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【集会報告】天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4・29行動

二〇一〇年より、四月二八・二九日の両日を連続行動として取り組んできた。今年は二八日が「安倍靖国違憲訴訟・東京」の裁判の結審の日と重なった(「ネットワーク」参照)ために、二九日に、知花昌一さんを招いて「沖縄にとっての天皇制と日米安保「日の丸」焼き捨てから30 年、ゾウの檻から21 年」のサブタイトルで千駄ヶ谷区民会館で集会を行った。

マルクス主義の活動家だった知花さんが浄土真宗の僧侶になり、「革命家親鸞」の思想を軸とした視点から、沖縄の運動、安倍政権、天皇制について、運動体験を通して今の思いを実に味わい深く語ってもらった。

知花さんは複雑な気持ちで、今でも「日の丸」を持っているという。サンフランシスコ講和条約によって日本から切り捨てられ、アメリカの軍事独裁施政権下で、「戦後憲法があり、基本的人権が守られ、経済発展が遂げられる」と復帰を願う青年知花さんや沖縄の人々の熱い思いがその言葉から伝わり感慨深い。後に「日の丸」を焼き捨てながら、片方で捨てることができない、何十年も闘い続けた歴史がそこにある。「安保反対であればそのことを貫き、沖縄と日本の関係をどうするのか。自分たち民衆の力の弱さというものをちゃんと認めながら、もう一度向き合うことが必要だ。そして緩やかに深みのある、余裕のある運動を展開していければいいんじゃないか」と結ばれ、後一〇年は闘っていきたいと話を終えた。

続いて実行委から天野恵一が、サンフランシスコ講和条約締結から始まる象徴天皇制国家成立や、アキヒトの「生前退位」メッセージをめぐる問題について。
象徴天皇制国家をヒロヒトの代で確立し、アキヒトが引き継いでいる構造は歴史的にみれば区別する次元の問題ではなく、連続性のなかで問題を考えていくことが必要だという。運動についても天皇制・沖縄と長い抵抗の歴史の中で地下水脈のように続いている流れを踏まえて、今の状況を考えていかなければいけないだろうと発言。

最後に、基地・軍隊はいらない!4・29 集会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会、安倍靖国違憲訴訟・東京、6・3天皇制いらないデモ実行委員会、「2020年東京オリンピック」おことわり連絡会、共謀罪創設に反対する百人委員会、自由と生存のメーデーの七団体からのアピールを受け、GW初日で賑わう原宿から渋谷まで「天皇制はいらない!」の声を響かせデモを行った。集会参加者一五〇人。

(桃色鰐)

【今月のAlert】「恐怖」と「忖度」の合わせ鏡 安倍政権下の「代替わり」に拒否の声を

天皇主義と国家主義を「国民」に叩き込んでいた明治国家においても、「日の丸」を掲げて騒ぐ風潮が強要されるようになったのは、「帝都」東京ですら少なくとも日清・日露戦争以降であったということを、永井荷風が「花火」の中で苦々しい筆致で叙述している。

徳川末期〜明治の内乱期の死者を「祀る」とされた東京招魂社が、台湾への侵略戦争ののち、対外戦争の死者も「合祀」するとして宗旨転換をなし、靖国神社と改称したのは一八七九年だが、靖国神社が侵略戦争の死者を「祀る」ことをその核心とするのは、おおむね日清・日露戦争以降のことだ。そして、軍人勅諭や教育勅語が徴兵制と教育制度を通じて浸透させられ、神聖不可侵の天皇と軍隊が、内心をも拘束するものとなっていった。

「帝国臣民」がその侵略性と相互監視の抑圧性を決定的に内面化していったのは、幅を短くとってそれから敗戦までの五〇年だが、この時間はヒトにとってどのくらいの長さなのか。東京五輪や日韓闘争、ベトナム反戦や大学闘争の時代から現在までを五〇年と数えると、多少は実感的になるのではないか。天皇制や靖国神社が「伝統」あるものと、多数が妄信するまでの時間は、そんな程度でもある。

四月二八日、安倍靖国参拝違憲訴訟の東京判決がなされた。上は九〇歳代の戦争体験者から、その孫の世代まで、国籍も東アジアの各国からドイツなどに広がった六〇〇名以上の原告団と弁護団により、心うたれる主張が数多く法廷で語られた裁判だった。

これに対して、東京地裁民事六部・岡崎克彦裁判長、田邉実、岩下弘毅裁判官により出された判決は、きわめて悪質なものだった。政教分離、信教の自由、宗教的人格権、思想信条の自由、自由権、人格権、平和的生存権、憲法尊重擁護義務遵守への期待権、在外原告の人格権や、これらに対する憲法判断の必要性について、詳細に述べられた弁論に対して、既存の判例の論拠に踏み込むことなく、外形的な「判例」を単なる「既成事実」として無理強いするものだった。

その悪質さは、しかしまだしも予想の範囲でもあった。真摯な原告団の主張に泥を塗り、私たちの思いを逆なでして怒りに火をつけたのは、原告側が安倍靖国参拝を批判するために甲号証として提出した、安倍による国会答弁・談話や報道を、判決文がべったりと流用し、「これを素直に読んだ者からは、被告安倍が本件参拝によって恒久平和への誓いを立てたものと理解される」と真逆の解釈を示したことだ。あえて侮蔑的な表現をするが、文章もろくに読めず、身内や官僚のフリガナ付きの「作文」を芝居がかった身振りで演じたに過ぎない安倍の、その発言によって、どうして原告たちの個人史と人間性をかけた証言の数々や、学者による重い意見書を否定できるというのか。この判決を弁護団は「安倍忖度判決」として糾弾している。これは、安倍の独裁的な権力行使が、有形無形の圧力により、きわめて歪んだ形で貫徹させられた不正義そのものなのだ。さらにこれは、数々の悪法の国会における強行採決とも、身内の利権拡大にのみ貪婪な安倍らや官僚たちのウラの姿とも、すべて一つながりのものだ。

そのような安倍とその眷属が、経済も理性も著しく衰退している日本社会の中で、米政権と米軍に依存しながら、「ミサイルの恐怖」をメディアで煽りたてる。まだ成立していない「共謀罪」だが、成立後には疑いなく新しい治安維持法として機能することを予期させられる。そして、憲法が自民党草案そのものとして改変される時期も、より早まりそうだ。

天皇代替わりの日程が具体化しつつある。天皇制は、こうした安倍政治にますます密着していくものとして機能するだろう。

昨年一一月二〇日の「天皇制いらないデモ」は、警察と右翼の密接な連係プレイの暴力にさらされたが、現在、六月三日に、これにリベンジするための行動が準備されている。そしてまた、私たちは、この日の行動をきっかけに、天皇制そのものに異議をたたきつける運動を、あらためて構築していきたいと考えている。
もちろん、私たちの力量の限界は心得ているが、だからこそ、全国のさまざまな闘いや、それにかかわる人々の思いを受け止め、これまで弱々しいながらも反天皇制運動を担い続けてきた役割を捉え返し、少しでも広げていきたい。そのために、まずは六月三日と四日の集会の行動に多くの人々が結集してほしいと希う。

(蝙蝠)

【表紙コラム】

一九八七年、沖縄国体でソフト・ボール会場の「日の丸」を焼き捨てて、その強制に抗議した知花昌一。その行為から三〇年を経た今年の四月二九日、私たちは彼の話を聞く集まりを持った。

私は、この集会の準備のプロセスで大阪へ出かける機会があった(それの直接の目的は高浜原発再稼働反対のための関電包囲行動への参加であったが)。かつて関西で知花裁判を支えた友人をまじえて、ワイワイやった。私が沖縄に何度も足をはこぶようになったのは、東京での知花裁判支援がきっかけであった。裁判活動の思い出話ははずんだ。

実は沖縄「国体」の後は、再スタート二巡目の「京都国体」があり、「沖縄日の丸」抗議をステップに広がりだした、反国体行動が「京都」で全国化し、各地から京都へ支援が集まり、反天皇制運動の合宿が国体行動にあわせて持たれた。そこから〈反昭和天皇Xデー〉闘争の全国的な連絡体制がうみだされ、自分たちが予想もできなかった反昭和天皇Xデー闘争の持続的なもりあがりがつくりだされていったのだ。こういうかつての過程が、話の中で思いだされた。

四・二九集会でも知花の現在まで持続している力強い闘いの報告を受けての、主催者サイドの私の発言でも、この点については少しふれたが、そこでキチンといえなかった事を書いておきたい。

私たちの三十年以前の「昭和Xデー」の運動は、天皇国体という違憲の天皇「公務」への闘いの持続(それは「国体」だけではなく「植樹祭」や「皇室外交」もそうである)の蓄積の中からつくり出された広がりであったのだ。私たちは非政治的象徴天皇にもどれなどという運動をしてきたわけではない。象徴天皇の合憲的「国事行為」そのものの政治性をも問題にしつつ、違憲の「公務」の拡大(政治権能の強化= 実質的「元首化」)を運動的に批判し続けてきたのだ。だとすれば、「生前退位」メッセージによる天皇の違憲の「公務」の積極的拡大=実質的元首化(安倍改憲の先取り)への抵抗の大衆化は、自分たちの持続してきた歴史的な象徴天皇制批判の運動の体験と理論の成果をキチンとふまえるべきだ。

ヒロヒト天皇Xデーもアキヒト天皇Xデーも私たちにとっては連続しているはずである。
(天野恵一)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 11号(2017年5月 通巻393号)

今月のAlert ◉「恐怖」と「忖度」の合わせ鏡 安倍政権下の「代替わり」に拒否の声を(蝙蝠)
反天ジャーナル◉たけもりまき、捨てられし猫、北
状況批評◉教育勅語の跋扈(北村小夜)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈84〉◉韓国大統領選挙を背景にした東アジアの情勢について(太田昌国)
ネットワーク◉安倍靖国参拝違憲訴訟、史上最悪の厚顔無恥判決出る(井堀哲)
ネットワーク◉〈11 ・20〉デモ破壊許さず、6・3「帰ってきた天皇制いらないデモ」へ!(井上森)
マスコミじかけの天皇制〈11〉◉「生前退位」と元号(法):〈壊憲天皇明仁〉その9(天野恵一)
【反天連からのよびかけ】03 ◉「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」!? 違憲の法律はいらない! 天皇は憲法違反の象徴!!
野次馬日誌
集会の真相◉ 4・7 天皇静岡訪問反対現地情宣/4・8 おことわリンク連続講座「五輪災害と共謀罪」/4・16 今こそ、排外主義にNO!4・16 ACTION/4・23 「生前退位」と立憲主義/4・29 「日の丸」焼き捨てから30 年
学習会報告◉ 横田喜三郎著『天皇制』(労働文化社、一九四九年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年5月9日発行/B5判20ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会宣言】天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4.29反「昭和の日」行動集会宣言

安倍政権は、2013年に国家安全保障会議設置、特定秘密保護法を制定、2015年には、集団的自衛権行使合憲の解釈のもとで、安保法制(戦争法)を整備した。ここ一月の間でも、「教育勅語」容認の閣議決定がなされ、中学校の教育指導要領の武道に銃剣道が明記された。さらに、国会では、テロ等準備罪(共謀罪)も審議入りした。「戦争をする国」の体制が着々と構築されているのだ。

しかも、「戦争」は、この間の「朝鮮半島危機」を前に、極めて具体的に姿をあらわしつつある。

侵略と植民地支配によるアジア民衆に対する膨大な被害と、国内においても多大な犠牲をともなった戦争・敗戦の結果生み出された平和憲法(戦争放棄、基本的人権、国民主権)は、もはや風前の灯火となっている。

戦争の最高責任者である天皇裕仁は、占領政策の都合により「免責」され、「象徴」となったが、その継承者である天皇明仁は、「生前退位」を国民に直接アピールすることによって、事実上の法改正を要請し、憲法を蹂躙した。それは正に、憲法を壊憲へと導く安倍政権を「象徴」しているともいえる。

日本の軍事化=日米安保体制強化の矢面にあって、しかし、それに非暴力でもって粘り強く抵抗する沖縄民衆の闘いに対して、安倍政権は、ありとあらゆる手段を使って、高江のヘリパッドや辺野古新基地の建設を推進し続ける。

戦前の皇民化政策、戦争末期の「捨て石」作戦、そしてサンフランシスコ講和条約での「切り捨て」と連綿と続く、沖縄に対する構造的差別政策である。

私たちは今日、片面講和条約と日米安保条約の発効が強行され、沖縄が「切り捨て」られた4月28日と一切の植民地支配責任・侵略戦争責任をとることなく死んだ天皇裕仁の誕生日=「昭和の日」(4月29日)に向き合い、集会とデモを持つ。

果たされていない植民地支配責任・侵略戦争責任の追及を継続していくとともに、安倍政権の新たな戦争を準備する態勢づくりに対して断固たる反対の意思表明する。また、そうした政策を推進するための沖縄に対する差別政策に対してもNO!の声を上げる。さらに、「退位特別法」の制定に向けての国会の「自死」ともいうべき議論の放棄を許さず、今後、2020年の東京オリンピック開催までに展開されるであろう「天皇代替わり過程」において予想される、「日の丸・君が代」の強制、学校・地域における動員と差別・排除、ボランティアの「強制」等、さまざまな策動も許さない。

天皇制の植民地支配・侵略戦争の責任を追及する!

現在審議中の共謀罪の成立を断固として許さない!

辺野古の米軍新基地建設強行を許さない!

自衛隊の宮古島、与那国島、石垣島への配備を許さない!

日米安保体制の強化、集団的自衛権の発動を許さない!

天皇の憲法違反の意思遂行を許さない! 明仁天皇に断固抗議する!

国会の「自死」ともいうべき「天皇メッセージ」の容認と議論なき「退位特別法」の成立を許さない!

安倍政権・天皇明仁による壊憲を許さない!

 

2017年4月29日

天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4.29反「昭和の日」行動参加者一同

【反天連からのよびかけ】03 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」!? 違憲の法律はいらない! 天皇は憲法違反の象徴!!

●「国民の理解と共感」というデタラメ!

「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の全体像が見えてきた。法案名が最終的にこれに落ち着いたのは四月二六日。政府がこだわった「今上天皇」や「天皇陛下」が削除され、付則が「皇室典範の特例として天皇の退位について定める特例法は皇室典範と一体を成す」と修正されることで、「一代限り」の意味を緩和したことによるという。以下でその概要を見てみよう。

一条には、天皇が被災地訪問などについて、高齢を理由に、今後これらの活動を自ら続けることが困難となることを「深く案じておられる」との事情を記し、その「お気持ち」への「国民の理解と共感」により、退位を成立させるといったことが盛りこまれるという。

天皇の勝手な事情から「国民」が天皇の退位希望を忖度し、「国民の理解と共感」によって退位とする?

こんな条文から始まる法律自体が許しがたい。まずもって、憲法はこのような「象徴」と「国民」の関係のあり方を認めてはいない。また、私たちは「理解と共感」などしていないし、それを求められてもいない。何よりも、退位を決めた主体・責任者は一体どこにあるというのか。

そしてこの一文によって、天皇の意向で法改正(「特例法」)に至った経緯=天皇の国政関与という憲法違反を帳消しにするというのだから、その稚拙な隠蔽工作も含め、天皇と政府による立憲主義破壊は甚だしい。私たちは、天皇の「退位」の意向表明は「皇室典範」改正の要求を意味し、天皇が国政に関与することを禁止する憲法に違反していることを訴えてきた。このことは、少なくない人びとによっても指摘されている。第一条は、こういった天皇の違憲行為を指摘し抗議する声を封印し、「国民の理解と共感」という虚妄あるいは妄想で正当化しようとする詐欺のような条文である。そのうえ、政府関係者には「天皇の意思ではなく、国民の理解と共感に基づくなら、退位可能という先例になる」と指摘するものもあるという。天皇の意思を忖度する、虚構の「国民の理解と共感」を、今後も勝手な政治のエクスキューズに使おうというのだ。

●身分差別と天皇の違憲行為

特例法二条以下の概略は以下のとおり。

第二条「天皇が退位し、皇位継承順位第一位の皇嗣(皇太子)が直ちに即位する」旨を明記。

第三条、退位後の天皇を「上皇」、皇后を「上皇后」と定める。敬称はいずれも「陛下」とする。

「上皇」は「太上天皇」の略称だが、「太上」は無上、至上を意味し、天皇と上下関係が出てしまうので「上皇」で収めるという。天皇を至上とするヒエラルヒーが、ここで再確認される。

以下は、法案を構成する内容として、いま明らかになっている項目だ。

・「上皇家」を補佐する機関として「上皇職」を新たに設ける。
・「皇統譜」に新しい称号となる「上皇」「上皇后」を登録する。
・上皇が逝去した際は天皇と同じ「大喪の礼」を行う。
・上皇、上皇后は天皇、皇后と同じ「陵」に埋葬。
・上皇は皇位継承や摂政の対象とならず、皇室会議の議員にならない。
・養子をとれず皇籍離脱をできない。
・退位の日付にあたる特例法の施行日は、首相が皇室会議で意見を聴いた上で公布から三年を超えない範囲で政令で定める。

退位後の天皇・皇后については、最高権威となる新天皇に配慮しつつ、しかし退位後も「降格」イメージとならないような呼称・敬称が選ばれた。そして、同じ理由で、死亡すれば「大喪の礼」、墓は「陵」。また、皇族では持てない補佐機関も「上皇職」と名を変えて持ちつづける。要するに退位しても単なる皇族扱い、ましてや「ただの人」ではないのだ。報道によれば、予算も内廷費対象というから格別である。天皇はやめてもほぼ同じ待遇・身分であれば、天皇が二人いるのと同じではないか。

さらに、退位後の天皇・皇后、新天皇、そして後述する秋篠宮の待遇については、居住場所の変更にともなう経費、「身分相応」の予算、補佐機関の再編など、それに伴う財政的な変更・取り決めも必要になってくる。いまは取りざたされていない皇室経済法の変更も俎上にあがってくるに違いない。

社会保障・セーフティネットの格下げを余儀なくされているこの社会で、特権階級は庶民感覚では想像もできないほどの税金を使って世代交代を行う。
この身分制度を象徴として残し続ける根拠は、憲法の天皇条項にしかないが、その憲法をすら踏みにじる天皇と政府。
このような天皇制を日本の伝統・文化と呼び、制度として残すことは、道義的にも制度的にも間違っている。

●めざされる格差是認社会

天皇退位・新天皇即位後、皇太子不在の事態となる。「皇位」継承者は皇太子の弟・秋篠宮、その次がその息子の悠仁と控えており、「皇太子不在」そのものは制度的に大きな問題とはならない。政府は、次なる継承者である秋篠宮の呼称として、候補に上がっていた皇太子や皇太弟はつかわず、「秋篠宮家」を存続させる方向だ。しかし、公式な場で使うための呼称を新たに定め、「皇嗣」、敬称を「殿下」として、皇太子待遇に「格上げ」する方向で調整に入っているという。秋篠宮が次の天皇となる身分にあることを明確に示すためであることも明らかにされている。英訳は「Crown Prince」。すなわち皇太子である。「他の皇族よりも格が上であると明確にする必要がある」というから、あからさまな話だ。

予算も皇太子待遇だ。これまでなかった秋篠宮家の補佐機関を「皇嗣職」として設けることも検討が始まり、そのための予算もつけられる。そういった関連予算の引き上げは、「皇族費」の増額で対応するという。皇室の構成はより差別化が図られ、身分によって呼称・敬称・予算が違うことを明確にし、法律で定める。
これがいま進められている「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の実体である。また、この一連の事態をめぐる報道によって、格差・身分社会を容認させる空気が醸成されている現実も、見逃せない。

●法案の上程と成立を許さず、抗議の声を!

結局、この天皇の代替わりとは、皇室内部の身分を再編し、「格の高い」身分を増やし、庶民のなけなしの税金が湯水のように使われる、という話だ。

こういったことのすべてが、天皇による「生前退位」の意向表明から始まり、天皇の意思を「忖度」する議会や「有識者・専門家」たちによって、政治的な水面下の動きとも絡み合いながら、進められてきた結果だ。私たちがいま目にしていることは、憲法も民主主義も当たり前のように踏みにじられている現実である。

政府は五月二〇日前後にはこの特例法案を上程し、今国会中に「全会一致で成立」させたい考えであるという。そして、天皇「退位」と新天皇「即位」は二〇一八年一二月中に、「改元」は一九年元旦に、という方向で検討に入っているという。「国民の理解と共感」を全面に出しながら、「国民」にひろく意見を聴くことなど一度たりともなく、国会審議すらまとも行わなおうとしない。ただ「早期成立をめざす」という。天皇課題をめぐり、国会で議論する事自体を「不敬」とするこの国の「常識」が、問答無用でこの事態を動かしているのだ。

天皇(制)が抱える、これから始まるだろう「安定的皇位継承」という問題もまだ残っている。このことについても、私たちは今後、声を上げていきたい。天皇の、「皇室典範」改正を自らの意志で迫る、あるいは、天皇制の「未来像」を、天皇主導で確定していこうとする、象徴天皇制として明確な違憲行為。そのことによって、議会・言論界が動くこの社会の非民主主義的なありよう。そのすべてに批判の声を! こんな天皇制はいらない、の声を上げていこう!

2017年4月28日

反天皇制運動連絡会

【学習会報告】天野恵一責任編集『インパクション臨時増刊天皇Xデー状況を撃ち返せ!』(インパクト出版会、一九八八年)

今回のテキストは、ヒロヒト「Xデー」状況の中で書かれた諸論文、八〇年代国際化や情報化が進む中で天皇制がせり出す中、反天連の天野さんが交わしてきた対論集、そして「Xデー」状況で出された各種団体の声明文等の三部構成となっている。

すでに八〇年代の反天皇制運動では、非政治性や非宗教性を建前としながら政治力を貫徹している象徴天皇制への分析視角が、アキヒト天皇制へのそれとしても有効なものとして、かなり出そろっていることが読みとれる。もちろん、ヒロヒト時代の批判だから、その後のアキヒト天皇制の展開は予想を超えたものとして限界はあるものの、それはやむをえまい。決してヒロヒトでは成しえなかった「天皇制の最高形態」が、アキヒト天皇制で追求され、完成されてきたということでもあるだろう。

学習会では、当時の分析から「Xデー」後の展開も踏まえ、今の状況をどのように捉えるか、論者に改めて聞きたいという意見が出された。

対論では、天野さんは天皇制の政治力を正面に据えて問題を立ててきた経緯を、対論者は日常の中における天皇制との関わりを契機とした関心へのこだわりを語るのだが、議論の中で両者の認識が共有されていく様子がわかり、興味深かった。また、対論だからこそ、「Xデー」状況の「自粛」がマスコミ報道の過熱の下で勢いよく拡大し、直接的な右翼の暴力がなくとも身近な関係の人々が「自粛」へと呑み込まれていく当時の社会の雰囲気がよりつかめるものとなっている。一方で、全国各地で噴出する「自粛」ムードへの疑問や批判は、それまでの象徴天皇制に反対する具体的な論理と運動があったからこそ、より一層の拡がりと高揚をつくり出せたのは間違いない。いずれにせよ、アキヒトは父の「Xデー」から、多くのことを学んだことは確かだ。私たちは、ヒロヒト「Xデー」に対する闘いの中から、何を学び、準備していくのか。議論していきたい。

次回のテキストは、最高裁長官を務めた国際法学者、横田喜三郎の『天皇制』。四月二五日七時から。

(川合浩二)

【書評】『一からわかる共謀罪:話し合うことが罪になる

三月二一日、政府は「共謀罪」(組織的犯罪処罰法改正案)を閣議決定した。
四月中に法案の審議に入り、通常国会での成立を目指すという。

共謀罪は、「国内における立法事実はない」けれども、「国連越境組織犯罪防止条約」を批准するために必要であるとして、二〇〇三年以降三度にわたり国会に提出されたが、それが市民運動や労働運動に適用され、思想や内心を処罰するものだという強い批判で、廃案となったものだ。今回は、二〇二〇年の東京オリンピックに対する「テロ対策」が口実として前面に出ているのが特徴である。四度目の法案提出の動きが具体化する中で、「『秘密保護法』廃止へ!実行委員会」「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」「盗聴法廃止ネットワーク」の三団体によって編集発行されたのがこのパンフだ。共謀罪の解説だけでなく、スノーデン、監視カメラ、GPS、共通番号などに関するコラムも入っていて、読み応えがある。

共謀罪について二本の文章を書いている海渡雄一弁護士は、周知の通り、日弁連の中心メンバーとして共謀罪反対運動を牽引してきた人である。この間も、共謀罪関係の本(『「共謀罪」なんていらない!:これってホントに「テロ対策」』共編、合同出版、『新共謀罪の恐怖』共著、緑風出版)などを立て続けに出している。

詳しくは本パンフを直接読んでいただきたいが、原則として既遂行為のみを処罰し、一部の重大犯罪に関してのみ「例外的に」認められていた共謀を処罰できるようにしていること(対象犯罪は二〇〇六年段階で六一九件、今回の閣議決定では二七七件)が、刑法体系それ自体の転換であること、いわゆる「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」が対象で、「一般市民は対象にならない」と政府は説明するが、通常の団体が組織的犯罪集団に「一変」した場合にはその対象になるとしていること、組織犯罪とか共謀とかの認定が捜査機関によって恣意的になされること、(事前監視を必須とするところから)盗聴が共謀罪立証の手段として拡大されること、そしてこの法案が戦争法と一体のものであることなど、その危険性が明確に指摘されている。治安維持法との比較で、それが「国体(天皇制)の変革、私有財産否認という目的の限定」があったのに比べて、共謀罪は羅列された「犯罪を目的とする団体であればよく、拡大解釈の余地がより大きいともいえます」という指摘は重要だろう。

少しだけひっかかりを感じるのは、「共謀罪をつくらなくても『国連越境組織犯罪防止条約』は批准できます」という部分。日本は国連のすべてのテロ対策防止条約を批准し、国内法を制定しているので、政府が主張する「条約批准のため不可欠」という言い方は成り立たない、と主張している。また、すでに「合計71 の非常に重大な犯罪については、未遂以前の行為の処罰を可能とする制度が整っていると言えるのです」という表現もある。もちろん、その指摘は正しく、さまざまな口実を設けて悪法を強行しようとする政府に対して鋭く迫る論理であろう。このパンフでも、それらすでに「整備」された法制度を評価しているわけでは全くない。ただ、「テロ」なる言葉がマジックワードとして拡大することへの警戒だけは常に意識しておきたい。

すでに私たちは、権力による法の無視と恣意的な運用をさんざん見てきた。安倍政権の憲法無視の姿勢は如実だが、警察による弾圧という面から見ても、デモや争議などの弾圧でよく聞く傷害とか強要、建造物侵入・損壊、有印私文書偽造や免状不実記載などの文書弾圧、最近ではレンタカーをみんなで割り勘にしたことを「白タク」行為、労組の名前で会議室を借りたことが詐欺罪にされるなど、一般犯罪が機能的治安法として適用される例は後を絶たない(パンフに資料として掲げられている対象犯罪のリストには「御璽等偽造」という罪名があった。いま確認できないが、これ、「天皇踏み絵ビラ」でやられたやつではなかったか?)。それらがすべて、今回対象犯罪になっているわけではないようだが、「共謀」があったと認定されるだけでこれを犯罪化し、事前の捜査が可能になるとすれば、それは警察権力に弾圧のための一層の道具を与えることしか意味しない。

警察や検察の違法捜査を「是正」するためと称して、一部可視化と引き替えに盗聴対象犯罪を拡大し、司法取引制導入など「新捜査手法」を盛りこんだ刑訴法「改正」法案も昨年五月にすでに成立している。共謀罪とセットでこれらもより「有効」なものとなるだろう。警察国家・監視社会はおことわりだ!

●二〇一七年一月発行/頒価200円/入手方法などの連絡は日本消費者連盟(e-mail: office.j@nishoren.net )まで。

(北野誉)

【書評】『歴史は墨でぬりつぶせない:アジアの歴史と女性の人権』『〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』

二〇一五年一二月二八日、日韓外相会談が突然に発表され、日本政府と韓国政府により、「慰安婦」問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したとされた。

この政府間「合意」が、国家の犯罪に対する責任を明らかにして当事者への謝罪を行なうものではないことは、当初から明白だった。そもそも安倍らは、一貫して日本が侵略戦争をしたという事実も、性奴隷制の事実も、これに関する国家の責任も否定してきた。不十分ながらではあれ、これらへの国家関与の責任を認める方向を打ち出した河野談話や村山談話などすら否定し、「自虐史観」であると宣伝して唾を吐きかけてきたのは、日本会議をはじめとする、政界・財界・宗教や学界などのグループであり、九〇年代後半以降、安倍らはこうした勢力の代表としてふるまってきたのだ。

そしてもちろんこの政府間「合意」の後にも、安倍は国会などの場における公式の謝罪を拒み、安倍の思想を汲む議員やその周辺からは「慰安婦は職業的売春婦だ」などとして、彼女らを侮辱し「合意」が空文であることを示した。形式的に国家間の共同的な確認であるからといって「合意」なるものが重い意味を持つはずもない。また、これがそもそも米国の東アジア戦略に基づいた日韓政治の「調整」でしかなかったこともはじめから自明だった。「合意」は、むしろ「最終的かつ不可逆的に解決」したという国際的な虚偽のための「免罪符」としてこそ機能したのだ。これに対しては、国連女性差別撤廃委員会などの人権機関からも強い批判がなされている。

中原道子の「歴史は墨でぬりつぶせない:アジアの歴史と女性の人権」は、「河野談話」以降に、これを単なる政治家の認識の表明にとどまらせず、実質のあるものとさせるべく積み上げられてきた、主として民間の各団体や歴史家らによる事実の確定作業や、司法や行政に対する働きかけの努力と成果などを具体的に示している。さらに、こうした日韓における共同的な作業に対し、安倍や橋下らのような極右政治家がどのような対応をしてきたかについても、年表により時系列で振り返っている。この本は、決して大部のものではないが、「戦後七〇年」を機に、さらに進められようとした歴史修正主義に対抗する重要な橋頭保となったものでもある。

朴槿恵の失脚により、さきに触れたような日韓政府間「合意」も、その「効力」を喪失していくだろう。したがって、私たちは、この問題を本来あるべき位置に置きなおし、被害の当事者の声に寄り添う立場から考えていかなければならない。この本は、戦争犯罪がどれほど深く人間を傷つけるものであるのか、それを糺していくための作業がどれほど困難であり、また、だからこそ価値のあるものであるかということを示しており、今だからこそ、あらためて読まれるべきものだ。

韓国の芸術家キム・ソギョン、キム・ウンソンによる〈平和の少女像〉は、韓国で一九九二年からずっと続いてきた「水曜デモ」の一〇〇〇回を記念して、二〇一一年にソウル日本大使館前に建立されたことにより、その闘いのシンボルとして大きい意味を持つことになった。いま右派にとって「日韓合意」とは、この少女像を撤去させる「合意」であるとまで認識されているとも言えよう。

しかし、こうしたモニュメントが重要な「意味」を持ってきたのはなぜか。それは何よりも、日韓の政府、とりわけ日本政府が、軍隊の犯罪を隠蔽し、被害者の声を圧殺し侮蔑を浴びせ続けてきたことによるものだ。彼らは、時とともに被害者がすべてこの世を去り、告発の声が発せられなくなることのみを望んできた。
だから、いつまでもそこにあり続ける〈平和の少女像〉が、黙しながらなお問うている歴史事実に怯え、敵視するのだ。

「Fight for Justice 」のスタッフによって制作されたこの本は、国際的に設置が広がる「少女像」の意味ばかりでなく、各国に存在する「戦争記念碑」のもたらす役割をも厳しく指弾するものでもある。そして、少女像に対するさまざまな「批判」にも、反植民地主義、民族主義、女性差別など、いくつもの問題意識から反批判がなされている。〈平和の少女像〉のもたらすものが、すでに「シンボル」を超えたものとなっていることを、この本は強く感じさせてくれる。

●中原道子『歴史は墨でぬりつぶせない:アジアの歴史と女性の人権』(発行:スペース伽耶/発売:星雲社/定価: 本体1200円)
●日本軍「慰安婦」問題Web サイト制作委員会・編 岡本有佳・金富子責任編集『増補改訂版〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』(発売: 世織書房定価: 本体1000円)
http://fightforjustice.info

(蝙蝠)

【今月のAlert】ここまできた「翼賛国会」を許すまじ、そしてまずは4.29行動へ!

またしても、疾風怒濤の一ヶ月が過ぎた。深刻かつ緊急を要する課題が私たちの頭上を猛スピードで駆け巡る。沖縄への米軍基地押しつけ問題、共謀罪、原発、オリンピック、森友学園等々、具体例は出し尽くせない。そして、目をそらせばそれらは大きな波の中に埋もれてしまい、見なくてすむかのごとき錯覚を作り出す。間違いなくその大波は私たちを襲ってくるのだが。

当然、その怒濤には天皇の「退位」をめぐる問題も含まれている。ただ、その深刻さ・緊急性の高さに比し、直接的な被害・加害、あるいは社会的弊害は極端に見えづらいものとしてあり、天皇制を問題であると捉える人びとは少なく、むしろ無関心的容認派が圧倒的なマジョリティとしてある。私たちは、さまざまな課題にゆさぶられ、社会が根底から崩されつつあるいまの事態に、私たちの役回りとして、これまでどおり天皇制の問題を訴えていかねばと改めて思う。

天皇の「退位」については、一月の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」論点整理が示した「一代限りの特例法」を下敷きに、衆参両院正副議長が「議論のとりまとめ」で各党・各会派との調整と修正を重ね、三月一七日、与野党がそれに合意、三月二二日には有識者会議の四人の専門家へのヒアリングと続いた。「とりまとめ」では大枠の形が出され、さらなる「天皇の意向」や宮内庁主導で動く事態も見えてきている。また、「退位問題」をめぐる言説が、天皇制をより差別的・権威的なものに再定義するという、お馴染みの事態も生じている。

特例法の名称は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」。民進党をはじめ、「恒久法」を求めていた党・会派を合意させたのは、典範の付則案として出された「天皇の退位について定める『天皇の退位等に関する皇室典範特例法』は、この法律と一体をなすものである」の一文だ。報道によれば、「天皇の退位」ではなく、「『今上天皇の退位』として、今の天皇だけというニュアンスを強めたい」と主張していた安倍の妥協の結果という。これで、「一代限り」だが「将来の天皇が退位する際の先例」になるということらしい。苦し紛れの「苦心の『総意』」ということだ。

「恒久法」派で粘った民進党に「とりまとめ」合意に向かわせたカギはもう一つある。「【安定的な皇位継承】政府は女性宮家創設等を検討する」の一項目だ。
二〇一二年末の民主党政権下の「女性宮家」創設騒動は記憶に新しい。実は民進党への「配慮」による修正はほかにもある。「特例法」に、退位に至る事情の一つとして天皇の「お気持ち」を明記するというのだ。「恒久法」を主張する派は、もともと天皇の意向を忖度する政治を是とするからこその「恒久法」派なのだが、これが極右安倍政権に対する圧倒的マジョリティであることの問題は深刻この上ない。民進党の野田幹事長は「特例法」を「事実上の第二皇室典範」と喜び、翼賛国会は続く。「国民の総意」は無視。

細々としたことについても案は出そろいつつある。天皇の退位後の呼称は「太上天皇」の略称とされる「上皇」案が優勢。敬称は「陛下」。葬儀は「大喪」。墓は「陵」。補佐機関を「院宮職」(「院宮」は退位後の天皇を表す)。「品位が保たれる額」の経費確保。すべて「格下げ」にはできない、という理由だ。秋篠宮は「皇太弟」か「皇太子」案と「秋篠宮」踏襲の政府案、待遇は皇太子と同等。天皇は、退位後の公的活動を退く意向を表明。懸念されていた「二重象徴」をこれで回避するという。住居は退位後は現在の「東宮御所」で調整。新天皇は「御所」、秋篠宮は現在の「宮邸」を増改築など、宮内庁が検討しているという。憲法も法律も国家予算も、天皇の「意向」一つで簡単に変えられるという「先例」が作られ、それが新しい天皇制として認識され始めている事態となっている。

最後に「女性宮家」について少しだけ。伝統主義右派は「女性宮家」反対の理由として「女系天皇に道を開く」と言ってきたが、そのことは私たちも知っておくべきであろう。「女性宮家」に男子が産まれた場合どうするのか、さらに差別的な規定をつくって一族から排除するか、皇位継承者の一人とするのかという問題がすぐに生じるわけだ。あるいは、女性宮家に入る男(「民間人」)はいるのか?その待遇は?ウンザリする話ばかりだ。こんな制度はさっさとやめるしかあるまい。

このようななか、私たちは、4・28 -29 行動として四月二九日に集会とデモを準備中である。沖縄から知花昌一さんをお招きし、「日の丸」焼き捨てから三〇年、「沖縄にとっての天皇制と日米安保」について語っていただく。

天皇制の問題は広くて大きい。一つひとつ自分たちの課題として提示していきたい。多くのご参加を!

(桜井大子)