【今月のAlert 】新型コロナ下の天皇制の変容 2.11─28行動への参加を!

 「GoTo」やオリンピックにこだわったあげく、新型コロナの感染拡大を招いた菅政権は、人びとの生命と暮らしを守るための医療や生活への具体的な支援や補償を拡大するのではなく、一般的な感染防止の呼びかけや飲食店などへの休業要請に終始し、さらなる感染拡大を招いてきた。そればかりではない。「新型インフルエンザ等特別措置法」などの「改正」にあたって政府は「違反者」への刑事罰や公表など、「人災」ともいうべき政治の破綻を、強権的に個人に責任転嫁するかたちで取り繕おうとしている。懲役や罰金などの刑事罰は、自民党と立憲民主党の合意によって、行政罰である「過料」に変更されたが、その本質は変わることはない。罰則によって感染症に対応しようとする政策は、人権侵害を伴い、そもそも感染症の拡大防止にも逆行すると、医学界や大手マスコミをはじめ、批判の声が強まっていたが、当然だ。

 人びとの怒りは、菅政権の支持率急落につながっている。こうした状況は、社会の流動化をもたらさざるを得ない。こういう時こそ、「国民統合の象徴」たる天皇の出番となるはずだが、新型コロナウイルスは、天皇一族にとっても危険な存在だ。もちろん、ウイルス感染は、天皇も「国民」も、平等にふりかかる災厄ではない。彼らが享受している手厚い医療体制や、まったくもって密ではない居住環境などからしてもそれは明らかだろう。それでも万一のことがあっては大変なのだ。ただでさえ、天皇のスペアは少ない。

 新年の一般参賀に続き、天皇誕生日の一般参賀も中止になった。新春の「天皇一族の写真」も、核家族単位で別々に撮影されたものが発表されるほどである。明仁・美智子のような「平成流」を展開する余地はなく、新年のビデオメッセージやら、オンラインでの「行幸」を模索してはいるものの、いまひとつしょぼく、盛り上がりに欠ける。

 これらのことは、「新しい時代」の天皇制にとってのジレンマだろう。明仁自身が定義して見せたように、天皇という存在が「国民」の前に現前(プレゼンス)し続けることは、象徴天皇制存続のための肝なのだ。だから「コロナ後」、あるいは「コロナ状況下」の天皇制の再定義をめぐって、さまざまな「試み」は続けられるはずだ。

 私たちは、いま、2・11「紀元節」と、23「天皇誕生日」に対して反対する行動を準備している。神社本庁や日本会議などの右派グループは、例年二月一一日に「奉祝式典」を開き、青山通りで「奉祝パレード」をおこなってきた。ところが今年は、パレードは中止となり、式典も主催者と賛助団体の代表者のみの小規模なものにとどめるという。

 だが、もちろん私たちは、例年通り2・11には街頭に出てデモを行い、23には討論集会をもつ。新型コロナは心配だが、無理のない範囲で、自律・自衛しつつ行動に参加して下さい。

     *

 ここで、大事なお知らせをしなければならない。反天連は、第一一期を呼びかけることなく、この四月に正式解散する。毎月発行していたこのニュースも、通常号としては次の三月号をもって終刊となる(その後、特別号の発行を予定している)。

 反天連は、「昭和Xデー」との対決をめざして一九八四年に結成され、「Xデー」過程が一段落した一九九一年からは、三年を目処として解散・再結成を繰り返してきた。第一〇期は二〇一六年六月から始まったが、この段階で、とりあえず期間は三年とするが、次期の「Xデー」が近いことを考慮し、その際には「Xデー」過程終了まで活動を持続して区切ることを内部的に申し合わせていた。実際、あのような形で「天皇代替わり」が始まり、首都圏の仲間たちとともに、私たちも反対運動を走り抜けることになったが、昨年一一月の「立皇嗣の礼」をもって、それも一区切りついた。

 短いとはいえない関わりの中で、事務局メンバーのそれぞれが置かれている状況も変わり、これまでの活動のスタイルとは異なる運動の可能性も模索されていかなければならない。もちろん、反天連は解散しても、個々のメンバーは今後も反天皇制運動をはじめ、さまざまな運動に関わり続けていくだろう。なにより、天皇制のあり方自体、変容を続けているのだ。自分たちのできうる範囲で、新たな課題と結び直しをめざす試みを、私たちもまた続けていく。

(北野誉)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 56号(2021年2月 通巻438号)

 

反天ジャーナル ◉ (はじき豆、映女、蝙蝠)

状況批評 ◉ 新型コロナウイルス感染症に乗じてIT企業が学校を支配(北村小夜)

ネットワーク ◉ 超マイナーな「反天皇制市民1700ネットワーク」誌ご紹介(徐翠珍)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈128〉◉ 遠く、四世紀前のシェイクスピアの声を聴く(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈55〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その20◉ 東京オリンピック(天皇の開会宣言)まだやるの?(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉福島原発事故から10年、天皇制と原爆・原発集会/「その支出に異議あ~り!」集会 主基田抜穂の儀違憲訴訟

学習会報告◉ 遠藤興一『天皇制慈恵主義の成立』(学文社、二〇一〇年)

反天日誌

集会情報

 

前号の目次はこちら

*2021年2月4日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会宣言】「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動 集会宣言

 「新型コロナ」感染拡大によって追い込まれた菅政権は、「緊急事態宣言」の延長と同時に、「新型インフルエンザ等特別措置法」などの「改正」にあたって「違反者」への罰則や公表など、個人・私権に対する、人権侵害を伴う強権的な責任転嫁で取り繕おうとしている。こうした政策は、菅政権に対する人びとの怒りを増大させているが、他方でまた、これに便乗する「自粛警察」的な動向に対しても、「お墨付き」を与えるものとして機能するだろう。

 公共施設の貸し出し停止など、「緊急事態宣言」の名の下に、またしても表現・言論の自由が制約されている。そのような日常の中で、私たちは今年の2・11反「紀元節」、2・23「天皇誕生日奉祝」反対の連続行動に取り組もうとしている。

 2019年に強行された明仁退位・徳仁即位儀式をはじめとする「天皇代替わり」は、2020年11月8日の「立皇嗣の礼」を経て一応の終結をみた。しかし、「新型コロナ」状況は、「代替わり」によって新たな「体制」を作りだそうとする天皇一族のパフォーマンスに対しても、大きな制約を課している。新年の一般参賀に続いて、天皇誕生日の一般参賀も中止になった。新年のビデオメッセージや、オンラインでの「行幸」などがなされてはいるものの、明仁・美智子のような「平成流」の、徳仁・雅子へのスムーズな移行は困難である。その意味では、象徴天皇制は、ある種の「停滞」を余儀なくされている。

 しかし、こうした時期においても、やはり天皇制の記念日は、日本国家に不可欠のものとして祝われ続けるのである。2・11「建国記念の日」−2・23「天皇誕生日」というふたつの記念日の近接は、このふたつの日を、我々の側から批判的に意味づける作業を不可避のものとする。「紀元節」は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことは、誰しも認めることだろう。しかし、天皇として誕生日を祝われる徳仁は、「神武天皇から数えて126代目の天皇」であると、当然のように語られる。いうまでもなく、天皇誕生日は、かつては「天長節」として祝われ、「紀元節」とともに天皇の祭祀が行われる「四大節」の一つであった。その意味において、神権主義的な天皇と象徴天皇とは、矛盾なく接合されていくのだ。

 そのことのもつ意味は、もちろん「皇国史観」の単なる復活なのではなく、「文化・伝統」という回路から、天皇制イデオロギーを「国民」に内面化し、統合しようとするものである。そしてそれは、「文化・伝統」の場面にとどまらず、現在の象徴天皇が果たしている政治的な行為をも、正当なものとして「国民」に受け入れさせることになる。

 天皇の記念日は、天皇が「神聖」なものであるとみなす感性を再生産するものである。だからこそわれわれは、反天皇制運動の軸のひとつとして、このような記念日を拒否する闘争を続けていく。今年の2・11−23連続行動に取り組むにあたり、このことを明確に宣言する。
 
 2021年2月11日

【集会案内】「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2.11-23 連続行動

■「紀元節」(2月11 日)は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことを前提にしつつも、「文化と伝統」と結びついた、「日本国(民)の物語」として公定されたものとなっている。昨年の天皇「代替わり」の諸儀式においてそれをあらためて見せつけられた。そして、神武から数えて「126 代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日(2月23 日)が、これに続く。

■私たちは、2月11 日に反「紀元節」のデモを、23 日の「天皇誕生日」には、新たな天皇制を問う討論集会を行う。

■「代替わり」を経て新たに演出される天皇と天皇制をめぐる物語を批判的に読み解きつつ、今後展開されていこうとする天皇制とそのイデオロギーに抗する行動を作りだしていこう。ぜひ、ご参加下さい。

【2.11 反「紀元節」デモ】

[日 時] 2 月11 日(木・休)16:00 集合/ 16:30 デモ出発
[集 合] 日本キリスト教会館 4F 会議室A・B(地下鉄早稲田駅徒歩5分)

 この行動は終了しました → 写真はこちら 

             → 集会報告・その1

             → 集会報告・その2  

             → 集会宣言 

2.23 討論集会「 天皇代替わり」とは何であったのか 再定義された象徴天皇制

[問題提起]
「代替わり」儀式と憲法:代替わり過程の総括(天野恵一)
皇位継承問題:再定義問題とどうからむのか?(桜井大子)
権力・権威の重層化問題:上皇・天皇・皇嗣の三つ巴構造(北野誉)

[日 時] 2月23 日(火・休) 13:15 開場/13:30 開始
[会 場] 文京区民センター 2A 会議室(地下鉄春日・後楽園駅) 

 

主催●「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動

 

→呼びかけ文はこちら

【学習会報告】坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書・二〇二〇年)

 憲法を軸にして近現代日本の(政党)政治史を捉えるときに、明治憲法の時代─総力戦の時代─日本国憲法の時代として、つまり「戦前」・「戦中」・「戦後」として分けて捉えるべきだ、と言う著者は、「平和と民主主義の時代」は戦後だけでなく戦前にも存在していたのだ、「戦前」は「戦後」へと引き継がれたのだ、とも言う。ここで言われる民主主義とは、藩閥勢力が天皇大権を強くして議会権限を弱めるようにつくられた明治憲法体制の構造上の制約のなかで、選挙で当選した代議士が集まる議会の勢力配置を反映させた政党内閣の地位をいかにして確保するかをめぐる憲法解釈と諸政党の模索のことであり、平和とは軍部を縛る憲法解釈に基づいた立憲的な政治による軍部の抑制のことである。このような視点から整理された本書は、たとえばかつて天皇機関説と政党内閣の正当化、そして軍部に一定の立憲主義的な縛りを加えた美濃部達吉が、軍部・官僚・専門家を集めて政策立案をする内閣調査局と内閣審議会という「上からのファシズム」の機関の原型(円卓巨頭会議)を提唱し、議会に代わるべきだ、と主張したことを国家社会主義への転向だと指摘するなど面白い論点が散りばめられている。

 とはいえ、坂野の言う自由と民主主義の「戦前」なるものは治安警察法や治安維持法などを不問に付して議会外の自由と民主主義への実践を無視することで成り立っていると言わねばならないし、帝国主義本国が破局的な結末をむかえる日中戦争以前を「平和」だと捉えるのは、植民地主義の下で抑圧されていた人びとが常に非常事態=戦争状態であったことを忘却することでしかないだろう(まさしくこれは「戦後」に継承されるものだ)。それに立憲主義が軍部を抑制していたとしても、その立憲主義が徹底された先に果たして日本帝国主義の解体はあったといえるだろうか、と問うべきである。著者の視点はあまりに内向きすぎる。だから「戦後レジームからの脱却」を息巻く自民党に対して「誤って総力戦時代に戻らないかぎり、戦後デモクラシーから脱却すれば戦前デモクラシーに戻る」なんて言葉が出てくるのである。

 次回(一月一九日)は遠藤興一『天皇制慈恵主義の成立』(学文社)を読む。

(羽黒仁史)

【今月のAlert 】「女系」でも「男系」でも天皇制廃止だ! そして「皇女」制度を許すな!

 二〇二一年『朝日新聞』の第一報の一面は、コロナと元農水相の賄賂で埋め尽くされた。第二報(三日)も同様だ。新年早々、紙面全体のコロナ関連記事が占める割合は実に多い。昨年、運動現場へのコロナ感染拡大の影響は決して小さくなかったが、天皇たちが受けた影響の大きさを、改めてこの紙面から思う。まずは一般参賀中止で始まる二〇二一年に、天皇たちは継続する不運を感じたことだろう。

 一般参賀は一九四八年から続く皇室行事だが、新年一般参賀が中止されたのは今年を入れて三回のみだ。過去の二回は一九八九年昭和天皇Xデーの年とその翌年で、裕仁の重篤と死後の服喪が理由だった。天皇自身の都合を除き、何があっても続けてきた一般参賀は、五万から一〇万以上を超える天皇信奉者を前に天皇がスピーチする貴重な機会であり、その様子をテレビや新聞で我々に見せつける大きな天皇イベントなのだ。それを断念しなければならなかった天皇一族は、昨年からつづく「公務」の自粛の継続を予感させられたに違いない。

 初詣の記事とならび、一般参賀の様子や天皇の「言葉」、家族写真やベランダにずらりと並ぶ天皇夫婦と成年皇族たち、打ち振られる「日の丸」の小旗の波。今年はそういった映像や記事がない。天皇たちにとっては、一般参賀中止にとどまらず、コロナ禍に「配慮した」お祝いムードや高価で派手な装い(ティアラ)の自粛など、見せどころ激減の状況は続く。そして、「次善の策」としてのビデオメッセージ。一日のビデオメッセージは社会面に小さめの家族(天皇・皇后・愛子)写真付き記事。三日の「新年祝賀の儀」の記事はさらに小さめで写真なし。天皇報道が比較的多い『朝日』でさえ、記事はこれだけであった。それでも十分すぎるとは思うが。

 メッセージでは、「皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています。(中略)我が国と世界の人々の安寧と幸せ、そして平和を祈ります」と述べる。「民主的痛覚」(伊藤晃)というのをマジで感じさせる天皇のセリフで、同様の言葉は何度も聞くが、その度に呆れかえり怒りがわく。天皇の「願い」や「祈り」とは無関係に社会は動いているのだ。たとえば、寒風吹きすさぶ路上で年越しを余儀なくされている人たちを支援する人々は、天皇に示唆されて動いているわけではまったくない。しかも天皇一族は、年末年始であぶれ路上で過ごす人たちの、寒さや悲しさや無念さとは無縁のところで生きている。あるいは、医療・保健・福祉の現場だけでなく、危険と隣り合わせだったり、理不尽な条件下で働く人たち、独居老人、一人親、失職した人たち等々の過酷な現実を知る必要もない。天皇・皇族がその「血統」を根拠に、国によって丁重に保護されているからにほかならない。そんな不条理があっていいはずがないし、ましてや政府や行政の無策の代償としての「お言葉」や「公務」を担当する国家機関は百害あって一利なし、なのだ。

 一方、新聞は大きく紙面を割いて「おひとりさま」記事や養子縁組の家族物語など、婚姻や「血の論理」とは別の選択肢を肯定的に扱う記事を組んでいた。明らかに天皇制の論理とは別方向の紙面づくりで、興味深い。読者の多くはそのような記事を望んでいるということだ。

 ほんの少し遡り、昨年末に向けては眞子の結婚話と秋篠宮の親父発言、そして皇位継承問題として政府が指し示した「皇女」制度問題でメディアはそれなりに沸騰していた。眞子の「お気持ち」、眞子の結婚に対する批判、二四条を引っ張り出して結婚を認めて見せた秋篠宮への複雑な気分がにじむ肯定・否定論と多々あるが、まずは、そのさなかにでてきた「皇女」制度問題。

 この案は八年ほど前から出ていた。ただ、これが「皇位継承問題」の解決策にはなり得ず、あまり前面には出てこなかった。しかし今回、これが政府案として動き出しそうな気配だ。「男系男子」原則なのだそうだ。女系でも男系でも天皇制廃止、を当然の前提に、政府が構想する「皇女」制度に反対していこう。「血統」だけで特別優遇される「皇女」たち。天皇制という身分社会に、さらに特別な身分を作ろうというのだ。私たちは「『紀元節』と『天皇誕生日』に反対する2・11ー2・23連続行動」実行委でも新天皇制論議を始めている。ともに深めていこう。

(大子)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 55号(2021年1月 通巻437号)

 

反天ジャーナル ◉ (なかもりけいこ、よこやま みちふみ、ななこ)

状況批評 ◉ 教育における「不当な支配」─朝鮮学校「高校無償化」裁判から考える(佐野通夫)

書評 ◉ 多様な視点と「熱さ」が交差する追悼文集─『語り継ぐ1969 糟谷孝幸追悼50年─その生と死』(宮部彰)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈127〉◉ ひどい政治の横行と、それを批判する論理と倫理の水準(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈54〉〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判 その19◉ 「眞子」「秋篠宮」発言と「小室母子」非難(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉殺害されたホームレス女性を追悼し、暴力と排除に抗議する/即大訴訟 活発な弁論/「敵基地攻撃力」とは「敵地先制攻撃力」

学習会報告◉ 坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書・二〇二〇年)

反天日誌

集会情報

 

→前号の目次はこちら

*2021年1月5日発行/B5判12ページ/一部250円
*模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【呼びかけ】「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動の呼びかけ

 2020年11月8日に強行された「立皇嗣の礼」を経て、長期にわたる「天皇代替わり」過程は一応の終結をみた。しかし、「立皇嗣の礼」自体がいったん延期され、また、新年の一般参賀など天皇関連の諸行事が軒並み中止に追い込まれていることにも現れているように、「代替わり」したあとの天皇制の本格的な展開は、「新型コロナ」の蔓延によって大きく制約されていると言わざるを得ない。それは、明仁時代の「平成流」、「つねに国民と共にある天皇像」を高く評価し、今後も象徴天皇制を維持し続けていこうという、「リベラルを自称する天皇主義者」にとって、ある種の「危機感」さえ覚えさせるものでもある。

 2016年夏、明仁天皇の「生前退位」の意向表明から始まった「代替わり」は、戦後の皇室典範の規定さえ踏み超えて、天皇主導によって、天皇制のありかたを変容させる、いわば天皇制の「再定義」そのものであった。「生前退位」に関する明仁のメッセージは、かれ自身が誇って見せたように、象徴天皇の「公的行為」の拡大こそが、今後の天皇制の維持・強化のための核心であるという、天皇の側からする宣言であったといえるが、そのことを通して明仁は、天皇制とデモクラシーは矛盾するものではないという社会的意識を拡大した。天皇の意向が「皇室典範」の特例法を成立させたということ自体が、戦後剥奪されたはずの皇室典範の改正についての天皇の発議権が、事実上天皇の手に取り戻されたという意味で、天皇の権能を格段に拡大していく違憲の攻撃に他ならない。いわゆる「リベラル派」の多くがそれに積極的に異を唱えられない事態の現出は、明仁に主導された天皇制の再編に対する「合意」が、「代替わり」過程を通じて制度的に確立していったということをも意味した。

 明仁が「上皇」となり、徳仁が新天皇に即位し、そして文仁が「皇嗣」となる。それは、このようなものとして展開してきた象徴天皇制を、三者が一定の役割分担をしながら、皇位継承をめぐる「不安定」さという天皇制にとっての危機を「回避」しつつ、次代に向けて天皇制そのものを賦活していこうとするものでもあっただろう。天皇−皇太子−皇族という従来の天皇制のあり方に対して、上皇や皇嗣という新たな皇室身分を創出することは、全体として天皇一族の権威を強化するものである。しかしそれはまた、結果として天皇に体現されていた権威の分散化と多元化をもたらすことになる。いずれにせよ、コロナ状況などによって、それが充分機能しているとはいえないが、天皇制が、天皇家を中心とする「三つの家族」によって担われるシステムとして登場しつつあることを見るべきである。

 同様の皇室身分の創出の動きは、いわゆる「皇位継承問題」と絡んで取りざたされている「女性宮家」問題においても見ることができる。さらに政府は、右派に「配慮」して「女性宮家」は先送りにするかわりに、皇族を離れた女性を「皇女」という称号を持つ「特別公務員」とする案を唐突に出してきた。「皇女」は皇族ではないとされるが、天皇家に生まれた女性であることに起因する新たな身分制度であることは明らかだ。皇室と「平民」とのあいだに特別な身分を立てるというのは、生まれによる身分差別の拡大に他ならない。「新型コロナ」状況下で、表だって天皇一族の動きが目立たない中で、天皇制の制度としての作り替えが進んでいるのだ。

 こうしたなかで、われわれは、2・11「紀元節」−2・23「天皇誕生日」に向けて、行動を準備している。「紀元節」は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことを前提にしつつも、「文化と伝統」と結びついた、「日本国(民)の物語」として公定されたものとなっているのだ。われわれはそれと同様の事態を、ほかならぬ天皇「代替わり」の諸儀式においてあらためて見せつけられたはずだ。そして、神武から数えて「126代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日が、これに続く。「代替わり」を経て新たに演出される天皇と天皇制をめぐる物語を批判的に読み解きつつ、今後展開されていこうとする天皇制とそのイデオロギーに抗する行動を作りだしていこう。実行委への参加・賛同と協力を!

 

「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11−23連続行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【学習会報告】山田朗『日本の戦争Ⅲ 天皇と戦争責任』(新日本出版社・二〇一九年)

 本書は、天皇の戦争責任回避の根拠として定説となっていた、天皇「無答責」論と実態としての天皇の戦争不関与という間違いを正していくことを大きな目的に編集されている。一九九五年の「現代における〈戦争責任〉問題──天皇の〈戦争責任〉論を中心に」から、二〇一六年「『昭和天皇実録』の軍事史的分析」と、およそ二〇年間に書き積み上げられてきた研究論文の集大成である。

 著者は、様々な言論によって作り出された昭和天皇裕仁=「無力で戦争に消極的な立憲君主」といったイメージを覆すために、一次資料を丹念に読み、裕仁はただ座ってハンコを押すだけの無能・無害な君主では決してなかったことを証明するため、長期にわたる研究を続けてきた数少ない実証主義歴史研究者だ。一方で、裕仁の戦争関与に関する実態を暴露していくことで、これだけ作戦等への関与があったのだから戦争責任なしとは言わせないといった主張の新しさと説得力の強さに私たちは気を取られすぎ、明治憲法下で大元帥・戦争の最高責任者という地位にあるというだけで逃れようもないはずの責任から、逃れきったことの問題は伝わりづらくもなっていたかもしれない。著者にとっては当たり前のことであっただろうその側面が、それが目的であったかどうかはさておき、そのあたりもフォローされるような編集となっており、完璧さは増し、裕仁断罪への執念を感じさせる一冊だ。

 学習会では、天皇の曖昧で漠然とした「下問」によって作戦が変更されたりするあたりの詳細な記述に、天皇制の「忖度政治」の「伝統」を読み、天皇のわがままぶりに呆れ、久しぶりに裕仁への悪口三昧で盛り上がった。

 次回は、一二月一五日(火)、坂野潤治『明治憲法史』(ちくま新書)を読む。

(大子)

【集会報告】天皇も跡継ぎもいらない! 「立皇嗣の礼」反対緊急行動

 「立皇嗣の礼」が強行された一一月八日、「天皇も跡継ぎもいらない 11・8『立皇嗣の礼』反対緊急行動」が原宿・神宮橋で取り組まれ、渋谷・宮下公園までのデモを行った。主催は、「国家による『慰霊・追悼』を許すな! 8・15反『靖国』行動」。

 閣議では、この日各府省で「日の丸」を掲揚するほか、地方自治体や学校、会社などに掲揚への協力を求めることを決めた。衆参両院などは、「立皇嗣の礼」に祝賀の意思を表す「賀詞」を、決議していた。あらためて秋篠が「次」の天皇であると宣言するこの儀式は、まさに一連の「天皇代替わり」儀式の最後に位置づけられるものである。

 デモ出発前のアピールでは、主催者あいさつに続いて、反戦・反天皇制労働者ネットワーク、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、オリンピック災害おことわり連絡会から連帯アピールを受け、最後に実行委メンバーが「緊急行動アピール」を読み上げた。

 集会後、表参道から渋谷に向けたデモに出発。「立皇嗣の礼に反対!」「天皇も皇嗣もいらない!」「皇位継承の儀礼を認めないぞ!」などのシュプレヒコールを響かせた。

 このデモに対しては、随所で右翼の攻撃が目立った。明治通りでは、デモ隊に突っ込んできた右翼によって転倒した参加者が負傷させられた。右翼の暴力を許さず、原則的に反天皇制運動を持続していこう。参加者は九〇名。

(北野誉/実行委)