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【集会案内】沖縄にとっての天皇制と日米安保  「日の丸」焼き捨てから30年、ゾウの檻から21年

沖縄にとっての天皇制と日米安保 「日の丸」焼き捨てから30年、ゾウの檻から21年

[お 話] 知花昌一さん(沖縄読谷村僧侶)
[日 時] 4 月 29 日(土・休)13:00開場/13:30開始
[会 場] 千駄ヶ谷区民会館・集会場
*JR原宿駅、地下鉄明治神宮前駅・北参道駅
[資料代]800円
*集会後デモ(4時半出発予定)■2月の安倍・トランプ大統領会談では、「日本の首相はトランプ大統領の心をつかむ方法を教えてくれた。それは媚びへつらうことだ」(米誌タイム)と揶揄されるほど、米国追従外交が臆面もなく展開された。しかし、その一方で、靖國思想、「教育勅語」など大日本帝国型天皇制国家への信奉がますます露わとなる安倍政権。天皇制国家と対米従属という矛盾の激化。
■また、アキヒト天皇による「生前譲位」の意思表明は、天皇の行為を戦前の教訓をもとに厳しく制限した現行憲法のもとでは明確な違憲行為であるにもかかわらず、マスメディア・憲法学者等からはまともな批判がなされず、国会ではその追認(法整備)が、実質審議を避ける方向で、着々と進められつつある。これは、天皇による違憲行為への翼賛的迎合であり、国民主権・立憲主義の自壊ともいうべき危機的事態である。
■またその一方で、警察権力、司法、暴力、金権、右翼勢力までも動員した、沖縄・辺野古での米軍基地建設の強行が示す、三権分立、地方自治すら成立させない「構造的差別」政策による沖縄への基地(安保)の押しつけ。
■こうした情勢の中、今年も、4.28(沖縄デー)と4.29(「昭和の日」=天皇ヒロヒトの誕生日)を射程に、集会・デモをやります。今年の講師は知花昌一さん。1987年の沖縄国体で掲げられた「日の丸」を引きずり下ろし、1996年4月1日には、不法収用状態となった米軍基地(「ゾウの檻」)で「もあしび(宴会)」を行った知花さんをお招きして、自身の体験に即して、天皇制や日米安保の問題を語っていただきます。ぜひ、ご参加下さい。

[主催]天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4.29反「昭和の日」行動
【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズプラン研究所/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【呼びかけ】天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える  4・29行動への参加・賛同を

今年二月の安倍・トランプの日米首脳会談における共同声明では、日米同盟の強化が謳われ、「核及び通常戦力の双方によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。(略)米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本は同盟におけるより大きな役割及び責任を果たす」とされた。
米国では、「日本の首相はトランプ大統領の心をつかむ方法を教えてくれた。それは媚びへつらうことだ」(米誌タイム)、「トランプ大統領との個人的な結びつきを強めようとする安倍首相の強い決意は他の国の首脳とは対照的」(ワシントン・ポスト)などと報道された安倍は、札付きの天皇主義右翼である。
また、先の共同声明では、さらに「両首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古崎地区(沖縄県名護市)及びこれに隣接する水域に普天間飛行場(同県宜野湾市)の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である」とも盛り込まれた。
他の解決策を真剣に探ることなく、ただただ沖縄に押しつければよいという日本政府・安倍政権が振り回す「唯一の解決策」という文言がここでも使われている。
ひたすら米国に「媚びへつらう」ことと愛国(天皇制の信奉)の矛盾(天皇ヒロヒトにとっては自身の「保身」として矛盾しなかったが、安倍にとっては明らかに矛盾)。日米同盟の歪さ(在日米軍の特権的な地位での存在)を隠すための沖縄への基地のしわ寄せ・押しつけ(構造的沖縄差別による日米安保体制の維持)。
これらは、明治以降の植民地支配・侵略戦争を展開した天皇制国家の(沖縄を捨て石にしての)敗北から、米軍占領を経て(冷戦という国際政治環境のなかで)、サンフランシスコ講和条約(と同時に結ばれた日米安保条約とともに)という形での日本の主権回復(沖縄の切り捨て)によってもたらされた矛盾である。
私たちは、戦前・戦中の天皇制国家の大罪を敗戦を契機として償う(償わせる)ことができなかったうえに、さらに「誤った」戦後の歴史を積み重ねてきてしまっている。
アイヌモシリ統合と並んで近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史は、そのまま日本による沖縄支配の歴史であり、その一貫した持続であった。
4・28=一九五二年に「誤った」戦後が始まった日。沖縄が米国に売り渡された日。4・29=その責任を負う天皇ヒロヒトの誕生日。
今年もこの両日を視野に、戦後日本の象徴天皇制国家と「構造的沖縄差別」によって維持されている「日米安保体制」を問う行動に取り組む(今年は、29日に集会とデモを予定)。
多くの人びとの参加・賛同をお願いします!

天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4・29行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」の強制に反対する意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

連絡先●東京都千代田区神田淡路町1─21─7 静和ビル2A 淡路町事務所気付
振替●00110─3─4429[ゴメンだ!共同行動]

【集会報告】天皇制はいらない!『代替わり』を問う2.11反「紀元節」行動報告

「天皇代替わり」を問う闘いを一つずつ積み上げ、
反天皇制の大衆運動をつくりあげていこう!

今年の二月十一日は、「天皇制はいらない!『代替わり』を問う 二・一一反『紀元節』行動」として、十二団体の呼びかけにより取り組まれた。
まず、日本キリスト教会館から出発したデモ行動は、早稲田通りを高田馬場駅前まで進み、左折して諏訪通りから明治通りに出て、また早稲田通りから集会場の日本キリスト教会館に戻っていくというコース。十一月二〇日の吉祥寺における反天皇制行動を圧殺しようとした右翼の攻撃と警察の警備を撃ち返そうと、一〇〇名を超える人々が結集してくれた。右翼の妨害はやはりあったが、今回は散発的であり、警察の警備体制がかなり広範囲にデモ行動を取り巻いていたため、右翼による攻撃よりも警察の規制が厳しかったが、旗や横断幕、トラメガを奪われたりすることなく、力強い反「紀元節」・反天皇制の声を上げることができた。
今回の2・11集会は、開始された「天皇代替わり」状況の中で、これらとどのように闘っていくのかについて、現場の活動家の声を中心に、問題提起とシンポジウムを行なっていくという内容で行なわれた。
まず、実行委から、集会基調(別掲)をベースにしながら、天皇代替わり以降の全体情勢の小括を行なった。その中で強調されたのは、天皇制をめぐる憲法論も歴史的に再論議しなければならないのに、それが等閑視されてしまっていることだ。憲法改悪の問題が重大化している中だからこそ、あらためてこれまでの議論を前提に、反天皇制の立場をより打ち出していかねばならない。
続いて、井上森さん(立川自衛隊監視テント村)から、吉祥寺での「11・20 天皇制いらないデモ」への右翼の襲撃と警察の弾圧の経験をもとに、今後の反天皇制の闘いへの問題提起がなされた。圧倒的な暴力にひとたびは潰されたが、逆に、暴力と弾圧をきっかけに、「平成」天皇制のじっさいの姿が露わに浮かび上がったのだ。反撃への意志が多くの人々との深いつながりとともに形になろうとしており、その態勢こそをこれからの闘いの核にしていきたい、そのための活発な議論を呼びかけたいというものだ。
京極紀子さん(「ひのきみ」法制化と強制に反対する神奈川の会)からは、八九年の代替わり過程への神奈川での取り組みの貴重な資料や報道とともに、当時の状況や問題意識を丁寧に紹介。当時と今とでは、天皇制などに対する批判意識も批判層もあまりに縮小してしまってはいるが、そのときの問題意識を現在につなげながら、新たな「天皇のいない社会」を選択する活動をつくりだしたいと報告。
酒田芳人さん(安倍靖国参拝違憲訴訟弁護団)からは、この靖国訴訟がこれまでに問うてきた、政教分離や信教の自由、平和的生存権をはじめとする重要な内容をあらためて提起。判決日も四月二八日と決定し判決の内容も決して期待はできないが、数々の感動的な原告証言がなされ、大きな意味を持つ裁判となっている。発言では、法曹関係者としてはオフレコの発言も交えながら、今後への決意が表明された。
桜井大子さん(女性と天皇制研究会)からは、天皇制の継承が焦点化される中で、あらためて強調されてきた「家父長制」「男系主義」イデオロギーの問題を提起。代替わり過程で自明視されている「伝統」が、どれほど異様なものであるかを問いながら、「家族国家」観を国家の支配と重ねる、自民党改正憲法草案二四条の批判がなされた。
藤岡正雄さん(はんてんの会・兵庫)からは、明仁のメッセージに対する批判論を一つひとつ紹介しながら、これまでの天皇制に対する関西での反対活動について語った。九五年の阪神淡路大震災への訪問をはじめとする天皇の動きが、多くの人権侵害を生みだしてきた。こうした事実への批判を突き出しながら、労働者や市民の運動をいまこそ深いところから作っていきたいとの発言がなされた。
会場からは、さらに憲法論や共謀罪の問題についての提起があり、これらの発言を受けてディスカッションに。裕仁の重病の発覚から「自粛」強要、そしてその死の経過で展開された「天皇代替わり」と比べると、より翼賛の色の強い今回の「代替わり」過程だが、これまでの議論や闘いの経過をふまえながら、天皇制や安倍政治を撃っていく全国的な行動が必要とされている。多くの論点が出されたが、これらは今後もさらに積み上げていきたい。
最後に、つくばの「戦時下の現在を考える講座」や、キリスト者らにより一九六七年からずっと持続されている「なくせ!建国記念の日・許すな!靖国国営化 2・11東京集会実行委」との連帯アピールを交換し、今回の2・11反『紀元節』行動を締めくくっていった。

(蝙蝠)

*共同行動報告集(2017年3月16日発行)より

【集会基調報告】天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2・11反「紀元節」行動 集会基調

1 天皇「代替わり」過程のなかで

 私たちは、明仁天皇が主導して開始された「代替わり」過程の中で、今年の2・11を迎えた。昨年七月一三日のNHKの報道と、明仁自身の八月八日のビデオメッセージによって始まったそれは、明仁天皇がたんに年老いたので「退位」をしたいと希望したというような話ではない。憲法の条文の上で、天皇は政治的権能をもたないとされている。したがって、天皇が「国民統合」の象徴であるという憲法上の規定は、その是非は別として、現実に存在している「国民統合」の状態(必ずしも「統合」されていないという現実をも含む)を、そのまま「象徴」する存在でしかないという意味に解されなければならない。しかし、天皇によるビデオメッセージの内容は、それとは逆に、天皇は「国民統合」を積極的に作り出すことにおいて象徴となるのだ、という「能動主義的天皇制」の論理を、「国民」に対して宣言するものだった。すなわち、天皇自身が天皇の行為の内容を決め、それに基づいて天皇制の「制度設計」の変更を主導することが、公然と開始されているのである。
 九月二三日には、政府が「生前退位」などを論議する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーを発表し、一〇月一七日には第一回の会合が開かれた。有識者会議は一六人にヒアリングを行い、一月二三日の第九回で「論点整理」を公表。三月中には、最終答申が出る見込みだ。
 一方、報道などでは、二〇一八年ともいわれる明仁の退位と新天皇の即位、二〇一九年元日の「改元」、同年秋の「即位の礼・大嘗祭」実施などといったスケジュールが規定の方針のように出されている。
 安倍政権は、天皇の「生前退位」を根拠づけるものとして、「一代限りの特例法」でしのごうとしている。女性天皇・女系天皇につながりかねない「皇室典範改正」にはきわめて消極的だ。これにたいし野党は、「皇室典範の改正が本筋」などと主張している。だが、「皇室の問題を政争の具にしてはならない」といった論理で、衆参両院の正副議長による異例の会議が開かれ、事前の談合がすすめられている。
 与野党ともに、天皇制の「安定的継承」こそが大前提なのだ。かつて、国会開会式をはじめとする、天皇の「公的行為」の違憲性を問題にし、前の「天皇代替わり」の際には天皇の戦争責任を批判していた共産党は、いまでは国会開会式への出席に踏み切ってしまった。天皇制それ自体を問題にする議会内勢力はもはや不在だ。ここに出現しているのは、まさに「天皇翼賛国会」そのものである。
 一月二六日の衆議院予算委員会において、民進党の細野豪志代表代行の「皇位断絶の危機」の指摘に答えて、安倍首相は、今回の議論とは切り離して、「安定的な皇位継承の維持について引き続き検討していきたい」と述べた。旧皇族の皇籍復帰や旧皇族の男系男子を皇族の養子に受け入れることも含めて、「今後議論してもらえればと考えている」というのだ。
 そして、天皇の退位を可能とする法案が、今国会において連休明けにも提出といわれている。これに対してわれわれの立場は、天皇の退位に反対することでも、皇室典範改正を要求することでもない。そのような選択肢しか与えられない構造こそ、天皇制そのものであることを問題にし、民主主義に天皇制はいらないという声を大きくしていく以外にない。こうして天皇制をめぐる状況が、日々大きく動いている中でのわれわれの本日の行動は、今後数年にわたる「代替わり」過程全体をみすえた反天皇制運動の課題を確認し、その闘争方向を議論していく場として設定されている。

2 2・11 と右派の動向

 本日二月一一日は「建国記念の日」とされている。天皇神話に基づく戦前の「紀元節」は、一九四八年に一度は廃止されながらも、多くの反対を押し切り、一九六六年に「建国記念の日」として復活された。政府による式典は中止されたままだが、日本会議と神社本庁を中心とする右派勢力は、今年もまた各地で式典や行動を繰り広げている。
 「国旗・国歌法」や、教育基本法改悪、教科書改変などで草の根からの「国民運動」を展開してきた日本会議は、神社本庁や民間右翼のみならず、自民党など右派政党の国会・地方議員も多く組織し、政治的影響力を強めている。
 とりわけ安倍政権は、安倍自身を始め閣僚の多くが日本会議国会議員懇談会のメンバーである。日本会議を中心として設立された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、天皇の元首化、憲法九条改憲、「国家緊急事態」の制定など、自民党改憲草案を丸ごと実現する趣旨で、全国の神社において昨年一月、改憲署名を開始した。
 このような、宗教右翼と結びついた右派の運動は、国家による宗教行為を禁じた、憲法二〇条の政教分離原則をないがしろにする安倍政権の行為を、明確に後押ししている。
 安倍首相は、二〇一三年一二月の靖国神社参拝が、国内外の大きな批判を浴びたことから自らの参拝は見合わせているが、靖国神社の例大祭などへの供え物は欠かさない。こうした状況を受けて、国会議員の靖国神社参拝の人数は激増している。また、昨年五月の伊勢志摩サミットの初日には、サミット公式行事としてG7首脳を伊勢神宮に案内してみせた。とりわけ、安倍内閣の防衛相である稲田朋美が、昨年一二月二九日に靖国神社を参拝したことを見逃すことはできない。かつて稲田は、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と述べていた人物である。戦争国家体制が着実に構築されている現在、戦争体制を精神的に支える装置として、死者の「慰霊と顕彰」の場が要請されている。靖国神社だけがストレートにそういう場所になりうるかどうかは疑問だが、戦争神社・靖国に現役の防衛大臣が参拝することの政治的意味合いはきわめて大きい。
 その稲田は昨年一一月「明治の日推進協議会」の集会で、「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった」とあいさつした。同団体は、明治天皇の誕生日である一一月三日を、現在の「文化の日」から「明治の日」に変えようというグループである。こうした動きは、二〇一八年に実施が決まっている、政府の「明治維新一五〇年」記念事業とも連動しているだろう。そして、この二〇一八年がまた、「平成最後の年」というキャンペーンと重ねられることは明らかだ。そこではいわば、近代天皇制国家の一五〇年の総体が、まとめて総括されることになるはずだ。そして二〇一九年の「改元」が、新たな天皇の世紀を開くものとして喧伝されることになるだろう。

3 新天皇即位・「大嘗祭」に反対しよう

 さしあたり、新たな天皇制がどのようなものとして打ち出されることになるのか、それはきわめて不透明である。美智子に匹敵する存在感のある皇后の不在は、「平成流」の天皇制を続ける上で、有利とは言えない。そうした新天皇の権威づけは、どのようになしうるのか。だが、さしあたり明仁天皇が描いた天皇像を逸脱することはなく、その基本路線を引き継ごうとすることから始められるだろうと想像するだけで十分である。
 この間、明仁の退位と新天皇の即位の日付をめぐって、政府と宮内庁との間に、若干の「応酬」があった。報道によれば政府は、二〇一九年一月一日に皇太子の天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。具体的には、この日に「剣璽等承継の儀」(三種の神器等引き継ぎ)と「即位後朝見の儀」(三権の長らの初拝謁)を宮中で行い、官房長官が速やかに新元号を発表する。そして同年の一一月に大嘗祭がおこなわれ、皇位継承を内外に示す「即位礼正殿の儀」が大嘗祭の前に行われる、とされた。
 ところが、これに対して西村泰彦宮内庁次長が、一月一七日の定例会見で「譲位、即位に関する行事を(元日に)設定するのは実際にはなかなか難しい」との見解を述べたのである。そこには、「元日は早朝から重要な行事が続くので、それらに支障があってはいけない」という天皇サイドの意向が反映されているのではないか、とも報じられている。皇室にとっての「重要な行事」というのは、早朝からおこなわれる「四方拝」などの宮中祭祀や「新年祝賀の儀」などのことである。これをうけて、政府は二〇一八年一二月二三日の退位の検討へと切り替えたといわれている。
 天皇制が国家の制度であれば、それは政府や議会が決定することで、天皇の「私事」にすぎない宮中祭祀などに左右されてよいはずはない、と安倍官邸が言っても不思議ではないが、そのようなことはありえない。自民党の改憲草案においても、天皇の祭祀を「国事行為」に入れるということは主張されていないが、天皇も安倍も完全に一致している天皇の「公的行為」の拡大のなかで、天皇の「祭祀」の「公的性格」を強調し、事実上国家の行為としてそれを拡大していく方向性が強まっている。
 「剣璽等承継の儀」や「大嘗祭」などは、いうまでもなく皇室神道の儀式である。それに対して「公的性格」をみとめて国費を支出することは、政教分離違反である。明仁天皇を、安倍と対立する「護憲・平和主義」者として描き出すことは、いわゆる「リベラル」な立場に立つ人からもしきりになされているが、今回の「生前退位」意向表明、そして、それによって日程に上りつつある「代替わり」儀式において、天皇は明確に違憲の行為を積み重ねていくのだ。そしてそれが、改憲を押し進めようとする日本会議などの右派勢力の「復古主義」と重なりつつ、またそれとは異なる天皇主義の強化をもたらすことになるだろう。

4 反天皇制運動の大衆化を

 このような天皇制の行為は、まさに反憲法的な行為である。私たちは、民主主義・人権・平和主義といった普遍的な価値を中軸的な原理としておいている現憲法が積極的な性格を認めるが、象徴天皇制自体がこれらの原理と矛盾するものとして憲法内に埋め込まれており、そのことがたえず、反憲法的な行為を引き起こしているといわなければらない。
 天皇制はひとつの身分制度であり、差別と人権侵害、自由な表現の抑圧をもたらす存在として現実的に機能している。それが行なっていることは、戦争や原発事故、沖縄の基地問題、社会的格差と不平等など、さまざまに生じている現実的なあつれきを、慰撫し、融和し、「国民」的に統合していくことである。そして最終的に天皇が果たす役割は、現実政治の正当化以外ではありえない。
 今年の「天皇行事」としてはまず天皇・皇后のベトナム訪問が予定されている。「三大天皇行事」については、「68 回全国植樹祭(5/28、富山)」、「72 回国民体育大会(9 /30〜10/10 、愛媛)」「37 回全国豊かな海づくり大会(10/28 ・29 、福岡)」があり、例年の8・15 「全国戦没者追悼式」がある。3・11 の「東日本大震災追悼式」は、五年がすぎたので、天皇出席行事から、秋篠宮出席の行事となった。だがこれは、新天皇の即位後、皇位継承者第一位になる秋篠宮の、実質的な「皇太子化」の先取りというべきものだろう。
 われわれは、こうした天皇制の動きを批判し、闘争課題としつつ、長期的には「即位・大嘗祭」へと向かう天皇「代替わり」攻撃を見すえた闘争を準備していきたい。大量の右翼と警察の暴力に見舞われた、各地で「生前退位」表明以降の天皇制再編に抗するさまざまな反撃がすでに始まっているが、昨年11・20の吉祥寺の反天皇デモは、警察と右翼による激しい規制と暴力に見舞われた。さまざまな暴力や人権侵害、市民社会からのそれも含んだ排除の言論、不当弾圧といった課題は、反天皇制運動の課題でもある。いま、2020東京オリンピック・反テロを口実とした共謀罪の国会審議が進んでいる。東京オリンピックの名誉総裁には新しい天皇が就任し、一連の儀式を終え、新天皇として国際舞台にデビューするイベントの場としても使われる。その意味で、オリンピック警備と天皇警備も連動するだろう。
 これらのさまざな課題を出し合い、これまでの経験なども交流させつつ、本格的な天皇「代替わり」に反対する運動陣形・そのためのことばと表現を展望していこう。

 二〇一七年二月一一日

【集会案内】天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2.11反「紀元節」行動に参加を!

▼日時 2017年2月11日(土)
デモ:13時集合(13時30分出発)
討論集会:15時
*今回は、デモのあとに集会です

▼場所はいずれも
日本キリスト教会館4F
地下鉄早稲田駅

〔問題提起〕
井上森●立川自衛隊監視テント村
京極紀子●「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
酒田芳人●安倍靖国参拝違憲訴訟弁護団
桜井大子●女性と天皇制研究会
藤岡正雄●はんてんの会・兵庫(兵庫反天皇制連続講座)

2016年夏の、明仁天皇の「生前退位」意向表明と「ビデオメッセージ」によって、天皇主導の「天皇代替わり」が始まった。政府が設置した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の第6回会合は、天皇の「公的行為」について、その時々の天皇が「自らの考えで程度、内容などを決めていけばよい。天皇、時代によって異なるべきだ」との認識でおおむね一致したと報じられている。「国事行為」以外の「公的行為」という天皇の違憲の行為を追認しただけでなく、その「公的行為」の内容さえも、天皇が決めてよいという見解を示したのだ。「公務」の拡大を通じた天皇の行為の拡大や、政教分離違反の皇室祭祀の政治的前面化は、安倍政権の下ですすめられようとしている改憲プランとも一致している。
すでに、2019年中の「即位・大嘗祭」が日程に上り始めている。私たちは、神武天皇の建国神話にもとづく天皇主義の祝日(「紀元節」)である2.11反「紀元節」行動を、「代替わり」状況のなかで、天皇制がどのような方向に再編成されようとしていくのか、そして、それと現実的に闘っていくために何が課題かということを、各地で闘いを開始している人びとと意見をかわしながら、「代替わり」過程総体と対決していく行動を共同で作り出していくための場にしていきたい。多くの皆さんの参加を訴える。

天皇制はいらない! 「代替わり」を問う2・11反「紀元節」行動
連絡先●東京都千代田区神田淡路町1-21-7-2A 淡路町事務所気付
振替●00110-3-4429[ゴメンだ ! 共同行動]

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30の会・東京
スペース21/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会
ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

【呼びかけ】天皇制はいらない!「代替わり」を問う  2・11反「紀元節」行動への参加・賛同を

七月一三日のNHKの報道、そして八月八日の明仁天皇自身のメッセージ読み上げによって、いわゆる「生前退位」をめぐって、次代の天皇制をどのように再編成していくかが、支配階級にとっての大きな課題となった。
明仁の最大のメッセージは、「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果す」こと、すなわち、天皇制はたんに、いまある「国民統合」を象徴しているだけの受動的な存在なのではなくて、あるべき「国民統合」を積極的に作り出す存在であるということである。そしてそれは、「地方への旅」や式典での「おことば」、国内外における「慰霊」や「海外親善」などをこなしてきた天皇自身の自負に支えられている。しかし、それら「天皇の象徴的行為」なるものは明確な憲法違反の行為である。天皇の行為は、憲法に具体的に明記された名目的かつ儀礼的な「国事行為」のみに限定されており、そうしてはじめて天皇制の存続は許された。
政府は「生前退位」などを論議する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を発足させ、すでに一六人のヒアリングを終えて、メンバーによる論点整理に入っている。一二月七日の第六回会合では、「公的行為」については、その時々の天皇が「自らの考えで程度、内容などを決めていけばよい。天皇、時代によって異なるべきだ」との認識でおおむね一致し、また、ヒアリングで賛否が拮抗した「生前退位」については、一定の条件を付けたうえで容認すべきだとの意見が出たと報じられている。「公的行為」の内容を天皇が決めてよいというこの見解は、きわめて驚くべきことである。それは、内閣の「助言と承認」のもとにしかその行為をなしえない天皇の地位を、能動的な君主へと変更することを意味するからだ。
まだ結論は見えないが、当初、すぐにでも「皇室典範」改正まで進むかのように見えた「生前退位」をめぐる論議が、「一代限り」「特例法」の線にまで「後退」していくにあたっては、その保守的家族観から男系主義に固執する安倍をはじめとする右派勢力の引き戻しがあっただろう。しかしわれわれは、このような論議の土俵を先制的に作り出したものが、天皇それ自身の言葉であったということを、再度確認しておかなければならない。
すでに、「平成三〇年」にあたる、二〇一八年中の「即位・大嘗祭」が日程として上り始めている。現天皇の「大嘗祭」は、「国の行事」ではなく「皇室の行事」とされたが、「公的な行為」として臨時の予算が国から支出された。「大嘗祭」や、「即位」にともなう「三種の神器」の承継儀式などは皇室神道の儀式であり、国家が宗教的行為を行うことを禁じた憲法の政教分離原則の侵害にあたる。そして二〇二〇年には、天皇を名誉総裁として戴く東京オリンピックが開催され、それが新しい天皇の、国内外における大舞台のデビューとなるだろう。
こういった「公務」の拡大を通じた天皇の「元首」然としたふるまい、公然たる政教分離違反の皇室祭祀の前面化などが、安倍政権の下ですすめられようとしている改憲プランと、その点においては一致していることは明らかである。天皇の「平和主義」は、国際貢献や「積極的平和主義」の名のもとで拡大している、日米同盟のもとでの自衛隊の海外派兵という現実と矛盾することはない。実際に明仁天皇は、PKOに参加した自衛隊員などへの「接見」を、何度も「公務」として行なっている。そして、8・15をはじめとする、天皇による戦争の死者に対する「慰霊」は、再び戦死者が生み出されようとしているこの時代にあって、殺した国の批判ではなく、国のための死の「尊さ」を謳い上げるための儀式とならざるをえない。
このような状況のなかで、われわれは、2・11反「紀元節」行動に取り組む。いうまでもなく「紀元節」は、神武天皇の建国神話にもとづく天皇主義の祝日である。宮中祭祀としての「紀元節祭」は戦後とりやめとなったが、現在も「臨時御拝」の名で、同様の宮中祭祀が続けられている。それは、日本は天皇を戴く国であるという、イデオロギー的な基礎を、安倍を含む右派勢力に広く提供し続けているのだ。
「天皇代替わり」状況と、それにたいする抵抗はすでに開始されている。「代替わり」に反対する吉祥寺のデモは、大量の右翼の襲撃と、それを容認する警察による厳しい規制に見舞われた。その存在が引き起こす人権侵害に反撃し、「天皇代替わり」過程の総体にどう向き合っていくかが問われている。この2・11を出発点として闘いを開始しよう。

天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2・11反「紀元節」行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30の会・東京
スペース21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会
「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/ピープルズ・プラン研究所
靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会
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【集会報告】被災者切り捨ての中、「東北復興」を掲げた天皇行事をはねかえせ! 山形海づくり大会反対を闘う

三大天皇行事の一つ『第三六回全国豊かな海づくり大会〜やまがた』が「森と川から 海へとつなぐ 生命のリレー」を大会テーマに山形県庄内地方(式典は酒田市、放流行事は鶴岡市)で開催された。現地で反対闘争が準備されているので本実行委は七月一八日「海の日」に、築地社会教育会館で、会場周辺に公安がひしめく中、五〇人弱の参加を得て集会を行った。

山形の鈴木雄一さん(反戦反天皇制労働者ネットワーク・山形)は、「東北(支配)と水産業」と題して報告を行った。山形「海づくり大会」は、二〇一六年岩手「国体」、二〇一八年福島「植樹祭」へと続く、復興(新秩序)と振興(侵攻)につながる、鎮撫と「富国強兵」政策に向うためのものである。「東北」、や「鼠ヶ関」(ねずがせき)という地名は、外敵の住む北のはずれを意味する蔑視感があふれている。さらに東北は戊辰戦争で朝廷にさからって以降、仙台におかれた第二師団を中心に経済と行政がつくられてきた。「海づくり大会」の式典会場である酒田市も製鉄業など軍需産業のまちとして形成された。東北は「明治」に二回の天皇行幸が行われたが、その目的は自由民権運動弾圧と軍隊の慰労が主であり、軍隊を通して天皇制が入ってくるという今と同様のことが行われた。山形「海づくり大会」は「森と川から、海にも直接、放射能汚染による生命の危機リレー」である。福島原発事故の凍土壁工事は失敗し、汚染地下水は流出し、さらに大量のタンクの汚染水を海洋投棄によるさらなる海洋汚染を隠蔽し、被害者切り捨てに対する天皇による鎮撫工作である。復興演出のための、天皇のための行事であると弾劾し、現地闘争への参加を呼びかけた。

天野恵一さん(8・15反「靖国」行動実)は、「天皇行事の政治的意図」と題して、「天皇の『生前退位』が発表され、今日は、偶然だが最初の反撃の集会となった。昭和天皇のXデープロセスは自粛騒ぎだったが、今回は天皇アキヒトが生きたまま始まった。皇室典範改正や天皇が生きたまま即位したり、元号が変わったりする。今後の天皇儀礼は、全部Xデープロセスとして演出される。棄民化政策、被災者の切り捨てを行いながら『震災の復興』を演出し、その総仕上げとして『復興』茶番の東京オリンピックが行われる。「共産党が、天皇出席の国会開会式に出席するなど護憲派の総崩れの中で、『違憲行為はやめろ』という土俵で共闘する運動をどのように作っていくかが問われていると訴えた。現地闘争への結集を確認して集会を終えた。

九月一〇日、一一日の「海づくり大会」当日には、「反戦天皇制労働者ネットワーク・山形」の主催で現地闘争が闘われた。

一〇日は酒田市総合文化センターで、各地から反天皇制を闘う仲間三〇人超が結集し集会を行った。会場の内外を公安刑事がひしめいているのは天皇行事の恒例である。

主催者は「天皇アキヒトの『生前退位』意向表明後初の「地方公務」であり、3・11以降東北での初めての天皇行事である。今回の「海づくり大会」の目的は、放射能汚染の隠蔽、東北復興を演出することである。山形『海づくり大会』に続いて、岩手、二〇一八年福島と続く天皇制攻撃を、東北全体ではね返す最初の闘いにしたい」と訴えた。
続いて酒田現地から報告を受けた。報告者は大連に生まれ、満州での戦時体験を今に伝える語り部でもあり、戦後、弁論大会で天皇の戦争責任を追及しようとした「どしょっぽね」の持ち主である。大連で経験した学校と教師と戦争と経済を、実体験を元に教師の変貌のあり方として断罪した。

続いて鶴岡からは、雑木林再生のために子どもたちと植林した天然林を「海づくり大会」のために刈り払いされたことや漁場汚染の実態が批判された。

反戦反天皇制労働者ネットワークの吉田宗弘さんは、二〇一三年水俣の「海づくり大会」は水俣病が発生した「水俣の海の再生」、二〇一二年沖縄は「復帰四〇年を祝う」という政治的目的が明らかであり、天皇の「公的行為」とは「政治行為」であると断罪した。

靖国・天皇情報センター、立川、筑波、三鷹、静岡、札幌の参加者から連帯とアピールを受けて、集会を終えた。翌日一一日は九時半から参加者の決意表明を受け、式典時間にあわせ、式典会場近くを通るデモ行進を行った。「天皇出席の海づくり大会反対」「天皇制はいらない」などシュプレヒコールを上げるデモ隊と大量の機動隊と公安は近隣住民の注目の注目を浴びた。機動隊も秋田や山口などから集められていた。

闘争後、天皇の車列のために私たちの車が通行妨害を受けるという事態まで体験したが、天皇代替わり攻撃、天皇制賛美報道の中で、「天皇制廃絶」の声をあげることの解放感を実感した闘いであった。  

(野村洋子)

【集会報告】「天皇代替わり」過程の開始の中で、 7・30前段集会と8・15当日のデモに取り組む

今回の靖国と天皇制を問う実行委員会の行動は、「『聖断神話』と『原爆神話』を撃つ 8・15反『靖国』行動」としてなされました。

伊勢志摩サミットに引き続くかたちでなされたオバマ米大統領の広島訪問では、アメリカによる原爆使用の謝罪は表明されないで、一般的な「核廃絶」メッセージがなされるにとどまったのみならず、戦争において核兵器が使用され、これが批判され続けているにもかかわらず、その後の日米の軍事同盟が盤石なものである、ということこそが強調されたのです。裕仁の決断で戦争が終了したという虚構と、原爆によってこそ戦争を終了させることができたという虚構は、日米それぞれが戦後体制を築く端緒としての歴史の偽造であり、今回の行動ではこれを問題として提起していきました。

実行委の行動としては、七月三〇日に前段討論集会を持ち、八月一五日に当日行動を行なうという組み合わせで進められました。その過程で、明仁天皇じしんが「生前退位」を希望するという、天皇自身によって領導される「天皇制の代替わり」過程が開始され、同時に、与党政権が参院選を経て議会における圧倒的多数を確保したことで、憲法改悪もまた具体的な危機となっています。私たち実行委の行動は、そうした面からも、より重要な意味を持つものとなりました。

七月三〇日の討論集会では、講師として、千本秀樹さん(日本近現代史研究)から、「『聖断』のウソ─天皇制の戦争責任を問う」と題した問題提起を受けました。

昭和天皇裕仁の終焉が近づいた時期になって、「昭和天皇は平和主義者であった」という捏造がメディアに広く流通し始めました。それまで主体的・能動的に政治と戦争を指導してきた裕仁は、悲惨なアジア太平洋戦争における日本の敗戦が蔽いようもなく明らかな最終期になって、その側近たちとともに、天皇制を戦後に生きのびさせるための大掛かりな工作を開始しました。それは、連合国なかでもアメリカの戦後構想に、天皇制国家日本をビルトインさせるものでした。天皇の「聖断」により戦争が終結し「一億総懺悔」するという虚構とともに、国家の犯罪を明らかにする多くの事実や資料は隠滅されました。戦争責任を一つひとつ具体的に問うことが、戦後における民主主義の出発点になるはずでしたが、それらはすべて現在に至るまで未決のままとされています。明仁天皇は、こうした問題をすべて伏せ続けながら、天皇制の延命と天皇制国家の改変プロセスを新たに起動させようとしているのです。講演に引き続き、「沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック」、「平和の灯を! ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会」、「再稼動阻止全国ネットワーク」から、集会への連帯アピールがなされ、「8・6ヒロシマ平和へのつどい二〇一六実行委」からの連帯アピールが紹介され、今回の8・15行動へのよびかけが参加者全体で確認されました。

八月一五日の行動では、まず在日本韓国YMCAにおいて、前段集会が行われました。今回の行動に参加した「No Welcome !  Tokyo Olympic Games 実行委員会」、「米軍・自衛隊参加の東京都総合防災訓練に反対する荒川・墨田・山谷&足立実行委」、「天皇出席の山形『海づくり大会』反対実行委」、「福島原発事故緊急会議」、「警視庁機動隊は沖縄・高江に行くな! 緊急抗議行動」、「Stop ! 辺野古埋め立てキャンペーン」、「辺野古の闘いを全国へ 辺野古リレー」、「有事立法・治安弾圧を許すな! 北部実行委員会」、日韓民衆連帯全国ネットワーク「東アジアの平和実現9・17集会実行委員会」からの発言を受け、参加者全体により「集会宣言」(別掲)が採択されて、デモ行進に移りました。

今回の行動に対しても、右翼団体からの攻撃はさまざまになされ、掲げた横断幕を奪おうとする右翼により参加者が指を骨折するなどの状況はありましたが、多くの人々による毅然とした対応により、前回を上回る二百八十人の参加をもって、行動を締めくくることができました。共同行動への熱い支援に心から感謝します。

なお、今年は山形「海づくり大会」を取り組む現地の人たちからの呼びかけがあり、実行委として課題に加えて、7・18集会開催と現地行動への参加も取り組みました。

(nomad)

*共同行動報告集(2016年10月28日発行)より

【集会報告】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動 実行委員会報告

反天皇制運動の実行委員会による、今年の反「靖国」行動は、〈「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8・15反「靖国」行動〉として取り組まれた。8・15の「聖断神話」と、オバマの広島訪問に通底する、「謝罪」どころか「死者」を利用する政治を、重ねて問題化しようという趣旨だった。

そのテーマはもちろん実行委の行動を通じて貫かれていたが、予想外の天皇制攻撃として出てきた「生前退位」を天皇主導の「Xデー」プログラムとしてとらえ、集会それ自体がそれへの反撃の第一歩となることを、常に意識して取り組んでいくこととなった。

8・15を前に、私たちは二つの集会を持った。まず、七月一八日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない!海づくりは、海こわし」と題して、九月に行なわれた山形「豊かな海づくり大会」反対に向けた討論集会を持った。その五日前にNHKの報道がなされた直後の集会である。実行委から発言した天野恵一がいう通り、天皇の「生前退位」に対する最初の反撃の集会となった。

七月三〇日には、千本秀樹さんを講師に、「『聖断』のウソ─天皇制の戦争責任を問う」と題した講演集会をもった。そして八・一五当日は、多くの団体からのアピールをもらい、デモに出発した。詳しくはそれぞれ別掲報告をみてほしい。

「有識者会議」が発足し、来年の国会に「生前退位」を可能とする法案が上程され、二〇一八年に「即位・大嘗祭」という説も出ている。そして二〇二〇年「東京オリンピック」が、新天皇の本格的な登場の舞台となるだろう。こういったかたちで、あたかも新しい天皇制の登場は、既定のスケジュールとして、私たちの前に示され、人びともまた、日常の中で既に先行的に「統合」しなおされているかのようである。

今後私たちは来年の反天皇制運動の準備に入っていくが、それは当然、この一連の課題を正面に掲げるものとならざるをえない。そこで、どのようなことばで、どのような運動を、どのような陣形で作りあげていくかが、ひとつひとつ問われることになるだろう。 しかし、すでにこの天皇状況の「日常化」に対して、違和を表明し、あえてそれを問題化していくさまざまな行動が各地で始まっているのだ。そうした行動の中から、討論し、考えよう。そしてともに闘い続けよう。

(北野誉)

*共同行動報告集(2016年10月28日発行)より

【連帯アピール】山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争

山形「豊かな海づくり大会」反対現地闘争に参加されている皆さん

この間、首都圏において反天皇制運動に取り組んできた、「『 聖断神話』と『原爆神話』を撃つ8.15 反『靖国』行動」より、本日の現地闘争を準備し、また現地に結集されている皆さんに、連帯のアピールを送ります。

私たちは、天皇制の「三大行事」といわれる「国体・植樹祭・海づくり大会」が、日本各地において行なわれてきた、天皇を戴く儀礼を通じて民衆統合をすすめる装置であり、その地域において、天皇警備という名の人権弾圧をともなう、官民一体の天皇翼賛体制をつくりだすものであるとして、反天皇制運動の大きな課題として位置づけています。

本来であれば、実行委メンバーの多くがこの場に結集していなければならないところ、日程的な諸事情で不十分な取り組みになってしまったことをお許し下さい。

私たちは、8・15に向けた前段集会のひとつとして、7月18日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない! 海づくりは、海こわし」と題して、現地闘争を準備されている方を講師にお招きし、討論集会を持ちました。そこでは、近代天皇制国家による東北支配の歴史と、政府・資本によって現地漁業が破壊されていく実態が明らかにされました。また、今回の「海づくり大会」が福島原発事故の翌年に開催を決定したものであり、それは2016年岩手国体、2018年福島植樹祭とつづく、東北における天皇行事のさきがけであること。そこで強調される「東北地方の復興再生」なるものが、現在進行形である福島原発事故や、汚染水の海洋放出という現実を隠ぺいし、原発再稼働政策を後押しするものに他ならないことを確認しました。

私たちは7月30日にも前段集会を持ち、さらに8・15の反「靖国」デモにも取り組みました。

それは、天皇明仁の「生前退位」の意向なるものがNHKにリークされ、そして天皇みずからの、「ビデオメッセージ」のテレビ報道という時期に重なりました。これらの天皇の行為は、「皇室典範」の改正を自らの意志で迫るという、象徴天皇制にとっての明確な違憲行為であり、さらに天皇制の「未来像」を、天皇主導によって確定していこうとする意思を示したものに他なりません。日本の国家社会を、戦争をする体制へと全面的に再編していく時代にあって、象徴天皇制がその存在意義である「国民統合」の機能を、より積極的なものとして高度化させていくという意味において、それは、天皇自身の手による、天皇制再編攻撃の開始であったといわざるをえません。

私たちの8・15行動が、首都圏においては、こうした天皇制攻撃に対する最初の街頭デモであったとすれば、今回の山形現地の闘いは、天皇行事そのものに対して、天皇に対して直接抗議の声を上げていく最初の闘いであると思います。

反天皇制運動の更なる展開をめざし、ともに闘っていきましょう。

2016年9月10日
「 聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8.15 反「靖国」行動