「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をメディアが「奉祝」することについて
「お世継ぎ」いらない実は、以下のとおり、マスコミあてに「申入書」を送りました。
天皇・皇族に対して特別の言葉遣いを一般に強制する役割を果たしているのはマスコミです。そして、この敬語の持つ影響力はとてつもなく大きいといえます。天皇・皇族にに対してすべての人たちが最敬礼をしている映像を、日常的に見せつけられるのと同じ効果を持っているはずです。
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2006年9月1日
マスコミ各位
「お世継ぎ」はいらない!2006実行委員会
http://www.ten-no.net/~iranai/
iranai@ten-no.net
「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をメディアが「奉祝」することについて
——メディアは天皇制賛美ではなく民主主義に基づく立場を堅持してください
メディア各社は、「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生について盛んに報道しています。この子どもの誕生で社会全体が「奉祝」一色に染まるようなことになれば、またしても私たちの人権と民主主義は危機に瀕することになります。そういう状況づくりにマスメディアが絶大な影響力をもっていることをふまえ、以下のとおり要請します。
マスメディアが一斉に「祝意」を表し、「奉祝」報道を続ければ、社会に「祝うのがあたりまえ」という風潮をつくり出すでしょう。また、「皇室報道」においてマスメディアはいつも最高級の敬語を用いて特別扱いし、そのことが拍車をかけてもいます。このことに対する社会的責任は大きいと考えます。
現憲法上では、身分制度を排し、各人の基本的人権を尊重し、平等で民主的な社会が、とりあえず私たちには保障されているはずです。しかし、マスメディアの多くは、少なくともこの「皇室報道」という枠においては、この原則をうち砕く役割を担っています。一人の皇族が生まれることを社会全体が祝っているかのように演出されることや、身分制に依拠した敬語の羅列に不平等や不正義を感じている者が少なくないことを、認識されるべきでしょう。
メディアの仕事は伝えることであり、私たちには知らせ、知る権利があります。メディアと私たちの社会的な関係はこれ以上でも以下でもありません。一定の価値観やそれへのさまざまな評価を伝える機能と、全体を一定の価値観に染め上げるような言説だけを流す機能は、明らかに違います。「皇室報道」については、マスメディアは明らかに後者にスタンスをおいています。すべてのメディアが、天皇・皇族への「祝意」を一斉に報道することは、民主主義社会のメディアのあり方とはほど遠いものとしかいいようがありません。
私たちは以上のような理由で、以下2点を要請します。
1.マスメディアは「秋篠宮家第三子」とされる子どもの誕生をめぐって、敬語を使わず、「祝意」だけが存在するかのような「奉祝」のための報道をしないこと
2.「祝意」を強制するような行政、議会などの動きを批判的に監視するとともに、第三子誕生をめぐる動きの中で表面化する、天皇制そのもののもつ身分差別、女性差別の問題を社会的に明らかにしていくこと