「共同行動」カテゴリーアーカイブ

【集会報告】「明治150年」天皇制と 近代植民地主義を考える8・ 15 行動

今年の反「靖国」行動は、2・11反「紀元節」行動、4・29反「昭和の日」行動に引き続き、「明治150年」を射程にして取り組まれた。

■パネルディスカッション

集会では、四人のパネラーから問題提起が行われた。

酒田弁護士は、来るべき二〇一九年の即位・大嘗祭を見据えて報告。「三〇年前の即位・大嘗祭訴訟では『一切の儀式・行事に国費を支出してはならない』などを請求した。大阪地裁(一九九二年)・高裁(一九九五年)は、政教分離について疑義は一概に否定できないと認めた。さらに天皇の即位を祝うことについて、個人が祝意を表すことを国家が事実上にしろ強制すれば、私人の思想、表現の自由の侵害になると認めた。しかし、控訴審判決では控訴人らの訴えを全面的に退けた。今回は退位の礼もあり、すでに過去の批判を踏まえた上で実施が検討されている。だから現時点における訴訟の論理構成として①政教分離、②主権在民、③納税者訴訟、④天皇代替わりの手続きの問題を取り上げ、批判していきたい」と述べた。

黒岩さん(「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会〈ピリカ全国実〉)は、八月五日の「天皇出席の『明治・北海道一五〇年式典』反対、アイヌ民族連帯決起集会」とデモの取組みを報告し、「式典はアイヌモシリ(北海道)の侵略・植民地化、アイヌ民族同化・抹殺政策の歴史の隠ぺいだ。天皇制国家による他民族侵略・支配の『原型』としてのアイヌモシリ侵略である。私たちは、この開拓史観、民族排外主義が問われている。『明治一五〇年』式典から天皇退位・即位式典とうち続く天皇制永続化攻撃と対決する統一戦線を構築しよう」と呼びかけた。

井上森さん(元号いらない署名運動)は、「署名は五〇〇〇筆を突破し、一万筆目指してさらなる行動をしていきたい。当初、
二〇一八年夏に『新元号発表』だったが、自民党保守派などの反発もあり代替わり一カ月前に延ばした。すてに大迷惑な状況が発生しているが、中央官庁、JR、警察らは書類、コンピューター、免許証などでは元号を使わず西暦で統一化している。元号をめぐって天皇明仁は沈黙し続けている。その一方で『平成のうちに』ということでオウム大量処刑を強行している。やはり日本において最高度の国家暴力を正当化する論理は天皇制しかないことを現している。この論理を打ち破る闘いが問われているだろう」と発言した。

新孝一さん(反天連)は、「反天連第Ⅱ期」(一九九一・四)のスタートをふり返り、「『国際化』時代の『ソフト』で『クリーン』で環境問題にも理解あるというイメージをふりまくアキヒト(天皇制)との正面からの政治的対決をこそ、主要課題として私たちは結集する」と位置づけ、明仁天皇制を性格、役割、犯罪性などを暴露し、批判してきたことを浮き彫りにした。そして「結論を言えば、時に強い独自性や個性を発揮して明確なメッセージを発信することもあった。明仁天皇の言動は、歴史と政治によって大きく規定され、変化する。同時に、天皇の憲法の規定とは別の役割がある。この間の天皇主導の『退位』と天皇による天皇制の再定義に現れている。三〇年かけてここに収斂し、天皇像の到達点だとも言える」と集約した。

その後の、連帯アピールでは、沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック、日韓民衆連帯全国ネットワーク、オリンピック災害おことわり連絡会、米軍・自衛隊参加の防災訓練に反対する実行委員会から発言を受け、集会宣言(別掲)を採択した。

■反「靖国」デモ

最後には、いつものように、靖国神社に向けてデモに移った。

例年のように、規制されて進入できない街宣車から降り立った天皇主義右翼が、デモ隊への挑発と威嚇を繰り返すなかで、権力・機動隊は、右翼の突入こそ阻止はするものの執拗に繰り返し飛びかかってくる右翼を拘束しようとはせず、逆に、デモ隊列に対しては、不当な規制を行ってきた。九段下の交差点では、在特会や右翼も集まってはいたが、むしろスマホで動画や写真を撮影する「見物人」の多さが目を引いた。

私たちは、挑発や威嚇に対しても毅然と対応し、「天皇制はいらない」「戦争責任を忘れない!」「戦争賛美の靖国神社はいらない!」などをシュプレヒコールや横断幕、プラカード、のぼりでアピールした。参加者は、二五〇名だった。

(実行委)*共同行動報告集(2018年9月12日発行)より

【集会報告】「元号いらない」の声、新宿アルタ前に響き渡る

八月一九日、〈元号はいらない署名運動〉に集まる首都圏の友人たちと、新宿アルタ前で情宣と署名行動をおこなった。灼熱コンクリート地獄を覚悟しながらも少しは涼しさを求めて夕方からの行動。珍しく当日は三〇度を切り、夕方からの行動は思いのほか快適(?)だった。

天皇の代替わり状況に対して反天皇制の立場から声を上げていこうと、昨年春くらいから、首都圏枠の緩やかなネットワークがつくられてきた。このネットワークはこれまでにも、集会実行委をつくっては集会やデモを呼びかけたりしてきた。〈元号いらない署名運動〉もそのネットワークが呼びかけて始まった運動だ。いまでは全国で多くの人たちが署名集めに参加している。集約先に届けられる署名は、個人、小さなグループ、労働組合、宗教者と、掲げられている課題も実に多彩な人たちからで、地域的にも北海道から沖縄まで拡がっている。現在集まった署名は五〇〇〇筆を越したところ。よく集まっていると思うが、でも目標は一万筆。先はなかなかに遠いのだ。

というわけで、新宿情宣とあいなった。署名を集めることもさることながら、なぜ元号に反対するのかを道行く人たちに伝えることが大きな目的の一つ。参加者はみな熱のこもったスピーチをそれぞれに展開し、らっぱさんの歌「元号やめよう」も新宿アルタ前に響き渡った。しばらくすると、通りの反対側からビルに隠れてこちらの様子を伺う公安警察の姿も……。すかさず”Police on my back”(The Clash)のカバーソングも。みんな大喜び。

署名は一一月一五日が最終集約日だ。それまでに何とか一万筆を集め、署名提出行動自体もメッセージ性の強い行動にしていこうと相談中。集約最終日まであと二ヶ月だ。さらなる署名への協力、署名運動への参加を呼びかけたい。ちなみに新宿で集まった署名は二〇弱……。まだ署名していないなあ、と思っているみなさま、一筆分だけでもかまいません、署名をして送り返してください。

(大子)

【集会報告】「明治150年」天皇制と近代植民地主義を考える8・15行動

八月一五日、在日韓国YMCA・9階国際ホールでタイトルの集会を行った。会場は一八五人の参加者で埋め尽くされ熱気に溢れるなか、今回、四つの課題をたて、それぞれに発言してもらった。

最初に安倍・靖国違憲訴訟の弁護団である酒田弁護士は「即位・大嘗祭訴訟に関する問題提起」。三〇年前の訴訟の確認。そしてヒロヒトとアキヒトをめぐる社会情勢の違いに触れ、最後に今回準備されている訴訟の理論構成について報告された。

次に「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会(ピリカ全国実)の黒岩さんは、アキヒト・ミチコの利尻島訪問・北海道一五〇年式典出席への反対行動の報告。アイヌモシリ侵略は天皇制国家による他民族侵略・支配の「原型」と話され、戦後のヒロヒトの「人間宣言」内の「五箇条の誓文」が戦後民主主義の「原点」かと問う。

続いて「元号はいらない署名運動」の井上森さんからは、アキヒトの「社会の停滞を懸念」発言で始まった平成代替わりから、中央官庁、JR、警察からの元号「撤退」の実情の報告があり、最後にオウム大量処刑に触れ、日本において最高度の国家暴力を正当化する論理は天皇制しかないとしめくくった。

最後に反天連の新さんは「『平成の三〇年』=明仁天皇との『対決』の三〇年」について。アキヒトの言動の微妙な変化から、「時代とともに変わっていく」天皇の政治の役割を分析した。今回の天皇主導の「退位」で見せつけられた、天皇による天皇制の再定義は、明仁天皇制が三〇年かけてそこに収斂していった、天皇像の到達点だと集約した。

質疑応答の時間が取れなく残念であったが、「道徳教育」の問題性に言及されている北村小夜さんから「新しい教科書をつくる会」の流れの教育出版が唯一、アイヌ問題に触れていることを補足され、そこにどのような魂胆があるのかと問われた。

その後、沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック日韓民衆連帯全国ネットワークオリンピック災害おことわり連絡会、米軍・自衛隊参加の防災訓練に反対する実行委員会から連帯アピールをもらい、靖国神社に向け元気にデモに出発した。手作りの幟や横断幕、反天龍(?)、そして参加者二五〇人、何も誰も欠けることなく「天皇制はいらない!」のコールを響かせた。交流会では懐かしい仲間、新しい仲間の発言もきけて、ワイワイガヤガヤとにぎやかに。今年も無事に終わって良かった。

(実行委/桃色鰐)

【集会宣言】8.15反「靖国」行動集会宣言

8月15日、今年も天皇・皇后が出席して行われる政府主催の「全国戦没者追悼式」が開催され、天皇は例年どおり言葉を述べた。国会議員など公人による靖国神社参拝もほぼ例年どおり行われた。これら式典と靖国参拝は、植民地主義・占領政策に基づく過去の侵略戦争への、無反省と無責任をごまかし続けるものでしかない。これらが今年も行われることに抗議の声を上げるため、私たちは今日の8.15反「靖国」行動に集まった。

天皇明仁の、天皇として最後となる今年の8.15は、祈る「平和」天皇として明仁がなしてきた「慰霊・追悼」の集大成として位置づけられる。そしてそれは、天皇制国家が起こした戦争の、その責任追及の声を黙らせてきた象徴天皇制の大きな節目としてもある。

天皇のために戦争で死んだ、あるいは「戦闘協力者」とされた「日本人」への補償および顕彰に比し、そうでない国内外の戦争被害者へは無補償といった無責任な日本政府の差別政策に、多くの「日本人」は口をつぐみ、国際的な責任に向きあうことを避け続けてきた。この明仁天皇最後の8.15式典も例外なく、そういった恥ずべき責任隠蔽の歴史をさらに固定化しようという意図に貫かれている。

政府は今年を「明治150年」として、近代150年をまるごと肯定的に評価するキャンペーンを張っているが、それは私たちにすれば植民地支配・侵略戦争の歴史150年を意味する。靖国神社はその象徴的存在であるが、単なる歴史的シンボルとしてではなく、侵略戦争の歴史を肯定し続ける現役の戦争神社として機能し続けている。その靖国神社に公人が参拝することで示されるこの国の歴史観は、過去150年の植民地主義の歴史を肯定するもの以外にない。そして、「全国戦没者追悼式」と、そこで天皇がのべる言葉は、そういった支配層の歴史観を強固なものとするためだけにある。

安倍政権は戦争のための法整備と「国民」づくりを着実に押し進めてきた。2013年には、安倍首相が靖国を参拝し、現在、それに対する抗議の声は司法によって握りつぶされる寸前だ。過去の戦争政策への肯定・礼賛は、それが現在の戦争準備政策に利するためにこそなされる。そういった課題関係を前提に、私たちはこれからも、現在進められている戦争準備政策への抗議とともに、過去の植民地政策・侵略戦争に対する責任追及を粘りづよく続けていきたい。

そして、そういった現実を不可視な状況に追いこむ装置としてあり続ける天皇制を、これ以上続けさせるわけにはいかない。象徴天皇制のもとでも、天皇は君主的な役割を果たし、神々の一族として明確な宗教儀式をさまざまに続けている。また、政府の政策を円滑に進めるために機能し、世襲制で特権的な地位につく差別的な存在である。そのような天皇制は、「代替わり」で延命させるのではなく、なくしていく方向を模索すべきであり、私たちは、このことを諦めず何度でもくり返し訴えていきたい。

天皇の「代替わり」を許さず、天皇制いらないの声を上げ、安倍政権の、現在の改憲・戦争政策に抗議するとともに過去の戦争責任の追及を忘れない行動を、ともに作り上げていこう!

2018年8月15日
8.15反「靖国」行動参加者一同

 

*当日のデモの様子はこちら

http://www.mkimpo.com/diary/2018/yasukunix2018.html

【呼びかけ】「新元号制定に反対する署名」5000筆突破!引き続き協力を

春から集め始めた「元号いらない署名」、とりあえずの目標数の5000筆を突破しました。

署名は引き続き集めて、年末までに政府に申し入れの予定です。
ご協力お願いします。

詳しくはこちらのブログをどうぞ

http://tennoout.hatenablog.com/

f:id:tennoout:20180815071818j:plain

 

2019年5月1日の天皇代替わりにむけて、政府は新しい元号を2018年中に発表するとしています。

一昨年来、首都圏各地でさまざまなかたちで反天皇制の運動に取り組んできた私たちは、この新元号制定に反対する署名活動を皆さんによびかけます!

「昭和」の時代と比べれば、市民生活から元号は急速に姿を消しつつあります。インターネットでも元号不要論・不便論が公然と語られだしてきました。「最も生活に身近な天皇制」であるはずの元号と、民衆意識との乖離は着実に進んでいるのです。この天皇制の大きな弱点である元号制度を突くことを通じて、「終わりにしよう天皇制」の声を、共に、さらに広げていきましょう!

「8・8天皇メッセージ」から始まった「平成」代替わり反対闘争の重要な一環として、この署名運動に取り組んでいただけるようお願いします。目標は5000筆です。たくさんの仲間と共同できることを心待ちにしています。

(2018/2/1)

(1)署名を集めて集約先や取り扱い団体までご送付下さい。

(2)運動の広がりを示すために、ご自身や、団体で取り扱い団体・個人になって、署名集約のハブになってください。

(3)街頭署名取りをぜひ計画してください。一緒にやる仲間が見つからない方は、下記いずれかの連絡先までお気軽にご相談ください。

(4)署名提出行動にご参加下さい。集まり具合や政府側の日程を見て、あらためて日程をお知らせしますので、ご参加ください。

★署名第三次集約は11月15日(木)です。

・ネットでの署名ができます
ここをクリックしてください

・用紙は右サイトでもDL可です

→天皇制はいらない
http://han.ten-no.net/

→ブログ「天皇制いらないデモ実行委OUT!」
http://tennoout.hatenablog.com/

【「元号はいらない署名運動」呼びかけ団体】
■ 反天皇制運動連絡会  千代田区神田淡路町1-21-7-2A 淡路町事務所気付 hanten@ten-no.net
■「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2 かながわ県民センター9FレターケースNO.333
■ 靖国・天皇制問題情報センター 新宿区西早稲田2-3-18-31 キリスト教事業所連帯合同労組気付(署名用紙郵送はこちらまで)
■ 天皇制いらないデモ実行委員会 立川市富士見町2-12-10-504 立川テント村気付 tennoout@gmail.com

【集会案内】今年もまた暑い熱い夏がやってくる  8/15反靖国行動に集まろう

「明治150年」天皇制と近代植民地主義を考える8.15行動

【日時】 8月15日(水)
14時開場
【会場】在日韓国YMCAアジア青少年センター
9階国際ホール
※JR水道橋駅、御茶ノ水駅、地下鉄神保町駅
集会後、デモに出発!

■ 今年の八月一五日の全国戦没者追悼式は、明仁にとっては、天皇として最後の式典出席となります。全国戦没者追悼式は、戦争の死者を、戦後日本の発展をもたらした「尊い犠牲者」と賛美することによって、その死を美化し顕彰する儀式にほかなりません。その意味において、軍人・軍属(戦闘協力者)の死者を「英霊」として祀る靖国神社と同質のものです。
■ 8・15反「靖国」行動は、国家による「慰霊・追悼」を撃ち、天皇制の植民地支配、戦争・戦後責任を批判し抜く行動として取り組まれてきました。日本が、戦争法や治安法を整備し、海外における米軍への協力活動など、実際の軍事行動に踏み込んでいる現在、国家にとって「新たな戦争の死者」をどう位置づけ、利用していくかという課題は、ますます現実的なものとなっています。
 国家による「慰霊・追悼」それ自体が、戦争準備の一環をなしているのです。「代替わり」に伴って新たに登場する新天皇が、そこでどのような役割を果し、また果すことが期待されているのかについても問うていかなければなりません。
■ 8・15反「靖国」行動をステップに、「明治一五〇年」から「代替わり」諸儀式に具体的に反対していく運動を強化し、向こう側からの「平成の総括」を批判しぬき、天皇「代替わり」を契機として創り出される天皇制社会の時間と空間に抗していく、私たちの自由を取り戻す闘いを準備していきましょう。

主催 ●「明治150年」天皇制と近代植民地主義を考える8.15行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/市民の意見30の会・東京/スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【集会報告】なぜ元号はいらないのか?

七月二一日、文京区民センターにおいて、「なぜ元号はいらないのか? 7・21集会」が九七人の参加を得てもたれた。主催は、このかん、天皇「代替わり」に反対する行動を共同でつくっている首都圏枠のグループによって作られた「元号はいらない署名運動」。もちろん反天連も呼びかけ団体のひとつだ。

天皇の「二重権威」などというくだらない議論もからんだ「新元号」への移行をめぐるドタバタは、元号というものの不便・不合理さをあぶりだしている。同時に、にも関わらず、それをやめようという声を表面化させることのない、天皇制社会のありようをも。そうしたなかで取り組まれた署名は、すでに目標数の五〇〇〇筆を超えている。その報告も含めて、元号いらないという声をはっきりと上げていこうという趣旨の集会だった。

主催者あいさつに続いて、中国近代思想史を専門とする坂元ひろ子さん(一橋大学名誉教授)から、「中国の革命経験から考えるアジアの共和国」と題して講演を受けた。坂元さんは、「心身に絡みつくように私たちを縛っている」(安丸良夫)天皇制を問題にすべきであると話を始めた。「元号制度」は、それが中国古典に典拠を持つ言葉で作られることに明らかなように、古代以来の対中国コンプレックスが骨がらみになった制度である。中国においては「天」の観念と易姓革命の思想があったのに対して、日本においてはそのコンプレックスを解消するために、「万世一系」が強調されたことを指摘した。そして、清末民初の改良・革命思想における「共和」論議について詳しく紹介された。

続いて、靖国・天皇制問題情報センターの中川信明さんから、これまでの反元号の取り組みについての報告、前立川市議の大沢豊さんから、二三区二六市の文書における元号および西暦使用の現状、新元号のためのシステム改修の費用などについての調査報告がなされた。

茨城・戦時下の現在を考える講座、「オリンピック災害」おことわり連絡会アジア女性資料センター、あいち代替わり・植樹祭を考える会(仮)のアピール、今後の行動提起で集会は閉じられた。

この集会については、後日朝日新聞でも記事になった。反対する声の存在が取り上げられたのはよいとしても、署名運動について言及されず、なんのための集会なのか不明。しかも「平成流」によって、右も左も苦労し、反対運動も退潮しているという論調。そうではない。集会で中川さんも強調したように、「代替わり」=改元を目前にして、「元号反対運動の三つ目のピーク」に向けた、具体的な取り組みが始まっているのだ。秋にかけてさらに署名を集め、反元号の声をさらに広げていこう。

(北野誉)

【集会案内】なぜ元号はいらないのか? 7・21集会

日時:7月21日(土)午後1時15分開場/1時半開始
会場:文京区民センター2A(地下鉄「後楽園」駅・「春日」駅、下車すぐ)

講演:坂元ひろ子さん(中国思想史・一橋大名誉教授)
「中国の革命経験から考えるアジアの共和国」

報告:中川信明(靖国・天皇制問題情報センター)
「元号不使用運動の実践と成果」

ほか、自治体議員など予定

主催:元号はいらない署名運動

【呼びかけ団体】 ■反天皇制運動連絡会■「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会■天皇制いらないデモ実行委員会■靖国・天皇制問題情報センター

 

(よびかけ文)

来年5月1日の天皇代替わりとともに、「平成」は終わります。

これに合わせて元号制度を終わりにしようと、全国の仲間の皆さんとともに「新元号制定に反対する署名」を集めてきました。

「不便・不合理な元号」というのはもちろんですが、さらにもう一歩「なぜ元号はいらないのか?」という議論を深めていきたい。そんな思いを込めて、7月21日に集会を開催します。

講演は、中国思想史がご専門の坂元ひろ子さんにお願いしました。元号を生み、そして廃した中国の歴史から考えることは多いと思います。

元号反対運動の歴史的な観点からの報告も予定しています。

ふるってご参加ください♪

【呼びかけ】「明治150年」天皇制と近代植民地主義を考える 8・ 15 反「靖国」行動への参加・賛同の呼びかけ

二〇一九年四月三〇日明仁天皇「退位」・五月一日新天皇「即位」まですでに一年を切った。

四月初め、政府の式典準備委員会は「代替わり」儀式の基本方針を固め、明仁への「代替わり」のそれを今回も踏襲するとした。「即位の大礼」など五つの儀式を「国事行為」とし、「大嘗祭」は「国事行為」とはしないが、その「公的性格」に鑑みて、特別に公費を支出するという。政府や一部マスコミは、それが「政教分離」への配慮などというが、そもそも新天皇の即位儀礼とは、三〇にも及ぶさまざまな儀式の総体であって、その一部だけを切り離すなどということ自体無意味だ。私たちはまず、一連の「代替わり」儀式が、憲法上の「政教分離原則」と「国民主権」の原理を公然と踏みにじる、違憲の行為であるということを指摘しなければならない。そして、一連の天皇「代替わり」儀式は、日本が、天皇という世襲の君主を戴く国家であり、「国民」もまた天皇に象徴されることによって「国民」なのだということを再確認させる、最大の天皇制攻撃にほかならない。

そもそも、八〇歳を超える高齢となり、「天皇のつとめ」を充分全うすることができなくなったということを理由に、「生前退位」のメッセージを発し、退位特例法なる新たな立法すら実現させていったのが、この間の「天皇退位」の動きであった。にも関わらず天皇は、退位するその日まで、天皇としての「公務」や、皇室祭祀などを精力的に続けていく意思を示している。宮内庁がこの一年の間に、天皇としての「公的な活動」を、皇太子や秋篠宮に引き継ぐことを提案したが、天皇はそれに同意しなかったというのだ。

今年の三月二七日、明仁・美智子は沖縄・与那国を訪問した。この沖縄訪問を、マスメディアは相変わらず「慰霊の旅」などと描き出している。しかし、この地域は、対中国シフトをイメージした軍事的な拠点としてクローズアップされている。すでに二年前の三月二八日に、この与那国に陸上自衛隊沿岸監視部隊が設置され、そして天皇が沖縄に着いたまさにその日に、陸上自衛隊は全国の五方面隊を一元的に指揮する司令部として「陸上総隊」を発足させ、直轄部隊として「離島防衛」の専門部隊としての「水陸機動団」(日本版海兵隊)をおいている。与那国では、町内のあちこちに、自衛隊協力会によって、「奉迎」の横断幕が掲げられ、天皇が乗った車は、自衛隊与那国駐屯地の隊員によって、と列で迎えられた。また那覇の国際通りでも、自衛隊の陸・空特別編成音楽隊を先頭に、「日の丸」と提灯を掲げた四五〇〇人の奉迎パレードが行われている。「平和主義」イメージとは裏腹に、天皇と軍隊との軍隊との結びつきは、より露骨に現れていたのだ。

明仁はまた、六月九日には、全国植樹祭への出席に伴って福島県を訪問し、さらに八月五日には、アイヌモシリが「北海道」と命名されてから一五〇年を記念する式典が行われるのに合わせて札幌を訪問し、その前後に離島・利尻島を訪ねる計画となっている。

明仁は昨年八月のビデオメッセージで、「とりわけ遠隔の地や島々への旅も、天皇の象徴的行為として、大切なもの」と述べていた。天皇としての「最後」の訪問地としてこれらの地域が選ばれていることは象徴的である。沖縄と北海道は、近代天皇制国家の出発にあたって、「日本の版図」に編入された地域であり、その一五〇年間の歴史には、日本帝国による国内植民地支配の経験が刻み込まれている。その地域と住民(先住民)を、あらためて日本の「国土」・「国民」として再統合していく「象徴的」な行為として、天皇の訪問はあるのだ。そして侵略戦争と植民地支配の歴史を後景化させる方向での歴史の「清算」は、日本の近代全体を、文明化と経済発展の軌跡としてひたすら明るく描き出そうとする、政府の「明治一五〇年」賛美の動きと連動するものだ。

さらに、明仁天皇がこだわってきたとされるのが「戦没者慰霊」である。今年の八月一五日の全国戦没者追悼式は、明仁にとっては、天皇として最後の式典出席となる。全国戦没者追悼式は、戦争の死者を、戦後日本の発展をもたらした「尊い犠牲者」と賛美することによって、その死を美化し顕彰する儀式にほかならない。その意味において、軍人・軍属(戦闘協力者)の死者を「英霊」として祀る靖国神社と同質のものだ。

8・15反「靖国」行動は、国家による「慰霊・追悼」を撃ち、天皇制の植民地支配、戦争・戦後責任を批判し抜く行動として取り組まれてきた。日本が、戦争法や治安法を整備し、海外における米軍への協力活動など、実際の軍事行動に踏み込んでいる現在、国家にとって「新たな戦争の死者」をどう位置づけ、利用していくかという課題は、ますます現実的なものとなっている。国家による「慰霊・追悼」それ自体が、戦争準備の一環をなしているのだ。そして「代替わり」に伴って新たに登場する新天皇が、そこでどのような役割を果し、また果すことが期待されているのかを問うていかなければならない。

8・15反「靖国」行動をステップに、「明治一五〇年」から「代替わり」諸儀式に具体的に反対していく運動を強化し、向こう側からの「平成の総括」を批判しぬき、天皇「代替わり」を契機として創り出される天皇制社会の時間と空間に抗していく、私たちの自由を取り戻す闘いを準備しよう。8・15反「靖国」行動実行委員会への多くの参加・賛同、協力を!

「明治150年」天皇制と近代植民地を考える8・15反「靖国」行動

[呼びかけ団体]

アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【追悼文】追悼・新崎盛暉さん

天皇の「生前退位」希望のメッセージに突き動かされるかたちで開始された天皇「代替り」の政治プロセス。今年(二〇一八年)も、私たちは四月二八〜二九日の連続行動の実行委員会をつくりだした。まず三月二七日から二九日にかけての天皇・皇后の「最後の」沖縄訪問に抗議する運動からスタートしていた。その渦中に、新崎盛暉さん死去の悲報は届いた。

『琉球新報』(四月一日)はこう報じている。

「沖縄戦後史や沖縄民衆運動研究の第一人者で、市民運動をけん引してきた沖縄大学学長で同大学名誉教授の新崎盛暉(あらさきもりてる)さんが三一日午後五時五八分、肺炎のため南風原町病院で死去した。八二歳。東京都出身」。

研究の「第一人者」であることはまちがいないが、彼の研究スタイルは、いわゆる研究者のそれとはまったく違っていた。常に反基地や反安保運動の中に身を置き、運動を方向づける実践的意思をもって状況を緻密に分析する。歴史的過去に向き合っている文章でも、その基本的姿勢は崩さない。ようするに運動の中から、運動に向かって、さらにその外部に向かって発信する。その作業の累積が、そのまま「研究」なのである。いいかえれば運動の「同時代史」の記述が、そのまま「運動史研究」なのである。彼は、最後までその姿勢で完走した。こんな人間を、もう一人さがせといっても、ほぼ不可能であろう。

学生時代は「反復帰」論に理論的共感を持って沖縄について考えることからスタートした私が、復帰運動の代表的イデオローグであった彼に強いシンパシーを抱くようになったのは、八〇年代末からの運動の中での交流を媒介に、その点に気付かされたことが決定的であった。この交流の中で、私たちの運動のパンフレットなどに収めるための彼のインタビューや論文の原稿依頼に、また講演依頼に、「学長」である彼は気楽に応じ続けてくれた。

私と対談で小さな本をつくったこともある。『本当に戦争がしたいの!? 新ガイドラインの向こうに見えるもの』(凱風社・一九九九年)がそれである。そのとき聞けた話で、忘れられない、というより忘れてはいけない話(エピソード)が二つある。

「両親は沖縄出身だけれど僕は東京で生まれた」と語る彼は、一九五二年の〈四・二八〉体験について、こう語っている。

「……校長が全校教職員を集めて、今日で日本は独立しましたということで、万歳三唱をしたんです。それが僕と沖縄の出会いだった。僕は沖縄出身だと思っていても紛れもない日本人でもあった。しかし沖縄が日本から切り離されて米国の支配下に置き続けられるというのに、ここで万歳しているやつがいるわけね。校長が音頭とって、九九%くらいがこれに唱和するわけ」。

〈沖縄人という異質性を自覚した日本人〉これが新崎のアイデンティティであり続けた。すべての仕事が、この軸を中心につくりだされているはずだ。

もう一つは、沖縄の女学生「ひめゆり部隊」の悲劇を知ることを通して「非戦闘員の戦争」という視点をふまえることで、自己の「右翼」的心情と論理が「根底から突き崩され」、〈絶対平和主義〉への思想的通路がついた、という話である。

より具体的なエピソードとしては、一九五六年ごろ全学連のデモの中で、何故沖縄は武装蜂起しないのだろうとの話が出たとき、沖縄戦があった沖縄で武装蜂起などあるわけないと、自分は思ったという回想だ。

この二本の思想軸がうみだした大量の「同時代史」=運動史の再読を媒介に、自分たちの運動史を検証してみる作業、これが私たちに残された課題である。私と彼の個人的な対話のスタートは、広島の松江澄さんからの依頼で、一九八七年の〈八・六〉集会の発言者として、彼に声をかけるという任務から始まった。東京からの依頼の電話に、彼は、あの不機嫌そうな声(こういうブッキラボーな対応は、その後も不変であった)で、快諾してくれた。その時、予定されていた天皇ヒロヒトの訪沖がもたらす、沖縄(死者共同体)社会での政治力に危惧の念を語った私に、彼は皮肉っぽく「沖縄では、天皇といえばあの沖縄売り渡しのメッセージしかイメージされないよ」と答えた。アキヒト天皇歓迎一色に見える沖縄。その中に、もう一度この新崎の言葉を置いてみたい。ひたすら無愛想、そのくせ出会った時の突然フレンドリーな笑顔。そういう人であった。

(天野恵一)

*共同行動報告集(2018年6月14日発行)より