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【呼びかけ】天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える  4・29行動への参加・賛同を

今年二月の安倍・トランプの日米首脳会談における共同声明では、日米同盟の強化が謳われ、「核及び通常戦力の双方によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。(略)米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本は同盟におけるより大きな役割及び責任を果たす」とされた。
米国では、「日本の首相はトランプ大統領の心をつかむ方法を教えてくれた。それは媚びへつらうことだ」(米誌タイム)、「トランプ大統領との個人的な結びつきを強めようとする安倍首相の強い決意は他の国の首脳とは対照的」(ワシントン・ポスト)などと報道された安倍は、札付きの天皇主義右翼である。
また、先の共同声明では、さらに「両首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古崎地区(沖縄県名護市)及びこれに隣接する水域に普天間飛行場(同県宜野湾市)の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である」とも盛り込まれた。
他の解決策を真剣に探ることなく、ただただ沖縄に押しつければよいという日本政府・安倍政権が振り回す「唯一の解決策」という文言がここでも使われている。
ひたすら米国に「媚びへつらう」ことと愛国(天皇制の信奉)の矛盾(天皇ヒロヒトにとっては自身の「保身」として矛盾しなかったが、安倍にとっては明らかに矛盾)。日米同盟の歪さ(在日米軍の特権的な地位での存在)を隠すための沖縄への基地のしわ寄せ・押しつけ(構造的沖縄差別による日米安保体制の維持)。
これらは、明治以降の植民地支配・侵略戦争を展開した天皇制国家の(沖縄を捨て石にしての)敗北から、米軍占領を経て(冷戦という国際政治環境のなかで)、サンフランシスコ講和条約(と同時に結ばれた日米安保条約とともに)という形での日本の主権回復(沖縄の切り捨て)によってもたらされた矛盾である。
私たちは、戦前・戦中の天皇制国家の大罪を敗戦を契機として償う(償わせる)ことができなかったうえに、さらに「誤った」戦後の歴史を積み重ねてきてしまっている。
アイヌモシリ統合と並んで近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史は、そのまま日本による沖縄支配の歴史であり、その一貫した持続であった。
4・28=一九五二年に「誤った」戦後が始まった日。沖縄が米国に売り渡された日。4・29=その責任を負う天皇ヒロヒトの誕生日。
今年もこの両日を視野に、戦後日本の象徴天皇制国家と「構造的沖縄差別」によって維持されている「日米安保体制」を問う行動に取り組む(今年は、29日に集会とデモを予定)。
多くの人びとの参加・賛同をお願いします!

天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4・29行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」の強制に反対する意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

連絡先●東京都千代田区神田淡路町1─21─7 静和ビル2A 淡路町事務所気付
振替●00110─3─4429[ゴメンだ!共同行動]

【集会基調報告】天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2・11反「紀元節」行動 集会基調

1 天皇「代替わり」過程のなかで

 私たちは、明仁天皇が主導して開始された「代替わり」過程の中で、今年の2・11を迎えた。昨年七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって始まったそれは、明仁天皇がたんに年老いたので「退位」をしたいと希望したというような話ではない。憲法の条文の上で、天皇は政治的権能をもたないとされている。したがって、天皇が「国民統合」の象徴であるという憲法上の規定は、その是非は別として、現実に存在している「国民統合」の状態(必ずしも「統合」されていないという現実をも含む)を、そのまま「象徴」する存在でしかないという意味に解されなければならない。しかし、天皇によるビデオメッセージの内容は、それとは逆に、天皇は「国民統合」を積極的に作り出すことにおいて象徴となるのだ、という「能動主義的天皇制」の論理を、「国民」に対して宣言するものだった。すなわち、天皇自身が天皇の行為の内容を決め、それに基づいて天皇制の「制度設計」の変更を主導することが、公然と開始されているのである。
 九月二三日には、政府が「生前退位」などを論議する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーを発表し、一〇月一七日には第一回の会合が開かれた。有識者会議は一六人にヒアリングを行い、一月二三日の第九回で「論点整理」を公表。三月中には、最終答申が出る見込みだ。
 一方、報道などでは、二〇一八年ともいわれる明仁の退位と新天皇の即位、二〇一九年元日の「改元」、同年秋の「即位の礼・大嘗祭」実施などといったスケジュールが規定の方針のように出されている。
 安倍政権は、天皇の「生前退位」を根拠づけるものとして、「一代限りの特例法」でしのごうとしている。女性天皇・女系天皇につながりかねない「皇室典範改正」にはきわめて消極的だ。これにたいし野党は、「皇室典範の改正が本筋」などと主張している。だが、「皇室の問題を政争の具にしてはならない」といった論理で、衆参両院の正副議長による異例の会議が開かれ、事前の談合がすすめられている。
 与野党ともに、天皇制の「安定的継承」こそが大前提なのだ。かつて、国会開会式をはじめとする、天皇の「公的行為」の違憲性を問題にし、前の「天皇代替わり」の際には天皇の戦争責任を批判していた共産党は、いまでは国会開会式への出席に踏み切ってしまった。天皇制それ自体を問題にする議会内勢力はもはや不在だ。ここに出現しているのは、まさに「天皇翼賛国会」そのものである。
 一月二六日の衆議院予算委員会において、民進党の細野豪志代表代行の「皇位断絶の危機」の指摘に答えて、安倍首相は、今回の議論とは切り離して、「安定的な皇位継承の維持について引き続き検討していきたい」と述べた。旧皇族の皇籍復帰や旧皇族の男系男子を皇族の養子に受け入れることも含めて、「今後議論してもらえればと考えている」というのだ。
 そして、天皇の退位を可能とする法案が、今国会において連休明けにも提出といわれている。これに対してわれわれの立場は、天皇の退位に反対することでも、皇室典範改正を要求することでもない。そのような選択肢しか与えられない構造こそ、天皇制そのものであることを問題にし、民主主義に天皇制はいらないという声を大きくしていく以外にない。こうして天皇制をめぐる状況が、日々大きく動いている中でのわれわれの本日の行動は、今後数年にわたる「代替わり」過程全体をみすえた反天皇制運動の課題を確認し、その闘争方向を議論していく場として設定されている。

2 2・11 と右派の動向

 本日二月一一日は「建国記念の日」とされている。天皇神話に基づく戦前の「紀元節」は、一九四八年に一度は廃止されながらも、多くの反対を押し切り、一九六六年に「建国記念の日」として復活された。政府による式典は中止されたままだが、日本会議と神社本庁を中心とする右派勢力は、今年もまた各地で式典や行動を繰り広げている。
 「国旗・国歌法」や、教育基本法改悪、教科書改変などで草の根からの「国民運動」を展開してきた日本会議は、神社本庁や民間右翼のみならず、自民党など右派政党の国会・地方議員も多く組織し、政治的影響力を強めている。
 とりわけ安倍政権は、安倍自身を始め閣僚の多くが日本会議国会議員懇談会のメンバーである。日本会議を中心として設立された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、天皇の元首化、憲法九条改憲、「国家緊急事態」の制定など、自民党改憲草案を丸ごと実現する趣旨で、全国の神社において昨年一月、改憲署名を開始した。
 このような、宗教右翼と結びついた右派の運動は、国家による宗教行為を禁じた、憲法二〇条の政教分離原則をないがしろにする安倍政権の行為を、明確に後押ししている。
 安倍首相は、二〇一三年一二月の靖国神社参拝が、国内外の大きな批判を浴びたことから自らの参拝は見合わせているが、靖国神社の例大祭などへの供え物は欠かさない。こうした状況を受けて、国会議員の靖国神社参拝の人数は激増している。また、昨年五月の伊勢志摩サミットの初日には、サミット公式行事としてG7首脳を伊勢神宮に案内してみせた。とりわけ、安倍内閣の防衛相である稲田朋美が、昨年一二月二九日に靖国神社を参拝したことを見逃すことはできない。かつて稲田は、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と述べていた人物である。戦争国家体制が着実に構築されている現在、戦争体制を精神的に支える装置として、死者の「慰霊と顕彰」の場が要請されている。靖国神社だけがストレートにそういう場所になりうるかどうかは疑問だが、戦争神社・靖国に現役の防衛大臣が参拝することの政治的意味合いはきわめて大きい。
 その稲田は昨年一一月「明治の日推進協議会」の集会で、「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった」とあいさつした。同団体は、明治天皇の誕生日である一一月三日を、現在の「文化の日」から「明治の日」に変えようというグループである。こうした動きは、二〇一八年に実施が決まっている、政府の「明治維新一五〇年」記念事業とも連動しているだろう。そして、この二〇一八年がまた、「平成最後の年」というキャンペーンと重ねられることは明らかだ。そこではいわば、近代天皇制国家の一五〇年の総体が、まとめて総括されることになるはずだ。そして二〇一九年の「改元」が、新たな天皇の世紀を開くものとして喧伝されることになるだろう。

3 新天皇即位・「大嘗祭」に反対しよう

 さしあたり、新たな天皇制がどのようなものとして打ち出されることになるのか、それはきわめて不透明である。美智子に匹敵する存在感のある皇后の不在は、「平成流」の天皇制を続ける上で、有利とは言えない。そうした新天皇の権威づけは、どのようになしうるのか。だが、さしあたり明仁天皇が描いた天皇像を逸脱することはなく、その基本路線を引き継ごうとすることから始められるだろうと想像するだけで十分である。
 この間、明仁の退位と新天皇の即位の日付をめぐって、政府と宮内庁との間に、若干の「応酬」があった。報道によれば政府は、二〇一九年一月一日に皇太子の天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。具体的には、この日に「剣璽等承継の儀」(三種の神器等引き継ぎ)と「即位後朝見の儀」(三権の長らの初拝謁)を宮中で行い、官房長官が速やかに新元号を発表する。そして同年の一一月に大嘗祭がおこなわれ、皇位継承を内外に示す「即位礼正殿の儀」が大嘗祭の前に行われる、とされた。
 ところが、これに対して西村泰彦宮内庁次長が、一月一七日の定例会見で「譲位、即位に関する行事を(元日に)設定するのは実際にはなかなか難しい」との見解を述べたのである。そこには、「元日は早朝から重要な行事が続くので、それらに支障があってはいけない」という天皇サイドの意向が反映されているのではないか、とも報じられている。皇室にとっての「重要な行事」というのは、早朝からおこなわれる「四方拝」などの宮中祭祀や「新年祝賀の儀」などのことである。これをうけて、政府は二〇一八年一二月二三日の退位の検討へと切り替えたといわれている。
 天皇制が国家の制度であれば、それは政府や議会が決定することで、天皇の「私事」にすぎない宮中祭祀などに左右されてよいはずはない、と安倍官邸が言っても不思議ではないが、そのようなことはありえない。自民党の改憲草案においても、天皇の祭祀を「国事行為」に入れるということは主張されていないが、天皇も安倍も完全に一致している天皇の「公的行為」の拡大のなかで、天皇の「祭祀」の「公的性格」を強調し、事実上国家の行為としてそれを拡大していく方向性が強まっている。
 「剣璽等承継の儀」や「大嘗祭」などは、いうまでもなく皇室神道の儀式である。それに対して「公的性格」をみとめて国費を支出することは、政教分離違反である。明仁天皇を、安倍と対立する「護憲・平和主義」者として描き出すことは、いわゆる「リベラル」な立場に立つ人からもしきりになされているが、今回の「生前退位」意向表明、そして、それによって日程に上りつつある「代替わり」儀式において、天皇は明確に違憲の行為を積み重ねていくのだ。そしてそれが、改憲を押し進めようとする日本会議などの右派勢力の「復古主義」と重なりつつ、またそれとは異なる天皇主義の強化をもたらすことになるだろう。

4 反天皇制運動の大衆化を

 このような天皇制の行為は、まさに反憲法的な行為である。私たちは、民主主義・人権・平和主義といった普遍的な価値を中軸的な原理としておいている現憲法が積極的な性格を認めるが、象徴天皇制自体がこれらの原理と矛盾するものとして憲法内に埋め込まれており、そのことがたえず、反憲法的な行為を引き起こしているといわなければらない。
 天皇制はひとつの身分制度であり、差別と人権侵害、自由な表現の抑圧をもたらす存在として現実的に機能している。それが行なっていることは、戦争や原発事故、沖縄の基地問題、社会的格差と不平等など、さまざまに生じている現実的なあつれきを、慰撫し、融和し、「国民」的に統合していくことである。そして最終的に天皇が果たす役割は、現実政治の正当化以外ではありえない。
 今年の「天皇行事」としてはまず天皇・皇后のベトナム訪問が予定されている。「三大天皇行事」については、「68 回全国植樹祭(5/28、富山)」、「72 回国民体育大会(9 /30〜10/10 、愛媛)」「37 回全国豊かな海づくり大会(10/28 ・29 、福岡)」があり、例年の8・15 「全国戦没者追悼式」がある。3・11 の「東日本大震災追悼式」は、五年がすぎたので、天皇出席行事から、秋篠宮出席の行事となった。だがこれは、新天皇の即位後、皇位継承者第一位になる秋篠宮の、実質的な「皇太子化」の先取りというべきものだろう。
 われわれは、こうした天皇制の動きを批判し、闘争課題としつつ、長期的には「即位・大嘗祭」へと向かう天皇「代替わり」攻撃を見すえた闘争を準備していきたい。大量の右翼と警察の暴力に見舞われた、各地で「生前退位」表明以降の天皇制再編に抗するさまざまな反撃がすでに始まっているが、昨年11・20の吉祥寺の反天皇デモは、警察と右翼による激しい規制と暴力に見舞われた。さまざまな暴力や人権侵害、市民社会からのそれも含んだ排除の言論、不当弾圧といった課題は、反天皇制運動の課題でもある。いま、2020東京オリンピック・反テロを口実とした共謀罪の国会審議が進んでいる。東京オリンピックの名誉総裁には新しい天皇が就任し、一連の儀式を終え、新天皇として国際舞台にデビューするイベントの場としても使われる。その意味で、オリンピック警備と天皇警備も連動するだろう。
 これらのさまざな課題を出し合い、これまでの経験なども交流させつつ、本格的な天皇「代替わり」に反対する運動陣形・そのためのことばと表現を展望していこう。

 二〇一七年二月一一日

【呼びかけ】天皇制はいらない!「代替わり」を問う  2・11反「紀元節」行動への参加・賛同を

七月一三日のNHKの報道、そして八月八日の明仁天皇自身のメッセージ読み上げによって、いわゆる「生前退位」をめぐって、次代の天皇制をどのように再編成していくかが、支配階級にとっての大きな課題となった。
明仁の最大のメッセージは、「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果す」こと、すなわち、天皇制はたんに、いまある「国民統合」を象徴しているだけの受動的な存在なのではなくて、あるべき「国民統合」を積極的に作り出す存在であるということである。そしてそれは、「地方への旅」や式典での「おことば」、国内外における「慰霊」や「海外親善」などをこなしてきた天皇自身の自負に支えられている。しかし、それら「天皇の象徴的行為」なるものは明確な憲法違反の行為である。天皇の行為は、憲法に具体的に明記された名目的かつ儀礼的な「国事行為」のみに限定されており、そうしてはじめて天皇制の存続は許された。
政府は「生前退位」などを論議する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を発足させ、すでに一六人のヒアリングを終えて、メンバーによる論点整理に入っている。一二月七日の第六回会合では、「公的行為」については、その時々の天皇が「自らの考えで程度、内容などを決めていけばよい。天皇、時代によって異なるべきだ」との認識でおおむね一致し、また、ヒアリングで賛否が拮抗した「生前退位」については、一定の条件を付けたうえで容認すべきだとの意見が出たと報じられている。「公的行為」の内容を天皇が決めてよいというこの見解は、きわめて驚くべきことである。それは、内閣の「助言と承認」のもとにしかその行為をなしえない天皇の地位を、能動的な君主へと変更することを意味するからだ。
まだ結論は見えないが、当初、すぐにでも「皇室典範」改正まで進むかのように見えた「生前退位」をめぐる論議が、「一代限り」「特例法」の線にまで「後退」していくにあたっては、その保守的家族観から男系主義に固執する安倍をはじめとする右派勢力の引き戻しがあっただろう。しかしわれわれは、このような論議の土俵を先制的に作り出したものが、天皇それ自身の言葉であったということを、再度確認しておかなければならない。
すでに、「平成三〇年」にあたる、二〇一八年中の「即位・大嘗祭」が日程として上り始めている。現天皇の「大嘗祭」は、「国の行事」ではなく「皇室の行事」とされたが、「公的な行為」として臨時の予算が国から支出された。「大嘗祭」や、「即位」にともなう「三種の神器」の承継儀式などは皇室神道の儀式であり、国家が宗教的行為を行うことを禁じた憲法の政教分離原則の侵害にあたる。そして二〇二〇年には、天皇を名誉総裁として戴く東京オリンピックが開催され、それが新しい天皇の、国内外における大舞台のデビューとなるだろう。
こういった「公務」の拡大を通じた天皇の「元首」然としたふるまい、公然たる政教分離違反の皇室祭祀の前面化などが、安倍政権の下ですすめられようとしている改憲プランと、その点においては一致していることは明らかである。天皇の「平和主義」は、国際貢献や「積極的平和主義」の名のもとで拡大している、日米同盟のもとでの自衛隊の海外派兵という現実と矛盾することはない。実際に明仁天皇は、PKOに参加した自衛隊員などへの「接見」を、何度も「公務」として行なっている。そして、8・15をはじめとする、天皇による戦争の死者に対する「慰霊」は、再び戦死者が生み出されようとしているこの時代にあって、殺した国の批判ではなく、国のための死の「尊さ」を謳い上げるための儀式とならざるをえない。
このような状況のなかで、われわれは、2・11反「紀元節」行動に取り組む。いうまでもなく「紀元節」は、神武天皇の建国神話にもとづく天皇主義の祝日である。宮中祭祀としての「紀元節祭」は戦後とりやめとなったが、現在も「臨時御拝」の名で、同様の宮中祭祀が続けられている。それは、日本は天皇を戴く国であるという、イデオロギー的な基礎を、安倍を含む右派勢力に広く提供し続けているのだ。
「天皇代替わり」状況と、それにたいする抵抗はすでに開始されている。「代替わり」に反対する吉祥寺のデモは、大量の右翼の襲撃と、それを容認する警察による厳しい規制に見舞われた。その存在が引き起こす人権侵害に反撃し、「天皇代替わり」過程の総体にどう向き合っていくかが問われている。この2・11を出発点として闘いを開始しよう。

天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2・11反「紀元節」行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30の会・東京
スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会
「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/ピープルズ・プラン研究所
靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会
連絡先●東京都千代田区神田淡路町1─21─7 静和ビル2A 淡路町事務所気付
振替●00110─3─4429[ゴメンだ!共同行動]

【連帯アピール】山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争

山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争に参加されている皆さん

この間、首都圏において反天皇制運動に取り組んできた、「『 聖断神話』と『原爆神話』を撃つ8.15 反『靖国』行動」より、本日の現地闘争を準備し、また現地に結集されている皆さんに、連帯のアピールを送ります。

私たちは、天皇制の「三大行事」といわれる「国体・植樹祭・海づくり大会」が、日本各地において行なわれてきた、天皇を戴く儀礼を通じて民衆統合をすすめる装置であり、その地域において、天皇警備という名の人権弾圧をともなう、官民一体の天皇翼賛体制をつくりだすものであるとして、反天皇制運動の大きな課題として位置づけています。

本来であれば、実行委メンバーの多くがこの場に結集していなければならないところ、日程的な諸事情で不十分な取り組みになってしまったことをお許し下さい。

私たちは、8・15に向けた前段集会のひとつとして、7月18日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない! 海づくりは、海こわし」と題して、現地闘争を準備されている方を講師にお招きし、討論集会を持ちました。そこでは、近代天皇制国家による東北支配の歴史と、政府・資本によって現地漁業が破壊されていく実態が明らかにされました。また、今回の「海づくり大会」が福島原発事故の翌年に開催を決定したものであり、それは2016年岩手国体、2018年福島植樹祭とつづく、東北における天皇行事のさきがけであること。そこで強調される「東北地方の復興再生」なるものが、現在進行形である福島原発事故や、汚染水の海洋放出という現実を隠ぺいし、原発再稼働政策を後押しするものに他ならないことを確認しました。

私たちは7月30日にも前段集会を持ち、さらに8・15の反「靖国」デモにも取り組みました。

それは、天皇明仁の「生前退位」の意向なるものがNHKにリークされ、そして天皇みずからの、「ビデオメッセージ」のテレビ報道という時期に重なりました。これらの天皇の行為は、「皇室典範」の改正を自らの意志で迫るという、象徴天皇制にとっての明確な違憲行為であり、さらに天皇制の「未来像」を、天皇主導によって確定していこうとする意思を示したものに他なりません。日本の国家社会を、戦争をする体制へと全面的に再編していく時代にあって、象徴天皇制がその存在意義である「国民統合」の機能を、より積極的なものとして高度化させていくという意味において、それは、天皇自身の手による、天皇制再編攻撃の開始であったといわざるをえません。

私たちの8・15行動が、首都圏においては、こうした天皇制攻撃に対する最初の街頭デモであったとすれば、今回の山形現地の闘いは、天皇行事そのものに対して、天皇に対して直接抗議の声を上げていく最初の闘いであると思います。

反天皇制運動の更なる展開をめざし、ともに闘っていきましょう。

2016年9月10日
「 聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8.15 反「靖国」行動

【反天連からのよびかけ】02 違憲の『天皇メッセージ』が 民主主義を押しつぶす ──この異様な状況に批判の声を上げていこう

「生前退位」意向表明が政府や宮内庁を飛び越えたメディアへの「リーク」という形式でなされ、天皇の「Xデー」状況は開始された。そしてまた、メディアに事前に予告され、8月8日には、あたかも昭和天皇が「終戦詔書」を読み上げた「玉音放送」さながらの演出で、「天皇メッセージ」がビデオ放映された。

●違憲行為の当事者たちの責任を明らかにさせよ

天皇が、憲法をはじめとする法制度や国家の政治に関与することは、憲法に明確に違反しており、決して許されてはならない。現在の憲法における「天皇の地位」や権能の制限は、何よりも大日本帝国憲法下において、天皇の権力が、内閣による「輔弼」という形式をとりつつ、政治への統治権としても、また軍に対する統帥権としても、実質的に行使され続け、「戦争の惨禍」を起こしてきたことを否定し、「国民主権」のもとに位置づけるためのものである。

それにもかかわらず、今回の「天皇メッセージ」は、発言の中で「摂政を置くこと」や「代行」による対応などを拒否し、同時に、直接の表現を避けつつ、憲法や皇室典範に規定のない「生前退位」を強く望んでいることを明らかにした。天皇がその機能を果たせない状態のときに向けて、あらかじめ準備されている制度の適用を拒否し、皇室典範などの関連法規の改定によってしかなし得ない内容を、明確に要求したのである。これらは憲法上の規定の否定であり、国政に関する権能の行使であり、はっきりとした違憲行為である。

天皇は、憲法上の「国事に関する行為のみ」を行なうとされ、その国事行為のすべてについて「内閣の助言と承認を必要とする」と定められている。天皇の違憲行為を認めることが、誰によりどのような経過でなされたものなのか。私たちはまずそれを明らかにさせねばならない。そして、これに関与した政府や官僚、宮内庁関係者や、皇族たち自身の責任をも明らかにさせねばならない。

●違憲性を覆いつつ演出された「天皇メッセージ」

天皇の地位に関することは、まったく天皇や皇族たちの私事ではありえない。天皇の行為は、憲法上、国家の機関による行為としてあるのだ。ところが、メディアのすべて、さらに大多数の「有識者」たちが、この「天皇メッセージ」の違憲行為を見ぬふりをしてむしろ賛美し、「国政に影響を及ぼすものではない」とする政府首脳の発言をも追認している。

明仁天皇によるメッセージは、憲法にかかわる多くの重要な問題の変更が、個人的な決断によって可能となるかのような前提に立っている。外形的には穏やかな「語りかけ」のスタイルをとりながら、実現されようとするものは、まさに天皇自身による天皇制の大幅な転換なのだ。このメッセージを引き金として、関連する法律の改定や立法の準備がすでに開始されている。これはきわめて異様な事態である。日本国憲法の改定を求める発言すら、メディアには流通しはじめている。

しかし、かつても天皇制の政治権力は、このように天皇の意思を「忖度」する形で行使されてきたのであり、その構造は、「護憲」を義務づけられている天皇や政府権力によって現在も維持されていることが明らかになった。
このような状況下で、天皇が「退位」を要望したり、天皇に「退位」を要求したりすることが、政治的にきわめて重大な事態を引き起こすこともまた、逆説的にはっきりしたと言わねばならない。私たちはこうした天皇制の構造と政治権力のあり方を、民主主義の立場からも、立憲主義の原則からも、強く批判する。

●天皇が要求する「象徴の立場への理解」

今回の「天皇メッセージ」の重要な問題点として、さらに挙げられなければならないのは、天皇の行為として、憲法上の「国事行為」のほかに、憲法上の規定のない「象徴としての行為」というものを強調していることである。

明仁天皇は、憲法第7条に定められた10項の「国事行為」に含まれない、それ以外の多数の行為を、「天皇の象徴的行為」とした。メッセージとして語られた、「国民の安寧と幸せを祈ること」「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」などのいずれをもがこれに加えられ、「国民を思い、国民のために祈るという務め」であるとしているのだ。

しかし、天皇による公的な場における「祈り」は、強く政治的な意味を持つ行為であり、個人的な行為としてはあり得ないものである。かつて神道は個別の宗教としての存在ではなく、「国体の本義」などにみられるように、「国体」そのものとして強要され、戦争体制を支えるイデオロギーとして機能してきた。憲法第20条の信教の自由や政教分離の原則は、これを否定するためにこそ設けられたものである。天皇が「国民のために祈る」ことを、「象徴的行為」としてあらためて認めさせようとすることには、たんに現状を追認するにとどまらない重大な問題がある。

これまで、天皇や皇族たちは、侵略戦争の責任についてあいまいにし、「慰霊・追悼」の儀式を進めてきた。国内での災害があればいち早く被災地訪問を行ない、追悼や慰撫を重ねてきた。また、国体や植樹祭、海づくり大会などをはじめとするイベントのたびに、メッセージを発し、各地を訪れてきた。

これらは憲法上に規定のないまま実施されているという点で、違憲でありながらも、内閣の助言と承認に基づく「公的行為」とみなされて追認されてきた。しかし、今回の「象徴としての行為」の強調は、こうしたいわゆる「公的行為」論からも逸脱しており、天皇のあらゆる行為を「象徴的行為」として正規に認知させようとする意図をも露わにするものだ。

●天皇制の「伝統の継承」などいらない

メッセージにおいては、天皇らが「伝統の継承者」であり、「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」とする。こうした発言からは、その「役割」を担ってきたという自負とともに、これを維持し拡大するという強い意志が受け取られる。

それにもかかわらず、ここで語られた「伝統」の内実は、まったく不明のままだ。それを明らかにせぬまま、天皇の「象徴的行為」の一部であるかのごとく拡大するならば、天皇に関するあらゆることが、多くの捏造も含めて「伝統」として強要されたかつての歴史を、そのまま再現していくことになりかねない。

昭和天皇裕仁の病気の顕在化と、その死に際して、「自粛」の強制が広く社会を覆った。このことへの、明仁天皇自身による否定的総括が鮮明にされたことは注目される。しかし、裕仁の死後に進められたのは、現行憲法下において根拠を持たない皇室儀礼が、あたかも欠くことのできない「伝統」であり、さらに国家儀礼であるかのごとく認められ、政教分離が掘り崩されていったという事実だ。

「天皇の終焉」にあたって行われた「重い殯の行事」も、葬儀や即位にかかわる行事も、新たにつくられた「伝統」の一部に過ぎない。日本国憲法体制のもとにあって、「皇室のしきたり」なるものにより「社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶこと」など、そもそもあってはならないことなのだ。

こうした発言が、老齢化して健康を損なっている天皇に対する「国民」の「情動」を喚起させる形でなされていることは、この問題のきわめて大きな危うさを示すものでもある。

いままた、天皇の意向について「国民的」討論をという言論が、政府とその意をくむメディアにより組織され始めている。こうした構造は、天皇制を「内面化」させようとするものであり、かつての「国体」意識を再構成させ、これを「護持」させようというものだ。

私たちは、これらの総体を、強く批判する。

 

2016年8月28日
反天皇制運動連絡会

【集会宣言】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動 集会宣言

参院選の結果、改憲勢力が衆参両院で改憲発議が可能な全議席の三分の二を超え、また日本会議の副会長でもある小池百合子が東京都知事に当選し、そして第三次安倍改造内閣に、4・28と8・15に靖国神社を、閣僚であった時期も含めて欠かさず参拝してきた稲田朋美が防衛相となる──。このような時代状況のなかで、われわれは今年も、8・15反「靖国」行動を迎えた。

安倍政権下、具体的に「戦争をする」国家体制は日々現実のものとなっている。中国や朝鮮の脅威を煽り、沖縄を日米の前線基地にするために、先島への自衛隊配備や、大量の機動隊を辺野古や高江に投入して、暴力的に新基地建設を推し進めようとしている。「日米同盟」のためのパフォーマンスは、「伊勢志摩サミット」にともなうオバマの広島訪問においてもみられた。そこでは、原爆殺戮の当事者であるアメリカ政府の代表者であるオバマも、植民地支配と侵略戦争の結果として、原爆被害を招いた日本政府の代表者である安倍も、その戦争犯罪について謝罪することなく、原爆の死者を日米同盟の強化、「和解と未来志向」の場へと利用したのだ。

8・15もまた、戦争の死者を利用し尽くす場である。本日、天皇出席のもと九段で行なわれている「全国戦没者追悼式」は、戦争の死者を戦後日本の「平和と繁栄」のための「尊い犠牲」として称えることで、人びとを死に追いやった日本国家の責任を解除する欺瞞的な儀式である。8・15はけっして戦争終結の日ではなく、「終戦の詔勅」の「玉音」が放送された日に過ぎない。にもかかわらず、この日が「終戦の日」とされていることは、「戦後日本の平和」が天皇の「ご聖断」によってもたらされたとする神話を再生産していく。

そしていま、いわゆる明仁天皇の「生前退位」の意向表明によって、新たな形態での天皇の「代替わり」が開始された。

八月八日の天皇の「玉音放送」が示したことは、憲法解釈学においても論点となっている、「天皇の仕事」とは何であるのかということを天皇自身が決め、そしてそれを天皇が円滑に遂行するためのシステムをつくるように促したという事実である。その行為も、それを当然のように受け入れる心性も、民主主義とはほど遠い態度である。憲法の天皇条項は、こうした現実政治への関与を防ぐために、かつての天皇制国家への反省として定められた。天皇の行為は明らかに違憲の行為だ。

天皇の憲法違反は許されない。そもそも、天皇の「公務」自体はいらない。天皇制そのものが廃止されなければならない。本日のデモは、今後数年間にわたる、天皇主導の新たな天皇制づくりに反対する最初の街頭デモともなる。最後までともに闘おう!

【反天連からのよびかけ】01 天皇制が主導する「Xデー状況」への 反撃を開始しよう! ──天皇も皇族もやめろ、そして天皇制は廃止せよ!

●これは「自粛なきXデー」の始まりである

7月13日、明仁天皇の「Xデー」状況がはじまった。しかもこれまで全く予想されなかったかたちで。

天皇という地位についている人間の生物学的な死としての「Xデー」へのカウントダウンが始まったわけではない。しかし、天皇の「代替わり」にともなう、新たな天皇制像の演出としての「Xデー状況」は、すでに開始されたと見るべきだ。

反天連は昭和天皇「Xデー」との大衆的な闘いに向けて1984年に結成された。昭和天皇の「Xデー」においては、病状報道から天皇の死にいたる時期の「自粛」と「弔意強制」が、列島全体を巻き込んだ社会現象となった。それは経済状況にも影響し、何よりもその「息苦しさ」への反発が、天皇制に対する批判的な感覚を広げた。このことはおそらく、天皇制を演出する側にとっても総括すべき点であったはずである。今回の、いわば「自粛なきXデー」状況の開始は、われわれにとっても、前回とは異なる反天皇制運動の展開を要求している。そのことを見すえながら、私たちは多くの人びととの共同の作業として、開始された「Xデー状況」に反撃する闘いを、さまざまなかたちで準備し開始することを呼びかける。

●天皇が事態を主導している

われわれは、今回のそれがまず、天皇自身による「生前退位」の意向表明として始まったことに注目しなくてはならない。これはたんに年老いた明仁天皇が、現役を退きたいと希望しているといった話ではない。NHKによってそれが報じられてすぐに、宮内庁幹部や政府は「報じられた事実はない」「承知していない」と打ち消して見せたが、各メディアは事実としてそれを後追いで報じ、宮内庁もまたNHKへの抗議などはしていない。さらに、首相官邸では、限られた人間しか知らず、何を検討しているかについてさえ極秘のチームが、皇室典範改正に関する検討をすでに進めていたとされる。それをも飛び越えて、天皇の「意向」が唐突に明らかになったのは、明仁天皇自身そして徳仁や文仁らの強い意向がそこに働いていたからであると判断される。

今回の件は、明仁天皇自身が、「次代」の新しい天皇制を演出する、その主導的な担い手の一人として立つという明確な意思を表明したということを意味する。摂政をおくのではなく、皇室典範の改正が必要な「生前退位」を、明確に希望したこと、それは象徴天皇制を、明仁天皇みずからが主人公となって、積極的に変革し再構築するという宣言なのである。

●「国民の天皇」の政治的行為

「生前退位意向表明」は、昭和の天皇制とは段階を画した「国民の天皇」としての、明仁天皇制をしめくくるものである。

その即位以来、マスコミ等を通じて演出されてきた明仁天皇制の姿とは、アジアへの外交や沖縄訪問による戦争責任の和解に力を尽くし、国内外の戦跡で死者への祈りを捧げ、さまざまな自然災害の被災者を慰問するなどの「公務」を精力的に行なう、「常に国民とともに」ある明仁と美智子といったイメージであった。しかし、これら一見すると「非政治的」で平和的な、問題ともならないように見える天皇の行為は、現実にはすぐれて政治的な役割を果し続けている。

たとえば、アジア訪問などにおける天皇の発言は、実質的に天皇制国家の責任も日本軍の責任もなにひとつとらず、ただ口先でだけ「謝罪」のことばを発して終わったことにしようとする日本国家と基本的に同じものである。それがたんなる「口先」ととらえられないのは、「国民統合の象徴」とされる地位に立つ者のことばであり、マスメディアが絶対敬語で無条件に賛美することばであり、ある人たちにとっては侵略戦争の責任者であった昭和天皇の息子のことばであるからだ。国家の儀礼を受け持つのが天皇の役割だが、それは天皇であるからこそ、他の国家機関ではなしえない何ものかを有するものとして演出される。しかし、繰り返すが天皇は国家の機関である。だから天皇のことばを賛美することは、国家のことばを無条件で賛美することと同義である。天皇はそのようなかたちで政治的な役割を果しているのだ。

●天皇の「公務」の拡大は違憲だ

年齢のせいで「公務」が十分果せなくなったという思いが、今回の「生前退位」の意向表明の背景にある、とマスメディアは報じている。明仁と美智子によってさまざまにおこなわれてきた天皇の「公務」を「誠実」に果していくこと。「生前退位」の意味することは、自らが体現してきたそういう象徴天皇制のあり方を、その権威も利用しつつ、明仁天皇から徳仁天皇へと意識的につないでいくことに違いない。それは、息子の妻の病いも含め「不安」の中にある次代の天皇制を、ソフトランディングさせていくという意図に貫かれている。

だが、憲法で規定された「国事行為」以外の「公務」なるものは、そもそも違憲の行為である。かつて「統治権の総覧者」であった主権者天皇を、「国民主権」のもとでの象徴天皇に衣替えするにあたって、天皇の役割を法的に限定したのが憲法の天皇条項である。認められた「国事行為」以外に「公的行為」なる区分を立て、天皇の「公務」としてひとくくりにすることは、いわば天皇条項の「解釈改憲」にほかならない。そうやって勝手に「仕事」を増やしておいて、それを十分に行なえないから「退位」して代替わりが必要だなどと、「政治に関与しない」はずの天皇が言い出すことは、二重に違憲の、ふざけた言い草なのだ。個人的な事情で国家の制度の変更を迫る。ここにあるのは、身体を有する特定家系の個人を国家の「象徴」とする制度自体の矛盾である。

今後、天皇の意思を「忖度」して皇室典範改正作業が本格化されていくであろう。すでに、退位後は「上皇」になるのか、今回限りの特例法で、などといった議論も始まっている。皇室制度を安泰にするための「女性宮家」の検討も再浮上するだろう。右派の抵抗も予想されるが、皇室典範の不合理な部分を、合理化しなければならないといった議論が、「陛下の意思」を背景に、「国民的」になされる場がつくりだされようとしている。

問題なのは、そうした議論の中で、拡大されてきた天皇の「公務」自体の違憲性を、正面から問う言説がほとんど見られないことである。逆にそれを前提とし、それらをより積極的に行なうことが天皇の役割であると言うのである。

私たち反天連の立場からすれば、体制としての戦後民主主義のなかに埋め込まれた象徴天皇制は、民衆の自己決定としての民主主義とは矛盾するシステムである。生まれによって、特別な身分が保障されるような制度はおかしい。私たちは天皇によって「象徴」され統合された「国民」であることを拒否する。膨大な経費と人員を使って、各地に移動するたびに、人権侵害をひきおこし、批判的な少数言論を抑圧する制度は迷惑である。そうであるからこそ、新たな天皇制の再編強化を意味する「生前退位意向表明」に私たちは注目せざるを得ないし、その違憲性を批判し、そこで具体的に生み出される天皇制の政治と言説に批判的に介入していく。

天皇も皇族であることもやめよ。徳仁も即位するな。皇族という存在はいらない。そして天皇制自体は廃止されなければならない。

2016年7月28日
反天皇制運動連絡会

【呼びかけ】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動への参加・賛同を

五月二七日、「伊勢志摩サミット」に出席していたオバマ米大統領は、現職大統領として初めて広島を訪問した。広島でのオバマ訪問は「歴史的出来事」とされ、マスコミの世論調査で、九割以上の回答者がオバマの広島訪問を「よかった」と答え、それを「コーディネート」してみせた安倍政権の支持率も上昇した。

オバマは広島で「核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならない」と述べたが、それはなんら具体性を伴うものではなく、むしろオバマ政権は核関連予算を増大し、新型核巡航ミサイルなどの「近代化」をすすめるとしている。そして何より、オバマは原爆がこの地にもたらした非人道的な大量無差別虐殺行為について、なんら謝罪することはなかった。アメリカは始めから謝罪を拒否していた。今回のオバマの広島滞在も五〇分にすぎず、原爆資料館には、一〇分もいなかった。そして日本政府もまた、謝罪を要求しなかったのである。

安倍首相は五月中旬、「被爆国の首相と、核兵器を使用した国の指導者がともに犠牲者に哀悼の誠をささげることが核のない世界に向けての一歩になる」と語り、当日も「日本と米国が、力を合わせて、世界の人々に『希望を生み出す灯』となる」と宣言した。また、オバマは、そこから広島へ向かった米軍岩国基地において海兵隊員を激励し、日米同盟が「繁栄の基礎だ」と述べ、広島訪問の意義として「元敵対国が単にパートナーだけでなく、親友、最強の同盟国になれる」と強調している。二五日に行なわれた日米首脳会談においても、沖縄における米軍属による女性殺害・死体遺棄事件への大きな怒りが高まっているのに、「基地縮小」はおろか「日米地位協定の見直し」すら安倍は口にしなかった。

結局、オバマと安倍が広島でおこなったことは、「日米同盟」強化のためのパフォーマンスにすぎなかった。安倍が進める全国家的な再編は、戦争体制構築をその重要な環として進んでいる。自民党改憲草案は、立憲主義を破壊し「天皇元首化」をも掲げるものだが、「緊急事態条項」などを突破口として改憲を明言する安倍政権において、日米の軍事一体化と修正主義的な歴史認識は同時に追求されなければならない課題である。今回のオバマ広島訪問で演出されたのは、原爆殺戮の記憶を「和解と未来志向」で塗りつぶすことだ。明白な戦争犯罪さえもが、日米の「希望」のための道具として利用されたのである。

安倍はここで自らを、「被爆国の首相」とすることで、あたかも戦争の被害者であるかのような物言いをした。だが原爆殺戮は、近代日本の植民地支配と侵略戦争の帰結として引き起こされた、日米両帝国主義の戦争の過程でおきたことである。アメリカに原爆を投下した責任があるのと同じく、日本にはそれを招いた責任がある。強制徴用された多数の朝鮮人や、連合軍の捕虜をも含む二一万人にのぼる広島・長崎の原爆の死者を生み出したのはアメリカと日本であり、広島においてオバマが被害者に対して謝罪しなければならなかったと同様、安倍も被害者に謝罪しなければならなかったのだ。

こうした中で、私たちは八・一五の反「靖国」行動の準備を始めている。

敗戦七〇年の昨年、私たちは、広島現地で準備された「8・6ヒロシマ平和へのつどい2015」と連動しながら、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権の歴史認識を批判する行動として、八・一五行動を取り組んだ。日本の「侵略」や「植民地支配」の責任の主体を限りなくあいまいにし、「未来志向」を謳い上げた「安倍談話」の思想は、今回の広島訪問における志向性と通底している。そして私たちが忘れてはならないのは、本来敗戦の日ではない八月一五日が「終戦記念の日」「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされていることの意味である。いうまでもなく、八月一五日とは、天皇の「玉音放送」がなされた日である。ポツダム宣言の受諾は八月一四日であり、ミズーリ号上での降伏文書への調印は九月二日だ。にもかかわらず、八月一五日が「終戦の日」であるのは、いわゆる天皇の「聖断」によって戦争が終結し、日本国民は救われたとする昭和天皇の神話に基づくといわなければならない。アメリカにおいて、戦争を終わらせ多くの米軍兵士の命を救ったものが原爆であるという神話があり、日本においては戦争を終わらせ多くの日本軍兵士と民間人の命を救ったものが天皇の「聖断」であるという神話がある。戦争の「語り」においてこの二つは対応し、かくして、「原爆民主主義」と「天皇制民主主義」が戦後日本の出発において刻印されることになったのだ。それは安保の「核の傘」を支えとして戦後日本に構造化されている。

私たちは、このようなかたちで、日本の植民地支配責任・侵略戦争責任と、アメリカの原爆大量虐殺の責任とを、ともに隠ぺいしていく八・一五をめぐる歴史認識の欺瞞性を撃つ視点から、今年の八・一五行動を取り組んでいきたいと考える。

安倍戦争国家による海外派兵の拡大が、新たな戦争の死者を生み出すことになるのは不可避だ。そういう戦争国家においては、国のための「死者」を、賛美・顕彰する「慰霊・追悼」儀礼と、そのための場所は不可欠である。靖国神社は歴史的にそのような場所であり続けていたし、戦後も一貫して、国の支援を受けてきた戦争神社である。毎年八月一五日に九段で行なわれる天皇出席の「全国戦没者追悼式」もまた、国家の戦争責任を解除し、戦争の死者を「平和」の礎として価値あるものとする儀式である。首相閣僚の靖国神社参拝をめぐって、それが「政教分離」違反であるとの批判を、安倍は「宗教行為ではなく習俗」であると強弁している。さらに伊勢志摩サミットの初日には、公式行事としてG7首脳の伊勢神宮「参拝」がおこなわれた。これらは、神道非宗教論を掲げた戦前の「国家神道」体制の、新たな装いによる再形成の動きともいうべきものである。

われわれはこうした問題意識に立って、今年の反「靖国」行動を、闘っていきたい。実行委員会への参加・賛同・協力を訴える。

 

 

「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村
反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会
靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

連絡先●東京都千代田区神田淡路町1─21─7 静和ビル2A 淡路町事務所気付
振替●00110─3─4429[ゴメンだ!共同行動]

【設立目標】【運営の申し合わせ】

【設立目標】
① 予想される明仁天皇「Xデー」および「Xデー」状況との闘いを準備する。
② 「全国戦没者追悼式」や「震災追悼式」をはじめとする、マス・メディアに支えられた国家による追悼儀礼、天皇出席の国体・植樹祭・海づくり大会などの天皇儀礼、「皇室外交」や「昭和」の賛美などと持続的に対決する大衆的な反天皇制運動をつくる。
③ 「天皇元首化」や「日の丸・君が代」を明記し、立憲主義を否定する国家主義的な改憲策動と対決する。
④ 原発推進、「日米同盟」の強化、「恒常的派兵」国家化などに向かう日本政府の動きと対決し、各地の反原発・反安保・反基地運動と「連帯」しうる反天皇制運動をつくる。
⑤ 天皇制国家の植民地支配責任、戦争・戦後責任、「領土ナショナリズム」や差別・排外主義を撃つ闘い、治安弾圧、「日の丸・君が代」強制、オリンピックをはじめとする排除と統合のナショナルイベント、天皇制の安定継承のための皇室典範「改正」、教育の国家による統制などに抗する運動などとの豊かなネットワークづくりと、他のテーマの運動との有機的連携を作りだす運動のメディアの強化。
⑥ 80年代からの反天皇制運動の歴史的な体験を思想的に対象化する作業の持続。

【運営の申し合わせ】
① 基本方針は、定例(週1回が原則)の事務局会議で決め、会員全体に提起する。事務局会議は月1回は拡大事務局会議(会員に開かれた会議)とする。
② 事務局メンバーの推薦と本人の自発的意志があれば、誰でも事務局員あるいは「事務局協力者」(コンスタントに事務局会議には出られなくても「協力」の意志のあるメンバー)になれる。ただし、政治党派のメンバーは遠慮していただく。
③ 会員とは、主旨に賛同し、会費を納めた者である。「ニュース購読会員」(年間4000円)とより積極的な「協力会員」(年間7000円)の二種類がある。
④ ニュースは原則として月1回発行で、購読料は年間4000円とする。
⑤ 会は、大衆運動の原則にしたがって運営する。
⑥ 期間はとりあえず3年間とする。

【呼びかけ】反天皇制運動連絡会 第Ⅹ期への呼びかけ(二〇一六年六月)

第Ⅱ期以降、三年ごとにいったん解散・再結成という区切りを設けながら、Ⅸ期まで活動を重ねてきた私たち反天連は、いま第Ⅹ期にむけてスタートしようとしている。反天連は、ヒロヒト「Xデー」状況との闘い、大衆的政治闘争としての反天皇制運動を目ざして、一九八四年に結成された。当時、中曽根首相が打ち出した「戦後政治の総決算」というスローガンや、「不沈空母発言」「靖国公式参拝」などに象徴されるような日米同盟の強化、新自由主義的・新国家主義的な政治志向のもとで、民衆統合支配の装置としての天皇制の「浮上」が、運動圏においても強く意識され始めていた。その後の反天皇制運動は、私たちもその一翼を担いつつ、八九年のヒロヒト「Xデー」と新天皇の「即位・大嘗祭」反対運動の全国化・大衆化として、大きな広がりを作り出していった。

それからすでに三〇年以上もの時間が過ぎた。非自民連立政権の成立や右派勢力の巻き返し、政権交代などのジグザグを経て、いまや、解釈改憲によって集団的自衛権行使を解禁し、違憲の安保法制を強行可決し、緊急事態条項をひとつの突破口として明文改憲をすすめようとする安倍政権によって、八〇年代以来の政治方向が完成させられようとしている。

これにたいして、現在、国会前やさまざまな場所で、安倍政権の強権政治に対する人びとの声、立憲主義の蹂躙を許さない運動の大きなうねりが続いている。しかし、そこに「反天皇制」ということばが占める余地は、ほとんど無に等しいかのようだ。そこには、私たち自身の主体的力量といった問題以上に、「Xデー」以後の天皇制、すなわち「アキヒト・ミチコ天皇制」というものの性格が反映しているといわなければならないだろう。

戦後天皇制は、一貫して非政治的、平和主義的なものであるというイメージでとらえられてきた。それは、天皇の「人格賛美」を日々繰り返すマスコミによって支えられ、総じて現実政治に関わらない、戦後民主主義体制に適合的な支配のシステムとして合意されてきた。とりわけアキヒト・ミチコは、ヒロヒト時代に十分果しえなかった「開かれた皇室」、戦争責任からクリーンであり、「皇室外交」にも積極的な「国際化時代の天皇制」として登場し、さらには海外を含めた戦争被害者の「慰霊」、原発事故や自然災害の被災地を精力的に回ることによって、「祈り」と「癒し」の担い手としての顔をも前面に出していった。「宗教的」とさえいえる「無私の祈り」に励んで見せることが、人びとの間に、天皇の権威を再組織していることを無視することはできない。そういった意味において、私たちは、アキヒト・ミチコ天皇制は、象徴天皇制に期待される役割を果すことにかなり成功しており、その「国民統合」のあり方は「象徴天皇制の完成形態」であるとさえ考えている。

そのことは、現在、安倍政権に批判的な人びとの中から、アキヒト・ミチコを「リベラル」であり平和憲法秩序を大切にしていると評価し、それと比較して安倍を批判するというロジックが繰り返し登場していることにも現われているだろう。天皇主義者である安倍を、実は天皇も批判していると言いたいのかもしれないが、それは政治的に演出された天皇の「無垢性」に依拠しつつ、その権威を前提とする議論でしかない。

私たちはまず第一に、国家の政治的なシステムとして天皇制を考える。

三年前、第Ⅸ期の開始にあたって私たちは、「国家の機構でありながら、それとは独立して超然と存在しているかのようにふるまう象徴天皇制は、そのふるまいにおいて、文化的・平和的な場面における民衆統合の装置であり続けるだろう。……それゆえに私たちは、運動の中においてさえ繰り返し登場する『リベラルな天皇への期待』なるものをも批判していかなければならない。そしてそれは、多くは八・一五、さらには三・一一などに象徴される『追悼の政治』の場面において発動される天皇制の批判ともなるだろう」。そして、第二次安倍政権の登場が「右翼的・神権主義的な天皇制の強化に繋がると考えるべきではない」と主張した(「第Ⅸ期への呼びかけ」二〇一三年三月)。
それより以前、民主党政権の時代にも私たちは、むしろ「ソフト・イメージの〈アキヒト─ミチコ〉天皇制は……民主党政権の方にマッチしている。こちらの方こそ、私たち反天皇制運動の正面の敵ともいえよう」とも主張していた(「第Ⅷ期への呼びかけ」二〇〇九年一二月)。戦後象徴天皇制は、アメリカの占領体制のもとに、サンフランシスコ体制=日米安保体制を軸として作りだされた戦後日本の構造の一部にほかならない。「国民統合の象徴」として戦後憲法に制度化された象徴天皇制にとって、戦後憲法体制に適合的な民主党政治のほうが、天皇制のあり方をも含めて変えていこうとしている自民党の改憲政治よりも、当然にも戦後憲法下の天皇像を積極的に演じてきたアキヒト・ミチコにとって「意に沿う」ものであっただろうという判断もあった。民主党の凋落と自民党の再登場によって、天皇制の権威化が予想されるが、本質的には政権政党の「政治利用の対象」としての天皇という役割は変わらないであろう。「天皇元首化」を掲げた自民党の改憲草案においても、天皇は依然として「象徴」であるように、けっして「統治権の総覧者」としての天皇制の復活を志向するものではありえない。

象徴天皇の役割は、さまざまな国家的儀礼において「国民統合の象徴」という役割を担うことであり、国家の行為を権威づけ正統化し、「国民」の幻想的共同性を担保することである。天皇家や皇族の人間に対する無条件の絶対敬語と人格賛美は、そのまま統合された国民によって成り立つ国家の無条件の賛美にほかならない。それはまた、皇室の「私事」とされる「皇室祭祀」の祭主であることとも連動して、日本の文化・伝統の体現者ともみなされることになる。

私たちは、第Ⅹ期を、「次」の「Xデー」状況の開始を見すえつつ、このようなアキヒト・ミチコ天皇制の現段階をこちら側から「総括」し、国家・社会の再編にともなう天皇制の再編=再定義の方向性をとらえ、その中から、天皇制の生み出す「現実」に対する批判と行動を持続していきたいと考える。

私たちがなすべきことは、天皇制廃絶を一般的にスローガンとして語ることではありえないし、「国民運動」における天皇批判の不在を嘆くことでもない。私たちの運動は、「慰霊」や「皇室外交」における戦争責任・植民地責任の隠ぺい、天皇の移動などにともなって常に起こる人権侵害や治安弾圧、「日の丸・君が代」強制、世襲の特権的身分制度にともなう差別、靖国問題や国家の宗教性、ナショナリズムと排外主義の問題など、天皇制に関わって具体的に日々起きている事象との具体的な対決をおいてほかにない。それらは、反「Xデー」闘争以来の闘いを通じて、私たちも含めた反天皇制運動がつかみ取った「運動としての民主主義」に関わる課題であり、したがってそれは、さまざまな運動とのつながりと相互の協力関係なしにはなしえない。

一人でも多くの方の参加、協力、支援をお願いします。

(反天連事務局)