【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 51号(2020年9月 通巻433号)

 

反天ジャーナル ◉ (宮下守、映女、たけもり)

状況批評 ◉ 東京五輪中止からオリンピックそのものの廃止を目指して(宮崎俊郎)

書評 ◉ 平井一臣著『べ平連とその時代 身ぶりとしての政治』(有馬保彦)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈123〉◉ 「八月のジャーナリズム」から遠く離れて(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈50〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その15◉ 〈祭祀大権〉と「戦没者追悼式典」(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉国家による「慰霊・追悼」を許すな 8・15前段集会とデモ靖国に抗議した香港人弾圧事件 東京高裁が控訴を棄却/2020ヤスクニキャンドル行動報告

学習会報告◉ 宇田川幸大『考証東京裁判──戦争と戦後を読み解く』(吉川弘文館・二〇一八年)

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2020年9月1日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会宣言】国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動 宣言文

 今年もまた8月15日のこの日、政府主催の「全国戦没者追悼式」は、新型コロナ感染拡大の影響で縮小されたものの例年どおり行われ、天皇・皇后が出席し言葉を述べた。靖国神社には閣僚や国会議員たちが参拝した。マスメディアは毎年、この8・15を「終戦記念日」と称し、「反戦」を誓い「平和」を祈念する日として、さまざまなメッセージを流す。そして私たちは例年通り、「全国戦没者追悼式」と「靖国神社」に抗議をの声を上げるためにここに集まった。敗戦75年の今年、この8・15という日の意味を、改めて確認したい。

 政府主催・天皇の「お言葉」つき「全国戦没者追悼式」や、政治家たちの「靖国」参拝が作り出してきたものは、日本の侵略戦争や植民地支配の歴史に対する責任を、極一部に押し付け、天皇以下の指導者から免責してきたことを正当化する論理である。あるいは「戦没者」のおかげで戦後日本の「繁栄」がもたらされたという嘘であり、「戦没者」を「英霊・神」として讃える戦争を肯定・賛美する思想である。それらが繰り返されることによって、現在では「南京大虐殺はなかった」「慰安婦はいなかった」等々、隠蔽と改竄の歴史認識が公式見解のように暴力的に大手を振っている。

 「追悼」という言葉はあらがい難い力をもつ。多くの人は8・15を「終戦記念日」と語り、政府の言葉どおり「追悼と平和を祈念する日」と認識し、政府や天皇の追悼と閣僚・国会議員の「靖国」参拝を受け入れ、あるいは良しとする。だがそこには、国家によって侵略戦争の兵士として戦地に送られ、加害者にさせられ、そして殺され、あるいは餓死・病死等々で死んだ人々への、責任ある者としてのあるべき謝罪は一言もない。あるのは、「私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたもの」という昨年の首相の言葉が示すように、侵略戦争や植民地支配によって現在の「平和と繁栄」が築かれたという、戦争肯定の論理だけだ。一方、「靖国」はそういった死者を「よくやった」と褒め称え顕彰する。その「靖国」を閣僚や国会議員といった公人たちが参拝することで、「靖国」思想をこの社会が肯定することを指し示していく。国家は「国民」を、アジア諸国への侵略者に仕立て上げ、そこで殺された人々を、いまも利用し尽くしているのだ。

 また、8月15日を「終戦記念日」と認識させ、「平和を祈念する日」とすることことの政治的な意図が、歴史修正主義や無責任体制の温存・強化にあることを、再度確認しておこう。

8月15日とは、1945年のこの日、日本政府がポツダム宣言を受諾したことを、戦争の最高責任者だった昭和天皇が「国内」に伝えた、いわゆる「玉音放送」が流された日でしかない。実際にポツダム宣言を受諾したのは8月14日であり、降伏文書に調印したのは9月2日だ。

 昭和天皇の「玉音放送」の日を「終戦の日」とすることで、天皇の「聖断」によって戦争が終結したという神話を流布し、天皇の命によって死んでいった兵士たちと、その兵士たちに殺された多くのアジアの人々の、その死への責任を曖昧にする「おことば」政治の舞台をその神話の日に求めているのだ。天皇制国家はこの75年間、そのようにして延命してきた。このような式典や「靖国」参拝を許し続けている日本社会は猛反省しなくてはならない。

 日本政府がやるべきことは、侵略戦争・植民地支配の被害者へのまっとうな謝罪と賠償である。そして反省を込めて天皇制を廃止することだ。私たちは今日、そのことを訴えるデモに出発する。ともに歩こう!

2020年8月15日
国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動

【追悼】高橋武智さん

 高橋武智さんが、六月二二日に八五歳で永眠された。この悲しい報告は、彼の後見人の弁護士事務所の事務員である、スタート時点からの「反天連」メンバーだった知人という、意外な人物が連絡してくれた。

 亡くなられた老人ホーム「ひまわり市が尾」には、私は、結局一度も訪ねることができなかった。すぐ想起したのは「平井啓之さんの思い出――『わだつみ会』の活動を通して」のタイトルのインタビューを私は武智さんと渡辺総子さんの二人を相手に「反天連」の機関誌『象徴天皇制研究』〈第3号〉でしている件である。一九九四年八月一六日の日付のあるものだ。すぐ読みなおしてみた。一世代(一〇年以上)以上年上の彼と私の交流は、三〇年以上前、昭和天皇Xデーのドラマチックな政治過程が始まる直前から始まったのだと思う。武智さん(いつも僕らはこう呼んでいた)はその頃常に「わだつみ会」の武智さんだった。

 当時のその会の長老平井啓之さんとの交流も、彼が媒介役を買って出てくれることも少なくなかった。そういう関係を前提にしてのインタビューである。そこでも彼は、死につつある戦中の学徒世代の戦争体験を、自分たち「中間世代」を媒介に、私たち「全共闘」世代やそれ以降のより若い世代にどう「継承」できるのかに、こだわって発言している。

 その後の「市民の意見30の会」の編集スタッフとしての私と彼の協力関係は何十年ごしで長い。隔月ニュースの会議と発送作業だから、長い間、月一回はほぼ確実に顔を合わせていたことになる。もっと、あれこれ話し協力してもらう場所をつくっておくべきだったナーと、いま、思う。あのころ、平井さんをはさんで、身近に感じていた「わだつみ会」は、やはり私にはズーッと遠い団体であった(今度の「代替わり」プロセスでは、機関誌に一本原稿を書かせていただいたが、これも武智さんが繋いだのだと思う)。

 反省は、いつも、取り返せない、決定的に遅れた時間にやってくる。さようなら武智さん。         

(天野恵一)

 

*反天皇制運動アラート50号 表紙コラム

【学習会報告】御厨貴編著『天皇退位 何が論じられたか──おことばから大嘗祭まで』(中公選書・二〇二〇年)

 アキヒト天皇の「生前退位」を実現するのに大いに力となった安倍首相がつくりだした「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の座長代理であった著者(実質的に、その会議をしきった)の、大量の各論文に対するコメント付き編著である。

 戦後憲法の天皇規定〈非政治・非宗教の象徴天皇〉を全面的に踏みにじる「生前退位」に向けた「典範」改正要求の実現という、天皇自身の「賭け」、これへの自覚的加担者だった著者は、首相の意をも組みこんで、こんなふうに、それをうまく実現したという自慢話のトーンが著者の「はじめに」や細かく添えられたコメントを通して、全体から伝わってくるすこぶる不愉快な書物であった。

 しかし、広くマスコミにおどったいろんなジャンルのインテリの天皇制ヨイショ論文が広く集められている、この論文集(批判的な主張はゼロではないが)、この「代替わり」プロセスで何が実現させられてしまったかを、私たちがリアルに認識するには、便利な本である。

 著者は「はじめに」をこういう言葉で結んでいる。

 「平成の幕引きとともに、戦後という時代がようやく『本当』に終わったと実感している」。

 この著者のいう「終わった戦後」とは、いいかえれば戦後憲法下の象徴天皇制理解、天皇制と民主主義・人権・平和主義は、対立的である、あるいはかなり矛盾しているという戦後支配的だった思想、こう言い変えてもよかろう。それは、ほぼ消滅した思想であると強調しているのだ。この「代替わり」のプロセスに生みだされた言論をトータルに集約してみれば、象徴天皇制と平和主義はもちろん民主主義や人権とは、すこぶる調和的なものであることがハッキリ読み取れるという主張だ。この世に反天皇制運動など存在しなくなったという認識とそれは対応している。さて、私たちはどう対決する。

 次回は、宇多川幸夫『考証 東京裁判:戦争と戦後を読み解く』(吉川弘文館・歴史文化ライブラリー)を、8月18日に読む。ご参加を。

(天野恵一)

【集会報告】復興五輪は大嘘だ!聞こう!福島原発被災者の声

 七月一二日、「東京オリンピック・パラリンピック2020を問う練馬の会」による講演集会が、練馬区役所の地下会議室において開催された。

 東京都練馬区には、陸上自衛隊練馬駐屯地と、同・朝霞駐屯地があり、朝霞駐屯地には陸上自衛隊の総隊司令部、練馬駐屯地には第一師団が置かれている。東京五輪では、陸上自衛隊朝霞訓練場がライフルやピストルの大会会場として使用される予定だ。この種目は、各国ともに軍隊警察関係者がほぼすべて。区教育委員会などは、生徒らとの「交流」イベントや動員を「授業」の一環としても予定。この、ど真ん中の軍隊のパブリックリレーションズに反対するため「練馬の会」は結成された。

 福島原発告訴団長でもある武藤類子さんは、事故後9年を過ぎてもなお、回復どころか除染もされておらず、廃棄物、汚染土や水が膨れ上がるばかりの現状を指摘。特定のわずかな地区のみの「除染」を「成果」として五輪と結びつける、嘘にまみれた国や東電らのやり口を告発した。安倍は「復興五輪」をコロナ「克服」とも結びつけるが、福島「イノベーション・コースト構想」は原発交付金のすり替えに過ぎないし、原子力「緊急事態宣言」はいまなお解除すらされず、コロナを加えて二重の「緊急事態」にあるのが現実なのだ。「オリンピックどごでねぇ!」との怒りが胸に残った。

 発言の二人目は、「2020オリンピック災害おことわり連絡会」で、「延期」とされているこのオリパラが、それほど矛盾に満ちたイベントであるかを、さまざまな方面から説得的に展開した。さらに三人目は、これまで反貧困ネットで活動してきた瀬戸大作さん。現在、その活動に加え「新型コロナ災害緊急アクション」として対応を広げており、この日も突然の依頼で相談者保護の対応をしてきたばかりとのことで、突然仕事を奪われる形になった多数の人びとがいる重い現実について報告された。

 区の施設のため、より「密」を意識して席数を絞りながら、六二名の参加と、発言者への支援カンパを集めることができた。会としては、これ以降も、一〇月に岡崎勝さんをお呼びしての集会などを予定している。

(蝙蝠)

【今月のAlert 】「慈愛」も「威厳」もいらない! 国家による「慰霊・追悼」を許すな!

 このコロナ禍にあって天皇の「お言葉」はなぜ出ない、といった記事は七月に入ってもボツボツではあるが続いている。その多くは、新天皇に「国民に寄り添っている」証しをビデオメッセージ等で表してほしいと望むものだ。

 メディアは天皇たちが「動けない」「動かない」ことを承知しているからこそ、「お言葉」を待望している。だが、「言葉」だけではなく、言葉通り「寄り添う」パフォーマンスがあってこその「平成流」であったことを、新天皇・皇后はよく知っている。金と「言葉」だけの傲慢とも思える演出は避けたいのではないか。

 一方で「民間人」同様に新型コロナ感染に怯える天皇たちがいる。天皇の肉体を前提とする制度の限界なのだ。また、天皇が動けばたくさんの人間が一緒に動く。東京から出向いた天皇とその一行が訪問先で感染源とならないという確証もない。出歩くわけにはいかないのだ。だから、そうではない形の、「国民に寄り添う」ポーズか、あるいは別の何かを模索しているというのが実態のように思う。いずれにしろそれはこの社会にとって不要、有害のものでしかないのだが。

 では、天皇・皇后の動きがないかといえば、実はそうでもない。たとえば四月以降の天皇・皇后の、専門家や関係者を呼びつけて話を聞く「進講」「接見」が目立って多い。ほとんどが新型コロナ関連だ。「視察」の代わりに専門家の報告と解説を受けているのだ。今年に入り一月から三月までになされた「進講・接見」は二回だが、四月以降めっきり増えて、これまでに計一五回。そのうち、四月一〇日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長・尾身茂の進講の際に天皇が、そして五月二〇日の日本赤十字社社長・大塚義治、同副社長富田博樹の進講の際には、天皇・皇后が「お言葉」らしきものを読み上げ、後日それらは報道された。

 長くなるが、結の部分だけ引用しよう。

 四月一〇日天皇「この度の感染症の拡大は、人類にとって大きな試練であり、我が国でも数多くの命が危険にさらされたり、多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています。今後、私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら、この感染症を抑え込み、現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」

 五月二〇日天皇「これからも、私たち皆が、この感染症の克服に向けて、心を一つにして力を合わせ、困難な状況を乗り越えていくことが大切だと思います。/新型コロナウイルスと闘っている医療従事者の皆さんに、改めて心から感謝の意を表しますとともに、皆さんには、今後ともくれぐれも体に気をつけてお仕事を続けられるよう願っています」

 皇后「これまで医療活動に献身的に力を尽くしてこられている方々、そして、その方々を支えられているご家族や周囲の方々に、陛下とご一緒に心からのお礼の気持ちをお伝えしたいと思います。/これからも、まだ厳しい状況が続くことが案じられます。日本赤十字社の皆さんを始め、医療に従事される皆さん方には、くれぐれもお体を大切にされながら、これからも多くの方の力になり、この大切なお務めを無事に果たしていかれますよう、心から願っております」

 これらの言葉が、目の前にいる個人に向けられたものではないことは明瞭だ。そして「祈る」という自分の行為を伝えるのではなく、「願っています」と不特定多数に向けて行為を促す。また、「国民」を案じ「国民」に代わって感謝や礼を述べる。行動が伴わないこれらのことばは、「寄り添い」「親しさ」よりも「威厳」の方を感じさせる。「威厳」が天皇にとっていいのかどうか、これからも天皇たちの模索は続くだろう。私たちは、その模索の過程も含め批判の論理を明確に出していくしかない。「慈愛」の天皇を演出できない象徴天皇は危機であろう。一方でいま見え隠れしている「威厳」の天皇を社会が認めるとなれば、非民主社会へとさらに踏み込むことになるだろう。

 私たちはいま、国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15 反「靖国」行動の準備を進めている。前段集会として、八月一日には北村小夜さんを迎えて「コロナ危機と天皇制」集会を開催した。準備も参加も、それぞれの条件下でできる人がやる。無理のないところで、ぜひご参加を! 

(大子)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 50号(2020年8月 通巻432号)

 

反天ジャーナル ◉ (よこやまみちふみ、映女、ななこ)

状況批評 ◉ 女性国際戦犯法廷から20年─「慰安婦」問題の真の解決を求めて(池田恵理子)

紹介 ◉ 2020東京オリンピック返上! 一年前反五輪国際イベント報告 「祝賀資本主義とオリンピック──ジュールズ・ボイコフ講演記録」(梶野)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈122〉◉ 軍隊の移動と感染症の拡大(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈49〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その14◉ 〈8・15〉天皇儀礼は被害「受忍」の正当化と、責任の隠蔽と忘却のためのセレモニー(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉復興五輪は大嘘だ!聞こう!福島原発被災者の声 /中止一択!東京五輪 7・23集会&24デモ

学習会報告◉ 御厨貴編著『天皇退位 何が論じられたか──おことばから大嘗祭まで』(中公選書・二〇二〇年)

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2020年8月4日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8.15 反「靖国」行動

■今年は敗戦75 年。天皇制国家による侵略戦争・植民地支配に対する反省・被害者への誠実な謝罪と補償はいまだになされていない。それどころか、「慰安婦」「徴用工」問題に対する安倍政権の居直り・逆ギレは、巷に排外主義・レイシズムを溢れさせている。

■戦死者を「英霊」と顕彰する靖国神社も「今日の繁栄の礎」ともちあげる政府主催の戦没者追悼式も、歴史の事実に向き合わず、事実を隠蔽・糊塗することによって、次なる戦争に向けて「国民」を動員する役割を果たしているに過ぎない。

■「災害被害者に心を寄せる」という天皇パフォーマンスも、事実(政策の欠陥や問題点)から眼をそらさせ、天皇制国家という幻想に「国民」を統合するための演出にすぎない。

■コロナ危機下でも発揮されるであろう天皇のこの統合機能を視野におき、8.15 の国家による慰霊・追悼の欺瞞を撃つ。8.15 反「靖国」行動に是非ご参加を!

 

8/1[前段集会]コロナ危機と天皇制

お話:北村小夜 さん「コロナ危機と慈愛・慈恵天皇制」
   医療現場からの報告:片岡万里子さん(医療労働運動研究会)

[日時] 8 月1日(土) 16:00 開場/ 16:30 開始
[ 場] 日本キリスト教会館 4F 会議室A・B(地下鉄早稲田駅徒歩5分) 

 

8/15[デモ]反「靖国」デモ

[日時] 8月15 日(土) 15:00 集合/ 16:00 デモ出発
[集合] 在日本韓国YMCA 3 階(JR 水道橋駅徒歩9分、地下鉄神保町駅徒歩7分) 

 

主催 ● 国家による「慰霊・追悼」を許すな!8.15 反「靖国」行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

→ 8.15集会宣言文

→ 当日の報告はこちら

→ こちらに写真があります

【出版物案内】季刊「ピープルズ・プラン88号」

*おわてんねっとのメンバーも多数参加した特集です。

  ◎定価1300円+税
   A5版160ページ
   発行・ピープルズ・プラン研究所
   発売・現代企画室

   >>>★お申し込み方法はこちら

【いまを読み解く】
・緊急事態宣言とこれからの日本の民主主義について考えたこと(海渡雄一)
・休校(長澤淑夫)
・二つの「緊急事態宣言」下の2020年の原発諸課題は何か(山崎久隆)

★特集:原子力・新型コロナ〈非常事態〉下の天皇「代替り」

・特集にあたって(天野恵一)
・ 象徴天皇制国家という〈無責任の体系〉の完成(天野恵一)
・ 明仁天皇の「業績」と新天皇のこれから(伊藤晃)
・ 「国体」の亡霊を追い払うために(松葉祥一)
・ 即位の礼・大嘗祭違憲差止請求訴訟の展開と現在(酒田芳人) 
  資料:訴状
・ 「女性国際戦犯法廷」から20周年の展示に向けて(渡辺美奈)
・ 明仁―徳仁「天皇代替わり」との闘争経験について――「おわてんねっと」の取り組みを中心に(北野誉)
・ [座談会]原子力非常事態宣言(3.11) および緊急事態宣言(2020.4.7) 下の天皇「代替り」(井上森・桜井大子・宮崎俊郎・天野恵一=司会)
・ 只今闘病中――読書ノート (40) 「平成代替り」状況下で (7)――「建国神話」と史実との関係をめぐって(天野恵一)

【特集外】
・ 安倍改憲をつぶす、その先に何を展望し、実現するか(最終回)(武藤一羊)
・ 読書逍遥(1)論集『21世紀のマルクス――マルクス研究の到達点』を読む(花崎皋平)

【地域から】
 広島(2)コロナウイルス禍のなかの個人的備忘録(田浪亜央江)
 長崎(2)コロナ下の長崎と三菱(山口響)
 札幌(2)あるアイヌエカシの闘いから(小泉雅弘)

【書 評】
・山口輝臣編『戦後史のなかの「国家神道」(長谷川亮一)
・徐翠珍著『華僑二世徐翠珍的在日――その抵抗の軌跡から見える日本の姿』(池田祥子)

 

【学習会報告】山本太郎『感染症と文明──共生への道』(岩波新書・二〇一一年)

 『ミミック』と言う怪物映画がある。虫を媒介とした感染症の猛威に人類はその虫を捕食する虫を開発、虫ごと感染症の根絶に成功するが捕食した虫が怪物化して人類を襲う話だ。こう書けば誰もが、虫ごと感染症の根絶なんて、やっぱり怪物映画は乱暴で出鱈目だと思う。では感染症だけ根絶ならいいのか? 現に天然痘は根絶されている。だが著者は、天然痘が消えたことによってどんな影響が表れるかまだ分からないと言う。天然痘の存在が他の、より有害な感染症への防波堤だったかもしれないと。

 本書は文明によって感染症が人類に定着・拡大していく様を一万二千年前から現代まで、フィジーからヨーロッパ、アフリカを経てグリーンランドまでを舞台に多くの具体例で描く。病気を「ヒトの環境適応の尺度」と考えればヒトは農耕・定住に未だに適応していないとも考えられる。感染症はウイルスや細菌がヒトに適応する過程であり、幾つかの段階を経て最終的にはヒトから消えていく。身体から消えなくとも、潜伏期間が百年単位ともなれば感染しているだけで発症はない。それでいいのではないかと著者は言うのだ。私たちの国の首相のようにウイルスと「戦争」したがる者と対極の発想がここにある。

 他にも開発と感染症の関りや、植民地と医学の関りなど考えさせられる。西洋医学が近代科学足りえたのは熱帯感染症と出会ったからだとは。

 感想・議論はこの間の「感染症」をめぐる様々な事柄について行われた。そうした議論の前提として今回は脱線してこの本を読んでもいる。そろそろこの間の様々な事柄を集会なりいろんなやり方で検討すべきではないかと思っている。

 次回は、御厨貴「天皇退位 何が論じられたのか——おことばから大嘗祭まで」(中公選書)を7月21日に読む。ご参加を。

(加藤匡通)