【書評】ピープルズ・プラン研究所パンフレット 連続講座記録『象徴天皇制国家の70年』

本紙ではおなじみの伊藤晃さんと、反天連の天野恵一を講演者として立てて、ちょうど一年ほど前の昨年七月二五日におこなわれた講座の記録がパンフレットになった。といっても、反天連のパンフではない。天野恵一が運営委員を務めるピープルズ・プラン研究所で、昨年から今年にかけておこなわれた連続講座の第2回「象徴天皇制国家70年」の講演記録である。

「象徴天皇制国家の七〇年」とは、敗戦・占領以来持続している〈象徴天皇制デモクラシー〉にほかならない。このパンフレットは、まず伊藤が「戦後天皇制は何を象徴してきたのか─安倍政権と明仁天皇」として、こうした構造について論じている。

憲法に位置づけられた制度としての象徴天皇制のもとで、ヒロヒトとアキヒトが「天皇による国民一体」を積極的に作り出す天皇として行動してきたこと、しかしそれが現在の時点で「天皇と国民の関係のなかの綻びの可能性」をみせていること、現在の安倍がすすめる政治は、「戦後的国民一体」を乗り越える志向性をも示しており、天皇自身そのことに不安を抱いているのかもしれないが、その場合の天皇の言動は結局のところ、「安倍の刺激的な政策を国民の心の中で中和させるように働く」だろうと伊藤はいう。

これに比べると、天野恵一の「象徴天皇制と『八月革命』─象徴天皇制デモクラシー・占領デモクラシーという問題」のほうは、そのタイトルにふさわしく、占領と象徴天皇制の成立という起源にさかのぼり、そこでつくられたロジックが、天皇制の戦争責任を隠ぺいし、「無責任のシステム」を構造化していったことを明らかにしたものである。いままさに私たちが8・15の行動として準備しているところの、戦争終結をめぐる「原爆神話」と「聖断神話」の背中合わせの関係についての指摘、宮沢俊義の「空中の論理」めいた議論から、それに対する違和の表明ともいえる大熊信行の「虚妄の戦後」論と、それを批判した丸山真男の議論のうちに、丸山自身の被爆体験をふまえた議論のやり取りがなされていれば……と仮定してみせるところなど、実に興味深い論点もあった。

この講座がおこなわれたのは、まさに安倍の戦争法案強行に対して、反対運動が広がりつつあった時期だった。いまそれを読みなおして見てあらためて思うのは、ここで指摘されている、戦後憲法秩序=戦後民主主義に関わる問題である。いうまでもなく、伊藤も天野も、それらを乱暴にまるごと否定したり肯定したりする立場にはない。もちろん、欽定憲法の改正手続きというかたちをとった憲法の成立過程は問題である。伊藤は、それを「日米合作による民衆の憲法創設行為の封じ込めの過程でもある」とし、憲法第一条が「国民が……全体としてまとまりを作る時には、自分たちが社会的共同の形を自主的につくり出すのではなく、国民という形を取ってしか自分たちを表現できないというあり方を選んだということ」すなわち、国民というまとまりを天皇によって象徴されるという「天皇による国民一体」こそが、戦後日本の「国体」であったと指摘する。だが、これは、伊藤がその著書『「国民の天皇」論の系譜』(社会評論社)などで強調する、民主主義あるいは共和主義の積極的な可能性を議論する際に、その前提として確認されるべきことの指摘だろう。天野はさらに、「戦後の人権をめぐる闘いあるいは平和をめぐる闘い。戦後憲法の宮沢的リベラリズムが積極的に押し出したプラスの部分、そのこととの関連の中で、民衆運動自体が蓄積していた力量。これに依拠する以外には、僕たちには積極的遺産はほとんどない。だからこそそれが象徴天皇制に組み込まれてあったという問題。このシステムをいかに分解させながら蓄積されてきた『平和と民主主義』エネルギーを解放しつかみなおしていくか」と課題を提起している。これは昨年の国会前において、あるいは今も毎日のように問われている問いにほかならない。

このパンフは、ほかに伊藤と天野の、関連論文(反天連ニュースほか運動メディアに掲載されたもの)も収録されている。天野も言うように、「戦後レジーム」は間違いなく「象徴天皇制レジーム」であった。われわれはこれを安倍とは異なる方向でどう超え、脱却していくのか。そのことを考える上でも手ごろなパンフレットである。

(ピープルズ・プラン研究所パンフレットvol.3/二〇一六年六月発行/四〇〇円)

(北野誉)

【今月のAlert】7.18,7.30,8.15と続く反天皇制行動へ! ─諦めず、ねばり強く、頑張るぞ!

私たちは第X期突入後、本紙一号もなんとか無事発行を迎えられ、少しホッとしている。

X期スタートのため議論は、初期反天連のそもそもの課題であった「Xデー」を再度迎えつつあるという認識から、過去と現在を行ったり来たりしながらのものとなった。その議論の成果については、本紙0号(先月号)の呼びかけに詰め込まれている。ぜひ参照されたい。その事前議論も踏まえ、七月二日、第X期スタートを期して討論集会を持った。パネリストは近現代史研究者の伊藤晃さん、立川自衛隊監視テント村の井上森さん、反天連の天野恵一。パネリスト間での議論、参加者をまじえた全体討論、それぞれが今後の活動に示唆となるものばかりであった。いわば第X期のためのウォーミングアップといったところで、議論は始まったばかりだが、どのような形であれ、今後も議論は続けていきたい。

とはいえ、日々私たちの眼前に深刻な事態として性急に迫ってくる出来事は、一般的には天皇制課題とは無関係であるとされ、いつ起こるかわからない「Xデー」とはそれこそ無縁のこととして起こっている。私たちはこれまでどおり、反戦・反基地、反原発、反差別、反弾圧、反安倍の運動の現場で、反天皇制の立ち位置から、できるだけ声を発し意思表示していくことで、自分たちの反天皇制運動を作り出していくしかない。

しかしそれにしても、第X期準備のためにニュース通常号を一号スキップしただけのこの二ヶ月で、言及しきれないほどの恐ろしくも深刻な問題が矢継ぎ早に起こり続けている。五月二〇日に判明した在沖縄元米兵によるレイプ・殺害・死体遺棄事件。五・二六─二七の伊勢・志摩サミットとその直前のサミットに抗議する人びとへの不当弾圧、G7各国首脳の伊勢神宮訪問(神宮側は「参拝」といっている)、そしてサミット終了後の二七日のオバマの広島訪問。五月三〇日、シリアで行方不明となった安田純平さんからの「最後通達」と読めるメッセージと明らかに彼を見捨てたと思える日本政府。七月一日には、バングラデシュで日本人七人を含む「外国人」殺害。日本が「テロ」の対象であることを知らしめる事件だった。これらはごく一部である。この状況の推移には正直目がまわる。

過去の侵略戦争・植民地支配に対する政治的・道義的責任を完全に終わらせること(果たすことではなく)を目指す安倍政権は、一方で新たな戦争国家の形を作り出す動きに加速しているが、目もくらむような現在の事態は、この安倍政権に行き着いてしまうような戦後日本の政治を、根底から見据えることができなかった運動側の長い歴史の結果でもあるのだ。そこにこそ、反天皇制の課題も繋がってくる。

一方で、五月三一日の根津公子さんの最高裁の画期的な判決があった。「君が代」不起立を通すことで、学校現場から日本国家を相手に闘い続けてきた根津さんの、粘り強く続けられた運動の成果だ(本紙「状況批評」参照)。それは、暗い諦念の気持に陥りそうな運動への大きな励ましと勇気を与えてくれる快挙であった。もちろん根津さんの勝利は、決して容易ではない「諦めない」活動の結果であることも忘れてはなるまい。そういう意味でも、根津さんに続け!という思いを多くの人が抱いたに違いない。

また、国会前にも相変わらずたくさんの人が集まっている。六月一九日の「怒りと悲しみの沖縄県民大会に呼応する『いのちと平和のための6・19行動』」では、駅から国会正門前を目指して歩く道中の人の少なさに気持は暗くなりかけていたが、正門前の憲政記念公園に足を踏み入れると、実にたくさんの人が国会と対峙していた。一万人が集まったという。諦めている場合ではない、という思いの人は実は少なくないのだと思いながら歩いた。七月四日、第八回口頭弁論を迎えたばかりの安倍靖国参拝違憲訴訟も元気に闘われている。どれも負けるわけにはいかないのだ。
明日は参院選、一週間後には都知事選。「選挙で社会を変えよう」というスローガンにはまったくリアリティを感じられないものの、このひどい状況で安倍政権に勝たせたくないという思いは強い。だから選挙には行く。そして、私たちの当面の課題は八・一五だ。実行委は七月三〇日、その前段集会を開催する。また、七月一八日には今年の海づくり大会開催地の仲間の呼びかけで、実行委も集会を持つこととした。そして八・一五デモだ。

多くの方の参加を呼びかけたい。ともに元気に声をあげよう!

(大子)

【表紙コラム】

わけあって伊勢神宮に行くことになってしまった。でもあにまるの端くれとしてはねぇ、言い訳でもしないことには……、ということで、「ななこのお伊勢さん体験記」。

まず周辺も含めて勉強のためにガイドブックを購入。いや、すごいのね。江戸時代からの一大テーマパーク。「正しい参拝の仕方」も書いてある。「入口の鳥居をくぐる前に会釈をし、手水舎の水で心身を清め、お賽銭を入れ、二礼二拍手一礼の作法で拝礼する」。「正しい」ってなにさ。

先日の伊勢志摩サミット、G7の面々は宇治橋で待ち合わせ。もちろん一般の人は入場禁止、「……安倍総理大臣は、神宮附属幼稚園の園児46名による歓迎を受け到着したG7各国首脳を宇治橋前で出迎えました。……安倍総理大臣及びG7各国首脳は、神宮の荘厳で凛とした空気を味わいつつ、正宮を訪れました」(外務省HPより)。

だけど、なにしろ平日でも老若男女がいっぱい。それらがけっこう長い砂利道をジャリジャリ、しかもおしゃべりしながら歩く。広い敷地のなかで樹齢の古い杉の木などが堂々としてるし、森の奥はひんやりいい感じなんだけど、ジャリジャリやかましい。私には彼らが感じたかもしれない「荘厳で凛とした空気を味わう」ことはできなかった。正宮ってのれんみたいな幕がかかった建物が目の前にたちはだかっていて、普通には見られないのね。みんなのれんに向かっておじぎしてる。正宮ってどこ? 20年で造りかえる建造物はちょっと見てみたかったのに。

外務省は政教分離に抵触しないように、公式発表を「参拝」ではなく「訪問」で統一するように指示を出したり、けっこう苦労したらしい。そうだろう。間違いなく宗教的な空間である。でも、それをあまり感じなかったということは、それを誤魔化すことにも成功してるっていうことかぁ?

(中村ななこ)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 1号(2016年7月 通巻383号)

今月のAlert ◉7・18、 7・30、 8・15と続く反天皇制行動へ!(大子)
反天ジャーナル ◉ 桃色鰐、蝙蝠、D子
状況批評 ◉ 根津「君が代」停職六月処分取り消し まさか!の高裁勝訴判決が確定─最高裁は都の上告を棄却(根津公子)
書評◉ピープルズ・プラン研究所パンフレット連続講座記録『象徴天皇制国家の70年』(北野誉)
ネットワーク ◉ 女天連続講座「ジェンダーと天皇制」(首藤久美子)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈74〉  ◉ グローバリゼーションの時代での只中での、イギリスのEU離脱(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈01〉 ◉ オバマ米大統領の広島訪問─国による戦死者の追悼は責任隠蔽のための儀礼である(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相 ◉ 5・14 つくばサミット対抗シンポ&デモ/6・12 ゆんたく高江/7・2 第Ⅸ期から第Ⅹ期へ 反天連討論集会 どうなる!? どうする!?天皇制と反天皇制運動の現在
学習会報告 ◉ 菅孝行編著「Xデーがやってくる! 危機の中の天皇制攻撃」(柘植書房、一九八四年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

 

*2016年7月12日発行/B5判16ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】第Ⅸ期から第Ⅹ期へ 反天連討論集会 どうなる!? どうする!? 天皇制と反天皇制運動

第Ⅸ期から第Ⅹ期へ 反天連討論集会

どうなる!? どうする!? 
天皇制と反天皇制運動


日時:2016年7月2日(土)14:00〜

場所:ピープルズ・プラン研究所 (東京都文京区関口1-44-3 信生堂ビル2F)

発言:
伊藤晃(近現代史研究)
井上森(立川自衛隊監視テント村)
天野恵一(反天皇制運動連絡会)

■反天連は、Xデーが予感される状況下、第Ⅹ期をスタートした。
■アキヒト・ミチコ天皇夫婦は、リベラル派をも味方につけるほどの強力な天皇制を作りあげてしまった。その一点だけをみても、私たちは、昭和天皇Xデーのころよりも困難な条件を沢山かかえ込んでいる。その困難な条件の分析、天皇制の現在を認識し共有する場をつくりたい。
■また、どのような状況でも、天皇制民主主義、天皇制平和主義に異を唱える人がいることを私たちは知っている。そういった人たちの声が力となるような運動を作り出したい。
■昭和天皇Xデーの経験と、それから約30年間の運動の蓄積をフル活用し、たえず変化(進化)してきた天皇制の現在への分析もしたい。また、新たに作り出されてきた運動ともつながっていきたい。
■というわけで、第Ⅹ期スタートにあたり、討論集会を開催する。ぜひご参加を!

主催:反天皇制運動連絡会・第Ⅹ期

【呼びかけ】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動への参加・賛同を

五月二七日、「伊勢志摩サミット」に出席していたオバマ米大統領は、現職大統領として初めて広島を訪問した。広島でのオバマ訪問は「歴史的出来事」とされ、マスコミの世論調査で、九割以上の回答者がオバマの広島訪問を「よかった」と答え、それを「コーディネート」してみせた安倍政権の支持率も上昇した。

オバマは広島で「核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならない」と述べたが、それはなんら具体性を伴うものではなく、むしろオバマ政権は核関連予算を増大し、新型核巡航ミサイルなどの「近代化」をすすめるとしている。そして何より、オバマは原爆がこの地にもたらした非人道的な大量無差別虐殺行為について、なんら謝罪することはなかった。アメリカは始めから謝罪を拒否していた。今回のオバマの広島滞在も五〇分にすぎず、原爆資料館には、一〇分もいなかった。そして日本政府もまた、謝罪を要求しなかったのである。

安倍首相は五月中旬、「被爆国の首相と、核兵器を使用した国の指導者がともに犠牲者に哀悼の誠をささげることが核のない世界に向けての一歩になる」と語り、当日も「日本と米国が、力を合わせて、世界の人々に『希望を生み出す灯』となる」と宣言した。また、オバマは、そこから広島へ向かった米軍岩国基地において海兵隊員を激励し、日米同盟が「繁栄の基礎だ」と述べ、広島訪問の意義として「元敵対国が単にパートナーだけでなく、親友、最強の同盟国になれる」と強調している。二五日に行なわれた日米首脳会談においても、沖縄における米軍属による女性殺害・死体遺棄事件への大きな怒りが高まっているのに、「基地縮小」はおろか「日米地位協定の見直し」すら安倍は口にしなかった。

結局、オバマと安倍が広島でおこなったことは、「日米同盟」強化のためのパフォーマンスにすぎなかった。安倍が進める全国家的な再編は、戦争体制構築をその重要な環として進んでいる。自民党改憲草案は、立憲主義を破壊し「天皇元首化」をも掲げるものだが、「緊急事態条項」などを突破口として改憲を明言する安倍政権において、日米の軍事一体化と修正主義的な歴史認識は同時に追求されなければならない課題である。今回のオバマ広島訪問で演出されたのは、原爆殺戮の記憶を「和解と未来志向」で塗りつぶすことだ。明白な戦争犯罪さえもが、日米の「希望」のための道具として利用されたのである。

安倍はここで自らを、「被爆国の首相」とすることで、あたかも戦争の被害者であるかのような物言いをした。だが原爆殺戮は、近代日本の植民地支配と侵略戦争の帰結として引き起こされた、日米両帝国主義の戦争の過程でおきたことである。アメリカに原爆を投下した責任があるのと同じく、日本にはそれを招いた責任がある。強制徴用された多数の朝鮮人や、連合軍の捕虜をも含む二一万人にのぼる広島・長崎の原爆の死者を生み出したのはアメリカと日本であり、広島においてオバマが被害者に対して謝罪しなければならなかったと同様、安倍も被害者に謝罪しなければならなかったのだ。

こうした中で、私たちは八・一五の反「靖国」行動の準備を始めている。

敗戦七〇年の昨年、私たちは、広島現地で準備された「8・6ヒロシマ平和へのつどい2015」と連動しながら、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権の歴史認識を批判する行動として、八・一五行動を取り組んだ。日本の「侵略」や「植民地支配」の責任の主体を限りなくあいまいにし、「未来志向」を謳い上げた「安倍談話」の思想は、今回の広島訪問における志向性と通底している。そして私たちが忘れてはならないのは、本来敗戦の日ではない八月一五日が「終戦記念の日」「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされていることの意味である。いうまでもなく、八月一五日とは、天皇の「玉音放送」がなされた日である。ポツダム宣言の受諾は八月一四日であり、ミズーリ号上での降伏文書への調印は九月二日だ。にもかかわらず、八月一五日が「終戦の日」であるのは、いわゆる天皇の「聖断」によって戦争が終結し、日本国民は救われたとする昭和天皇の神話に基づくといわなければならない。アメリカにおいて、戦争を終わらせ多くの米軍兵士の命を救ったものが原爆であるという神話があり、日本においては戦争を終わらせ多くの日本軍兵士と民間人の命を救ったものが天皇の「聖断」であるという神話がある。戦争の「語り」においてこの二つは対応し、かくして、「原爆民主主義」と「天皇制民主主義」が戦後日本の出発において刻印されることになったのだ。それは安保の「核の傘」を支えとして戦後日本に構造化されている。

私たちは、このようなかたちで、日本の植民地支配責任・侵略戦争責任と、アメリカの原爆大量虐殺の責任とを、ともに隠ぺいしていく八・一五をめぐる歴史認識の欺瞞性を撃つ視点から、今年の八・一五行動を取り組んでいきたいと考える。

安倍戦争国家による海外派兵の拡大が、新たな戦争の死者を生み出すことになるのは不可避だ。そういう戦争国家においては、国のための「死者」を、賛美・顕彰する「慰霊・追悼」儀礼と、そのための場所は不可欠である。靖国神社は歴史的にそのような場所であり続けていたし、戦後も一貫して、国の支援を受けてきた戦争神社である。毎年八月一五日に九段で行なわれる天皇出席の「全国戦没者追悼式」もまた、国家の戦争責任を解除し、戦争の死者を「平和」の礎として価値あるものとする儀式である。首相閣僚の靖国神社参拝をめぐって、それが「政教分離」違反であるとの批判を、安倍は「宗教行為ではなく習俗」であると強弁している。さらに伊勢志摩サミットの初日には、公式行事としてG7首脳の伊勢神宮「参拝」がおこなわれた。これらは、神道非宗教論を掲げた戦前の「国家神道」体制の、新たな装いによる再形成の動きともいうべきものである。

われわれはこうした問題意識に立って、今年の反「靖国」行動を、闘っていきたい。実行委員会への参加・賛同・協力を訴える。

 

 

「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村
反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会
靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

連絡先●東京都千代田区神田淡路町1─21─7 静和ビル2A 淡路町事務所気付
振替●00110─3─4429[ゴメンだ!共同行動]

【集会報告】安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う 4・28—29 連続行動報告

今年の四・二八〜二九連続行動は「安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う」というテーマで設定された。この間、反天皇制を課題とする実行委の行動は、一九五二年四月二八日のサンフランシスコ講和条約と日米安保条約の発効に始まる、沖縄に対する米軍支配の問題を、昭和天皇裕仁の戦争・戦後責任の問題と重ねて提起、二〇一〇年からは「反安保実行委員会」との共闘による連続行動として取り組まれている。今回の闘争は、とりわけ、昨年九月に強行され、今年三月末に「発効」させられたばかりの安倍戦争法下においてのものとして、重要な意味を持つものでもある。施行された戦争法の「集団的自衛権」により、沖縄は米軍と自衛隊の最前線としての存在を、これまでよりさらに厳しく強いられることになった。

四月二八日は、これまでも「沖縄デー」として数々の闘いが重ねられてきているが、この日、実行委は、文京区民センターにおいて屋内集会を開催した。沖縄から日本基督教団うるま伝道所牧師の西尾市郎さんをお招きして「沖縄『構造的差別』の歴史と現在」と題した講演をしていただいた。

現在、自民党は改憲の突破口として、東日本大震災や現在も続く熊本・大分の大震災を利用し、憲法に「緊急事態」条項を挿入しようとしている。これが実現すると、災害などをきっかけに憲法を停止した独裁がすぐに行使されるだろう。西尾さんは、この「緊急事態」法と辺野古における闘いが一つのものだというところから語り起こされた。
沖縄における反戦・反基地の闘いの基底には、沖縄戦における苛酷な経験が語り継がれ、共有されていることが存在する。「蛆が人間を食う音」「人間が腐っていく強烈な臭い」などのリアルな体験が沖縄戦の記憶としてあり、これらが「平和」を希求する意思をつくっているのだ。人の痛みに共感する人間性こそが、辺野古をはじめとする現在の沖縄における闘いの根本だ。だからこそ、私たちの闘いは分断され対立させられてはならない。こうした体験をもとに、平和をアジアとの連帯の中で実現していくことの重要性が、講演の中で何度も強調された。

引き続き、今回の実行委から天野恵一が発言。いま、昭和天皇の「沖縄メッセージ」による沖縄の米軍への売り渡しの事実や「尖閣」諸島など「領土」問題が、歴史修正主義者たちの主要な論点として浮上しており、なかでもR・D・エルドリッジによる歴史解釈の読み替え(「オキナワ論」新潮新書ほか)については、今後も批判的検討が重要になることが、集会資料の解説とともに報告された。

引き続き、会場発言として、一坪反戦地主会関東ブロックの大仲さん、辺野古への基地建設を許さない実行委員会の中村さん、ストップ辺野古埋め立てキャンペーンの芦沢さんから問題提起。さらに、明治公園野宿者への攻撃への反撃を訴えるアピールが反五輪の会よりなされて、集会は締めくくられた。この日はいろいろな行動と重なることもあってか、参加者は七五名だった。

明けた四月二九日には、新宿柏木公園からデモ行動が行われた。出発前の公園において、まず実行委の国富建治から、前日の集会を要約する報告とともに「この『昭和の日』は、天皇制の延命のために敗戦を遅らせ、悲惨な沖縄戦を招いたばかりか、戦後における『構造的沖縄差別』の成立に対しても大きな役割を果たした昭和天皇を賛美する日だ」と提起、さらに前日に引き続いて西尾さんからも発言を受けた。参加者からは、「自由と生存のメーデー」実行委、「伊勢志摩サミットに反対する実行委」による新宿デモの提起、G7茨城・つくばサミット反対を取り組む戦時下の現在を考える講座、「三多摩メーデー」への参加を呼びかける同実行委からのアピールがなされ、デモに出発した。

今回のデモに臨んでは、二月一一日のような不当な規制がなされないように強く申し入れをしていたこともあってか、警察による弾圧は、これまでのなかでは比較的小さいものだった。もちろん、右翼はつきまとい、妨害・暴行をねらう挑発を繰り返したが、私たちは毅然として行動を貫徹することができた。解散地の柏木公園においては、明治公園弾圧の救援会からのアピールを受け、この日の成果が確認されて行動を終えた。参加者は約九〇名だった。

(のむらとも)

*共同行動報告集(2016年6月10日発行)より

【学習会報告】天野恵一「マスコミじかけの天皇制」(インパクト出版会、一九九〇年)

今回のテキストに収められた諸論文は、反天皇制運動連絡会の活動の中でも、とんでもなく慌しかった「Xデー」前後の二年間、八八年の初めから八九年末にかけて書かれたものばかりである。八七年の裕仁の沖縄訪問予定が流れ、政府と宮内庁の情報隠蔽の陰からも、裕仁の重病を明らかにうかがわせる情報が伝わり、「Xデー状況」が政治の前面に躍ることになった時期だ。

この時期、天野は反天連第一期のニュースと日本基督教団の靖国・天皇制情報センター通信に、合わせてほぼ月に三回の連載を書き、インパクション・新地平・クライシスなどの雑誌にも天皇制に関する原稿を多数書いている。この本は、それらを集めたものであり、したがってこの時期の天皇制に関するクロニクルという性格のものとなっていることで、唯一無二のものといえるだろう。

書かれているテーマを拾うだけでも、一つひとつが再考に値する、現在もなおアクチュアルなものだ。たぶん著者も含めて忘れかけているだろうこれらを、あらためて記憶喚起しておくことは、近い将来に訪れるはずの明仁「平成」のXデーについて考えるためにも重要だ。

裕仁の重体が顕わになって国家とメディアによって演出された「自粛」を、天野は全社会的な「天皇儀礼」として掴みだす。この天皇儀礼は、「非政治」的な政治の貫徹であり、「非宗教」的な宗教行為として、国家神道を否定し政教分離を実現したはずの戦後国家を席巻したのだ。そして裕仁の死後、即位・大嘗祭といった天皇制の儀式が、日本国憲法のもとで、当然のように国家儀礼、政治行為として解釈され、その根拠も疑わしいものが詐術により麗々しく権威づけされて登場したのである。さらに、明仁による「護憲」発言はいまなお価値づけされ、決して天皇主義者ではないはずの知識人たちの足元を危ういものとしている。その具体的な形相を、この時期の歴史事実や人々の発言とともに、捉えかえしておかなければならない。いまの私たちの「民主主義」についてのスタンスも、この時期に、天野を含む各地の反天皇制の活動家たちとともに組み立てられたものだ。

この本をン十年ぶりに再読するとき、かなり危うく古い内容になっていないかと心配でもあった。読み直してみて、(留保はあるが)内容面ではそんなことはない、と言っていいと思う。これは収穫だった。

次回テキストは菅孝行編著『Xデーがやってくる!』(柘植書房)。六月二八日七時から。

(蝙蝠)

【設立目標】【運営の申し合わせ】

【設立目標】
① 予想される明仁天皇「Xデー」および「Xデー」状況との闘いを準備する。
② 「全国戦没者追悼式」や「震災追悼式」をはじめとする、マス・メディアに支えられた国家による追悼儀礼、天皇出席の国体・植樹祭・海づくり大会などの天皇儀礼、「皇室外交」や「昭和」の賛美などと持続的に対決する大衆的な反天皇制運動をつくる。
③ 「天皇元首化」や「日の丸・君が代」を明記し、立憲主義を否定する国家主義的な改憲策動と対決する。
④ 原発推進、「日米同盟」の強化、「恒常的派兵」国家化などに向かう日本政府の動きと対決し、各地の反原発・反安保・反基地運動と「連帯」しうる反天皇制運動をつくる。
⑤ 天皇制国家の植民地支配責任、戦争・戦後責任、「領土ナショナリズム」や差別・排外主義を撃つ闘い、治安弾圧、「日の丸・君が代」強制、オリンピックをはじめとする排除と統合のナショナルイベント、天皇制の安定継承のための皇室典範「改正」、教育の国家による統制などに抗する運動などとの豊かなネットワークづくりと、他のテーマの運動との有機的連携を作りだす運動のメディアの強化。
⑥ 80年代からの反天皇制運動の歴史的な体験を思想的に対象化する作業の持続。

【運営の申し合わせ】
① 基本方針は、定例(週1回が原則)の事務局会議で決め、会員全体に提起する。事務局会議は月1回は拡大事務局会議(会員に開かれた会議)とする。
② 事務局メンバーの推薦と本人の自発的意志があれば、誰でも事務局員あるいは「事務局協力者」(コンスタントに事務局会議には出られなくても「協力」の意志のあるメンバー)になれる。ただし、政治党派のメンバーは遠慮していただく。
③ 会員とは、主旨に賛同し、会費を納めた者である。「ニュース購読会員」(年間4000円)とより積極的な「協力会員」(年間7000円)の二種類がある。
④ ニュースは原則として月1回発行で、購読料は年間4000円とする。
⑤ 会は、大衆運動の原則にしたがって運営する。
⑥ 期間はとりあえず3年間とする。

【呼びかけ】反天皇制運動連絡会 第Ⅹ期への呼びかけ(二〇一六年六月)

第Ⅱ期以降、三年ごとにいったん解散・再結成という区切りを設けながら、Ⅸ期まで活動を重ねてきた私たち反天連は、いま第Ⅹ期にむけてスタートしようとしている。反天連は、ヒロヒト「Xデー」状況との闘い、大衆的政治闘争としての反天皇制運動を目ざして、一九八四年に結成された。当時、中曽根首相が打ち出した「戦後政治の総決算」というスローガンや、「不沈空母発言」「靖国公式参拝」などに象徴されるような日米同盟の強化、新自由主義的・新国家主義的な政治志向のもとで、民衆統合支配の装置としての天皇制の「浮上」が、運動圏においても強く意識され始めていた。その後の反天皇制運動は、私たちもその一翼を担いつつ、八九年のヒロヒト「Xデー」と新天皇の「即位・大嘗祭」反対運動の全国化・大衆化として、大きな広がりを作り出していった。

それからすでに三〇年以上もの時間が過ぎた。非自民連立政権の成立や右派勢力の巻き返し、政権交代などのジグザグを経て、いまや、解釈改憲によって集団的自衛権行使を解禁し、違憲の安保法制を強行可決し、緊急事態条項をひとつの突破口として明文改憲をすすめようとする安倍政権によって、八〇年代以来の政治方向が完成させられようとしている。

これにたいして、現在、国会前やさまざまな場所で、安倍政権の強権政治に対する人びとの声、立憲主義の蹂躙を許さない運動の大きなうねりが続いている。しかし、そこに「反天皇制」ということばが占める余地は、ほとんど無に等しいかのようだ。そこには、私たち自身の主体的力量といった問題以上に、「Xデー」以後の天皇制、すなわち「アキヒト・ミチコ天皇制」というものの性格が反映しているといわなければならないだろう。

戦後天皇制は、一貫して非政治的、平和主義的なものであるというイメージでとらえられてきた。それは、天皇の「人格賛美」を日々繰り返すマスコミによって支えられ、総じて現実政治に関わらない、戦後民主主義体制に適合的な支配のシステムとして合意されてきた。とりわけアキヒト・ミチコは、ヒロヒト時代に十分果しえなかった「開かれた皇室」、戦争責任からクリーンであり、「皇室外交」にも積極的な「国際化時代の天皇制」として登場し、さらには海外を含めた戦争被害者の「慰霊」、原発事故や自然災害の被災地を精力的に回ることによって、「祈り」と「癒し」の担い手としての顔をも前面に出していった。「宗教的」とさえいえる「無私の祈り」に励んで見せることが、人びとの間に、天皇の権威を再組織していることを無視することはできない。そういった意味において、私たちは、アキヒト・ミチコ天皇制は、象徴天皇制に期待される役割を果すことにかなり成功しており、その「国民統合」のあり方は「象徴天皇制の完成形態」であるとさえ考えている。

そのことは、現在、安倍政権に批判的な人びとの中から、アキヒト・ミチコを「リベラル」であり平和憲法秩序を大切にしていると評価し、それと比較して安倍を批判するというロジックが繰り返し登場していることにも現われているだろう。天皇主義者である安倍を、実は天皇も批判していると言いたいのかもしれないが、それは政治的に演出された天皇の「無垢性」に依拠しつつ、その権威を前提とする議論でしかない。

私たちはまず第一に、国家の政治的なシステムとして天皇制を考える。

三年前、第Ⅸ期の開始にあたって私たちは、「国家の機構でありながら、それとは独立して超然と存在しているかのようにふるまう象徴天皇制は、そのふるまいにおいて、文化的・平和的な場面における民衆統合の装置であり続けるだろう。……それゆえに私たちは、運動の中においてさえ繰り返し登場する『リベラルな天皇への期待』なるものをも批判していかなければならない。そしてそれは、多くは八・一五、さらには三・一一などに象徴される『追悼の政治』の場面において発動される天皇制の批判ともなるだろう」。そして、第二次安倍政権の登場が「右翼的・神権主義的な天皇制の強化に繋がると考えるべきではない」と主張した(「第Ⅸ期への呼びかけ」二〇一三年三月)。
それより以前、民主党政権の時代にも私たちは、むしろ「ソフト・イメージの〈アキヒト─ミチコ〉天皇制は……民主党政権の方にマッチしている。こちらの方こそ、私たち反天皇制運動の正面の敵ともいえよう」とも主張していた(「第Ⅷ期への呼びかけ」二〇〇九年一二月)。戦後象徴天皇制は、アメリカの占領体制のもとに、サンフランシスコ体制=日米安保体制を軸として作りだされた戦後日本の構造の一部にほかならない。「国民統合の象徴」として戦後憲法に制度化された象徴天皇制にとって、戦後憲法体制に適合的な民主党政治のほうが、天皇制のあり方をも含めて変えていこうとしている自民党の改憲政治よりも、当然にも戦後憲法下の天皇像を積極的に演じてきたアキヒト・ミチコにとって「意に沿う」ものであっただろうという判断もあった。民主党の凋落と自民党の再登場によって、天皇制の権威化が予想されるが、本質的には政権政党の「政治利用の対象」としての天皇という役割は変わらないであろう。「天皇元首化」を掲げた自民党の改憲草案においても、天皇は依然として「象徴」であるように、けっして「統治権の総覧者」としての天皇制の復活を志向するものではありえない。

象徴天皇の役割は、さまざまな国家的儀礼において「国民統合の象徴」という役割を担うことであり、国家の行為を権威づけ正統化し、「国民」の幻想的共同性を担保することである。天皇家や皇族の人間に対する無条件の絶対敬語と人格賛美は、そのまま統合された国民によって成り立つ国家の無条件の賛美にほかならない。それはまた、皇室の「私事」とされる「皇室祭祀」の祭主であることとも連動して、日本の文化・伝統の体現者ともみなされることになる。

私たちは、第Ⅹ期を、「次」の「Xデー」状況の開始を見すえつつ、このようなアキヒト・ミチコ天皇制の現段階をこちら側から「総括」し、国家・社会の再編にともなう天皇制の再編=再定義の方向性をとらえ、その中から、天皇制の生み出す「現実」に対する批判と行動を持続していきたいと考える。

私たちがなすべきことは、天皇制廃絶を一般的にスローガンとして語ることではありえないし、「国民運動」における天皇批判の不在を嘆くことでもない。私たちの運動は、「慰霊」や「皇室外交」における戦争責任・植民地責任の隠ぺい、天皇の移動などにともなって常に起こる人権侵害や治安弾圧、「日の丸・君が代」強制、世襲の特権的身分制度にともなう差別、靖国問題や国家の宗教性、ナショナリズムと排外主義の問題など、天皇制に関わって具体的に日々起きている事象との具体的な対決をおいてほかにない。それらは、反「Xデー」闘争以来の闘いを通じて、私たちも含めた反天皇制運動がつかみ取った「運動としての民主主義」に関わる課題であり、したがってそれは、さまざまな運動とのつながりと相互の協力関係なしにはなしえない。

一人でも多くの方の参加、協力、支援をお願いします。

(反天連事務局)