【集会報告】徹底検証!ナルヒト天皇制

 アキヒトの生前退位発言から続いた皇室大フィーバー報道も、退位、即位儀式を経て、十一月に行われる大嘗祭までしばし休息か、メディアの加熱報道は現在吉本興業の話題で持ち切りだ。

 ナルヒトが新天皇になった直後は、皇室祭祀や儀式に続き、トランプ米大統領との会談のような「外交」や晩餐会の模様を、新皇后マサコも同時に持ち上げる新天皇夫婦賛美報道が続いた。

 さらに国会や地方議会では「即位を祝う賀詞」があげられるなど秋にむけ翼賛体制が進められている。

 新たな天皇像とはどのようなものなのか。アチラ側が作ろうとしているこれからの天皇制のあり方を研究分析し、これを打ち破っていく運動の体制をどのように作っていくのかを共に模索するためにおわてんねっと主催で七月一五日に、文京区民センターで表題の集会を行った。

 最初に井上森によるナルヒトの半生を振り返るスライドトーク。膨大な映像の量は、ミッチーブームから始まる皇室情報をTV媒体を通して「国民」にいかに浸透させていったかを物語っている。

 それを受けるような形で、天野恵一は「『代替わり』奉祝ファシズム報道の分析」を行い、続いて、桜井大子は、「皇位継承問題」に焦点をあて批判した。

 最後に小倉利丸さんはナルヒトと水(グローバリズムの観点から)をテーマに「象徴天皇の政治的な関与」の傾斜、政治利用の可能性を示唆された。

 今回、「ナルヒト時代の日米同盟」も重要な視点として柱を立てていたが、発題者の都合で次回のお楽しみとなった。参加者一三〇人。        

(桃色鰐)

【今月のAlert 】排外主義やヘイトが席捲する状況に抗し て今こそ私たちの闘いを

 資本主義の「共通価値」として語られていたはずの「公正」や「平等」が、さらに「自由」までもが大幅に毀損されていっている。トランプの「アメリカ第一」は、「自民族優先」さらに世界的な排外主義、他民族排斥やヘイトの潮流として、はっきり時代を画している。こうした状況下で危ぶまれながらも、前回の自民党大勝が多少は是正され、参議院においては改憲与党が2/3を超える構成ではなくなった。しかしもちろんその内実において危
険水域は続いており、あらゆる条文や理由を持ち出して改憲に踏み出そうという政治勢力はあまり減少していない。

 むしろ、日本国家や社会システムの全体的な衰退の原因を、極右のいう「特定東アジア」や、国内の「反日勢力」の「存在」に仮構して、権威主義的体制を造り上げようとする動向はいよいよ悪性のものになっている。中国との関係、北朝鮮との関係においては、アメリカへの依存を強いられ、ロシアに対しては「領土交渉」で成果を上げると広言しておきながら、「安倍外交」はほぼその全てを喪失する真逆の「大成果」を上げた。だからこそ、安倍らの日本政府にとっては、韓国への強硬的なふるまいだけが、この愚かな政府への「求心力」を生みだす咒法となっている。

 韓国を輸出「優遇」の「ホワイト国」から外すという措置は、日本国内メディアやネット世論を除く世界中の誰の目から見ても、戦時性奴隷とされた「慰安婦」問題や強制による「徴用工」問題についての報復措置である。これはトランプ流の国内経済第一主義ですらなく、「反韓国」世論を煽ることで、排外主義をテコとして国内の諸問題をあるいは打ち消しあるいは歪める政治操作に他ならない。

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 八月一日から、愛知県で「あいちトリエンナーレ2019」が開催されている。今回は津田大介を芸術監督として、その選考においても男女平等にするなどの注目される試みがあり、多くの作品を集めている。その中のひとつのプログラムとして、「表現の不自由展・その後」という展示がなされている。(https://censorship.social)

 このプログラムは、二〇一五年に練馬で開催され、私たちも協力した「表現の不自由展」の発展形とも言うべきもので、ニコンサロンでの写真展を圧殺された安世鴻さんの写真、富山県立近代美術館で作品や図録を破棄された大浦信行さんの絵画、そしてキム・ソギョン/キム・ウンソンさんによる「平和の少女像」など、一六組の作家による表現が一堂に会している。そして、とりわけ日本の戦争・戦後史を問題とする作品に対し、歴史修正主義者やヘイト活動家、「ネトウヨ」からの激しい攻撃が、たったいまも続いている。なかでも「少女像」に対しては、SNSなどで煽動された破壊の危険も含め、河村市長や菅官房長官など極右の政治家たちによる弾圧が準備され、展示は予断を許さない事態にある。「表現の不自由」とは、日本の戦争責任、歴史問題、天皇制の問題であり、国家や右翼により遂行される脅迫と暴力、まさに国家「テロ」から自由をかちとる闘いの問題なのだ。
(注:八月三日夕刻、「表現の不自由展」の撤退が報道された)。

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 これら展示の防衛や対策にあたる現地からの報告をじりじりした思いで聞きながら、私たちは、今年は「おわてんねっと」として、八月一五日の「国家による『慰霊・追悼』反対」行動の準備を進めている。またその直前には「平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」も行なわれる。昨年の靖国宮司による「天皇批判」に続き、「カネ」や「女性差別」の問題も露呈するなど、靖国神社など宗教右翼の破滅的な内実も明らかとなり、天皇制や天皇主義者たちはますます揺らいでいる。だからこそ右翼たちの攻撃もいや増すと想定されるし、徳仁による「全国戦没者追悼式」での初めての発言には大きな注目が集まっている。それは、秋の即位式や大嘗祭、来年に予定されるオリ・パラなどを通じ、「代替わり」直後の天皇制を支えるための重要なイベントとしての役割を持つ。合言葉は、「天皇に 平和を語る 資格なし」である。多くの人びととともにこの闘いをかちとっていきたい。

(蝙蝠)

【月刊ニュース】反天皇制運動ALERT 38号(2019年8月 通巻420号)

今月のAlert ◉ 排外主義やヘイトが席捲する状況に抗して今こそ私たちの闘いを(蝙蝠)

反天ジャーナル ◉ ─きょうごくのりこ、中村ななこ、俺たちに明日はない!

状況批評 ◉ 皇位継承問題と「女性・女系天皇」論議の現在(桜井大子)

ネットワーク ◉ 茨城国体反対デモへの招待(加藤匡通)

太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈110〉 ◉ 「政治」と「選挙」をめぐって(太田昌国)

マスコミじかけの天皇制〈36〉◉ 「ナルヒト・マサコ」賛美と「アキシノ・キコ」ブーイングの手のひら返し─〈壊憲天皇制・象徴天皇教国家〉批判(3)(天野恵一)

野次馬日誌

集会の真相◉議会を浸蝕する差別主義・レイシズムを許すな!7・14集会/徹底検証!ナルヒト天皇制南京大虐殺・靖国に抗議した香港人弾圧を許すな!7・20─7・27開催一年前!?反五輪国際イベント

反天日誌

学習会報告◉島薗進『神聖天皇のゆくえ─近代日本社会の基軸』(筑摩書房、二〇一九年)

集会情報

→前号の目次はこちら

*2019年8月6日発行/B5判12ページ/一部250円
模索舎(東京・新宿)でも購入できます。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【集会案内】国家による「慰霊・追悼」反対! 8/15行動

★アジア ・ 太平洋戦争のこの国の最高責任者だった、 昭和天皇 ・ 裕仁。天皇制の戦争責任 ・ 植民地責任を糊塗するべく振舞った、 前天皇 ・ 明仁。
★そもそもこの国は、 「明治」 以来のおよそ150年間、 天皇の名のもと侵略戦争を行い、 植民地支配を行って、 平気な顔をし続けている。
★今年の8月15日、 新天皇・徳仁が、即位後初めて全国戦没者追悼式に参加し 「おことば」 を述べる。 国家による慰霊と追悼が強制される儀式の場で、 ヌケヌケと天皇の地位を継ぎ居座る者が、 一体何を話すというのか!?
★天皇に平和を語る資格なし!
そして国家は、 慰霊と追悼ではなく、 謝罪と補償を!

【日時】
2019年8月15日(木)
  ■13:00 開場
  ■16:30 デモ出発(予定)

【講演】
 松井隆志 さん(大学教員)「〈戦後〉批判:戦争責任問題との関連で」

【場所】
 在日本韓国YMCA 9階ホール(東京都千代田区猿楽町2丁目5-5)

【主催】終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク(おわてんねっと)

→ この行動は終了しました。報告はこちら。

→ 写真がこちらにあります。

国家による「慰霊・追悼」反対!8/15行動

 

【声明】あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」への天皇制弾圧に抗議し、反天皇制の闘いへの参加を訴える

2019年8月1日に開幕したあいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」は、入場制限が行われるほどの盛況であったにも関わらず、わずか3日の開催をもって中止に追い込まれました。ナルヒト天皇初年に仕掛けられた重大な天皇制弾圧として、この出来事に強く抗議します。
同展の中止を求めた名古屋市長や国会議員をはじめとする政治家、補助金の見直しを示唆した日本政府を絶対に許しません。

また企画展実行委や作家たちへの一切の説明なく中止を決めた、あいちトリエンナーレ実行委員会(会長:大村愛知県知事)の決定に抗議します。最も許せないのは、差別や排外主義にまみれた暴言を吐き、放火や暴力を示唆する脅迫を主催者に対して行った数多くの人々です。これらの人々を怒りをもって糾弾します!最低なやつらだ!

トリエンナーレ実行委の説明によれば、同展の中止を決定づけた電話やメールによる抗議の対象は「慰安婦5割、天皇4割」であったといいます。抗議や脅迫は、「平和の少女像」と「裕仁の肖像」に集中したのです。その背景にはいうまでもなく、みずからの国が行った植民地支配と侵略戦争に対する日本社会の認識と想像力の決定的な欠如があります。そして現在進行形で展開されている、アキヒト退位フィーバーから始まった「代替わり」奉祝の動きがあります。  

「昭和天皇の御真影を焼く映像展示は…事実だとしたらとんでもない」(和田政宗自民党参院議員)などという、大日本帝国丸出しの発言が国会議員からなされ、その発言が広く支持されています。すでに公共空間から排除されていた天皇を扱った作品が、翼賛市民の脅迫によって天皇「代替わり」の年にさらに排除されたのです。この現実から、私たちは出発しなければなりません。

「表現の不自由展」の中止に心を痛めているすべての皆さんに心から訴えます!

〈表現の不自由〉を私たちに強いている天皇制を廃止しよう!
プラカードで、シュプレヒコールや歌で、そのたたずまいで、日本社会の〈表現〉を限界づけている天皇制に反対しよう!

天皇を名指し、プラカードに顔写真を貼り、「戦犯」「差別者」「偽善者」と思い思いに書きつけ、痛みと怒りをもって、天皇制の犯罪を告発しよう!

デモや街頭アピールで、自らが天皇制反対の表現者となろう!

私たちは、天皇制反対の闘いによって「表現の不自由展」の作品群に連帯し、その一刻もはやい再開を求めます。そして、天皇制国家の暴力と支配によって抑圧されてきた無数の生と〈表現〉に連帯します。

2019年8月11日

終わりにしよう天皇制!「代替わり」反対ネットワーク(おわてんねっと)

WEB■http://han.ten-no.net/  MAIL■owaten@han.ten-no.net  twitter■「おわてんねっと」        

【学習会報告】大塚英志『感情天皇論』(ちくま新書、二〇一九年)

 大塚英志は〇三年から天皇制を断念すべきと発言しているが、書籍としてはこれが初めてではないかと思う。
 
柳田国男が構想した、自立した投票行動のできる近代的個人を形成する運動としての「公民の民俗学」を受け継いで近代のやり直しを説き続けている大塚は、アキヒトの退位発言を象徴天皇制という公共性の新しい合意形成に参加する一人の個人の発言ととらえ、「国民」の側はアキヒト即位以降天皇制についての思考を怠り、感情で答えただけだとする。それは公民としてふるまおうとする天皇と公民になれない「国民」という図式だ。公民とは責任主体ことで、天皇がいる限り「国民」は責任主体になれない。「私たちが「個人」にならずとも許してくれるあらゆる思考の枠組を悉く放棄しなくては」ならないので「天皇制の断念」が必要と結論する。
 
彼の問題意識はここまでである。大塚英志には君主制・身分制の問題、差別の問題がまるで見えていないのだ。だから「天皇家バチカン化計画」という錯誤が出てくる。天皇を日本国の外部にしても僕たちは大塚のいう公民にはなれない。断念とは廃止であるべきだ。自身がかつて書いた「少女たちの「かわいい」天皇」を否定までしておきながら、大塚がなぜここで論理を徹底化せず、民俗学的なというかまんが的なというか、妙な飛躍をして逃げてしまうのかといえば、彼が天皇たちにずっと親愛の情を持ち続けているからだ。大塚は天皇と対等な人間同士の関係を結びたいのだろう。この国のナショナリズムを批判し続け、国家の誇りを自身のそれと重ね合わせるあり方を唾棄し続けているというのになんという矛盾か。 

本書の大部分は以上の内容を補強する(はずの)文芸批評に費やされており、天皇制断念論そのものは序章と終章で展開されている。僕は文芸批評も面白く読んだが、大塚の分析枠はかなり偏っていて議論が自閉している印象が強いとの指摘が複数あった。
 
次回は、島薗進『神聖天皇のゆくえ:近代日本社会の基軸』(筑摩書房)を読む。

(加藤匡通)

【集会報告】退位・即位問題を考える練馬の会・連続学習会第四回

「アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」は、六月二二日に連続学習会の第四回として、友常勉さん(東京外国語大学、近代日本思想史)により、「部落問題から天皇制を考える」と題する学習集会を開催した。
 
天皇制は、他国家の類する王政と同様に、世襲により継続されている。そのことが、近代天皇制の成立時に、それまでの貴賤の構造から新たに作られた身分制である華族制度や部落差別と天皇制を一体のものとした。しかし、これは米国が戦後日本の支配システムに天皇制を据えるにあたり桎梏ともなった。戦後においては、植民地宗主国が自らの犯罪を覆い隠しながら、天皇制をそのままに、大日本帝国の人種や身分による差別を「国民主義」の「同質性」に塗りこめなおさねばならず、大きな虚偽が必要とされたのだ。
 
天皇制による「国民主義」という意識が社会を覆ううちに、天皇も「差別」「疎外」された存在だとして、被差別の側の自分たちをこれに重ねるという倒錯した認識が生まれた。これは文化主義的疎外論、文化主義的同化論ともつながり、それはしばしば、反差別という認識から天皇制を撃っていく思想の無力化や内面的抑圧となっていった。
 
フェイク情報の氾濫とともに、言葉や行為への責任が混乱し、「倫理」や「正義」も拡散させられる。その中で、新たな反差別・反戦・反植民地主義の意識形成を、かつての差別糾弾闘争の再定義とともにやり直さねばならないのではないか。友常さんの問題提起は重たいものとして響いた。
 
練馬の会は、今回を含め、一昨年一二月から五回の集会、四回の学習集会を開催してきた。次回は、第五回学習集会として、八月二七日に、武蔵大学の千田有紀さんの「皇室におけるジェンダー(仮)」を行う予定だ。ぜひ参加を。

(蝙蝠)

【集会報告】『女性宮家」「女系・女性天皇」 論議をどう考える?

六月一四日、女性と天皇制研究会(女天研)が集会を開催。「『女性宮家』『女系・女性天皇』論議をどう考える?」と題し、「女性天皇」容認論をふくめ、皇位継承問題について、この間メディアはどのように論じているのか、その内容検証と批判が主な目的であった。
 
規模的にはいつもの講座に近いが、今回は恵泉大学教員の齊藤小百合さんに講演をお願いし、質疑・討論を通して、新天皇即位後の皇位継承論議に、女天研の立場から参加者ともども介入していこうというものだった。
 
憲法学が専門の齊藤さんは、皇位継承問題もさることながら、天皇制そのものの違憲性について詳細に語られた。憲法一章(一条〜八条)が、いかに憲法の理念に反しているか。それは女天研でもずっと問題にしてきたところで、そこを憲法学的に専門の立場から話していただけ、力を得た。
 
そして、敗戦後天皇制を残し、現在も支えているこの日本社会の問題。憲法一条批判と同時に、一条にある「この(天皇の)地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」を引きながら、原理的には日本社会を構成する人々が天皇を否定することによって天皇制の土台を掘り崩し、天皇制をなくしていけることを、繰り返し力説された。それはパワポ(アニメーション)を使った、爽快な天皇制度崩壊の図で説明され、会場は盛り上がり、集会は笑いと納得が入り乱れながらあっという間に終了。
 
女天研は四月に「代替わりを祝わない!天皇はいらない!」と題するリーフも作った。この天皇ファッショ状況にこれからも反対の声をあげていきたい。

(大子)

【集会報告】あいち植樹祭反対行動情宣

徳仁が天皇になって、初めての「天皇制四大行事」(明仁時代の国体、植樹祭、海づくり大会に、新たに国民文化祭が加わった)出席となる植樹祭が、愛知県尾張旭市の森林公園を会場として行われた。これに先立って現地で学習会などを積み重ねてきた「代替わりを機に天皇制を考えるあいちネットワーク」の人たちが、植樹祭当日の六月二日、名古屋市内で抗議の情宣を行うということで、反天連メンバーもおわてんねっとの仲間とともに行動に参加してきた。
 
ビラまきをしたのは、名古屋市の繁華街・栄にあるオアシス21という施設の前の公道。この日、この施設の地下にあるサテライト会場で植樹祭関連イベントが行われていた。吹き抜けになっているので、上からイベントの様子がよく見える。情宣は地元の人が一〇人ほど、各地から集まった人が六人。「全国植樹祭に異議あり!『公務』の拡大は問題!」という見出しのビラをまき、植樹祭は規模一万人、一万本で予算は五億六四〇〇万円という財政問題のみならず、それが天皇の違憲の「公務」拡大に他ならないことを、代わる代わるマイクで訴えた。
 
ビラの受け取りはよく、また、サテライト会場からは、巨大ビジョンに徳仁の姿が映ったとたん、「天皇帰れ」という声も響く(こちらの行動とは全く無関係の人)。
 
終わり頃、右翼の街宣車が一台やってきてうるさく妨害を始めたが、みんな無視して行動を終えて撤収した。新天皇の「地方行幸」に抗議する現地行動第一弾! 準備された方々、お疲れさまでした。

(北野誉)

【今月のAlert 】7.15「徹底検証! ナルヒト天皇制」シンポへ!

徳仁が即位して二ヶ月。即位関連諸儀式の前半が一段落つく五月末から、大きなものでも米大統領会見、愛知植樹祭出席、仏大統領会見等々と、天皇皇后は精力的に動き続け、宮内庁HPの日録はビッシリと埋まっている。その間の新天皇・皇后への礼賛記事・祝賀ムードの押しつけ状況は尋常ではなく、地方議会の全会一致をめざす賀詞議決や、天皇制に反対する人への尾行なども含め、天皇制ファシズムとしか言いようがない状況が続いている。天皇制とはこういうものなのに、そのことに気づかせないのも天皇制だ。
 
また、皇后となった雅子は「生き生きと活躍」している。最悪のトランプ米大統領やマクロン仏大統領との「通訳を介せず」を売りとする会見賛美報道には、おぞましくて吐き気すら感じた。しかし雅子復活劇は賛美一色だ。皇太子妃時代の彼女に、ほんの少しでも同情する気持ちがあったからこそのゲンナリ感であり、さらにゲンナリ。
 
新天皇皇后のトランプとの会見は、現在の沖縄の基地問題、侵略戦争の責任問題とは完全に切り離され、賛美の対象でしかない。これは反天・反基地・反戦運動の大きな課題だ。古すぎるスローガンだが、やはり課題のクロスオーバーであり、運動が繋がっていくしかない。
 
この一ヶ月、記録しておきたいことは多いが、どうでもいいような「話題」として片付けられそうな秋篠家問題に少し触れておきたい。秋篠夫妻は六月二七日からポーランドを公式訪問した。「皇室外交」の問題はここでは横に置き、いま週刊誌次元で取り沙汰されている、出発前の二一日に行った記者会見を巡り、少し考えたことだ。 

眞子の結婚問題について秋篠はこう答えている。「私は娘から話を聞いておりませんので、どのように今なっているのか、考えて
いるのかということは、私は分かりません」と。この言葉にたいして、秋篠がなかば匙を投げた的な評価や親子断絶など、批判的に語られ、破談宣言を暗に期待する記事が目立つ。しかし、親が娘の結婚に対して公に干渉することの方がおかしな話ではないのか。「自由を重んじる」という評価の秋篠らしい言葉であり、むしろ、このままでは結婚を認められないといった以前の家父長的な対応を反省したものとしても読める。実際、そのようなトーンの記事もちらほらある。また、報道にはないが、秋篠の以下のような応答もある。女性皇族の役割についての質問で、「(男女皇
族に)求められる役割というのは基本的に同じだと考えています。というか、特に女性に求められることというところが、今、思い付かない」と。
 
一五年前の、徳仁による「人格否定」発言をも思い出させる。この「人格否定」発言は、雅子を「子産み」機械に貶めていること
への批判として読むべきであると、私は考えている(これで徳仁を持ち上げるつもりはない。念のため)。徳仁については、二ヶ月前の即位後の一般参賀で述べたことばで、「国民」が「みなさん」に変わったということに、高い評価を与える言論もあった。
 
要するに、世代交代で天皇家は、脱「家父長制」、男女平等思考・非権威主義的対応に傾き始めているという読み方だってできるのだ。少なくとも、秋篠宮も徳仁天皇も、家父長然とした対応を、意図的であるかどうかはともかく、避けている。しかし、それならいいのか。身分制、家父長制、女性蔑視思想に貫かれた皇室典範は、皇室に向けたものであるが、同時にこの国の法律であり続けることに変わりはない。
 
ここで紹介する秋篠や徳仁の言動は一部でしかないが、先代天皇を反安倍の立場で称賛してきた「リベラル」派が、喜びそうなエピソードばかりである。しかし、天皇制は劣化しながら進化しているだけなのだ。それは、あるべきとされてきた伝統や制度を脱構築しながらの進化といえる。
 
これから出てくるのは皇位継承問題である。「たかだか一五〇年の伝統」と言うのは、私たちではなく、実は、「神武天皇以来の家系」を重んじている天皇たちの方である。天皇たちは常に、
「古く遡れば」というエクスキューズを懐に入れている。皇位継承者不足のいま、女性・女系天皇を認めさせる方向に動く可能性は大きい。
 
反天連も参加する〈おわてんねっと〉では、七月一五日、「徹底検証!ナルヒト天皇制」を準備している。みんなで徹底検証だ!

(桜井大子)