December 17, 2006

11.23「お世継ぎ」いらない!2006

 11月23日、「お世継ぎ」いらない!2006の集まりを開催しました。こと天皇制に関しては場所を選ばず好き勝手に話すには度胸がいるという窮屈な天皇制社会にあって、とにかく天皇制について沢山の言葉や表現を出したり感じたりしようという企画でした。11人による5分間スピーチ。劇団「野戦之月」による短い芝居。さっちゃんのうた。盛り沢山の内容に100名の参加者。主催者がつくり出したい空間に限りなく近づいた集まりとなり、成功!だったと思います。全体の雰囲気をお伝えすることはなかなか難しいのですが、全体が濃密で凝縮していて、あっという間の楽しく充実した時間を、沢山の人たちと作り上げたという印象が強く残っています。発言・出演者のみなさま、集会参加者のみなさま、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。とても充実した時間でした。参加されなかったみなさま、エールを送ってくださったみなさま、この実行委員会はこれで解散ですが、同じような試みはこれからも繰り返されると思います。その時はぜひご一緒しましょう。集会は以下のように進行しました。

17:40 開場
【1部】
18:00 開始 主催者挨拶
18:10 5分間スピーチ
    青山薫/井上森/北村小夜/佐藤文明/東海林路得子/鈴木裕子
    それぞれ5分 (あいうえお順・敬称略)
18:50 芝居 野戦之月 「野草なき地にて」 
19:20 休憩

【2部】
19:30 うた さっちゃん 
19:50 スピーチスタート
    土橋博子/福富節男/本山央子/米津知子/渡邊澄子
    それぞれ5分 (あいうえお順・敬称略)
19:20 会場発言 
21:00 終了

 スピーカーのみなさんは、短い時間に伝えるべきことをギュッと凝縮した形で準備されていて、参加者は濃いエッセンスを次から次にふりかけられていったという感じです。どのお話もそれぞれの立場からのもので、興味深く、会場からの発言を含めトータルに聞くことで、天皇制の問題の広さと深さを感じさせられるものとなりました。婚姻制度の問題、家族のなかの差別、社会の差別、家という問題、教育の問題、男と女、戦争と天皇制、お金の問題、そして天皇制はなくすべき制度であるというあたりまえの結論、出るわ出るわ、という感じ……。
 野戦之月の芝居は、会場を突然にして異空間に変えてしまいました。あっという間に会場全体が彼らがつくり出す時間の流れに引き込まれ、私たちは、芝居が感じ取らせる天皇の生の傲慢さとその下に生かされる私たちの生のかけがえのなさと悲しさと力強さに、ときおり鼻をツーンとさせながら、そのまま役者ともども突っ走ったのでした。脚本は「金南柱、金時鐘、黒田善夫の詩など科白として構成」だそうです。
 さっちゃんは、聴く者の心を解放させていくような、そんな力に満ちたうたと声を、惜しげもなく会場に響きわたらせてくれました。彼女のうたは、ともすると捨て鉢になりそうな気持ちをいつも持ち直させてくれる。きっとたくさんの人たちが、やはり鼻をツーンとさせながら聴き入ったことだと思います。
 以上、雰囲気を少しお裾分けするという程度の、報告とはいいがいたい簡単な報告でした。おわり

October 16, 2006

「お世継ぎ」いらない!2006/スピーチ・うた・パフォーマンス

いま、実行委員会では「『お世継ぎ』いらない!2006/スピーチ・うた・パフォーマンス」という催しを準備しています。
ぜひともご参加ください。

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「お世継ぎ」いらない!2006

October 04, 2006

【中国語版】「お世継ぎ」はいらない !──「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます

 「お世継ぎ」いらない!2006実行委員会の声明の、中国語版ができました。
PDFになっておりますのでご参照ください。

seimei_zhonguo中国語版の声明

September 29, 2006

【ハングル版】「お世継ぎ」はいらない !──「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます

 「お世継ぎ」いらない!2006実行委員会の声明の、ハングル版ができました。
PDFになっておりますのでご参照ください。

seimeiKoreanハングル版の声明

September 13, 2006

[statement] No ”heir” to Emperor! -- We refuse to celebrate! We call for the abolition of the Emperor system!

【声明】「お世継ぎ」はいらない !──「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます
の英訳です。英語圏の友人たちに紹介してください。

Today, Princess Kiko, the wife of Prince Akishino, has given birth to her
third child and we are again witnessing a massive wave of “celebration”
all over Japan.
We of course do not justify celebration of the birth of a baby to a
specific privileged “family” or by a specific person as an event worth
national congratulation. But we are more warned against the prevailing
gender-biased discourse that has been spread in an unusual fuss made about
the so-called “heir” crisis, the discourse that unabashedly admires a
woman for contributing to the preservation of royal lineage by giving birth
to a boy baby. In fact, this discourse assumes that everybody wanted to see
Kiko deliver a male child.
The Japanese imperial family has been maintained by the practice of
systematic sex, status, and racial discrimination that turned boy child
bearing to Emperor-serving women’s duty for the maintenance of royal
lineage, controlled the royal bloodline on the male side, and used or
abandoned the emperor’s extra-matrimonial children as convenience required.
The discriminatory nature of the system basically stays. Emperor was once
defined as a “living god.” It was by his order that Japan went to war,
invading and tramping underfoot other Asian nations. It was in his name that
ordinary people were forced to go to war. Yet the Emperor did not take the
responsibility for any of these acts. The emperor system that worked in this
manner is now going to serve again as a machinery to mobilize Japanese
“nationals” for a project to turn Japan into a war-ready country.
Admiring Emperor and the imperial family amounts to denigrating the values
of peace and human rights. Defying this obvious truth, the boy’s birth to
the prince family is likely to reinforce the gender-biased view in society
that man has the natural role of keeping the family lineage. Moves will
certainly be activated to strengthen the emperor system by upgrading the
status of the Akishino family and expanding the scope of its “public
duties.”
The birth of this boy, however, has not resolved the “succession crisis”
that chronically plagues the emperor system. The ongoing debate over
whether the Imperial Family Code should be revised will continue.
Now all moves seem to be machinated to serve the prosperity of the
imperial family and to increase our burdens and curtail our freedom.
We declare such a society is unjust. We do not need the emperor system! We
do not need an heir!
We refuse to join celebration and call for the abolition of the emperor
system.

No “Imperial Heir” 2006 Coordinating Committee
September 6, 2006.

September 11, 2006

「お世継ぎ」いらない!実行委のリーフレット

 「お世継ぎ」いらない!2006実行委員会は、「どこが『メデタイ』『お世継ぎ』誕生」というタイトルのリーフレットを作りました。
A4両面で、三つ折にするスタイルです。以下のリンクからPDFファイルがダウンロードできます。印刷して、あなたの身近でも使っていただけませんか。

leaflet1リーフレット(表)

leaflet2リーフレット(裏)

September 06, 2006

【声明】「お世継ぎ」はいらない ──「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます

 今日、秋篠宮夫妻に第三子がうまれました。またしても、国をあげての大「奉祝」が繰り広げられています。
 特定の「家」や個人の出産が、格別の慶事として祝われることの不当性もさることながら、このかんの「お世継ぎ」騒動とでもいうべき異常な事態の中で、「家のため」に女性が妊娠・出産することへの手放しの賛美や、男の子の誕生を臆面もなく期待する性差別的な言辞が、日本中にばら撒かれたことを、見過ごすわけにはいきません。

 天皇家は、世襲という「家のため」の子づくり強制、男系による血統支配、婚外子の利用と排除という体系化された性差別、身分差別、民族差別によって維持されています。“現人神”として庶民を戦争に駆り立て、アジアの国々を侵略、蹂躙した責任も一切とらないばかりか、ふたたび戦争国家へとまい進するための「国民」支配の装置にもなりうる、それが天皇制です。
 天皇・皇族を賛美することは、平和や人権をないがしろにすることを意味します。
 にもかかわらず、男子がうまれたことで、「家を継ぐのはやっぱり男」という女性差別的な声がますます大きくなるでしょう。そして秋篠宮家への処遇の見直し(格上げ)、「公務」の拡大など、天皇制強化の動きはますます強まっていくでしょう。
 「皇室典範改正」も、男子がうまれたとはいえ、「皇位継承」問題が解決したとはいえず、引き続き検討されていくはずです。

 こうして、すべてが、天皇家の繁栄のために動いていく。その分、私たちの負担と不自由ばかりが増していくのです。
 そんな世の中、間違っている。天皇制はいらない。「お世継ぎ」はいらない。
 私たちは「奉祝」を拒否し、天皇制の廃止を求めます。

「お世継ぎ」はいらない2006実行委員会
2006年9月6日

September 03, 2006

「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をメディアが「奉祝」することについて

 「お世継ぎ」いらない実は、以下のとおり、マスコミあてに「申入書」を送りました。
 天皇・皇族に対して特別の言葉遣いを一般に強制する役割を果たしているのはマスコミです。そして、この敬語の持つ影響力はとてつもなく大きいといえます。天皇・皇族にに対してすべての人たちが最敬礼をしている映像を、日常的に見せつけられるのと同じ効果を持っているはずです。

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2006年9月1日

マスコミ各位

「お世継ぎ」はいらない!2006実行委員会  
http://www.ten-no.net/~iranai/
iranai@ten-no.net     

「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をメディアが「奉祝」することについて
——メディアは天皇制賛美ではなく民主主義に基づく立場を堅持してください

 メディア各社は、「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生について盛んに報道しています。この子どもの誕生で社会全体が「奉祝」一色に染まるようなことになれば、またしても私たちの人権と民主主義は危機に瀕することになります。そういう状況づくりにマスメディアが絶大な影響力をもっていることをふまえ、以下のとおり要請します。
 マスメディアが一斉に「祝意」を表し、「奉祝」報道を続ければ、社会に「祝うのがあたりまえ」という風潮をつくり出すでしょう。また、「皇室報道」においてマスメディアはいつも最高級の敬語を用いて特別扱いし、そのことが拍車をかけてもいます。このことに対する社会的責任は大きいと考えます。
 現憲法上では、身分制度を排し、各人の基本的人権を尊重し、平等で民主的な社会が、とりあえず私たちには保障されているはずです。しかし、マスメディアの多くは、少なくともこの「皇室報道」という枠においては、この原則をうち砕く役割を担っています。一人の皇族が生まれることを社会全体が祝っているかのように演出されることや、身分制に依拠した敬語の羅列に不平等や不正義を感じている者が少なくないことを、認識されるべきでしょう。
 メディアの仕事は伝えることであり、私たちには知らせ、知る権利があります。メディアと私たちの社会的な関係はこれ以上でも以下でもありません。一定の価値観やそれへのさまざまな評価を伝える機能と、全体を一定の価値観に染め上げるような言説だけを流す機能は、明らかに違います。「皇室報道」については、マスメディアは明らかに後者にスタンスをおいています。すべてのメディアが、天皇・皇族への「祝意」を一斉に報道することは、民主主義社会のメディアのあり方とはほど遠いものとしかいいようがありません。

 私たちは以上のような理由で、以下2点を要請します。
 1.マスメディアは「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐって、敬語を使わず、「祝意」だけが存在するかのような「奉祝」のための報道をしないこと
 2.「祝意」を強制するような行政、議会などの動きを批判的に監視するとともに、第三子誕生をめぐる動きの中で表面化する、天皇制そのもののもつ身分差別、女性差別の問題を社会的に明らかにしていくこと

September 01, 2006

都知事および市区長あてに「申入書」を送りました

「お世継ぎ」いらない!実では、本日9月1日づけで、都知事および市区長あてに以下のとおり「申入書」を送りました。「秋篠宮第三子」とされる子どもがうまれることに対して、自治体が「奉祝」の音頭をとるなどということがないよう、沢山の目で監視する必要があると思います。
どんどん、意見をだしていきましょ!
都知事と市・区長あてでは、「申入書」の内容に大きな違いはありませんが、とりあえずどちらも以下に添付しておきます。

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2006年9月1日

東京都知事様

「お世継ぎ」はいらない!2006実行委員会  
http://www.ten-no.net/~iranai/
iranai@ten-no.net

「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生に都が「祝意」表明することについて
——「奉祝」につながる一切の言動に反対します

 「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐり、いま盛んに報道がなされています。そのことで社会全体が「奉祝」一色に染まるようなことになれば、私たちの人権と民主主義はまたしても危機に瀕することになるでしょう。怒りを禁じ得ません。そして、そういう状況づくりの先頭に自治体が立つということが再度起こらないよう、以下のとおり要請します。

 2001年の敬宮愛子誕生時、都庁前にある電光掲示板に「内親王殿下のご誕生おめでとうございます」のテロップが流されたという事実、あるいは「祝皇孫殿下ご誕生」の垂れ幕が降ろされた区庁舎は、まだ記憶に新しくあります。また、都の施設では都の方針として「日の丸」を掲揚したという報告もありました。そういった都の方針が、民間における「祝意」表明は当然という雰囲気をつくり出し、結果としてそれは、「祝意」の強制につながったと考えます。
 身分制を排した憲法を遵守し、税金を正しく使うべき自治体が、ある特定の人物や家族を特別扱いし、そのために税金を使うことは許されないことでしょう。公の機関が特定の人々を差別・排外することが許されないと同様に、特定の人や家族を特別扱いにすることは許されないはずです。都が天皇・皇族への「祝意」表明を方針とすることは、都に暮らす私たちの人権や民主主義を裏切ることを意味します。身分差別を社会にしみ込ませる装置として自治体が機能してはなりません。
 また、都は各自治体、教育機関や各施設に、身分差別を象徴する天皇・皇族の出産などに対して「祝意」表明の通達を出すというような愚かなこともしてはなりません。
 私たちは以上のような理由で、東京都および都知事が、「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐって「祝意」表明につながる一切の公的な言動を行わないよう、要請します。

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2006年9月1日

市区長様

「お世継ぎ」はいらない!2006実行委員会  
http://www.ten-no.net/~iranai/
iranai@ten-no.net

「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生に区が「祝意」表明することについて
——「奉祝」につながる一切の言動に反対します

 「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐり、いま盛んに報道がなされています。そのことで社会全体が「奉祝」一色に染まるようなことになれば、私たちの人権と民主主義はまたしても危機に瀕することになるでしょう。怒りを禁じ得ません。そして、そういう状況づくりの先頭に自治体が立つということが再度起こらないよう、以下のとおり要請します。

 2001年の敬宮愛子誕生時、都庁前にある電光掲示板に「内親王殿下のご誕生おめでとうございます」のテロップが流されたという事実、あるいは「祝皇孫殿下ご誕生」の垂れ幕が降ろされた区庁舎は、まだ記憶に新しくあります。また、都の施設では都の方針として「日の丸」を掲揚したという報告もありました。そういった都の方針にそった各自治体が、民間における「祝意」表明は当然という雰囲気をつくり出し、結果としてそれは、「祝意」の強制につながったと考えます。
 身分制を排した憲法を遵守し、税金を正しく使うべき自治体が、ある特定の人物や家族を特別扱いし、そのために税金を使うことは許されないことでしょう。公の機関が特定の人々を差別・排外することが許されないと同様に、特定の人や家族を特別扱いにすることは許されないはずです。自治体が天皇・皇族への「祝意」表明を方針とすることは、その地域に暮らす人々の人権や民主主義を裏切ることを意味します。身分差別を社会にしみ込ませる装置として自治体が機能してはなりません。
 各自治体、教育機関や各施設は、身分差別を象徴する天皇・皇族の出産などに対して「祝意」表明をするという愚かなことをしてはなりません。
 私たちは以上のような理由で、区が「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐって「祝意」表明につながる一切の公的な言動を行わないよう、要請します。

August 30, 2006

【声明】小泉首相の靖国神社参拝に抗議する!

 本日の早朝に「参拝する」と公言した小泉首相は、午前7時40分、ついに実行してしまった。二礼二拍一礼の神道形式ではなかったものの、公用車を使い、本殿に一礼し、モーニング姿で昇殿参拝。「内閣総理大臣・小泉純一郎」と記帳し、私費で献花料3万円を納めるというスタイル。総裁選の票欲しさに掲げた5年前の「公約」をはたすため15日参拝に踏み切ったのである。

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