反天皇制運動連絡会 のすべての投稿

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 15号(2017年9月 通巻397号)

今月のAlert ◉天皇代替わりへの取り組みを開始する11 月行動に向けた議論を!(蝙蝠)
反天ジャーナル◉トメ吉、はじき豆、山城さんもお薦め
状況批評◉「ヤマザキ、天皇を撃て!」奥崎謙三の「憲法第一章無効論」再考 (田中利幸)
ネットワーク◉二〇二〇年オリンピック災害はおことわり!(宮崎俊郎)
書評◉『福島原発事故から6年「復興」の名の下に切り捨てられる人々』(平井由美子)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈88〉◉過去・現在の世界的な文脈の中に東アジア危機を置く(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈15〉◉「先の戦争」の何がどのように「深く」、「反省」されているというのか:〈壊憲天皇明仁〉その13(天野恵一)
野次馬日誌
学習会報告◉ 茶谷誠一『象徴天皇制の成立:昭和天皇と宮中の「葛藤」』(NHKBooks 、二〇一七年)
集会の真相◉ 8・11 天皇制と戦争:アキヒトにも責任はある!+8・15 反「靖国」デモ/8・12 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動/8・13 「お気持ち」なんか知らない 忖度しない集会・デモ(つくば)/8・25 警視庁機動隊の沖縄への派遣は違法住民訴訟大集会/9・2 日生前退位、何が問題か「天皇代替わり・憲法・政教分離・これから」神奈川集会
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年9月12日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会宣言】8・15 集会宣言

明仁天皇の「生前退位」の意向表明にはじまり、テレビ画面を通じた天皇の「玉音放送」から1年。談合による「翼賛国会」によって天皇の「退位特例法」が成立させられ、来年末の天皇退位・2019年中の「即位礼・大嘗祭」と続く「天皇代替わり」過程が、本格的に開始されている。

「退位特例法」はその条文で天皇明仁の「公務」を初めて明記し、「国民は、……天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感している」と宣言した。これは、天皇と「国民」とは「君民一致」で結びついているということの、公然たる宣言だ。

天皇の憲法違反は許されない。天皇の「公務」自体はいらない。天皇制そのものが廃止されなければならない。こういった声は決して多数派のものではないとはいえ、この1年間にも、各地で、天皇制に反対するさまざまな取組みが重ねられてきた。

安保法案に続き、共謀罪を強行成立させた安倍政権は、その勢いを駆って9条を突破口にした2020年までの改憲に向け、今年中の改憲案提出を明言した。
この間の支持率急落によってそれは一定の見直しを余儀なくされているようだが、来年の「明治150年式典」、天皇「代替わり儀式」、そして東京オリンピックに向かうなかで、「戦後」という時代の「転換」を図ろうとするのは、すでに既定の路線だろう。

中国や朝鮮の脅威を煽り、沖縄を日米の前線基地とし、大量の機動隊を連日投入して暴力的に新基地建設を推し進める政府の姿勢に変化はない。

日米同盟を基軸とした戦争国家の進展において、戦争の死者を国家が「追悼」することで、国のために死ぬことを尊いものとするイデオロギーは、強化されざるを得ない。本日、天皇出席のもと九段で行なわれている「全国戦没者追悼式」は、戦争の死者を戦後日本の「平和と繁栄」のための「尊い犠牲」として称えることで、人びとを死に追いやった日本国家の責任を解除する欺瞞的な儀式だ。
そして靖国神社は、政府機関の援助を戦後も受け続けながら、より露骨にかつての戦争を「聖戦」として賛美し、首相のみならず天皇の参拝によって、「英霊」を顕彰しようとする政治的施設である。

われわれは、本日の行動をステップとして、この秋から来年、再来年と続いていく「天皇の季節」を拒否するための行動を続けていくことを、ここに宣言する。

2018年8月15日

「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う 8・15 反「靖国」行動 参加者一同

【連帯アピール】許すな!靖国国営化 8.15東京集会

第44回 許すな!靖国国営化 8.15東京集会に参加された皆さん

今年も、本日午後から、同じ在日本韓国YMCAを出発点として九段へのデモに取り組む、反「靖国」行動実行委員会より、皆さんに対する連帯のアピールを送ります。

私たちは、国会内での談合による「翼賛国会」によって天皇の「退位特例法」が成立し、来年末の天皇退位・2019年中の即位礼・大嘗祭と続く「天皇代替わり」過程の本格的な開始を迎え、「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8・15反「靖国」行動として、すでに8月11日に討論集会をおこない、本日の行動に取り組もうとしています。

「退位特例法」はその条文に天皇明仁の「公務」を初めて明記し、「国民は、……天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感している」と宣言しています。これは天皇と「国民」とは、憲法上の法的な関係であるよりも前に、「情」において結びついているという、「君民一致」の「国柄」であることを宣言したに等しいものです。

安倍政権による改憲の動きは、この間の支持率急落などに伴い、一定程度の見直しを余儀なくされているようですが、天皇条項については、すでに明仁天皇のリーダーシップによって解釈改憲されています。

すでに各地で、「天皇代替わり」に反対するさまざまな取組みがはじまっています。本日も、各地で集会が行われています。私たちも東京で、皆さんとともに、靖国・天皇制問題を訴えていく声を上げていきます。ともにがんばりましょう。

2017年8月15日

「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8・15反「靖国」行動

【学習会報告】平井啓之『ある戦後:わだつみ大学教師の四十年』(筑摩書房、一九八三年)

平井啓之『ある戦後:わだつみ大学教師の四十年』は一九八三年一二月に筑摩書房から刊行された。

私は刊行された直後に、『日本読書新聞』に書評を書いている。それは、「反天連」づくりがスタートしている時点であり、そこに収められている天皇制(というよりヒロヒト天皇)批判の鋭い言葉に強烈に共感した。そして、その書評も一つの契機となり、著者とのかなり親密な交流が、さらに平井さんの長い活動の場所であった「わだつみ会」との「昭和天皇代替わり」の状況下での、ささやかな交流がうみだされていった。〈天皇(制)の戦争責任・戦後責任〉という、反天皇制運動の普遍的なテーマ。それを戦後の象徴天皇制下で自分たちの問題として私たちが深く自覚していくプロセスと、その交流は重なっていた。

「平成天皇代替わり」状況下の今、この本をテキストとして再読したのは、一つは、この間この学習会で一貫して問題にしている天皇の「人間宣言」なるものを、どう読むかが頭にあってのこと。

アキヒトの「生前退位希望のメッセージ」をマスコミは第二の「人間宣言」として、持ちあげ続けた。しかし、大日本帝国憲法下、「現人神」の主権者を自称していたヒロヒト天皇が、敗戦後、占領下で、自分の「神格」性を否定し、「象徴」におさまるために発した「人間宣言」。それがそう呼ばれた理由は、表面的には理解できるが、はじめから「象徴= 人間」天皇としてスタートしているはずのアキヒト天皇が、新たに「人間宣言」というのは、いかにも奇妙。これは、ヒロヒト天皇の「人間宣言」なるものが、実はどういう政治的ペテンと欺瞞の産物であったかをこそあらためてグロテスクに表現しているのではないか。天皇を「人間」と視ようとすれば「人間」と視え、「神」として視ようとすれば「神」であるという日本の民衆の〈自己欺瞞の意識〉にメスを入れて、この〈人間宣言〉をスンナリ受け入れた無責任と欺瞞との民衆意識を問いなおす平井の問いは、この状況下でこそ生きている。
渡辺清の天皇ヒロヒトへの怒りへの深い共感をこめた論文を含めて、平井の天皇制批判を、あらためてこの状況下で読みなおせてよかった。

ヒロヒト天皇個人への「古くさい」怒りの論文は、この「新しい」状況下で、まったく「古く」なっていない。

次回は八月二九日、テキストは茶谷誠一著『象徴天皇制の成立』(NHKブックス)

(天野恵一)

【今月のAlert】安倍はヤメロ!天皇制いらない!のデッカイ声を!

ここにきてやっと安倍政権支持率が急落し、三〇パーセントを切ったという。そしてすべての疑惑を放り投げたままの内閣改造。八月二日には新閣僚が発表された。さすがに第二次安倍政権発足時のような、「お友だち」で埋め尽くす人事はできなかったようだが、これですべての疑惑をうやむやにし、安倍は生き延びるつもりなのだろうか。

安倍が追い詰められているのは、直接的には次々と出てくる疑惑・スキャンダル問題が大きいとはいえ、これまでの無茶苦茶な国会のありようの結果でもあり、粘り強い「安倍ヤメロ!」の声の結果でもある。だから、内閣改造ごときで生き延びさせるわけにはいかないのだ。
国会内外からの追及の手をいまこそ強めていくしかない。さらなる大きな声をあげていこう。

その安倍政権が短期間でつくりだした数々の悪法は、安倍内閣の行方とは無関係にすでに動きはじめている。反天皇制の運動に直接関わる天皇の「退位特例法」も同様で、すでに七月二八日には、退位・即位・改元に向けたスケジュールについて想定される日程が公表された。
二〇一八年一二月下旬に退位・即位し一九年一月一日改元、一九年三月末に退位し四月一日即位・改元という二案だ。

政府は「国民生活への影響」を最小限に抑えるためとして前者を、宮内庁側は年末年始は「重要な皇室行事(祭祀)」が相次ぐので後者を推しているという。天皇制にも元号にも反対する私たちは、どちらにも与することはできない話である。ただハッキリ言えることは、少なくとも法律に基づく改元の時期等に関する政治的なスケジュールについて、天皇家の私的な行事である祭祀を理由に、天皇側が政府の方針に口を出すという事態のおかしさである。憲法二〇条の政教分離の原則にも、政治に関与してはならないという憲法四条にも触れるはずだ。なによりも、天皇一人の都合ではなく、一億二七〇〇万の「国民」の都合が先なんじゃないのか?その「国民」もいまでは天皇への「敬愛・理解・共感」が法律で定められてしまっているのだが。さすがにここまでくれば多くの人の目にも、これまでよりは「非国民」が素敵に見えてくるのではないかとさえ思う。

このかんの「天皇退位特例法」制定をめぐって天皇の不満の声が漏れ聞こえてきているが、少なくとも一年前のビデオメッセージで語った天皇の意思は天皇にとって理想的な形で法律に反映されている。憲法第六条・七条で厳しく規定されている行為以外の、いわゆる「象徴行為」「公務」と呼ばれてきたものを法律レベルで認めさせ、「国民」の「敬愛・理解・共感」までも法律で取りつけ、天皇の意思とこの「国民の理解」云々で、次期天皇の生前退位も可能とさせる余地すら作り出させた。不満などあるはずもなかろうと思うのだ。不満どころか抗議すべきは私たちの方である。

この天皇の不満話については、小堀桂一郎らが、天皇が強い不満を漏らしていたという『毎日新聞』の記事をめぐり、天皇の発言を記者に漏洩したなどとして氏名不詳の宮内庁幹部職員と毎日新聞社の社長、記者に対する国家公務員法違反(秘密漏洩)罪の告発状を東京地検特捜部に提出した、という。天皇の発言は「重大な秘密として厳重に秘匿すべき法律上の義務があるのというのだ。

伝統主義的右派の立場で、何をどのように問題にしていいのかわからなくなっているのではないかと思える告発について、ここで言及するつもりはない。ただ、今の事態を批判的に評する意見として、このようなウルトラ右翼の見当違いな告発くらいしか表に出さないメディア状況、言論状況は深刻な事態なのだ。天皇の違憲行為、それを忖度する国会の意見状況を批判する私たちの、たとえば天皇個人および国会議員に出した「8・15 行動準備会」による二種類の抗議文については、まったくなきものとされた。私たちはメディア各社に抗議文およびその提出について事前に案内を出しているにもかかわらず、まったく無視されたことは、繰り返し伝えておきたい。

明仁のビデオメッセージから一年。このかんに私たちが見てきたことは、こういった伝統主義右翼も、リベラルを標榜する層も、国会、メディア、市民社会全体が、それぞれの立場で天皇を忖度したてまつる情景だった。この社会の低すぎる民主主義の底上げのためにも、このかんの天皇問題を外しては考えることはできない。一足飛びは無理だが、一歩ずつめげずに進んでいくしかない。

まずは8・11 集会、8・15 デモへ!

(大子)

【表紙コラム】

先日、福岡で開かれた「政教分離訴訟全国交流会」に参加してきた。今回で30回、すなわち、中曽根の靖国「公式参拝」への訴訟以来、毎年行われてきたもの。私は去年、東京で行われたときが初参加だったが、さすがに長年、このテーマで活動を重ねてきた人たちの集まりなので、充実した議論に、さまざまな刺激を得た。

今回とくに、2019年におこなわれるであろう「即位・大嘗祭」に関して、「政教分離訴訟」という枠組みで何ができるかに議論が集中した。前回の「代替わり」でも「即・大違憲訴訟」が、1700名もの原告を集めて闘われたが、今回ももちろん、何らかの行動を起こすことは前提。ただそこで、「大嘗祭」は明らかに政教分離違反だが、「即位の礼」は必ずしもそうではなく、「国民主権」原則違反としての色合いが強いので、政教分離違反の訴訟という点では分けて考えるべきではないかという意見が出て、いろいろと議論になった。

前回の訴訟では、「即位の礼」の儀式についても神道色の強いものがあり、それが政教分離に抵触する可能性があることが裁判所で判断されている、その意味でも機械的に分けられないという弁護士の発言もあり、実にそのとおりだと思った。憲法的には、「政教分離違反=『国民』主権原則違反」でなければならないな、と。同時に私は、そもそも天皇制自体が神道儀礼と切り離して存在することはできず、またそれは「非宗教」的な外皮をまとっていた場合にも、現実的に国家の宗教性を体現している以上、政教分離違反の存在じゃないの?という思いがし続けていた。天皇制を政教分離違反で問うことはできないものか。だいたい、天皇制の「天」ってなんだよ。

(北)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 14号(2017年8月 通巻396号)

今月のAlert ◉ 安倍はヤメロ!天皇制いらない!のデッカイ声を!(桜井大子)
反天ジャーナル◉なかもりけいこ、つるたまさひで、映女
状況批評◉異性愛主義の再生産装置としての天皇制(堀江有里)
ネットワーク◉天皇代替わりにNO !全国津々浦々から騒然たる議論を!行動を-神奈川のこころみ(京極紀子)
書評◉『教育に浸透する自衛隊:「安保法制」下の子どもたち』(有馬保彦)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈87〉◉「一帯一路」構想と「古代文明フォーラム」(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈14〉◉天皇の天皇による天皇のための「生前退位」反対!:〈壊憲天皇明仁〉その12(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相◉7・15 おことわリンク連続講座「パラリンピックは障害者差別を助長する」/7・16 検証:高浜原発再稼働をめぐる「2つの判決」 再稼働ラッシュを止めよう!/7・16 語ろう・謀ろう・創り出そう 天皇代替わりを許さないうねりを/7・17 一からわかる天皇代替り その問題点(浜松)
学習会報告◉ 平井啓之『ある戦後:わだつみ大学教師の四十年』(筑摩書房、一九八三年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2017年8月8日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8.15反「靖国」行動

「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8.15反「靖国」行動

●8.11集会
天皇制と戦争:アキヒトにも責任はある!
[講 師] 伊藤 晃さん(日本近現代史研究)
[日 時] 2017年8月11日(金・休) 18:15開場/18:30開始
[会 場] 文京区民センター・2A会議室(地下鉄春日・後楽園駅)
[資料代] 500円

●8.15反「靖国」デモ
[日 時] 2017年8月15日(火) 15:30集合/16:30デモ出発(予定)
[集合場所]在日本韓国YMCA3階
*JR水道橋駅より徒歩9分、地下鉄神保町駅より徒歩7分

■敗戦以前の天皇は、間違いなく「戦争と植民地支配の顔」を持っていた。1945年の8月15日をもってそれは急速に「平和の顔」へのモデルチェンジに取り組んだ。しかし、「聖断神話」のでっち上げなどで如何に糊塗しても、「戦争の顔」はぬぐい去ることができずに、ヒロヒトは死(「代替わり」)に臨んでも、戦争責任追及からのがれられなかった。
■今、自らの意思で「生前退位」をスケジュールに載せたその子・アキヒトは、まぎれもなく「平和の顔」である。しかし、みずから「象徴としての行為」として熱心に取り組んだ慰霊巡行は、ヒロヒトによる天皇制の戦争の実相を隠蔽し、犬死としか言えない多くの戦死者(とその遺族)を、靖國神社とは別の形で、国家に再統合するものであった。さらにそれは、対テロ戦争に邁進する日米安保体制強化の中で、近い将来に間違いなく生まれるであろう新たな戦死者をも視野にいれてのことである。
■天皇制の持つ「国民の統合機能」とは、つまるところ、戦争のため(だけ)に必要なものではないのか? 来年「明治150年」を迎える日本国家の中心に君臨しつづける天皇の果たした・果たす役割は何か。「代替わり」を前に考えます。ぜひご参加下さい。

主催●「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8.15反「靖国」行動
【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/研究所テオリア/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/天皇制いらないデモ実行委員会/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制に反対の意思表示の会/ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

【学習会報告】阿満利麿『日本精神史: 自然宗教の逆襲』(筑摩書房、二〇一七年)

天皇制というものが、日本人にとって無条件の「信仰」= 一種の「天皇教」ともいうべき存在でもあるにも関わらず、そのような捉え方が社会的にはほとんどなされていないこと。この問題の大きさを、反天皇制運動にどう接合することができるかということを考えることが多い。そういう問題意識にある程度応える本だ。

読後感はかなりよかった。日本人にとって、宗教、あるいは無宗教であることに対する世間的無関心があるのに、天皇に対する宗教的崇拝だけは、敗戦後から現代にいたるまで一貫して衰えることがない。実は、この無宗教天皇崇拝も日本の「自然宗教」に根を持っている。日本人の多くが自然宗教の信者である--そう断言する阿満の議論は、なにより象徴天皇制を問題にする私たちの実感に、きわめてフィットするものである。

この間の学習会と連続するのが、第2章「人間宣言-日本人と天皇」。表紙にも使われている一九四七年一二月七日のヒロヒトの「広島巡幸」において、敗戦と「人間宣言」にも関わらず、「神」であろうが「人間」であろうが天皇にひれ伏す民衆感情の根にあるものは何かと問う。阿満は、そこで日常世界の延長線上に非日常的な存在を保持しておきたいという民衆の現世主義的な願望をさぐり、戦後における無責任体制をも根拠づけていく。

この、自然宗教(= 自然発生的な宗教)の対概念としてとらえられているのが創唱宗教で、以後の章は、民俗学や仏教史を駆使し、法然・親鸞らの創唱宗教としての仏教が自然宗教によっていかに解体されていったか(教団自体の制度化も含めて)が論じられている。

論点としては、自然宗教という視点は、象徴天皇制のあり方を捉える上でヒントになる。他方、戦前の天皇制を支えた国家神道は、創唱宗教にカテゴライズしてよいのではないか? 天皇制における自然宗教/創唱宗教の二重性があり、人間宣言は、近代天皇制の「自然宗教」への「撤退」ともいえるのではないか。阿満も、非教団的仏教者(?)という自らの立場から、宿命論を超える道筋を提示しているが、われわれとしてはそれはどうありうるか。創唱宗教と普遍宗教との対比で、概念規定がよくみえないところがある。丸山真男らの「オーソドックス」な思想史整理の方法に制約されている部分がありはしないか(たとえばその福沢諭吉理解)。民俗学的な語りのなかに存在する歴史的超然性にたいしては、批判的であるべきではないか、など活発な議論になった。

次回は七月二五日(火)。テキストは平井啓之『ある戦後:わだつみ大学教師の四十年』(筑摩書房、一九八三年)

(北野誉)

【今月のAlert】「共謀罪」廃案!軍事国家・警察国家はゴメンダ!

六月一五日、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法が成立した。「森友学園」「加計学園」問題の説明責任も果たさず(安倍は逃げ切った感か)衆院での強行採決に続き、参院では参院法務委員会での採決を省略し、「中間報告」という卑劣な手法で採決。

「暗黒時代の始まり」「軍国主義化の総仕上げ」「社会の分断」などの声が各方面から聞かれ、抗議声明も多数だされた。

『警察捜査の正体』の著者・原田宏二は、「警察に新たな『武器』を持たせることになった」といい、元刑事裁判官の木谷明は、警察の市民監視の活発化を指摘し、「『組織的犯罪集団』『実行準備行為』も歯止めにならない。自分は『一般人』だと思っていても、警察に疑われたらそれまでだ。法文は曖昧だから、どのようにも解釈できる」とインタビューで危険を指摘する。

審議の過程で、警察による写真やビデオ撮影がなされることへの危惧が呈されたが、私たち反天皇制を掲げたデモはすでにそのことが常態化している。
毎回、尋常ではないビデオがデモ隊に向けられ、その数は増すばかりである。その違法性を訴えても、気にも留めない素振りで撮影を続ける。警官のなかには違法だと認識していないと思われる者もいる。最近では撮影者への抗議を、デモ隊を囲っている機動隊が妨害するようになり、所轄の警官が警視庁に気を使うかのような行為も見られるようになった。

どんなに不当なことであっても、「警察の正義」が「正義」であるという不条理がまかり通るということを、私たちは反天皇制の運動をとおして、肌感覚で体感している。だから木谷がいう「疑われ」より以前の、警察の思惑で犯罪者を自在に仕立てあげることが出来る、もっと恐ろしい法律だといいたい。

軍事化とともに警察国家になっていくことに心底恐怖を感じる。けれども、私たちは萎縮することなく、どのような抵抗ができるか仲間たちと諦めずに模索し繋がっていきたいと思う。

「共謀罪」はただちに廃案にし、これ以上警察国家にしてはならない。

ところで、この国会で安倍首相はさかんに、「印象操作」という言葉を繰り返した。政治にその要素は多分にあると思うが、そもそもその分野が得意なのは安倍内閣ではないか。そしてそこでは、メディアが非常に大きな役割を果たす。

国連人権理事会の特別報告者デビッド・ケイは政府によるメディアへの圧力に警鐘を鳴らした。それほど、この国の報道の自由には制限がかかり、萎縮が進んでいる。そのメディアを通じて六月末より内閣官房と消防庁の「弾道ミサイル」落下時についての動画CMが流されるようになった。いよいよ自民党の九条改憲論議が始まり、公明党に媚びた九条加憲を新提案し、何がなんでも自衛隊の存在を合憲化しようというこのタイミングでの放映である。ミサイルから身を守るため、隠れるものがない場合は床に伏せて頭をガードして下さいと、まるで戦中の焼夷弾訓練のバケツリレーではないか。原発再稼働に邁進しながら、こんな子どもだましで危機を煽る。前振りは北朝鮮のミサイル報道、伏線は昨年大ヒットしたシン・ゴジラというところだろうか。

お茶の間のTVでミサイルから身を守るためのCMがまことしやかに流れてくる時代になるとは、正直愕然とする。

特定秘密保護法、安保法制、共謀罪と数の力で押し切られてしまったが、それでも国会前は抗議の人々で埋め尽くされたし、与党の抵抗も見られた。

けれども、天皇の「退位特例法」においては「翼賛国会」としかいいようがないものであった。一貫して「神聖にして侵すべからず」の空気が息づいていた。まったく天皇制ほど「印象操作」された政治はないだろう。神話に基づく「万世一系」を人はなぜ現代においてさえありがたがらなければならないのか。

二〇一九年天皇「代替わり」、翌年二〇年に施行を目指す新たな憲法改悪、そして東京オリンピック。
その対抗軸を考えていきましょう。
決して操られることのない個に目覚めた人たちよ、ともに!

(鰐沢桃子)