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【集会報告】反天連12.23集会 天皇の「象徴的行為」ってなんだ!? 「代替わり」状況のなかで考える

八月八日の天皇明仁のビデオメッセージによって、にわかに「生前退位」問題が浮上した。「生前退位」とは言うまでもなく天皇「代替わり」である。その「代替わり」に向け、明仁はメディアを通じて国民に語りかけ、国政における法的対応を促した。もちろん、これ自体が違憲行為である。しかも、それは明仁自らが拡大し、推し進めてきた「象徴的行為」を「代替わり」以降も継続し、天皇制を安定的に永続させたいというメッセージだった。そこで本来、国事行為以外を許されない天皇の、「象徴的行為」とは何かを改めて問うべく集会が開催された。

発言者は、浅野健一さん(同志社大学教員)、米沢薫さん(研究者)、天野恵一さんの三人。浅野さんは、リベラルとされる朝日、毎日、東京新聞も、こと天皇報道に関しては賛美一色である。しかも、明仁が「護憲天皇」であるとの認識に立って安倍政権と対立しているかのような報道は問題だ。自らの戦争責任に向き合わず、暴走する安倍政治に追従するマスコミの罪は重い、と指摘した。

米沢さんは、国家は象徴を必要とすると同時に宗教性を持つこと、その象徴には常に暴力性がつきまとうことなどを論じた。そして、天皇制に対する国民の無関心が天皇制を廃絶しようとする力に対して強く反発し、無関心なまま天皇制を維持することを強力に求めるという田川建三や、共同性の喪失、個に解体されていく孤立感を埋めるものとして天皇制の宗教性を利用した国民統合が行われているという桑原重夫の論考を紹介し、今なお有効ではないかと提起した。

二人の発言を受けて天野さんは、奥平康弘著『萬世一系の研究』を紹介しつつ、日本国憲法は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原理に加え、実は象徴天皇主義の四原理で成立してきた。その象徴天皇主義が三原理を拘束し、内側から腐らせてきたと指摘した。その上で、三原則をきちんと確立する運動が天皇制をなくしていくことにつながると語った。

集会参加者は約八〇人。会場からは質問や意見も出て、熱気あふれる集会だった。

(川合浩二)

【集会報告】「天皇賛歌」にうんざり!「女性(的)天皇制」の今とこれから

一二月四日、女性と天皇制研究会(女天研)連続講座が加納実紀代さんを招いて特別講演会を開催した。参加者は五〇人を超えた。

加納さんは、天皇に対する意識調査で、裕仁天皇から明仁天皇に代替わり後、「好感」「尊敬」が上昇し、もともと地を這うような少なさの「反感」がさらに減っていることを指摘するところから話を始めた。そして昨年の「生前退位」メッセージ。有識者会議では「容認」はギリギリ過半数で、一代限りの特別法と恒久制度で意見が割れているが、世論調査では八割以上が「賛成」という、現天皇への支持の高さを紹介する。加納さんの「右翼の反対」「左翼の賛成?」という分析は少々乱暴にも思うが、「リベラル」層の大半が賛成であることには間違いなく、ぞっとする状況だ。

本題はここから。近代以降の天皇が男権性を確立する一方で、皇后が登場することで女性(母)性性を発揮してきたことを、『国体の本義』「畏くも天皇は、臣民を「おほみたから」とし、赤子と思召されて愛護し給ひ……」や、三島由紀夫『英霊の声』「われらの大元帥にしてわれらの慈母……」等を引きながら指摘。そして敗戦後、天皇は女性化し民主天皇をアピールしたとする。「近代天皇制は男性化によって軍事的に拡大し、危機にあたって
女性化することで生き延びてきた」と。

そして現在、天皇の「慰撫」路線は安倍軍事化路線の抑止力になるのかと問い、むしろ民衆の怒りを慰撫・沈静化するものでしかなく、「問題はそれを有り難がり癒される国民の側にある」と手厳しい。しかし対案としての公共的な親密圏の構築も提起された。久しぶりの加納さんの天皇課題の話に会場は共感しながら聞き入った。

質疑応答では、天皇制はすぐに廃止などできないし、まずは「女性天皇」の容認という「目の前の差別」の是正が必要では、との意見が出た。若干の議論があったものの、今後の大きな課題が残ったと思う。

(大子)

[学習会報告] 奥平康弘『「萬世一系」の研究 「皇室典範的なるもの」への視座』第Ⅱ部(岩波書店、二〇〇五年)

前回報告がなされた第Ⅰ部の続きである第Ⅱ部『明治皇室典範の成立過程─「近代化」と「萬世一系」』が今回のテキスト。構成は、一・皇位継承をめぐって─「庶出ノ天皇」「女帝否認」、二・「天皇の退位」否認をめぐって、終章・「萬世一系」と「天皇の不自由」との関係で成る。

憲法学者である著者は、憲法本体が基礎とする権利保障体系と民主主義(国民主権)原理が、天皇制と矛盾態であるという。 旧皇位継承法の、「女帝」排除に帰結する男系男子のみの皇位継承と皇位の生前譲渡(天皇の退位)に限定し、それがどのようなものであったかという歴史的分析、解釈可能性の追究を通し、〈憲法とはなにか〉〈憲法を解釈するということは、どういうことなのか〉を考える基礎固めとして書かれているが、とても平易な言葉でわかりやすい。

「祖宗の大憲」にもとづく、権威の再構築のスローガンを背景に、明治憲法制定に尽力した井上毅や伊藤博文ら。そこには何の整合性もない。立憲民主主義的には、原理を欠いた「消極的なるもの」という評価の「暫定なるもの」にコンセプトが置かれ、その中身があぶりだされる。今、こうした歴史を踏まえたうえで、天皇制問題を語ることが出来る学者がいなくなったという意見で、学習会では一致した。原理を踏まえた理論的なものではなく、原理原則を棚上げした暫定措置は、日本国憲法に連続して継承されていると著者奥平は言う。終章で語られる「天皇の脱出権」で皆の議論は大いに盛り上がった。

憲法に照らし天皇制を批判していくということを、私たちはもっと丁寧に行うべきではという思いが強まる。

次回は一月三一日(火)、テキストは加納実紀代・天野恵一編『平成天皇の基礎知識』(社会評論社)

(鰐沢桃子)

【学習会報告】奥平康弘『「萬世一系」の研究 「皇室典範的なるもの」への視座』第Ⅰ部(岩波書店、二〇〇五年)

本書は序章・I部・II部でできており、今回は序章と第I部を読んだ。頁数的にもお値段的にも二回分、という感じではある。ただ、内容的には分けずにやった方が、議論はさらに面白くなったのかもしれない。いや、時間不足の欲求不満になったか……。実際、I部だけで大いに盛り上がった。

第I部「戦後皇室典範の制定過程─今日的課題の源流」の構成は、一・「皇室典範的なるもの」への拘泥─皇室典範の基本的性格をめぐって、二・「天皇の退位」「女帝」「庶出の天皇」─皇室典範の各論的考察。

一九四五年八月一五日、あるいは一九四六年一月一日の「人間宣言」を機に、「萬世一系」の天皇信仰がコロリと消滅するわけはない。それは支配者層を構成する者たちにとっても同様だ。本書では「帝国憲法」とそれに並ぶ「皇室典範的なるもの」への支配者たちの拘泥ぶりを、新憲法制定とそれに則って制定される新しい「皇室典範」制定の際の、意識・無意識な策略や見解をエピソードとして紹介しながら、あぶり出していく。「皇室法」ではなくなぜ「皇室典範」という名称を継承したか、は典型的な議論だ。そのエピソードの数々が面白い。

奥平のいう「萬世一系の天皇」という一つのイデオロギー体系が、戦後のGHQとの攻防、国会審議等を経る中で、少しずつ譲歩しながらも新憲法の体系にくい込み、現在に継承されている。それを知ることで、現在の「今日的課題の源流」を理解することもできるだろう。

各論の「今日的課題」とは、一〇年以上も経った二〇一六年現在の、支配者層が直面している課題そのものである。そして、別の立場で私たちも同様に直面している。

昨年亡くなった著者奥平が生きていてくれたら、何を語っただろうかと、唸る思いが残る。

次回は一一月二九日(火)、この本の後半部分を読む。

(桜井大子)

【集会報告】被災者切り捨ての中、「東北復興」を掲げた天皇行事をはねかえせ! 山形海づくり大会反対を闘う

三大天皇行事の一つ『第三六回全国豊かな海づくり大会〜やまがた』が「森と川から 海へとつなぐ 生命のリレー」を大会テーマに山形県庄内地方(式典は酒田市、放流行事は鶴岡市)で開催された。現地で反対闘争が準備されているので本実行委は七月一八日「海の日」に、築地社会教育会館で、会場周辺に公安がひしめく中、五〇人弱の参加を得て集会を行った。

山形の鈴木雄一さん(反戦反天皇制労働者ネットワーク・山形)は、「東北(支配)と水産業」と題して報告を行った。山形「海づくり大会」は、二〇一六年岩手「国体」、二〇一八年福島「植樹祭」へと続く、復興(新秩序)と振興(侵攻)につながる、鎮撫と「富国強兵」政策に向うためのものである。「東北」、や「鼠ヶ関」(ねずがせき)という地名は、外敵の住む北のはずれを意味する蔑視感があふれている。さらに東北は戊辰戦争で朝廷にさからって以降、仙台におかれた第二師団を中心に経済と行政がつくられてきた。「海づくり大会」の式典会場である酒田市も製鉄業など軍需産業のまちとして形成された。東北は「明治」に二回の天皇行幸が行われたが、その目的は自由民権運動弾圧と軍隊の慰労が主であり、軍隊を通して天皇制が入ってくるという今と同様のことが行われた。山形「海づくり大会」は「森と川から、海にも直接、放射能汚染による生命の危機リレー」である。福島原発事故の凍土壁工事は失敗し、汚染地下水は流出し、さらに大量のタンクの汚染水を海洋投棄によるさらなる海洋汚染を隠蔽し、被害者切り捨てに対する天皇による鎮撫工作である。復興演出のための、天皇のための行事であると弾劾し、現地闘争への参加を呼びかけた。

天野恵一さん(8・15反「靖国」行動実)は、「天皇行事の政治的意図」と題して、「天皇の『生前退位』が発表され、今日は、偶然だが最初の反撃の集会となった。昭和天皇のXデープロセスは自粛騒ぎだったが、今回は天皇アキヒトが生きたまま始まった。皇室典範改正や天皇が生きたまま即位したり、元号が変わったりする。今後の天皇儀礼は、全部Xデープロセスとして演出される。棄民化政策、被災者の切り捨てを行いながら『震災の復興』を演出し、その総仕上げとして『復興』茶番の東京オリンピックが行われる。「共産党が、天皇出席の国会開会式に出席するなど護憲派の総崩れの中で、『違憲行為はやめろ』という土俵で共闘する運動をどのように作っていくかが問われていると訴えた。現地闘争への結集を確認して集会を終えた。

九月一〇日、一一日の「海づくり大会」当日には、「反戦天皇制労働者ネットワーク・山形」の主催で現地闘争が闘われた。

一〇日は酒田市総合文化センターで、各地から反天皇制を闘う仲間三〇人超が結集し集会を行った。会場の内外を公安刑事がひしめいているのは天皇行事の恒例である。

主催者は「天皇アキヒトの『生前退位』意向表明後初の「地方公務」であり、3・11以降東北での初めての天皇行事である。今回の「海づくり大会」の目的は、放射能汚染の隠蔽、東北復興を演出することである。山形『海づくり大会』に続いて、岩手、二〇一八年福島と続く天皇制攻撃を、東北全体ではね返す最初の闘いにしたい」と訴えた。
続いて酒田現地から報告を受けた。報告者は大連に生まれ、満州での戦時体験を今に伝える語り部でもあり、戦後、弁論大会で天皇の戦争責任を追及しようとした「どしょっぽね」の持ち主である。大連で経験した学校と教師と戦争と経済を、実体験を元に教師の変貌のあり方として断罪した。

続いて鶴岡からは、雑木林再生のために子どもたちと植林した天然林を「海づくり大会」のために刈り払いされたことや漁場汚染の実態が批判された。

反戦反天皇制労働者ネットワークの吉田宗弘さんは、二〇一三年水俣の「海づくり大会」は水俣病が発生した「水俣の海の再生」、二〇一二年沖縄は「復帰四〇年を祝う」という政治的目的が明らかであり、天皇の「公的行為」とは「政治行為」であると断罪した。

靖国・天皇情報センター、立川、筑波、三鷹、静岡、札幌の参加者から連帯とアピールを受けて、集会を終えた。翌日一一日は九時半から参加者の決意表明を受け、式典時間にあわせ、式典会場近くを通るデモ行進を行った。「天皇出席の海づくり大会反対」「天皇制はいらない」などシュプレヒコールを上げるデモ隊と大量の機動隊と公安は近隣住民の注目の注目を浴びた。機動隊も秋田や山口などから集められていた。

闘争後、天皇の車列のために私たちの車が通行妨害を受けるという事態まで体験したが、天皇代替わり攻撃、天皇制賛美報道の中で、「天皇制廃絶」の声をあげることの解放感を実感した闘いであった。  

(野村洋子)

【集会報告】「天皇代替わり」過程の開始の中で、 7・30前段集会と8・15当日のデモに取り組む

今回の靖国と天皇制を問う実行委員会の行動は、「『聖断神話』と『原爆神話』を撃つ 8・15反『靖国』行動」としてなされました。

伊勢志摩サミットに引き続くかたちでなされたオバマ米大統領の広島訪問では、アメリカによる原爆使用の謝罪は表明されないで、一般的な「核廃絶」メッセージがなされるにとどまったのみならず、戦争において核兵器が使用され、これが批判され続けているにもかかわらず、その後の日米の軍事同盟が盤石なものである、ということこそが強調されたのです。裕仁の決断で戦争が終了したという虚構と、原爆によってこそ戦争を終了させることができたという虚構は、日米それぞれが戦後体制を築く端緒としての歴史の偽造であり、今回の行動ではこれを問題として提起していきました。

実行委の行動としては、七月三〇日に前段討論集会を持ち、八月一五日に当日行動を行なうという組み合わせで進められました。その過程で、明仁天皇じしんが「生前退位」を希望するという、天皇自身によって領導される「天皇制の代替わり」過程が開始され、同時に、与党政権が参院選を経て議会における圧倒的多数を確保したことで、憲法改悪もまた具体的な危機となっています。私たち実行委の行動は、そうした面からも、より重要な意味を持つものとなりました。

七月三〇日の討論集会では、講師として、千本秀樹さん(日本近現代史研究)から、「『聖断』のウソ─天皇制の戦争責任を問う」と題した問題提起を受けました。

昭和天皇裕仁の終焉が近づいた時期になって、「昭和天皇は平和主義者であった」という捏造がメディアに広く流通し始めました。それまで主体的・能動的に政治と戦争を指導してきた裕仁は、悲惨なアジア太平洋戦争における日本の敗戦が蔽いようもなく明らかな最終期になって、その側近たちとともに、天皇制を戦後に生きのびさせるための大掛かりな工作を開始しました。それは、連合国なかでもアメリカの戦後構想に、天皇制国家日本をビルトインさせるものでした。天皇の「聖断」により戦争が終結し「一億総懺悔」するという虚構とともに、国家の犯罪を明らかにする多くの事実や資料は隠滅されました。戦争責任を一つひとつ具体的に問うことが、戦後における民主主義の出発点になるはずでしたが、それらはすべて現在に至るまで未決のままとされています。明仁天皇は、こうした問題をすべて伏せ続けながら、天皇制の延命と天皇制国家の改変プロセスを新たに起動させようとしているのです。講演に引き続き、「沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック」、「平和の灯を! ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会」、「再稼動阻止全国ネットワーク」から、集会への連帯アピールがなされ、「8・6ヒロシマ平和へのつどい二〇一六実行委」からの連帯アピールが紹介され、今回の8・15行動へのよびかけが参加者全体で確認されました。

八月一五日の行動では、まず在日本韓国YMCAにおいて、前段集会が行われました。今回の行動に参加した「No Welcome !  Tokyo Olympic Games 実行委員会」、「米軍・自衛隊参加の東京都総合防災訓練に反対する荒川・墨田・山谷&足立実行委」、「天皇出席の山形『海づくり大会』反対実行委」、「福島原発事故緊急会議」、「警視庁機動隊は沖縄・高江に行くな! 緊急抗議行動」、「Stop ! 辺野古埋め立てキャンペーン」、「辺野古の闘いを全国へ 辺野古リレー」、「有事立法・治安弾圧を許すな! 北部実行委員会」、日韓民衆連帯全国ネットワーク「東アジアの平和実現9・17集会実行委員会」からの発言を受け、参加者全体により「集会宣言」(別掲)が採択されて、デモ行進に移りました。

今回の行動に対しても、右翼団体からの攻撃はさまざまになされ、掲げた横断幕を奪おうとする右翼により参加者が指を骨折するなどの状況はありましたが、多くの人々による毅然とした対応により、前回を上回る二百八十人の参加をもって、行動を締めくくることができました。共同行動への熱い支援に心から感謝します。

なお、今年は山形「海づくり大会」を取り組む現地の人たちからの呼びかけがあり、実行委として課題に加えて、7・18集会開催と現地行動への参加も取り組みました。

(nomad)

*共同行動報告集(2016年10月28日発行)より

【集会報告】「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8・15反「靖国」行動 実行委員会報告

反天皇制運動の実行委員会による、今年の反「靖国」行動は、〈「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8・15反「靖国」行動〉として取り組まれた。8・15の「聖断神話」と、オバマの広島訪問に通底する、「謝罪」どころか「死者」を利用する政治を、重ねて問題化しようという趣旨だった。

そのテーマはもちろん実行委の行動を通じて貫かれていたが、予想外の天皇制攻撃として出てきた「生前退位」を天皇主導の「Xデー」プログラムとしてとらえ、集会それ自体がそれへの反撃の第一歩となることを、常に意識して取り組んでいくこととなった。

8・15を前に、私たちは二つの集会を持った。まず、七月一八日に「天皇行事の『海づくり大会』はいらない!海づくりは、海こわし」と題して、九月に行なわれた山形「豊かな海づくり大会」反対に向けた討論集会を持った。その五日前にNHKの報道がなされた直後の集会である。実行委から発言した天野恵一がいう通り、天皇の「生前退位」に対する最初の反撃の集会となった。

七月三〇日には、千本秀樹さんを講師に、「『聖断』のウソ─天皇制の戦争責任を問う」と題した講演集会をもった。そして八・一五当日は、多くの団体からのアピールをもらい、デモに出発した。詳しくはそれぞれ別掲報告をみてほしい。

「有識者会議」が発足し、来年の国会に「生前退位」を可能とする法案が上程され、二〇一八年に「即位・大嘗祭」という説も出ている。そして二〇二〇年「東京オリンピック」が、新天皇の本格的な登場の舞台となるだろう。こういったかたちで、あたかも新しい天皇制の登場は、既定のスケジュールとして、私たちの前に示され、人びともまた、日常の中で既に先行的に「統合」しなおされているかのようである。

今後私たちは来年の反天皇制運動の準備に入っていくが、それは当然、この一連の課題を正面に掲げるものとならざるをえない。そこで、どのようなことばで、どのような運動を、どのような陣形で作りあげていくかが、ひとつひとつ問われることになるだろう。 しかし、すでにこの天皇状況の「日常化」に対して、違和を表明し、あえてそれを問題化していくさまざまな行動が各地で始まっているのだ。そうした行動の中から、討論し、考えよう。そしてともに闘い続けよう。

(北野誉)

*共同行動報告集(2016年10月28日発行)より

【学習会報告】岩波新書編集部編 『昭和の終焉』(岩波書店、一九九〇年)

ちょうどXデーから一年経って岩波新書編集部が出した岩波新書。八人の論者が書いた論考を集めたもの。井出孫六だけが書き下ろしで他は「世界」や「マスコミ市民」に掲載された論考だ。どれもXデー直後に書かれたものなので、当時の緊張が行間に滲み出ている。

豊下楢彦「『天皇・マッカーサー会見』の検証」は最初朝日新聞に一九八九年二月六・七日に掲載されているが、この時は「天皇とマッカーサー会見」。担当した朝日新聞の記者が天皇のあとに「・(ナカグロ)」をつけると右翼から「不敬」だと非難されることを恐れて「と」となったという。今から見ると笑えるが、当時の空気を象徴している。

最も興味深かったのは、巻頭の奥平康弘の「日本国憲法と『内なる天皇制』」。観念論的な「内なる天皇制論」ではなく憲法論として「内なる天皇制」を展開しているところにその特徴がある。奥平は憲法の天皇制の諸規定こそが「内なる天皇制」にとっての栄養源だとし、これまで憲法学者は民主主義の基準に照らして天皇の地位や役割を最小限度のものにする解釈論を提示するよう努めてきたが、それでは国事行為以外の行為に関して憲法で論じられない限界があると指摘する。「国体」概念も「主権の所在」は変更されたのだから「国体」は崩壊したのだが、文化現象としての天皇崇拝へと「国体」概念のすり替えに成功したと捉える。
さらに憲法制定以前に帝国議会がさっさと旧皇室典範を修正して生存退位への道を開いた上で天皇の退位を決議する方法を取るべきだったという奥平の言う「ありえてよかった」選択は今だからこそ含蓄深い。

次回は一〇月二五日。今回の奥平の議論をさらに深めるために奥平康弘『万世一系の研究』を読む。

(宮崎俊郎)

【集会報告】第4回女天研講座「ジェンダーと天皇制」

九月二一日夜、四回目になった女天研連続講座は、首藤久美子さんが「女性皇族の公務──慰問? 福祉?」というタイトルで、高円宮久子が東京オリンピック招致の際のスピーチをした話からスタートした。

明治時代に入って、「大日本帝国憲法」と同格の「皇室典範(旧)」を整備するのと並行して、西洋をお手本とした近代化のなかで男女の性差をも利用した天皇制が作られた。明治天皇・大正天皇のそれぞれの皇后も養蚕、慈善、戦傷兵士慰問などを行ってきたが、それらは「男性によって象徴される規制の権威や体制への異議申し立てとして女性神格が『逆さまの世界』を作り出す手段として有効だった」とした若桑みどりさんの分析は、今の女性皇族の捉え方、打ち出し方もその延長線上にあるのではないかと首藤さんは語る。

現在の女性皇族のおびただしい数の名誉職を紹介したあと、全国赤十字大会に出席して発言している香淳皇后(良子)の珍しい映像(始めて声を聞いた!)、そして壇上に美智子(名誉総裁)を先頭に女性皇族がぞろぞろと入場してくる姿(かなりきもい)を映したDVDを鑑賞した。「女」としての役割のお手本のようにコメントする人もいる。天皇制そのものが「女性的」なのではないか。また、天皇のさらに上に「国体」をおき、その「国体」に奉仕をする、天皇を頂点にした「国民」のヒエラルキーが存在しているのではないか、と首藤さんは問うた。

今の女性皇族の「公務」としている仕事にフォーカスして考えるというのは、天皇制の現在的問題点を考える意味でもとても重要だ。だいたい名誉総裁ってなに? スポーツ界、医学会、芸術関係の多くの団体が名誉総裁として皇族、特に傍系の女性皇族が多く担っている。それを頼む側の論理はどうなっているのだろう。皇族に頼むと箔が付くのか、それぞれの業界の発展に有利に働くのか。首藤さんの問いかけは容易に結論の出るものではないが、「天皇制とジェンダー」という講座のメインテーマそのものであり、今後も講座の通底するテーマであると思った。

(中村ななこ)

【傍聴報告】靖国参拝違憲訴訟第九回、一〇回口頭弁論

安倍靖国参拝違憲訴訟の第九回、一〇回の口頭弁論が九月五日と一二日に東京地裁103法廷で行われた。

原告でありながら、平日の昼間の傍聴にはなかなか参加出来ずにいたが、今回は裁判も山場で、原告一四人の尋問が行われるということなので、仕事を休んで傍聴した。

弁護団は書面による証拠調べに加え、専門家五人(吉田裕、木戸衛一、張剣波、南相九、青井未帆)の生の声による証人尋問の必須を訴え、証人採用の請求もしていたが、こちらは却下されたということだ。

法廷に入り着席すると、弁護団、裁判官、被告である国、首相、靖国神社の各代理人の各机上には、弁護団が作成した準備書面が、崩れ落ちそうなほど山積みにされていたが、これだけの書類を作成するのは、本当に大変なご苦労だっただろう。

五日は、関千枝子、池住義憲、森田麻里子、辻子実、一戸彰晃、根津公子、三浦永光、松本佐代子(米田佐代子)各原告の証人尋問が行われた。割り当られた時間は一人三〇分。戦争がもたらす悲劇、踏みにじられる人権、このようなことを二度とおこさせないという気概に満ちたそれぞれの生き様をも感じさせる、権力と対峙する凛とした証言に私の目頭は熱くなった。反天実の8・15のデモに触れ、「靖国」支持者たちの暴力的行為も証言された。戦争に人々を動員させる装置としての「靖国」。「慰霊・顕彰」の施設は戦争国家に欠かせないものであるという靖国の闇が法廷に浮かびあがった。一〇時半から一六時過ぎに及ぶ長時間だったが、その場に立ち会えて本当に良かったと思う。

一二日は、中国、香港、韓国、ドイツと日本人の残りの原告証言(王選、許朗養、星出卓也、山内斉、李熙子、金鎮英)が行われたが、裁判所が手配した通訳は、言葉の壁を思い知らされるお粗末なもので非常に残念であった。当初、七三一部隊の残虐で非人道的な行為を告発してきた中国人の胡鼎陽さんの証人尋問が予定されていたが、ビザを発給しないという国による妨害が行われた。抗議声明が出されているので参照されたし。今後の裁判の流れはAlertでもお知らせするので、注目を!

(桃色鰐)