「報告」カテゴリーアーカイブ

【学習会報告】古川隆久『皇紀・万博・オリンピック:皇室ブランドと経済発展』(中公新書、一九九八年)

紀元二千六百年に向けて、万博やオリンピックといった国家規模のイベントがどのように発案され、実現出来ずに終わったのかを歴史学者が述べた本である。著者は、二千六百年はお題目に過ぎず、イベントを通して経済発展を目指すのか国民統合を目指すのかが対立する論点であり、国民は前者を、政府は後者を志向し、いわば同床異夢だった。戦前は暗い時代ではなく大量消費社会であってファシズムに塗り込められていたのではない、とする。

この主張が実証的に述べられているのならまだいい。語り口に芸があればそれなりに読めもしよう。しかし著者は事実を人脈に基づいて並べ立てるだけで論証らしいものもなく、記述も平坦、正直読み通すのが辛かった。それは僕一人ではなかったようで、僕の報告が終わるなりみんな口々にいかに読みづらい本だったかを語りだし、報告者に同情まで寄せられる始末。こんな本も珍しい。

今回の本はそもそも前回のケネス・ルオフの『紀元二千六百年』で先行研究に上げられていたところから拡大学習会でも取り上げられた。内容的にも重なる部分が多々あり、読んでいれば自然と比べてしまうのだが、読んでいて引き込まれるのも論証に同意や反論したくなるのも圧倒的に『紀元二千六百年』である。ケネス・ルオフは、日本人は忘れたつもりだろうが戦前、ファシズム下の消費社会を充分に楽しんでいた、との告発が根底にあった。古川隆久は、戦前の日本は経済的発展を遂げた社会で人々は消費を楽しみつつ、ファシズム下のイベントに、あくまでも動員として参加していた、と語る。そこに当時の状況への批判はない。
皇室ブランドと言う言葉は頻出するが天皇制と言う言葉は出て来ないところにも著者の姿勢は表れている。

著者はこの本以降、天皇関係の本をいくつか出しているが、出来れば読まずに済ませたいところである。(次回テキストはT・フジタニ『天皇のページェント』)。

(加藤匡通)

【集会報告】「代替わり」と近代天皇制一五〇年を問う! 反「紀元節」2・11 行動

二月一一日、今年も反「紀元節」の行動として、「代替わり」と近代天皇制一五〇年を問う!反「紀元節」2・11 行動を無事終えることができた。例年どおり反天連も実行委に参加した。集会は太田昌国さんを講師に全水道会館で開催。参加者は一九〇人を越え、会場からあふれた人は廊下に座るという状態で、大盛会となった。

太田さんからは冒頭、歴史のとらえ方について言及され、歴史がつくられる過程においてはつねに対抗関係があったこと、その対抗関係の結果が現在に繋がるものとしてあるが、その過程を包括的に読んでいくことの大事さを語られた。そして、「明治一五〇年」を安倍たちが持ち上げることの問題もそういった観点から話を進められた。

印象に残るのは、「明治維新」におけるイデオローグ的英雄・吉田松陰が遺した、『幽囚録』(一八五四)の紹介から始まる話だ。この時点で松陰は、「カムチャツカ、オホーツク、琉球、朝鮮、満州、台湾、ルソン諸島」を「収め、進取の勢を漸示すべし」と説き、長くない近代化の歴史の過程でその説に沿った形で侵略・占領・植民地化を進めてきた日本の近代史= 明治一五〇年= 近代天皇制について語られたことだ。その延長にある「明治一五〇年」キャンペーン批判として、多くの人たちと一緒に学んでいきたい視点であった。後日発行予定の報告集に講演要旨を掲載予定。ご参照ください。

デモは2・11 当日、宣伝カーが右翼の妨害で出せない状況となり、実行委は対策に奔走。デモ終了まではいろいろと緊張させられたが、右翼との衝突もなんとかひどい状況とはならず、無事成功裡に終わった。デモ参加者も一九〇名ほど。人の力は大きいのだ。

デモでは、「天皇神話に基づく建国記念の日反対」「明治は帝国主義の始まりだ」「植民地主義の歴史を賛美するな」「新しい天皇はいらない」「元号反対」「天皇は沖縄・与那国に行くな」「天皇制国家の沖縄切り捨て、基地押しつけを忘れるな」等々、大きく声を上げて歩いた。いい集会とデモでした。また一緒に歩こう!

(大子)

【学習会報告】ケネス・ルオフ『紀元二千六百年:消費と観光のナショナリズム』(木村剛久訳、朝日選書、二〇一〇年)

一九三一年の満州事変に始まり、アジア・太平洋戦争へと至る戦争が日本人にとって破滅的な事態を招いたのは歴史的事実である。しかし、その戦時はずっと暗い谷間の時代だったとする理解は、果たして正しいのだろうか。著者は、そうした戦時の理解は、戦後になって定着した神話に過ぎない、と指摘する。

日中戦争の泥沼にはまり、太平洋戦争直前の一九四〇年は、皇紀二千六百年であるとされ、万世一系の天皇制国家をたたえるさまざまな記念行事が繰り広げられた。帝国臣民は定時に宮城を遥拝し、皇国史を学び、出版社や新聞社の愛国歌・作文の募集に応じ、聖地を訪れ、百貨店の催事を見に出かけた。また、皇室関連の場所や神社を拡張整備、清掃する勤労奉仕もいとわなかった。

こうした大衆参加を促したのは政府だけではない。民間企業も祝典をビジネスチャンスと捉え、消費を促した。戦時のナショナリズムが消費を刺激し、消費主義がまたナショナリズムを煽っていた、そのさまざまな実例はとても興味深い。

帝国全土にわたる消費と観光を支えたのは近代ナショナリズムである。海外同胞も巻きこんで開催された大イベントは、帝国日本の血統による国民形成と統合の試みであったが、うまくいかなかったことも描かれている。

また本書は、一九四〇年を頂点とする大衆消費社会の到来に焦点を当てながら、同時代のドイツ・ナチズムやイタリア・ファシズムとよく似た政治体制が日本でも成り立っていた、とする。つまり、生活が制限され、自由もなかった暗い谷間であったとの捉え方と、丸山眞男の、日本には「下からのファシズム」がなく「上からのなし崩し的なファッショ化」が進んだだけ、とする捉え方も批判する。戦時日本の大衆的行動主義を軽視している、と。

議論では、著者が戦時日本もファシズムと把握しようとする整理に対して、ドイツやイタリアでファシズムが成立したのは共産主義革命を潰すための反革命であり、日本にはそうした現実性はなかった事実も見落としてはならない、との指摘がされた。また、ナチスが行った暴虐が明らかにされた戦後においてもなお、「あの時代は良かった」という回想が少なからぬ体験者がいる事実を含め、ナチス・ドイツを研究した池田浩士さんの仕事や、戦時下日本において、家の束縛からの解放感を実感として持って女性たちが戦争協力していった歴史を分析した加納実紀代さんの女性史研究が、先行研究としてあることも指摘された。本書は、戦時日本像を捉え返すだけでなく、現代のファシズムを考えるうえでも、さまざまな材料を与えてくれており、議論は尽きなかった。

次回は、二月二七日(火)。テキストは、『皇紀・万博・オリンピック:皇室ブランドと経済発展』古川隆久(中公新書/一九九八)

(川合浩二)

【集会報告】反天連12・23集会「生前退位!? 」なにやっテンノー

天皇制の戦争・戦後責任を問う、反天連の恒例の討論集会。千駄ヶ谷区民会館にて約九〇名が参加した。天皇「代替わり」に向かうこの間の言論状況において、安倍の「戦争政策」と天皇の「平和主義」を対立させ、後者に期待するという言説が「リベラル」の中から大量に生み出されている。そんな中、天皇の「平和主義」の欺瞞を批判することの重要性を確認しつつも、それだけでは不十分ではないかという問題意識から、集会はつくられた。発題者は、反天連の北野誉さん、桜井大子さん、天野恵一さん、そして批評家の平井玄さんの四人。

まず、北野さんは、オーウェルがディストピアを描いた『一九八四年』の「二重思考」や「新語法」が、実は最近の言論状況にとても当てはまるのではないか。
「二重思考」を強いる装置として天皇制が機能しており、それへの批判は、天皇の「平和主義」の内在的な批判としてなされるべき、と提起した。桜井さんは、「良い治世者」像を求める民衆意識や欲望が、今の天皇に投影されているのではないか。憲法逸脱の度合いは大きくなるばかりでありながら、それを飲み込んでしまう象徴天皇制が持つ曖昧さがつくり出す強さを再認識すべきではないか、と語った。天野さんは、天皇が「退位」しても人間になるわけでなく、特権的地位は変わらない事実から、天皇は戦後もずっと現人神と人間の二つの観念を生きていることの欺瞞と偽善をこそ問題にすべき、と論じた。平井さんは、安倍の経済政策は行きづまり、「国家破たん」が先送りされている中、「曖昧な貧乏」として貧困化が進んでいることの現実を凝視する必要がある。資本主義の変容と収縮過程に天皇制がどう適応していくのか見定めつつも、貧困や非正規問題の中から闘いの豊かな可能性があるのではないか、と提起した。

その後の討論では、象徴天皇制自体が民主主義もリベラリズムも何でも入れることができる「国体論」のような使われ方をしているが、その使う側の問題や、天皇・皇后の方が貧困問題には自覚的で、逆に当事者たちが曖昧な気分のまま無自覚であることの問題などが指摘された。

(川合)

【集会報告】アキヒト退位とナルヒト即位を考える練馬集会

アキヒト退位・ナルヒト即位問題を考える練馬の会」の集会が、一二月二二日、千本秀樹さんを講師として開催された。

千本さんは「象徴天皇制、何が問題か」と題して問題提起。明仁天皇は、一六年夏のビデオメッセージにおいて、「国民」の情動に直接に働きかけることで、自身の退位と時代の天皇の即位に向けた流れを、憲法や皇室典範の枠組みを踏み越えてつくりだした。こうした行為が可能だったのは、「象徴天皇制」として再構築された天皇の権威・権力が、あらためて価値づけされ、行使されてきたことにある。そしてそれは、天皇の「護憲」発言や、死者の「慰霊」「追悼」をかつての戦場や大災害の被災地をめぐって行い、その姿を報道させることによって、より強固なものとされてきた。いまやそれは「最強の象徴天皇制」とも言いうるほどで、虚言と強権の政治を次々に繰り出す安倍政権よりも強い「統合力」を発揮し、政権批判の立場をとる人々の「支持」すらもとりつける。しかし、重視せねばならないのは、天皇制の「統合力」がまさに政権を補完することによってこそ拡大しているということだ。

「代替わり」の国家イベントに「国民」意識が組み込まれていきながら、政治システムも軍隊・警察も、所有も、社会の中での人間の関係、差別構造も、指一本触れられることなく残され、国家権力が恣意的に行使されていく。この国家的なイベントの中で、あらためて自らの人権を確立させ、対抗していくことがほんとうに大切なことであるということが、講演では、さまざまな方向から論じられた。なお、この日の講演の資料として配布されたのは、「現代の理論」http:// gendainoriron.jp/ 第10 号(一六年一一月)と第11 号(一七年二月)所収の千本さんの論文なので、内容については参照を。参加者は三〇数名。

前号の「ネットワーク」欄で池田五律さんが紹介してくれたように、今後、この会は「準備会」としてではなく、正式に発足する。ともに進んでいこう。

(蝙蝠)

【学習会報告】立教女学院短期大学公開講座編『天皇制を考える』(新教出版、一九九〇年)

「昭和天皇Xデー」大騒ぎの状況の中で持たれたキリスト教大学での公開講座の記録である。このテキストは、この読書会の流れでは、平井啓之の『ある戦後』(特に、それに収められた「自己欺瞞の民族」)をふまえて、次へ、ということで選択された。ゆえに、ここに収められていた平井の「近代天皇制と日本人の意識」中心にレポートがなされ、「現人神」という観念(イデオロギー)の持つ日本的特殊性をめぐって討論が展開された。

もっとも問題を統括的に、広く論じているのはトップの島川雅史の「天皇教と象徴天皇制」である。島川の、キリスト教の「一神教」を超えた国家の「現人神」という〈天皇教〉の特別なイデオロギーが多様にうみだしつづけている諸問題の指摘は、整理され便利だという評価から論議はスタートした。

平井と島川の両者が非キリスト者で、森井眞(「精神の自由と天皇制」)と福澤道夫(「天皇制と信仰」)、塚田理(「天皇制とキリスト教)の三人がキリスト教信者としての歴史的体験をふまえた話である。塚田の、戦前、牧師の子どもとして育ち、ひどい差別とイジメの中で生きてきた(戦後の時間も)個人史を軸にした話と、森井の「神権天皇制」として成立した近代天皇制が自己のキリスト教徒として「精神の自由」を、どれだけゆがめてきたかという個人体験をバネにした歴史記述が、私たちに訴えるものがあるという感想が多かった。福澤は、イヌでもブタでも人間でも植物でも神になれるという「汎神論」の水平さに、キリスト教の「唯一人格神」の垂直(タテ支配)の原理を対置し、その上で〈現人神唯一絶対人格神〉の天皇教を論じているので、どういう象徴天皇制批判にいたるのかと期待させたが、まったく批判がつめられず大正デモクラシーの思想家の天皇教との共存する精神が肯定的に紹介されるだけでややガッカリ。

平井は「擬似一神教」という規定から、近代国家支配のための作為の体系的システムとして、教育勅語・軍人勅諭にはじまるもろもろの臣民教育の教材を貫く「万世一系」の国体イデオロギーを具体的に示して、「神でも人間でもどっちもありの」〈自己欺瞞〉の意識(民衆のそれ)をすりこみ続けた国家の作為(= ペテン)を抉り出している。

やはり平井の作業は、「新しい人間宣言」とネーミングされているアキヒト・メッセージのペテン的性格を、キチンとつかまえるためには、絶好の論文と、私には読めた。

次回は来年の一月三〇日、テキストは『紀元二六〇〇年』〈ケネス・ルオフ〉

(天野恵一)

【集会報告】終わりにしよう天皇制 11 ・26 大集会・デモ報告

一一月二六日、「終わりにしよう天皇制11 ・26 大集会・デモ」が行なわれた。

集会は千駄ヶ谷区民会館。まずは憲法学者の横田耕一さんのビデオインタビュー。公務が明仁により拡大されてきた事などに触れ、「おことば」は政治介入であり憲法違反であると指摘。天皇制は全ての差別に繋がるとし、個人の尊重を徹底していく事で天皇制は不可能になるとした。

続いて朝鮮現代史の吉澤文寿さんの講演。征韓論などから始まり、この国のアジアでの自国優位の思い込みに端を発する「朝鮮を属国にしなければならない」という考えはイデオロギーとなり、それを天皇制が補強してきたと指摘。天皇制を背景としたこの国と朝鮮との歴史的関わりを解説した。「戦後」の天皇制のあり方については、植民地責任が曖昧にされてきた事を指摘し、それと共にアメリカの覇権主義を追求する事、朝鮮を忘れない事の重要性を示した。

質疑の後、休憩を挟み、徳仁へ抗議行動を行なって以来、公安の執拗な嫌がらせを受け続けてきたUさんの動画の上映。
公安は退勤時や外出時に、これ見よがしにUさんを「尾行」する。電車では二〇人ほどの公安が同じ車両に乗ってきた時もあったとか。その後、対抗運動が展開され「尾行」は無くなっている。

動画の後は新元号をネタにしたコントが披露された。かなり好評だったが、笑いを文章で表現するのは不可能なので割愛。終わりに、家父長制・戸籍制に反対する立場、非正規公務員の立場から、そして、島根、兵庫、大阪、静岡からアピールがあった。盛り沢山の集会だったが、まとまっていたのは、反天皇・反差別・反権力が背骨にしっかりとあったからだろう。

デモは原宿から渋谷へ歩く。三日前に右翼にボコボコにされたフロントガラスも復活。六月の吉祥寺デモを生き残った大横断幕は、インスタ映えするのか多くの人がスマホを向けていた。カウンター右翼も居たが、目立った妨害や襲撃も無く、警察の嫌がらせも比較的軽微な印象。 参加は集会一六〇名、デモ一八〇名。

穏便に代替わりを進めたい権力側の意図が良く分かるデモだった。もっと波風立てる様、言葉もアイディアも練らなきゃならない。

(村上らっぱ)

【学習会報告】ケネス・ルオフ『国民の天皇:制度と個人のはざまで』(岩波現代文庫、二〇〇九年)

著者は北海道大学で教鞭をとり日本滞在の経験もある米国人、ケネス・ルオフ。 膨大な資料に目を通した実証主義の本としてとても面白かった。〈注〉が七七ページもあり、参考文献も読書意欲をかき立てると参加者の声。

「大衆天皇制」が中心テーマで、戦後日本の象徴天皇制がどのような過程を経て「国民」の間に定着していったかが記されている。この著作が最初に出されたころにピューリッツァー賞を取った、ハーバート・ビックス『昭和天皇』は天皇制の政治的役割を追跡したものであるが、本書は制度としての戦後天皇制の改編を分析したものだとルオフは語っている。

戦前と戦後の連続性にスポットをあて、外国の君主制とくに英国の立憲君主制との比較を通して分析がなされている。 そして特に面白かったのが、右派、民族派の運動に注目している点である。右派の団体がしばしば合法的なルートを使って、政治的影響力を発揮した経緯を軽視ないし無視してきた歴史記述を修正する作業は、九州の片田舎で農業や左官業、理髪店を営む青年らを紹介し、全国に広がる草の根運動が元号法という天皇制に絡む法律の制定に至ったことを明らかにする。

この学習会でも頻繁に名前があがるような天皇(制)論を語った学者たちの整理も簡潔で、私のような不勉強な者にはガイドブックとしても便利だ。昨今流行の学者が、象徴天皇制は明治以前の伝統だなどと発言しているのを目にするが、政治的右派はそうした解釈により戦後の民主体制を受け入れてきた。まさにその過程が記されている。そして近代以前の伝統への回帰ととらえるのは問題があるというのだ。報告の後はタイトルについて「国民」じゃなく「人民」がよかったのではないかとか、「文庫版のためのエピローグ」に憤慨する者や、否その理解とは違うなどとワイワイと盛り上がった。監修高橋紘。季刊『運動〈経験〉』10 号の吉田裕論文とあわせてお読みいただきたい。

次回は「天皇制を考える」(新教出版社)

(桃色鰐)

【学習会報告】『平成の天皇制とは何か:制度と個人のはざまで』(吉田裕・瀬畑源・河西秀哉編、岩波書店、二〇一七年)

天皇代替わりの直前となって、ようやく明仁天皇制の内実を問う議論が、アカデミズムの側からも開始されてきた。これは、裕仁時代の「実録」の研究にも携わった、一橋大学の吉田裕らによる仕事だ。

死ぬまでアジアへの侵略と戦犯の事実とともにあった裕仁とは異なり、明仁は、その「護憲」発言や「平和」発言などにより、メディアなどからもほとんど批判を受けずにきた。しかし、九〇年代以降は、PKO派兵にはじまり、国旗国歌法と日の丸・君が代の強制、歴史修正主義が跋扈して教育基本法の改悪や教育内容の国家主義化がすすみ、震災や原発事故などの大災害がもたらされ、社会は経済的にも破綻して多数の貧困化が進んだ時代だ。こうした中で天皇および天皇制が果たした役割は、多くの方面から見直されるのが当然だ。

この本では、これまでほとんど取り上げられなかった「内奏」や「進講」「行幸啓」の詳細や、天皇外交、宮中祭祀、メディアと天皇制などのテーマが、それぞれに章立てされて語られている。祭祀の問題については憲法論に踏み込まず、メディアについてはかなりおざなりな分析にとどまっているが、前回の代替わり以降は、私たちのような運動の側が持続的に注目し続けた以外はまったく扱われなかった内容が、比較的若い研究者による年表的事実の分析とともに、ようやく語られはじめたことは評価したい。しかし、西村裕一には、公的行為論で「憲法学者にできるのはせいぜいこの程度」という退嬰的な姿勢を批判せざるを得ない。また、各所にみられる明仁・美智子についての「人柄主義」による評価という扱いは、大きな誤りとなることを指摘しておく。

なかで、吉田裕は「おことば」や「慰霊・追悼」について検討を加えつつ、明仁の言動が「歴史と政治に大きく規定されている」と指摘し、「平成流」の賛美に疑問を投げかけている。渡辺治も、明仁の時代にはそれまでの憲法論における「象徴」や「公的行為」に関する議論が投げ捨てられていることと、今回の「退位法」の過程で皇室典範が有する憲法との背反の問題がすべて議論から外されたことを批判している。渡辺の「別稿」に期待する。次回は、ケネス・ルオフ「国民の天皇」を読む。

(蝙蝠)

【集会報告】「代替わり」過程で天皇制と戦争を問う8・15反「靖国」行動報告

今年の8・15 反「靖国」行動は、「『代替わり』過程で天皇制と戦争を問う」をメインに掲げて行われた。実行委の立ち上げの時期が、ちょうど「天皇退位特例法」の国会上程の時期に重なったため、私たちは「8・15 行動(準)」として、「退位特例法」に反対する行動に取り組むことになった。具体的には、実行委で呼びかけ、約四〇団体が連名した「国会議員宛申し入れ」「天皇明仁宛抗議文」を、同法案が国会提出された五月一九日にマスコミ各社に一斉配信、同二二日に衆参国会議員全員にポスティング、二五日には国会議員会館前でアピール行動をもち、その後内閣官房に移動して天皇に対する抗議文提出行動をおこなった。それぞれの文書については資料として別掲する。

そして、退位特例法が衆院を通過し、参院で審議されるタイミングで行われた六月三日の吉祥寺デモ(三多摩の仲間たちの実行委員会によって取り組まれた)に参加・協力するとともに、翌日四日には、在日本韓国YMCAで岡田健一郎さん(憲法学、高知大学教員)と中村利也さん(差別・排外主義に反対する連絡会)を発言者として、「新たな『天皇代替わり』に抗う討論集会」をもった。同法は結局、六月九日の参院本会議で可決・成立させられてしまったが、その法案は、第一条に「国民」は天皇を「深く敬愛」し、今回の「お気持ちを理解し、これに理解し共感」しているという、異例づくめの法律だった。

当然、このような状況に対して、各地で天皇制反対のさまざまな声が上がっている。
少数とはいえ、天皇が、政治にたいして積極的な働きかけをしていることに、一定の危機感を感じる人が増えていることは間違いない。

8・15 前段集会は、一一日に文京区民センターで「天皇制と戦争:アキヒトにも責任はある!」と題して行われ、日本近現代史研究の伊藤晃さんに、「戦後天皇制と戦争を問う」をテーマとして問題提起をしていただいた。

8・15 当日は、あいにくの雨。私もこの三〇年ほど8・15 行動に参加しているが、こんなに降ったのは、一回くらいあったかどうか。

在日本韓国YMCAにも一〇〇人を超える人がつめかけ、安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京、「日の丸・君が代」被処分者の都立学校教員、米軍・自衛隊参加の東京都総合防災訓練に反対する実行委、沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック、日韓民衆連帯全国ネットワーク、辺野古リレー・辺野古のたたかいを全国へ、「2020年オリンピック災害」おことわり連絡会から、次々とアピールを受けていった。

デモには一六〇人の参加。雨のせいで例年より少ない。しかし、九段下に陣取って「カウンター」と言っている右翼・レイシストのほうは、これはもう、目に見えて動員力を低下させていた。もともと、ここに集っていた圧倒的多数が、確信的な右翼・レイシストというよりも、「反左翼」の野次馬たちであってみれば、それも当然だろう。ちなみに、「在特会」も二手に分かれていたが、これは内部対立による分裂行動でもあるらしい。

また、街宣右翼によるデモ妨害・暴力は、例年に比べれば激しいものではなかった。右翼を口実にした機動隊のデモ規制はあいかわらずであったが、右翼とデモ隊との物理的な「接触」を避けようという警察の姿勢が今回はとくに目立った。マスメディアでも取り上げられた、昨年一一月の吉祥寺デモが激しい右翼暴力に見舞われ、その事実を広く知らせることで反撃していったことが、公然と右翼を泳がせる権力に対する歯止めとなったか。あるいは、天皇「代替わり」過程では、右翼暴力と天皇制との結合が露骨に見えるのはまずいという判断もあるのか。検討が必要なところだ。

8・15 を終えて実行委として一段落するところだが、すでに「代替わり」過程の総体を撃つための運動をめざして、次の行動の準備が始まっている。

一一月二六日には、首都圏の仲間たちと協力して「終わりにしよう天皇制 11 ・26 集会・デモ」を行なう。また、一〇月二八・二九日には、福岡「海づくり大会」反対の集会とデモが、地元で長く反天皇制運動に取り組んできた「天皇制に問題あり!福岡連絡会」によって呼びかけられている。私たちも、そこに合流していく。

これらの反天皇制の行動の中で、多くのみなさんと出会い直していくことを願っています。

(北野誉)

*共同行動報告集(2017年9月29日発行)より。