「ニュース」カテゴリーアーカイブ

【表紙コラム】

5月3日、原宿で行われた「明治公園オリンピック追い出しを許さない 明治公園国賠まるわかり集会」に参加した。主催は、同国賠訴訟原告団。2020東京オリンピックのメインスタジアムとされる新国立競技場の建て替えに伴って、都立明治公園が廃止され、そこに長く暮らしてきた野宿者が、2年前の4月に強制執行がかけられて追い出された。これに対して、当事者である元住人や支援団体が原告となって、JSC(日本スポーツ振興センター)、東京都、国を相手どってこの3月に提訴。いわば、その訴訟団のキックオフ集会である。

JSCが明治公園の住人を「債務者」として、「占有地からの退去」を求めた仮処分を裁判所に申請し、いつ強制執行が行われるかわからないという時期に、そのJSCの門前で(!)住人と支援者がおこなった記者会見について、私も本欄に書いたことがある。ひどいことばかりだ。これまでの当事者との話し合いを一方的に破棄し、さまざまな脱法行為やでっち上げ逮捕までして、住人の生存権を踏みにじった行政とJSC、そして都民の公共の財産である都立公園を、オリンピックを奇貨として、大手ゼネコンや政財界の利権のために売り飛ばす東京都や国(詳しくは『反天皇制運動カーニバル』36号の渥美昌純論文など)、そして、そうした問題を隠蔽し、「異論」を封じ込めるナショナル・イベントとしてのオリンピック。こういったことをあらためて今回の集会で聞き、当事者の発言や強制排除の映像を見聞きしながら、頭の中ではずっと「野蛮な資本主義」という言葉が響いていた。

集会で最も印象的だったのは、映像で写しだされた、かつての明治公園の、今は失われてしまった緑豊かな「四季の庭」の姿を見て、そこに暮らしていた元住人が「なつかしい」とつぶやいたこと。奪われた風景、奪われた暮らし。資本のための「開発」が、人にとってかけがえのないものを壊していく。その、国と資本があげる勝利の凱歌こそがオリンピックなのだと。

(北)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 23号(2018年5月 通巻405号)

今月のAlert ◉ Jアラートが停止した今こそ、私たちの主張と問題意識を突きだそう!(蝙蝠)
反天ジャーナル ◉ 大橋にゃおこ、映女、狸の皮
状況批評 ◉ 朝鮮学校差別から見える植民地主義(佐野通夫)
ネットワーク ◉ 「天皇代替わりに異議あり! 関西連絡会」を発足 (寺田道男)/ ◉ 風通しの良い社会の対極にあるのが天皇制(稲葉みどり)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈96〉 ◉板門店宣言を読み、改めて思うこと(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈22〉◉ 〈天皇(制)は「構造的沖縄差別」の象徴である:〈壊憲天皇明仁〉その20(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相◉ 天皇「代替わり」と安保・沖縄を考える4・28-29連続行動
学習会報告◉ 加納実紀代編『女性と天皇制』(思想の科学社、一九七九年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

 

*2018年5月8日発行/B5判16ページ/一部250円
模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】T・フジタニ『天皇のページェント』(NHKブックス、一九九四年)

前回のテキストは不評だったが、今回はとても面白く読んだという感想で一致した。

本書のテーマは、「近代日本のナショナリズムが誕生するうえで公的な国家儀礼が果たした役割を再確認」することにある。この本では、近代日本の国家の儀礼空間を「ページェント(野外劇、見世物)」として位置づけ、その具体的な展開を追っている。

近代の産物としての「伝統の発明」というのは、すでにおなじみの議論といえるが、近代日本の天皇崇拝も、「あまり知られていなかった天皇を中心とする国家の過去を想起させる」ものとして作り出されていった。そのために役立つような「物質的な意味の担い手」= 「記憶の場」が公的儀礼である。

以下、東京という都市も儀礼の中心地として改造されていったこと、近代日本においては「進歩・文明」を体現する都市= 東京と、奥深い「伝統」の担い手ととしての都市= 京都という「二つの首都」が存在し、それが相互補完関係にあったこと(さらにそれは、近代天皇制の二重性とも相即的であったこと)、フーコーの議論をベースとして分析される、儀式を通じてつくりだされた「天皇と群衆」における、視線(まなざし)のポリティクス……など刺激的な論述が続くが、とくに議論になったのは、最後の第5章「『象徴天皇』と電子メディア時代のページェント」だ。

昭和天皇「Xデー」時期の天皇のページェントについてフジタニは「大喪の礼」がテレビ画面にふさわしいかたちで構成されていたこと、連続して映像が流され、「お茶の間というプライバシーの聖域に侵入」してきたこと、その意味では、「政教分離」に関わって政府が強弁した「公私の儀式」の使い分けが意味を持たないこと、覗き見趣味的なテレビ報道によって「皇威/アウラ」は喪失し、「もはや国民は君主のまなざしの従順な対象ではない。むしろ、国民自身が天皇・皇室に向かってその容赦ない視線を向けてゆく主体」となったという議論など、少なくとも当時、私たちにも一部分はそのように見えていた事実を指摘している。メディア環境も大きく変わっているなかで、再びページェントの季節がめぐっている現在の儀礼とメディアによる演出、それが作り出す天皇意識がどのようなものとして考えられるべきかが、私たちの課題である。

次回は四月二四日。テキストは加納実紀代編『女性と天皇制』(思想の科学社)

(北野誉)

【集会報告】3・24 天皇の沖縄・与那国訪問を問う反天実行委の集会

三月二七日、アキヒト・ミチコは沖縄・与那国を訪問した。それを前にした二四日、天皇「代替わり」と安保・沖縄を考える4・28–29 連続行動は、駒込地域文化創造館において、「天皇の沖縄・与那国訪問を問う3・24 集会」をもった。

講師は沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの大仲尊さんと、反天連の天野恵一。

まず、与那国出身である大仲さんは、島の暮らしや、語り継がれる沖縄戦の記憶から話を始めた。そして、伝えられる与那国での天皇のスケジュールについて検討し、牧場やヨナグニサンという蛾を見るというが、どこかで自衛隊と非公然でも接触する場があるはずだ、と注意を喚起した。そして、与那国の「軍神」大舛松市の顕彰や自衛隊誘致など、国境の島として軍事戦略的な意味を与えられ続けて来たこの地を、天皇の訪問を通じて改めて包摂することが今回の政治目的だと述べた。

天野は、八七年の、天皇の沖縄訪問反対運動を通して、自分たちの反天皇制運動が「沖縄」と直面した経緯をふりかえり、その過程で「ひめゆりの塔」で皇太子アキヒトに火炎瓶を投げつけた知念功と出会ったこと、その訴訟記録を読み直して感じたこと、などについて話した。

アピールとして、基地・軍隊はいらない4・29 集会、一坪反戦地主会関東ブロックから「辺野古ゲート前連続6日間500人集中行動」へのよびかけ、宮古島ピースアクション実行委員会の清水早子さんからのメッセージも代読された。最後に、実行委によって集会宣言が提起され、4・28–29 連続行動への結集が呼びかけられた。

天皇沖縄訪問を報じるメディアのトーンは、「日々沖縄に思いを寄せ続け『戦争の記憶風化』を懸念する両陛下」というものだ。そして、「本土」と沖縄の間の「歴史的なしこり」を、天皇夫婦の活動が癒していったという話だ。今後の行動を通して、その欺瞞性と政治的意味を、はっきりと批判していかなくてはならない。

(北野誉)

【書評】合本『反天皇制運動』(上・下)

えらいものがあらわれた。 第Ⅰ期・反天連が発行したニュース「反天皇制運動」(全83 号)の完全復刻合本、二分冊。内容もさることながら重量もかなり、重い。それを天野さんから「プレゼント!」といって渡された。プレゼントって? ぼくらには似合わない、あの、「忘れものを、届けにきました」って、あれ?

たしかに病気になる以前から出不精がちで「運動」不足ではあった。ちょうどよい機会かな。初心忘るべからず、というけど、初心そのものが何であったか忘れている記憶喪失の状態ではあるが、スロウ・ストレッチでこの「時代の贈り物」をのぞいてみよう。

正確にいえば、「第Ⅰ期・反天皇制運動連絡会」というのは存在しない。「第Ⅰ期」はあとから付けられた「追号」みたいなもので、当時はそのままの「反天連」。その反天連が毎月出したニュース、つまり今回の合本に収められているのは、一九八四年三月一日の創刊準備号(第0号)から一九九一年二月一日の第83 号までの八四冊、プラス、号外・特別号三冊の合計八七冊ぶん。八四年から九一年の七年間なんだけど、現在からだと二七〜三四年前のことになる。

一昨年に山岡強一さんの虐殺三〇年の集会に参加したぼくとしては、三〇年前のことといってもつい昨日の感覚なのだけど、やっぱり一般的にいって、三〇年前のことなんてずいぶん昔の話にちがいない。その大昔に何が問題となっていたか? 第0号の「反天皇制運動連絡会結成のよびかけ」という文章には、主旨の一番目として「主要に、Xデー及びXデー準備と対決する大衆的反天皇制運動の形成をめざす」と明記されている。

そう、Xデー。裕仁天皇の死ぬ日だ。裕仁は八九年一月七日に死亡するわけだが、もちろん誰も日付までは測定できず、ただ彼は一九〇一年生まれだから「そろそろ」の想定で、死ぬ日をXデー、その前をXデー状況、その後を葬儀(喪)と即位(祝)の入り混じる奇妙な期節と設定して、あれこれの予測を交えながら敵の出かたに具体的に対応していく、という毎日だった、と記憶している。だから、そういう意味で、この合本の一頁一頁はリアルタイムのドキュメントであり、それを綴った合本は、それ自体が運動の流れを体現し、いきいきとそれを伝える〝運動体〞そのものであるといってもよい、と思う。

ぼくも、その第Ⅰ期の事務局に出入りしていて、毎週火曜日の会議はともかく、そのあとの「二次会」にはわりとちゃんと出ていた(という記憶は鮮明にある)が、いっぽうで、ぼくは芝居をやっていて、その当時は「風の旅団」という集団を組んでいた。風の旅団は一九八二年に結成して八三年から九一年まで芝居を続けていたから、第一期の反天連の活動期間と丸ごと重なる。いま合本をめくってみると、八五年一月の第10 号に「風の旅団法大公演弾圧と〈この時代〉」という記事がある。ぼくがこのニュースに書いた最初の(署名)文章で、前年一一月の法政大学・市ケ谷キャンパスでのロックアウトによる公演弾圧の報告だ。そうそう、市ケ谷付近といえば、八五年は中曽根首相の靖国公式参拝があり、九月の第18 号には「8・15 戦士」の筆による「8・15 靖国神社公式参拝阻止境内抗議闘争顛末記」の実況中継ふう戦闘記が載っている。ちなみにぼくはこれをネタに、同年九月の法大=リベンジ公演では、テントの中に巨大な鳥居を立てて、8・15 戦闘の「再現」をささやかにやってみた。が、このシーンは意気込みのわりには「やや受け」で、闘争史にも演劇史にも何の役にもたたなかった、けど。

それはともかく、ぼくらはもう一方で山谷に支援に行っていて、その山谷では八三年一一月三日にヤクザが「大日本皇誠会」の名で登場、八四年一一月二二日に佐藤満夫さんが刺殺され、八六年一月一三日には山岡強一さんが射殺された。ニュースの最初の「号外」は八六年一月一六日付の「山岡強一氏追悼」の号である。

以上は、ぼくの関心領域でちょっと振り返ってみたものだけど、みんなはどうなんだろう? 死ぬだけ、襲名するだけで、万人に迷惑をかけまくる天皇制のことだから、合本の各ページに登場する一つひとつの記事は、みんながそれぞれ相互につながっていく「経験」になっているにちがいない。

と、(ついでに)大切なことを書きそえておけば、なんといっても「手書き」。ワープロではなく手で書いた誌面の数々だ。さっきこの合本はドキュメントであり運動体であるといったけど、読みながら感じる図抜けたライブ感は、書かれた内容もさることながら、書かれかた、つまり「手書き」にあるとぼくには思える。もちろんこれはメソッド嫌いで、つねに現在性に重きをおくテント芝居育ちのぼくだけの好みかもしれない。

とまれ、この文章が載るのは、合本よりも二七年あとの第Ⅹ期・反天連のニュース、通巻404号だ。「残り」はこの合本の約四倍はある。過去は、長い。それだけくみ取れる「時代の贈り物」は豊富だ、ということにしておこう。

残部僅少!上下セットで時価1万円
お申し込みは反天連まで
(mail: hanten@ten-no.net)

(池内文平)

【今月のAlert】政教分離・民主主義・主権在民・平和主義!! 今こそ私たちの反天論議を!!

三月二七日から二九日、天皇は皇后とともに沖縄訪問をした。今回で一一回目、即位して六回目の訪問だ。天皇の強い希望であったというこの退位前の天皇訪沖に関する報道は、一部を除き、一貫して沖縄に思いを寄せる天皇像をつくり出した。「天皇の名のもとで行われた沖縄戦」、沖縄を売り渡した「天皇メッセージ」に触れた記事もあるにはあったが、それも明仁の沖縄に寄せる思いの強さを補強する演出となり果てた。指摘すべきことは多々あるなかで、すでに少なくない人が指摘しているこの訪沖の日付の「意味」について触れておきたい。

三月二七日は、一八七九年のちょうどこの日、いわゆる「琉球処分」と呼ばれる琉球王国が軍隊を引き連れた日本国家に強制的に併合された日である。また、与那国島を訪問した二八日は、与那国への自衛隊配備二周年目にあたる。この自衛隊配備は与那国の人々を分断し、平和裏に生きる人々の権利を奪い取った。これらの日々を選ぶとは、何とも露骨に政治的な話でしかない。瀬畑源は「明仁天皇論」(『平成の天皇制とは何か』岩波書店)で、明仁が皇太子時代から沖縄や北海道を始め被災地や激戦地等への訪問を続けたその行為について、「国民統合の周縁にいる人たちを再統合する役割を担う意志を感じる」と述べている。
そして、「沖縄の人たちを『日本国民』として国家の中に統合する役割を、結果的に果たしてきた」と。

今回の天皇の沖縄訪問で思い出したのはこの瀬畑の指摘であった。八月には北海道の利尻島訪問も検討中であるというが、同様のことがいえる。近代天皇は歴代、さまざまな政治目的で各地を回っているのだ。明仁は「平成天皇」としての最後の務めとして、八月の利尻島を訪問する。その明仁がどのような美辞麗句で形容されようと、そこには君主としての傲慢な役割を果たす天皇像しか見えない。天皇の沖縄訪問については、東京では練馬集会と4・28 -29 実行委の緊急集会が開催された。

そして三月三〇日、政府は式典準備委員会の最終回を開き、皇位継承の儀式に関する方針を発表した。国事行為として、二〇一九年四月三〇日「退位礼正殿の儀」、五月一日「剣璽等継承の儀」、「即位後朝見の儀」、一〇月二二日「即位礼正殿の儀」、「祝賀御列の儀」、一〇月二二日以降「饗宴の儀」、二〇二〇年「立皇嗣の礼」。「大嘗祭」は一一月一四日〜一五日とし、「国事行為としないが公費を支出する」という前回の政府見解を踏襲するとした。

「昭和・平成」の代替わりでは、これら一連の儀式が国民主権や政教分離原則に反するとして各地で訴訟が起こされた。現時点では、マスメディアレベルでもまだこういった記憶を喚起させる記事をつくっている。また、大嘗祭への「公費支出」に対して最高裁が憲法判断を下していないことにも言及し、憲法学者・横田耕一による政教分離違反の指摘も紹介する。憲法との整合性について、いまはまだ言及する余地があり、安倍政権が押し切れない事態、政府内部で憲法との整合性を問題にする声が少なくないということでもある。非公開で「議論しない」ことを前提とする非民主的な準備委員会の問題も大きい。ここは私たちにとっても広く議論を起こしていけるタイミングでもある。

憲法との整合性ということでは、そもそも皇室にまつわる神々を祀り、宮中祭祀を日常的に行う天皇が、一神社の神主ではなく、国家の制度に組みこまれた存在としてあること自体が、政教分離原則から大きく逸脱している。その国家的存在である天皇は、誰に選ばれるでもなく、世襲で代替わりする。それ自体も民主主義、主権在民の原則に反する。それに伴う儀式は宗教的要素にまみれている。だから当然政教分離原則違反。もちろん、特権的な身分にある天皇は平等主義にも反する。国家が関わるなど論外。
とてもわかりやすくて単純な話ではないか。
そして、このような天皇代替わり、天皇制維持の儀式に莫大な税金を投入される。退位・即位・大嘗祭全体にいったいどれだけの費用がかかるのか、計算してみる必要もあろう。そして女人禁制問題……と、考えるべきことは多い。

「代替わり」をともに闘うために集まった首都圏の実行委は、いま「元号いらない運動」を展開している。たくさんの声を集めていきたい。そして今月は、4・28 -29、沖縄デーと反「昭和の日」行動だ。協力・参加を!

(桜井大子)

【月刊ニュース】反天皇制運動Alert 22号(2018年4月 通巻404号)

今月のAlert ◉政教分離・民主主義・主権在民・平和主義!!  今こそ私たちの反天論議を!! (桜井大子)
反天ジャーナル◉なかもりけいこ、捨てられし猫、ななこ
状況批評◉明治維新で人々は幸せになったのか(千本秀樹)
書評◉合本『反天皇制運動』(池内文平)
太田昌国のみたび夢は夜ひらく〈95〉◉現首相の価値観が出来させた内政・外交の行詰り(太田昌国)
マスコミじかけの天皇制〈21〉◉〈3・11 〉国家儀礼と11 回目の天皇沖縄訪問:〈壊憲天皇明仁〉その19(天野恵一)
野次馬日誌
集会の真相◉3・11皇族出席の追悼式典一斉黙祷反対闘争/3・16天皇の沖縄への「慰霊の旅」と与那国島訪問について考える練馬集会/3・24天皇の沖縄・与那国訪問を問う反天実行委の集会/3・25講座 明治150年式典・キャンペーンと「生前退位」
学習会報告◉T・フジタニ『天皇のページェント』(NHKブックス、一九九四年)
反天日誌
集会情報

→前号の目次はこちら

*2018年4月10日発行/B5判16ページ/一部250円
模索舎(東京・新宿)でも購入できます。

http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【学習会報告】古川隆久『皇紀・万博・オリンピック:皇室ブランドと経済発展』(中公新書、一九九八年)

紀元二千六百年に向けて、万博やオリンピックといった国家規模のイベントがどのように発案され、実現出来ずに終わったのかを歴史学者が述べた本である。著者は、二千六百年はお題目に過ぎず、イベントを通して経済発展を目指すのか国民統合を目指すのかが対立する論点であり、国民は前者を、政府は後者を志向し、いわば同床異夢だった。戦前は暗い時代ではなく大量消費社会であってファシズムに塗り込められていたのではない、とする。

この主張が実証的に述べられているのならまだいい。語り口に芸があればそれなりに読めもしよう。しかし著者は事実を人脈に基づいて並べ立てるだけで論証らしいものもなく、記述も平坦、正直読み通すのが辛かった。それは僕一人ではなかったようで、僕の報告が終わるなりみんな口々にいかに読みづらい本だったかを語りだし、報告者に同情まで寄せられる始末。こんな本も珍しい。

今回の本はそもそも前回のケネス・ルオフの『紀元二千六百年』で先行研究に上げられていたところから拡大学習会でも取り上げられた。内容的にも重なる部分が多々あり、読んでいれば自然と比べてしまうのだが、読んでいて引き込まれるのも論証に同意や反論したくなるのも圧倒的に『紀元二千六百年』である。ケネス・ルオフは、日本人は忘れたつもりだろうが戦前、ファシズム下の消費社会を充分に楽しんでいた、との告発が根底にあった。古川隆久は、戦前の日本は経済的発展を遂げた社会で人々は消費を楽しみつつ、ファシズム下のイベントに、あくまでも動員として参加していた、と語る。そこに当時の状況への批判はない。
皇室ブランドと言う言葉は頻出するが天皇制と言う言葉は出て来ないところにも著者の姿勢は表れている。

著者はこの本以降、天皇関係の本をいくつか出しているが、出来れば読まずに済ませたいところである。(次回テキストはT・フジタニ『天皇のページェント』)。

(加藤匡通)

【集会報告】「代替わり」と近代天皇制一五〇年を問う! 反「紀元節」2・11 行動

二月一一日、今年も反「紀元節」の行動として、「代替わり」と近代天皇制一五〇年を問う!反「紀元節」2・11 行動を無事終えることができた。例年どおり反天連も実行委に参加した。集会は太田昌国さんを講師に全水道会館で開催。参加者は一九〇人を越え、会場からあふれた人は廊下に座るという状態で、大盛会となった。

太田さんからは冒頭、歴史のとらえ方について言及され、歴史がつくられる過程においてはつねに対抗関係があったこと、その対抗関係の結果が現在に繋がるものとしてあるが、その過程を包括的に読んでいくことの大事さを語られた。そして、「明治一五〇年」を安倍たちが持ち上げることの問題もそういった観点から話を進められた。

印象に残るのは、「明治維新」におけるイデオローグ的英雄・吉田松陰が遺した、『幽囚録』(一八五四)の紹介から始まる話だ。この時点で松陰は、「カムチャツカ、オホーツク、琉球、朝鮮、満州、台湾、ルソン諸島」を「収め、進取の勢を漸示すべし」と説き、長くない近代化の歴史の過程でその説に沿った形で侵略・占領・植民地化を進めてきた日本の近代史= 明治一五〇年= 近代天皇制について語られたことだ。その延長にある「明治一五〇年」キャンペーン批判として、多くの人たちと一緒に学んでいきたい視点であった。後日発行予定の報告集に講演要旨を掲載予定。ご参照ください。

デモは2・11 当日、宣伝カーが右翼の妨害で出せない状況となり、実行委は対策に奔走。デモ終了まではいろいろと緊張させられたが、右翼との衝突もなんとかひどい状況とはならず、無事成功裡に終わった。デモ参加者も一九〇名ほど。人の力は大きいのだ。

デモでは、「天皇神話に基づく建国記念の日反対」「明治は帝国主義の始まりだ」「植民地主義の歴史を賛美するな」「新しい天皇はいらない」「元号反対」「天皇は沖縄・与那国に行くな」「天皇制国家の沖縄切り捨て、基地押しつけを忘れるな」等々、大きく声を上げて歩いた。いい集会とデモでした。また一緒に歩こう!

(大子)

【今月のAlert】眞子婚約延期問題に露出する家父長制社会─天皇の沖縄・与那国訪問に反対する行動へ!

啓蟄。寒い冬を土の中で越した虫や蛙や蛇などの生き物が、春になって穴から出てくる様子を表す季語。Alert 21 号の発行日三月六日は二〇一八年のその日にあたるという。

気分は春。命短し恋せよ乙女よろしく恋の季節の真っただ中、秋篠宮家の長女眞子。昨年五月NHKに「婚約内定」がスクープされ、九月に婚約が内定し二人そろって記者会見。三月四日に「納采の儀」で正式婚約し、十一月四日に帝国ホテルで結婚式を挙げる予定だった。ところが、二月六日に宮内庁は異例の結婚延期を発表した。『週刊女性』『週刊文春』『週刊新潮』が続けて結婚相手の母親の金銭トラブルを報じた。新潮にいたっては援助交際などと過激な言葉を使用している。

どの紙面も、蛙や蛇がゲロゲロ、チョロチョロと赤い舌をだしながら這い出してくるような、しかしそこに春の訪れなど微塵も感じさせない、魑魅魍魎が跋扈する気持ちの悪い天皇制の持つ差別的世界が広がっている。資産のない母子家庭。父親が自殺。母親はパート。学資を借金するが返済なし(母親の婚約者が肩代わりしたが、婚約解消後に返済を求む)。貧乏なのにインターナショナルスクールに通わせ上昇志向あり等々、それらは蔑まれる対象として何の疑問もなく記されている。そしてこのような人物は、皇族のましてや未来の天皇の義兄としてふさわしくないという論調だ。品位や品格という言葉が飛び交い、それを体現するものは天皇や皇族、資産家であり、蔑すみの対極として存在する。

女性皇族が結婚のために皇室を離脱する時に、国より「元皇族としての品位を保つため」という名目で一時金が支払われる。

品位や品格とはそもそも何ぞやという声も聞こえてきそうではあるが、貧乏な人間にはそれが無い、つまり下品だということになるのだろうか。一億数千万円の税金が使われる名目の差別性を問題にしなくていいのだろうか。

経済的に苦しい家庭の子どもを支援する公益財団法人の調査結果で、経済的な理由でさまざまな経験を諦め、貧困家庭の七割が塾や習い事を断念しているということが分かった。

改善してほしい支援については「給付型奨学金や授業料免除など教育や進学の負担を減らしてほしい」が約八〇%と最も多かったという。保護者の切実な思いである。卒業しても奨学金を返済するために貧困から抜け出せないという話を身近でも聞く。

問題にすべきはこのような教育の格差を生み出す政治であろう。朝鮮学校の「高校無償化」からの排除もまた、この社会の差別性を浮き彫りにする。

今回の金銭スキャンダルはまさにこうした問題が端を発している。宮内庁は結婚延期は母親の借金スキャンダルではないと否定する。「納采の儀」を直前に控えた、集中砲撃ともいえる凄まじい悪意に満ちた報道である。この結婚を阻止したい勢力の蠢きととらえるのは思いすごしだろうか。

週刊誌報道の信憑性がどれほどのものかさだかではないが、宮内庁関係者のコメントとして掲載されている部分を紹介する。

「婚約内定会見を開くにあたって、陛下から結婚の『裁可』をいただいています。破談となれば陛下の〝意志〞を覆すことになりますから、白紙に戻すというのは現実的には難しい」(『女性セブン』18.2.15 号)

憲法二四条は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し〜」と規定している。先ずここで問題にしたいのは、家父長制が廃止されているにも関わらず、天皇の許可が必要であるかのごとく記載されていることである。民法においても、皇室典範においても結婚に天皇の許可が必要などということはどこにも規定されていないのである。そして次に指摘したいのは、「裁可」という言葉使いである。これは明治憲法下で、天皇が議会の議決した法律案・予算案を承認する行為をさす。それが象徴天皇制になった現在においてもなお平然と使用されている。天皇の権威の連続性はスキャンダラスな週刊誌報道においてさえ継続しているのだ。

政府は二月二十日、式典準備委員会の第二回会合を開き、最後の「おことば」を述べる「退位礼正殿の儀」を国事行為として、二〇一九年四月三十日に行うことを決めた。退位と即位に伴う式典の準備は着々と進んでいる。
そのようななか、アキヒト天皇は三月二七日〜二九日にかけて沖縄・与那国を訪問するが、沖縄入りする二七日は、琉球国王に城の明け渡しを求め廃藩置県を布告した日である。

反天連も参加する4・28 −29 連続行動実行委員会は、三月二四日に「天皇の沖縄・与那国訪問を問う」集会を行う。天皇制攻撃の拡大を、反撃の拡大で迎えよう。積極的に参加を!

(鰐沢桃子)