次元を異にするものです。死者が誰であったのか、その死をどのように受け容れさせられようとしたのか、そしてその死者を誰がどのように利用して、虚偽そのものでしかない「歴史」や政策、妄動や暴力の煽動へと変えていったのか、それこそが靖国でありこれを明らかにして否定することこそが、この裁判の意味でもありました。

証言に立った原告たちの多くは高年齢層であり、枯れた柔らかな印象の方たちです。しかし、その胸の裡に持ち続けている悲しみや怒りが証言の言葉として迸るのを、傍聴席で聞いていて、思わず息詰まり涙ぐむことをしばしば抑えられなくなりました。こうした訴訟がなぜ必要なのか、裁判という場をかりて、ひとの歴史をつないでいくことの意味を、深く考えさせられました。

政教分離原則や、信教、思想信条の自由、平和的生存権や人格権など、原告の権利や法益のあらゆる点が、一審判決では無視され足蹴にされましたが、この裁判は、最初に触れたようにまだ継続中です。そして、あらためて強調したいのは、この裁判のみならず、あらゆる方面から、私たち自身の生と歴史の意味をつき出していくことの重要性です。もし憲法訴訟に敷居の高さを感じる方がいるとすれば、それは誤解です。歴史をつなぐこと、憲法を生かすということが、一人の人間においてどのようなことであるか、ほんの一端でも、この記録集の原告証言や弁論からくみとっていってほしいと、心から願います。

二〇一七年八月一五日発行、二〇〇〇円申込先:〒202-0022 東京都西東京市柳沢2-11-13
郵便振替口座:00170-2-291619
http://seikyobunri.ten-no.net
mailto://noyasukuni2013@gmail.com

(のむらともゆき)

【今月のAlert】「平成流象徴天皇制」の「努力」に対抗する運動を!

衆院選は自民党が単独で過半数を獲得し、自公で三分の二の議席を維持する圧勝だった。前回と同じく今回も自民党が最終演説を行ったのは秋葉原。多数の「日の丸」の旗に出迎えられ、北朝鮮の脅威をあおる安倍の演説に高揚する人々の姿に心のざらつきを覚えたのは私だけではなかったはずだ。安倍の言う「国難突破解散」は、学校法人「森友」「加計」問題による支持率低下を瞬時のものとしてしまった。「外敵を見出して国難を叫び、他国との緊張関係を高めて自国内で自らの権力強化を狙う指導者は枚挙にいとまがない」と政治学者がコメントしているが、まさにそのような選挙結果であった。戦後二番目の投票率の低さだったというが、年齢が低下するほど安倍の支持率が上がるということに、これまたざわざわと心穏やかではいられない。

今回自民党や希望の党の対抗軸として立憲民主党が躍進した。改憲に「NO」を唱える人々の票もそこに流れたことは間違いないであろう。しかし、枝野が民主党時代九条改憲を提示していたことはやはり記憶しておくべきだろう。九条改憲を巡る政治状況が今迄とは明らかに違う時代に入ったということは認識する必要があると思う。今のところ世論調査では九条に自衛隊を明記することに五二%が反対しているということだが、「安倍政権下では反対」だという声に注視していきたい。

そんな選挙戦の投票日の前々日である一〇月二〇日、朝日新聞は天皇退位の日程を一九年三月末と一面トップで報じた。その翌日には(東京)(毎日)(読売)各新聞もこぞって掲載した。この時点で菅義偉官房長官は選挙前でもあり否定をしたようだが第四次安倍内閣も発足し、すでに皇室会議の日程調整に入っていると思われる。

一一月以降に皇室会議を経て(共同、読売では一二月との報道)、退位と改元の期日が決定され、一八年中に新元号公表。一九年三月三一日に天皇退位、四月一日に皇太子ナルヒトが新天皇に即位し、新元号が施行されるという流れが予想されている。

一時浮上していた一八年の退位は、年末年始の宮中行事が立て込んでいる時期で物理的に難しいとか、アキヒトが一九年一月七日予定の『昭和天皇三十年式年祭』を自身でやることを強く望んでいるので、それまでは天皇でいたいからだとか、漏れ伝わる情報で真意のほどは定かではないが除外されたとみていいだろう。

今号の学習会報告で紹介したケネス・ルオフ著『国民の天皇』は、象徴天皇制が如何にして人々の間に浸透していったかを記するなかで、皇室も「国民」に受け入れられるように努力してきたという(学習会報告参照)

いわゆるアキヒト「生前退位」メッセージから、その日程が具体化してきた今日に至るまで、こと天皇に関しては完全に翼賛体制化している実態を随所で見せられる私たちであるが、それもアキヒト・ミチコの「平成流象徴天皇制」の「努力」がなし得た成果の一つであることに間違いない。

では一体その「努力」とはどのようなものなのか。ルオフは天皇夫婦の行動目標は、社会の片隅に追いやられた人々を引き出すことと、戦後を終わらせることの二つであるという。実際、被災地巡行を熱心に行い、かつての激戦地を尋ねる旅を続けた。そして、それが象徴の務めであると天皇自ら象徴規定をするほどに使命とし励んできたのだろう。

そのような天皇制を私たちはいらないと否定している。それはなぜなのか!その理由を自由に語らせてほしい。しかしそれを許さないのも天皇制だ。

天皇制はあらゆる側面に渡って修正が施され、近代化されてきたという。時代とともに変化してきた。そして反天皇制の運動も、その変化に対抗しその都度模索し思考してきた。これは否定することが出来ない抵抗運動の歴史だ。積み重ねられてきた議論は決して無駄ではなく、新しい仲間を繋ぐ力であると思っている。現在反天皇制の声をあげるのは少数者となってしまった。けれどもここ数年、新しい参加者が毎回増えていることも事実なのだ。

強制的に植え付けられた価値観を取り払い、私は天皇制から解放されたい。新しい天皇はいらない。終わりにしよう天皇制、仲間とともに!

「終わりにしよう天皇制」11 ・26 集会デモと、恒例の12 ・23 集会に来てね!待ってます!

(鰐沢桃子)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 17号(2017年11月 通巻399号)

今月のAlert ◉「平成流象徴天皇制」の「努力」に対抗する運動を!(鰐沢桃子)
反天ジャーナル◉横山道史、ななこ、大橋にゃお子
状況批評◉「象徴」の統合力についての一考察:ポスト「平成」期の天皇制批判運動のために(鵜飼哲)
ネットワーク◉ピープルズ・プラン研究所連続講座「〈平成〉の代替わりの政治を問う」(米沢薫)
書評◉「安倍靖国参拝違憲訴訟・東京第一審記録集」(のむらともゆき)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈90〉◉山本作兵衛原画展を見に来たふたり(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈17〉◉安倍政権の「退位特例法」づくりに対する美智子皇后「感謝」の政治的意味:〈壊憲天皇明仁〉その15(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相◉10・4 おことわリンク講座・第4回「オリンピックはスポーツをダメにする!? /10・15 差別・排外主義を許すな!10・15Action/10・28-29 全国豊かな海づくり大会(福岡)反対集会
学習会報告◉ ケネス・ルオフ『国民の天皇:制度と個人のはざまで』(岩波現代文庫、二〇〇九年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年11月7日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ

終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ

  ー 天皇主導の代替わりを許さず、総結集を!
【日時】2017年11月26日(日)13:00開場13:15開始
【会場】千駄ヶ谷区民会館 (JR原宿駅 竹下口10分などhttps://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sendagaya.html)
【講演】吉澤文寿さん(朝鮮現代史)「植民地責任と象徴天皇制」
ビデオインタビュー:横田耕一さん(憲法学)「憲法と生前退位」
※コント、天皇制弾圧に関する映像、アピールなど盛りだくさん!予定
※集会後、4時過ぎよりデモあり
主催:終わりにしよう天皇制11・26集会実行委員会
あなたがもし、
世襲の特権階級が無いことを望むなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、
歴史と責任を素通りする社会を嘆くなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、
民族や国籍で差別されない国を望むなら、
あなたがもし、
「不敬」と名指され傷つけられた人々の身の上を想うなら、
あなたがもし、
「正しい家族」「正しい日本人」の抑圧に窒息しそうなら、
何をためらうことがある?
「日本は決して美しい国ではない」と思うなら、ためらうな。
象徴のメッキを剥がすことを、偽りの統合を撃つことを、
ためらうな。
天皇制反対!明仁を最後の天皇に!
終わらせるのは、いまだ!

【学習会報告】『平成の天皇制とは何か:制度と個人のはざまで』(吉田裕・瀬畑源・河西秀哉編、岩波書店、二〇一七年)

天皇代替わりの直前となって、ようやく明仁天皇制の内実を問う議論が、アカデミズムの側からも開始されてきた。これは、裕仁時代の「実録」の研究にも携わった、一橋大学の吉田裕らによる仕事だ。

死ぬまでアジアへの侵略と戦犯の事実とともにあった裕仁とは異なり、明仁は、その「護憲」発言や「平和」発言などにより、メディアなどからもほとんど批判を受けずにきた。しかし、九〇年代以降は、PKO派兵にはじまり、国旗国歌法と日の丸・君が代の強制、歴史修正主義が跋扈して教育基本法の改悪や教育内容の国家主義化がすすみ、震災や原発事故などの大災害がもたらされ、社会は経済的にも破綻して多数の貧困化が進んだ時代だ。こうした中で天皇および天皇制が果たした役割は、多くの方面から見直されるのが当然だ。

この本では、これまでほとんど取り上げられなかった「内奏」や「進講」「行幸啓」の詳細や、天皇外交、宮中祭祀、メディアと天皇制などのテーマが、それぞれに章立てされて語られている。祭祀の問題については憲法論に踏み込まず、メディアについてはかなりおざなりな分析にとどまっているが、前回の代替わり以降は、私たちのような運動の側が持続的に注目し続けた以外はまったく扱われなかった内容が、比較的若い研究者による年表的事実の分析とともに、ようやく語られはじめたことは評価したい。しかし、西村裕一には、公的行為論で「憲法学者にできるのはせいぜいこの程度」という退嬰的な姿勢を批判せざるを得ない。また、各所にみられる明仁・美智子についての「人柄主義」による評価という扱いは、大きな誤りとなることを指摘しておく。

なかで、吉田裕は「おことば」や「慰霊・追悼」について検討を加えつつ、明仁の言動が「歴史と政治に大きく規定されている」と指摘し、「平成流」の賛美に疑問を投げかけている。渡辺治も、明仁の時代にはそれまでの憲法論における「象徴」や「公的行為」に関する議論が投げ捨てられていることと、今回の「退位法」の過程で皇室典範が有する憲法との背反の問題がすべて議論から外されたことを批判している。渡辺の「別稿」に期待する。次回は、ケネス・ルオフ「国民の天皇」を読む。

(蝙蝠)

【今月のAlert】「天皇代替わり」反対の共同の取組み開始!「終わりにしよう天皇制11 ・26大集会」へ!

この間の話題は、なんといっても国会冒頭解散をはさんでの、希望の党結成から民進党の分裂に至る政局ばなしだっただろう。

それは結果的に良いことだった。改憲と安保法制に反対する旗幟を鮮明にした政治勢力の登場は「安倍か小池か」しか選択肢が示されないかと思われた状況を変えた。枝野も民主党時代に九条改憲案を提示していたかもしれないが、国会前の安保法制反対闘争の高揚を作り出したような人びとの運動が、こういった流動的な状況の規定力になっているのだ--そういった分析に、私もとりたてて異を唱えるつもりはない。けれども民進党の議員の多くが自ら踏み絵を踏んで、もうひとつの改憲政党へとなだれ込んでしまった。希望の党の選挙公約には「憲法九条を含め改正論議を進める。自衛隊の存在を含め時代に合った憲法の在り方を議論する」とあり、小池百合子も記者会見で「憲法の議論から逃げない。むしろ積極的に参加したい」と述べている。日本会議国会議員懇談会の副会長などを務めたこともある経歴からすれば不思議ではないが、関東大震災での朝鮮人虐殺被害者追悼式典への追悼文送付をとりやめた小池は、踏み絵の一つにわざわざ「外国人参政権付与反対」を盛り込んだ。その点では自民党右派と変わらない政治勢力が、もうひとつ大きく登場したとなれば、それはやはり深刻だ。

選挙結果にも左右されるだろうが、九条から始めるかどうかは別にして、改憲の方向はますます加速していくだろう。そのとき、第一章はどうなるのか。おそらく改憲項目としての優先順位は高くないはずだ。もちろん、それが重要でないからではない。他ならぬ天皇の意思に基づく「生前退位」を可能にする特例法が、共産党などの「護憲派」も含めた賛成によって成立してしまうような翼賛国会のもとで、天皇の「公務」の拡大が事実上すでに合意されているからにほかならない。そして天皇「代替わり」の諸儀式は、「国民」にそういう現実への同意を迫るものとなるだろう。

このような状況の中で開始された私たちの「天皇代替わり」反対行動は、明仁天皇制を批判的に総括し、運動化していくために少しでも人に届く言葉と論理とを、どのように編み出していけるのかということにかかっている。天皇制も、天皇制に関する社会的な意識も、三〇年前とは大きく変わってきている。少なくとも大きく変わったというイメージが、「平成流」として広く受け入れられている。

先日ある会議の場で、明仁天皇制批判における「情と理」という話になった。昭和天皇の場合、どうしても戦争のイメージが刻まれていたし、その死が生み出した「自粛」という現実を前に、「理」のみならず「情」の部分においても、一定程度、天皇制に批判的な感覚は社会的に共有されていた。しかし明仁天皇は、もともと天皇制の機能として持っていた民衆の「情」を再組織していくことに意を注ぎ、またそうした演出によって、「国民の天皇」としてのあり方は完成形に近づいた。いまや運動のなかでさえ、明仁天皇の「平和主義」を称揚する声は多い。そうした「情」から距離を置き、あるいは置かれている存在も確実にあるはずだし、こうした「情」を再発見し取り戻す行為は、やはり「理」に支えられるのではないか。運動としてそれを表現し言語化していくことは難しいが、そうしたことも、走りながら考えるしかない。

一一月二六日(日)午後、千駄ヶ谷区民会館においておこなわれる「終わりにしよう天皇制11 ・26 大集会」も、こうした試みのひとつである。この集会は、この間首都圏各地で、さまざまな反天皇制の取組みを重ねてきたグループによる実行委員会の主催だ。二〇一八年「明治一五〇年式典」、天皇「退位」(?)-二〇一九年「改元」、「即位の礼・大嘗祭」と、今後数年は続く総体としての「天皇代替わり」過程に反対していく首都圏レベルの共同した取組みの第一弾として、まずは天皇制に対する私たちのスタンスを公然と宣言するところから始めるべく、こうした集会名称をつけた。
当日は、朝鮮現代史研究者の吉澤文寿さんに、植民地責任をめぐる戦後史と象徴天皇制について講演していただき、憲法学者の横田耕一さんのインタビュー(予定)や天皇弾圧(公安のつきまとい)のビデオ上映、実行委メンバーによるコント(!)各地の報告などを受け、その後原宿から渋谷に向けて夜のデモを行なっていく予定である。ともに論議し、行動していこう!

(北野誉)